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5話 巻き込まれる形で

「見て見てクロウ! 速い、速いぞ!!」


 馬車から外を眺めるレナはとても興奮していた。桃髪を風に(なび)かせ、「わー!」と声を上げて喜んでいる。クロウはその様を見て呆気にとられた。


「まさか馬車に乗ったことがないのか?」


「ないっ! こんなに速いの初めてだぁっ!! わーっ!」


「まるで子供だな‥‥‥」


 クロウは呟いた。幼い内から父親が居ないので、馬車に乗ったことがないのは頷けよう。しかし、十六歳でこの感激ぶりは凄まじい。余程経験が浅いのだろう、とクロウは考えた。ならば尚更、レナのサポートに精進しなければならない。純粋な彼女が、そこら中に蔓延る悪意によって絶望にうちひしがれることのないように。


「グルダ村はエルドの隣に位置する村だが、ここは如何せん辺境だ。距離はかなりあるから、しばらくは馬車の旅だな」


「やった! モッチーも嬉しそうだ!」


 確かにモッチーは先ほどからずっとぴょんぴょんと跳び回っている。しかしそれは――


「別にただ跳ねてるだけじゃないか?強化素材には感情とかないだろうし」


「あるよ! モッチーは優しいのだ。そして可愛い!」


「理由になってないぞ‥‥‥。そうだ、今のうちにレベルを上げておくのはどうだ? もしもの時に備えられるし」


「嫌だぁぁぁっ!!!!」


「露骨に嫌がるなよ‥‥‥」




 ――やがて、馬車は森林地帯に入った。日の光が遮られ、景色が暗がりになる。


「ん!? 急に暗くなった!」


 馬車の外を眺めていたレナの発言に、クロウも外を覗く。


「ああ、日陰になったんだな。‥‥‥確かにかなり暗い。魔獣がたくさん居そうだ」


 空気が冷たくなっていく。風で木々が揺らされる。昼間にしては、随分と不気味だった。




 ――そして全員が、馬車の進行方向にて、何かが高速で横切ったのを視認できた。




「何か飛んでなかったか?」


 クロウが訊ねる。それにレナは答える。


「鳥?」


「いや、それにしては少し大きい気が――」


 そこでクロウは口を止めた。鳥が飛んだにしてはあまりに真っ直ぐ、翼を動かす様子もなく、とても単調だった。どちらかといえば、何かが"飛ばされていた"というのが相応しいかもしれない。


 そして、クロウは自分の発言を思い出した。


 "魔獣がたくさん居そうだ"


 その瞬間、クロウは青ざめた表情になった。


「御者さん、馬車を止めて!!」


「は、はい‥‥‥?」


 御者はまだ気づいておらず、クロウの指示の意味が分からなかった。


「早く!」


 クロウに促され、御者は訳も分からず馬車を止めた。そのコンマ一秒後のことである。


 ちょうど何かが横切ってきたところから、柔らかい泥をかき集めたような巨体が道を塞いだ。――――魔獣である。


「ひぃぃぃっ!!?」


 御者はようやく気づいた。たった今、もしかしたら自分は目の前の魔獣に踏み殺されていたかもしれないことを。間一髪で、それを免れたことを。


「何だこのでかいのは!!」


 レナが驚く。まだ状況を呑んでいないらしかった。


「魔獣だ! とりあえず馬車から降りるぞ! 御者さん、引き返して少し離れていてください!」


 クロウとレナ、モッチーは馬車を降り、御者は来た道を引き返していった。


「グラァァァァァッ!!」


 不気味な高音で魔獣は叫んだ。クロウは推測する。


「あれは多分‥‥‥超級魔獣スライムだ」


 それにレナはぎょっとする。


「す、スライム!? キミキミ、何言ってるの!? スライムって下級モンスターだよ??」


「ああ、確かにスライムは誰にでも簡単に討伐できることで有名だ。けど、レナの想像してるそれは小さすぎて本来の能力を発揮できていない。あいつの能力は、《吸収》と《分子操作》。肉体の形を自由に変化できて、あらゆるものを体内に取り込む。このでかいのは、小さいスライムが大量に合わさったものだろう」




「スライムってそんなに恐ろしいのか!?じゃあ私たちも逃げないと、吸収されちゃうじゃないか!」


 レナの意見に、クロウは少し黙った。



「‥‥‥そうなんだけど、一つ気がかりがあるんだ」


「え?」


「さっき馬車の前を横切った何か。あれは多分冒険者だ。このスライムにやられたんだろう」


「何だって!? じゃあ逃げたら人を見殺しにしたも同然じゃん!」


 クロウの表情が一層に曇った。クロウが目の前の巨体をスライムだと判断できたのは、これまでの努力の賜物に他ならなかった。知識を身につけていたのだ。


 本来、成人と見なされる十五歳を迎えれば冒険者になることができる。それをクロウは十八歳まで、冒険者の歴史や魔獣の情報等を学ぶことに時間を費やした。


 しかし、弱すぎる自分ではどうにもできない。以前みたく時間を稼ぐことだってできないだろう。――だからといって、初めて対峙した超級魔獣の相手を、まだレベルが低いレナに任せることもできない。


 一方、レナも悩んでいた。どうやってこの状況を打破するか。レナは純真である。心も優しく、見知らぬ人とて見殺しにはできなかった。


 その時、レナは脳裏にとある記憶を思い出した。


 "俺が少しでも時間を稼ぐ! 強化素材をできる限り消費してくれ!"


 ドラゴンと対峙した先日、クロウがレナに放った言葉である。クロウのおかげで、自分は強くなれた。父親を探す旅に出るきっかけにもなった。


 クロウは強くない。超がつくほど弱い。――――――――でも、必要な人だ。




「クロウ! 私がこの魔獣の相手をする!!」

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