4話 長い旅の始まり
「――とは言え、もう日が暮れてしまう。今日は宿屋で部屋を取って、明日出発しよう」
そう言って、クロウが向かったのは、村で最も安い宿屋だった。金銭に余裕ができたとは言え、ここで無駄遣いする意味はない、そう考えたのだ。
見た目は少しボロく、他と比べれば小さい。受付は、クロウと変わらない年齢であろう若い女性が行っていた。
「えと、部屋を二つ――」
「ちょっと待ったサエダン!」
慌ただしくレナが止めた。
「もう訂正すらしないんだな! 覚えてないんだな、名前!」
クロウの鋭いツッコミをスルーし、レナは言った。
「無駄遣いはやっちゃいけないって、パパは言ってた!」
「‥‥‥ああ、そうだね。だから一番安い宿屋を――」
「部屋は一つで十分じゃないか」
――当たり前のように言ったレナに対し、クロウはしばらく沈黙を余儀なくされた。
「――――Ha?」
あまりの驚きで、もはや言語にとらわれない素の発音であった。レナはそれでも、真顔である。ボケているつもりはないらしい。
「ちょっと待て。お前の主張をもう一度よく聞かせてくれ」
よく理解できなかったクロウはレナに再度主張を促した。レナは首を傾げながらも、分かりやすく説明しようと考えた。――結果、機械のようなカタコトな棒読みになった。
「お金の無駄遣いをしないために、一つの部屋を取って、二人で、一夜を過ごそう」
「危ない状況をより鮮明に伝えているじゃないか!? 駄目に決まってる!」
「何でだ!? 出費が半減するんだぞ? それに私一人で一部屋は広すぎる!」
「お前は今までどこで夜を越えてきたんだ‥‥‥」
クロウは呆れ顔だった。一体彼女の父親は、何を残して去っていったのだろうか。そんな疑問がクロウの頭を過った。せめて常識的な倫理観を学ばせてあげて欲しかった、とも思った。
――結局、クロウらは部屋を一つ取った。レナが駄々をこねるようで、この他に対処のしようがなかったのだ。受付嬢の苦笑にどれだけ胸が痛んだことか。これで自分は世間の立派な変質者だ、とクロウはため息をつく。
「疲れたー!」
そう言ってレナはベッドに横たわった。うつ伏せで大の字になっている。しかしそれでも、ベッドの半分程度に収まっているのだ。それを眺めてクロウは呟く。
「まぁ、ああ見えてもSS+なんだよな」
実際に自分は一度レナに助けられているのだ、とその時を脳裏に再生する。レナは幼いが、父に会いたいという気持ちは本気だ。
普通に考えて危険だ。どこに居るかも分からない父親を途方もなく、魔獣がたむろする村の外へ探しにいくのだから。しかしレナはSS+ランク。レベルを上げれば魔王軍幹部とだって渡り合える。
心ない冒険者たちを強化しては捨てられを繰り返すよりも、レナの手助けをする方がずっと良いに決まってる。クロウはそう考えた。
「けどまぁ、」
クロウはベッドの隅に腰かけた。
「ノープランはさすがに馬鹿が過ぎる。明日の朝に馬車を借りて、まずは隣の村まで行こう――――って‥‥‥」
クロウがレナの様子を確認すると、‥‥‥穏やかな表情で眠っていることが分かった。
「よほど疲れてたんだな‥‥‥」
疲れないはずがない。今日はドラゴンと戦ったんだ。勝てるはずがないと思っていた相手を前に、レナはよく戦ってくれた。これからも過酷になっていくだろう。このひとときくらい、ゆっくり休ませてあげなくては。
クロウはレナに毛布をかけてやった。レナは依然としてベッドの半分に収まっている。
「触れなきゃ、大丈夫だよな‥‥‥?」
ランプを消し、レナに背を向ける形でベッドの隅にちょこんと寝転がり、そして眠った。
* * * * *
「――ん、うーん‥‥‥」
レナは目覚めた。まだ外は暗い、夜中だ。
「眠ってしまっていた‥‥‥不覚」
レナがうっすらと視界に認めたのは、クロウの背中であった。そして、昨日の一連を思い出す。自分がようやく、父親探しの旅を始められそうなこと。クロウが隣に居ること。
するとレナは、嬉しそうに頬を赤らめた。毛布の中で丸くうずくまり、額を軽くクロウに触れる。ピクッとクロウが反応するが、目覚めてはいない。
そしてレナは、一層に穏やかな表情で、再び眠りについた。
* * * * *
翌朝、クロウは己が少女と毛布を共有して、さらに少女と触れていることに気づく。
「ノォォォォォォォウ!!!! 何故だ!? 何があったんだ!!」
「うぅ‥‥‥朝から叫んでどうしたと言うんだ、サエダン」
クロウの叫び声は目覚ましになった。レナは目を擦り、毛布を半分被った状態で上体を起こした。
「何も思い出せない‥‥‥。待ってくれレナ、俺は何もしてないんだ! 悪気だってない!!」
「何言ってるのか全然分からないぞ‥‥‥?」
当然である。互いに悪意もなければ、互いに悪事を働いたという訳でもないのだから。しかしこれ以上のクロウによる弁解は、よりレナに怪しまれる最もの原因となろう。
「そうだサエダン! モッチーを出してよ!」
「‥‥‥あぁ、確かにある程度強くなってた方が良いよな。物事も円滑に進めることが――」
「そうじゃなぁぁぁい!! 私がモッチーを育てるのだ!」
「――――Ha?」
* * * * *
「もっちもち~、もっちもっち~♪」
レナは強化素材を抱きしめ、そんな妙な歌を即興で歌っていた。
「それでは、グルダ村までのご利用でよろしいですか?」
「はい」
馬車の貸し出しを済ませたクロウとレナは、ギルドで軽い朝食を取り、いよいよ馬車に乗り込んだ。
「それでは出発いたします」
御者が確認を取り、クロウらはうなずく。そうして、クロウらの旅が始まった。