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6話 約束を守るために

 レナの言葉にクロウは感嘆した。


「なっ‥‥‥ちょっと待てレナ! 相手は超級魔獣だ。いくらお前でもレベルが足りない! 強化素材を生成する暇もレベルを上げる余裕もないんだ!」


 クロウは焦っている。どうすれば良いか分からない。下手をすれば死人が出る。というか、その選択肢しかないと思っている。


 レナと逃げて、冒険者を見殺しにするか。ここで戦って死ぬか。全滅させられるか。咄嗟に馬車を降りたが、相手が超級魔獣となれば話が変わる。勝ち目がないのだ。


 どうすれば良い? どうすれば良い? どうすれば――――


「――クロウ!」


「っ‥‥‥!?」


 スライムが迫ってきたところを、レナが抱きつくようにして押し倒して助けた。


 同時にレナの呼びかけが、クロウの思考を遮断した。


「私が時間を稼ぐ!」


「‥‥‥だから今のお前じゃ無理だって――」


「無理じゃない!! 倒せなくても時間稼ぐくらいできる!!」


 倒れているまま、互いの息が届くほどの距離で、一生懸命にレナは言う。それにクロウは目を丸くしていた。


「私が少しでも時間を稼ぐ! 冒険者を助けて、その子を強化素材でできる限り強くして戻ってきてよ!」


 ほとんど抱き合っているようなものなので、クロウはレナの鼓動や吐息を鮮明に感じ取れた。レナは、緊張している。この状況をよく理解できている。その上で、覚悟ができていた。


 クロウはそれを知り、笑んだ。


「時間稼ぐって言ったからな?」


「――おうっ!」


 二人は立ち上がった。そして互いに背を合わせた。クロウは冒険者とおぼしき人が飛ばされた方へ向かい、レナはスライムに剣を構えた。



 ――改めて自分が対峙する敵としてスライムを認めると、とても大きく、威圧的である。


 レナにとって剣は少し大きかった。クロウにレベルを上げてもらうまで、ちゃんと構えることすらできなかった。しかし今このスライムと対比したとき、その剣は途端に小さく見えた。


 同時に自分の心も畏縮してしまう。あまりに激しい比較だったので、レナは自身が自ずから弱気になっていることを悟ることができた。なので首をブンブンと横に振って、こう声に出した。


「時間稼ぐって約束したんだ! 約束は破っちゃいけないってパパが言ってた! 何としても時間を稼いでやる!!」


 スライムはそれに呼応するように


「グラァァァァァッ‥‥‥!!」


 甲高い鳴き声を響かせた。それだけで木々が、空間が揺らぐ。レナの意識が飛ばされそうになる。しかし、強い意志がそれを阻止した。


「お前の相手はこの私だからなっ!!」


 レナの身体から光のようなオーラが発せられた。無自覚の内にスキル《挑発》を発動していた。周囲の敵の注目を自身に引き付けるスキルである。


 レナは高く跳躍すると、スライムがそれを視認する前に剣を縦に振るった。身体能力以上に自身を空中に跳躍させるスキル《飛躍》と、先日ドラゴンに対して使ったスキル《全部斬り》だ。《全部斬り》は剣身の長さに関わらず対象を空間ごと斬り裂いてしまう強力なスキルである。


 それによりスライムは真っ二つになった。しかし何事もなかったかのように再び結合され、元通りとなった。剣を振るった反動もあり、レナは後方の木の上に着地した。


「全然効いてないじゃん!?」


 レナは目を丸くしたが、もう物怖じしなかった。スライムが超級魔獣であることを、クロウから聞いていたからだ。油断はせず、ちゃんと時間を稼ぐように心がけようとレナは決めた。


 今度はスライムが先手を打った。身体の一部を変形させ、人が手を使うようにそれをレナに向けて放った。レナは再び《飛躍》を使い、それをかわす。先ほどまでレナが立っていた木は、スライムの"手"に握り潰されるように取り込まれ、みるみる内に溶けていってしまった。


 スライムは、次々と"手"を増やし、レナに迫っていった。レナは《飛躍》と《全部斬り》を使い、それを()(くぐ)っていった。それだけのやり取りがひたすらに続いた。


 レナにはこれまでにない激しい運動だった。スキルを無自覚で発動して戦っているので、自身の身体能力の感覚と大きく異なる動きになっている。故に、次第に思考と事実にズレが生じ始めていた。


 そしてとうとう、スライムの手がレナに――――


「っ‥‥‥!?」





 *  *  *  *  *





 クロウは"何か"が飛んだ方向へ全速力で駆けた。とはいえ、E-ランクの全速力はそれほど速くない。しかしクロウは必死に走った。約束を守らなくてはならない。自分より年下に背中を押され、平然といられるはずがない。何としても自分が守る立場にならなければ、彼女に大きな負担を与えてしまう。故にクロウは必死に走った。


 ――やがて一本の木に、背を預けてしゃがみこむ人の影が窺えた。クロウは一層に頑張った。


「おい! 大丈夫か!?」


 声をかけると、その冒険者は目覚めた。そこでクロウは気づいた。大きな帽子に魔導師が用いる魔法の杖。そして感情が窺えない無表情。


「君は‥‥‥昨日の魔導師の子じゃないか!」


 その冒険者は、先日ドラゴンの件でクロウとレナに謝罪をしに来た冒険者パーティーの一人である魔導師だった。傷だらけで、意識も朦朧としていた。目の色が、暗く淡色に染まっている。


 クロウは急いで手持ちの回復ポーションを肩に提げた鞄から取り出して少女に渡した。


「回復ポーションだ。早く使って!」


 少女は弱々しくも回復ポーションを掴むと、それをこぼしながらも飲んだ。まもなく身体中に回復ポーションの液体が行き渡り、傷が癒えていった。その間に、クロウは強化素材を生成した。回復した少女は途中倒れそうになるのをクロウに支えられながらも、立ち上がることができた。


「ありがとうございます‥‥‥」


「話は後で聞くから、ひとまずあのスライムを倒したいんだ。俺はE-で戦いじゃ役に立てない。この強化素材を使ってレベルを上げられる。助けに来ておいて申し訳ないが、それで戦ってくれないか?」


 少女は静かに頷くと、強化素材を手に取り、スライムのところへ向かいながらレベルアップを始めた。





 *  *  *  *  *





 レベルアップを兼ねていることもあり、行きよりも少し遅くなってまったが、クロウは巨大なスライムを確認できた。


「レナ! 待たせた! ――――――――って、レナ‥‥‥?」




 ――――――――レナは、スライムの体内に取り込まれていた。

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