え?これはエアガンですよ?
濃緑色の上下に特徴的な軍帽。襟と帽子には赤い星マーク。
そんな姿でモシン・ナガンM1944。分かりやすく言えばモシン・ナガンのカービン銃である。
それを着剣状態で街中を歩くなんて、普通に出来る事では無いが、今日の様なイベントでは許される。
周りには思い思いにコスプレした人たちが剣や槍を持ち歩いている。中には同じようにモシン・ナガンや三八式、Kar98kを持った奴も居る。
商店街で行われるコスプレイベントだ。っても、ボッチ参加だから仲間がいないがな。
ちょっと人のいない方に構えて撃つ!そして排莢!
これぞ排莢式エアガンの醍醐味よ!
「キャッ」
あ、しまった。薬莢が人に当たったらしい。
「すいません。けがは無いですか?」
声のした方へ声を掛けると、ゲームに出てくる魔法使いのコスプレをした女の子がいた。
「はい。大丈夫です。それ、弾が飛ぶんですね」
うん?
ああ、そうか。弾丸と薬莢の違いが分からない人も居るか。わざわざ説明するのも憚られる話ではあるから、受け流そう。
拾ったらしい薬莢を差し出してくる彼女からそれを受け取り、
「ええ、まあ・・」
何事もなくそう返す。
「それって皇女戦記の連邦軍ですよね?」
そう、アニメ放映された皇女戦記のコスプレである。まったくそのままソ連軍の軍服だが、そのアニメがマンマ、ソ連軍を描いちゃったからコレで通る訳よ。第二次大戦頃のソ連軍をモデルにした連邦。そして、侵攻を受けるのは、日本をモデルとした皇国。脇役として帝政ドイツも出てくるが、第一次大戦期の軍服にナチス時代のkar98kって、どうなん?
描かれたエピソードは日露戦争からソ連参戦まで多岐に渡る。分かる人には分かる話だろうし、知らなければアニメの演出として流してしまう話ではあるだろう。
「アキ姉ぇ、探したぞ」
勇者の恰好をした少年がそう声を掛けて来た。どうやらパーティらしい。
「ごめんごめん。皇女戦記の特技少尉っぽい人いたよ!この人メンバーで良くない?」
などと、勝手に話が進んでいる。少年も俺を見る。
「確かに、でも、ファンタジー勇者に皇女戦記の特技兵ってどうなんだ?」
と、ある意味真っ当な事を言う少年。
「まあまあ、君たち、その前に。挨拶して事情を説明した方が良いよ?」
と、ヒーラーの恰好をした女性が現れた。
「あ、確かに!」
などと、今更思い出したらしい少女が言う。
「私たち、勇者と魔法使いしか居なくて、審査に出られなかったんですよ。なんとかヒーラーのお姉さんが参加してくれたけど、もう一人必要なんです」
とか、まあ、いきなりの説明である。
このイベント、登録すれば誰でも参加できるが、メインであるパーティー審査に参加するには最低4人必要となっている。俺には関係ない話だったが、そんな事もやってるわけだ。
「ああ、審査に参加したいのか。別に構わないけど、君たちのパーティーに皇女戦記ってどうなんだろう?」
と、俺からしても違和感がある。
「そうだけどさ、オッサン。特技兵でしょ?だったら、俺らパーティーに足りない戦士が揃うから、どうかな?」
オッサン・・・
あ、女性が苦笑してやがる。
「まあ、ほら、連邦軍の特技兵と言えば、銃魔法、狙撃、格闘を習得したエリートだから、勇者パーティーに足りない戦士になれるので、どうでしょうか?私も彼らのゲームとは違うアニメキャラですから、メンバーは既にバラバラですよ」
と、女性も言って来る。
「君たちが良いなら、俺は構わないよ」
特にブラブラして、たまに出店で食い物買うだけよりもそっちの方が楽しそうだしな。
「ありがとう!」
少年がそう言って来る。
「あ、そうだ。自己紹介。俺、勇者のタイガ」
自身の名前ではなく、キャラ名での自己紹介であるらしい。
「なら、私は魔法使いのルカです。よろしくお願いします。ちなみに、コレは弟なんです。強引ですいません」
先ほどアキと呼ばれていた少女がそう自己紹介をして来た。弟だったのか。中学生か小6あたりかな?弟君。
「私は聖女のミイナ。彼に強引に誘われた臨時メンバーだから、貴方と同じよ」
と言って、女性が自己紹介をして来た。ならば、やるか。
スッと、キャラになり切る。
「貴様らは異界の者たちか。私はラツィヤ連邦軍特技少尉、クリンコフである」
そう言って、ロシア軍の軍服なのにナチ式敬礼をした。だって、連邦だけど、国家社会主義国だから。
クリンコフ少尉は東方少数民族出のたたき上げ少尉であり、物語終盤、故郷へ強制的な徴発に現れた連邦軍に妹夫妻を殺され、復讐のために徴発の命令者である総統アドロフの弟、東方総督イオセブを殺害してしまう。
この襲撃によって連邦から追われる身となった彼は、故郷であるカムイ半島で独立運動に参加し、皇国と共闘、皇国侵攻軍司令官、ブリュヘルの暗殺に協力し、皇国の勝利に貢献している。仲間には優しいが、対外的な態度は横柄で、典型的な軍人像を体現したような言動をするキャラだった。
「そろそろ審査が始まるから行こうぜ!」
勇者タイガはそう張り切って会場へと歩き出す。
人混みを避けて路地へと入った時だった。俺たちを光が包み、気を失ってしまった。
気が付くと、それまで歩いていたはずの路地の風景ではなく、教会のような場所にいた。ステンドグラスが妙に輝いて見える。
「ようこそ!勇者たちよ!!」
そんな声がした方を向くと、どうやら俺たちは教会の祭壇に居るようだった。見下ろす位置に豪華な着物を着た聖職者らしき人々が見えている。
事態が良く理解できない俺たちを余所に、聖職者たちはこちらへと歩み寄ってきて更なる声を掛けてくる。
「異界より召喚に応じて頂き感謝します」
1人の女性がそう言って来た。
そこで、正気に戻ったらしい勇者くんが叫び声を上げる。
「よっしゃぁ!マジ召喚キター!!!」
その声に後ずさる聖職者たち。
そしてしばらく様子見をしたのち、先ほどの女性が恐るおそる声を掛けて来た。
「・・・・・・落ち着かれましたか?」
俺は、「ないわ、これ・・・」と思いながら、3人を見ると、喜んでいるのは勇者くんだけらしい。そりゃあそうか。
「あ~、これ、帰れない奴かな」
ボソッとそう口にする聖女さん。俺もそう思う。そして、それを聞いていた魔法少女もあからさまに肩を落とした。
「魔王を倒すんだろ?もちろんやってやる!」
1人元気な勇者くんは、そう叫ぶとともに祭壇から飛び降りた。
仕方ないので、その行動を見た俺たちも彼に続いて祭壇を降り、聖職者の対面に並んだ。
そこへ、テンプレな水晶を持った人物が進み出て勇者くんを鑑定しているらしい。
「総主教猊下、彼はまさしく勇者です!」
非常に喜ばしい事で。
そして、女性二人も恰好そのままの職であった。
「おお!あなたは伝説のドラグーン!」
え?俺、龍に乗れるん?
などと思ったがそうではないらしい。
彼らの騒ぎに耳を傾けると、ドラグーンとは、他に類を見ない火属性魔法を扱える者の事らしく、そのすさまじい火属性魔法を扱う姿からドラゴンになぞらえ、ドラグーンと名付けたとか。
「えっと、火属性魔法?使えるんだろうか・・・・・・」
そう口にせざるを得なかったが、勇者くんに連れられて魔法使いの姉ともども、教会の外にある訓練場だという草原へと連れ出された。
「アキ姉ぇはルカの魔法が使えるはずだ。オッサンも、クリンコフ少尉の流星火炎弾撃てるぜ!」
などと自信満々に言い放つ。
流星火炎弾はツングースカ大爆発をモデルにした火魔法であり、その威力は一撃で軍団を壊滅させるほどである。クーリング期間が長くてここぞという時にしか撃てないんだけどね、あれ。
「普通に使うなら火炎弾で良いんじゃないか?ここで流星火炎弾を発射して、近くの町を消し飛ばしては困るだろう?」
などと、俺も彼に合わせてみた。
適当に付き合おうと、銃を構え、クリンコフ少尉がそうやっていたように
「火炎紋展開」
口にした瞬間、銃口付近が淡い色に光り、手のひらサイズの魔法陣が出現し、引き金を引くと、エアガンの特徴であるピストンから空気が銃身を抜け、魔法陣によって弾丸となって飛翔していったのが分かった。
「ウソ…だろ…」
400mは離れているだろうか、適当に狙った林の木々がちぎれ飛び、辺りを爆煙が包んでいるではないか。その光景に遅れて爆音が聞こえて来た。
「うわぁ、マジなんだ」
姉もその光景に唖然として、しかし、自分も魔法を唱える。
「ウォーター・アロー!」
そう言って構えた杖から透明な矢が飛び出して行って、50m程度先に置かれた的を貫いている。
その姿を見ながら、俺はモシン・ナガンのボルトを引いて薬莢を飛ばした。
「あ、薬莢受け着けなきゃ」
排莢動作で薬莢を失くさないの為に、ネットで調べて薬莢受けを買っているんだった。見た目が悪いからイベントに持って来たけど着けて無かったんだよな。
少々現実逃避しながら、これから起きるであろう事にひきつった笑いを浮かべてしまう。
どうなるんだろう。マジで・・・・・・