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1話 また、いつも通りに

 ここは、ユーベラス帝国が所有する領土の端に位置する小さな町、エルド。


「はぁ、やっぱそうだよな‥‥‥。俺、戦闘系のスキル皆無だし」


 先ほどまでその一員だったパーティーが過ぎ去るのを尻目に、クロウは一人呟いた。たったの一週間。冒険者からレベルカンストを頼まれ、初めの内は喜ばれるが、後々、戦闘では役に立たずに終了。言ってしまえば、クロウは格好の使い捨て道具なのだ。


 クロウが"使い捨て"されるのは、今回で4回目。今回、ようやく己の立場を理解したところであった。――それまで現実を受け入れたくなかったのだ。レベルを上げるための道具。何せ、ランクE-では弱すぎる。当然と言えば当然だが、クロウは都合良く利用される以外に価値がない。


 そしてその途端、仕方ないと心に言い聞かせたこれまでのパーティーメンバーに対しておぞましいほどの憎悪が涌き出てくる。


 なぜ、自分だけがこのような目に遭わなければいけないのか。なぜ仲間を見捨てることが平気でできるのか。


 拳を握りしめ、歯を食い縛り、思う。自分が思っていた冒険者とは、パーティーとは何だったのか。幼い頃夢見た、将来の己の姿は――!!


 先ほど自分を棄てたパーティーはまだギルドを出ていない。今なら、今なら、今なら‥‥‥!!


「――って、俺にそんな度胸も実力もないっての。馬鹿馬鹿しい」


 クロウはため息をつき、ギルド内の酒場の席の一つにポツンと一人腰かけた。


「ご注文は?」


 ウェイトレスの女性がクロウの席に歩み寄り、尋ねる。クロウは席に備え付けてあるメニューを眺め。


「えっと、エールを一つ」


「かしこまりました」


 笑顔で礼をし、去っていくウェイトレス。そういえばと、クロウは小袋に包まれた金を覗く。――銀貨が三枚、銅貨が七枚。クロウは思う。三日分の寝床も危うい。


 これまで、パーティーで活動して稼いだ内の一割貰えれば良い方であったため、もう金は底をつきそうなのだ。


 クロウは小袋の口を閉じ、懐に納めた。


「――そこの冴えない男子! こちらを振り向きたまーえ!」


 甲高い少女の声がした。なんとも希望に満ちている。また、使い捨ての主がやってきたか、とクロウは思う。もう四度も、計十数名のレベルをカンストさせている。パーティーの様子も大きく変わるので、クロウのことは噂に知られていてもおかしくない。


 声をかけられることへの喜びは、少し前から失せていた。クロウはゆっくりと振り返る。そこには声の主が、なんとも傲慢に立っているではないか。


 身長から察するに十六、七歳くらいだろう。桃色の艶のあるショートヘア、子供のような幼くも自慢気な顔、肩を少し出した衣服に身を包み、彼女はまだ育ち盛りの胸を張っていた。スカートから白い大腿が現れている。


 もはや、クロウはやや呆れ顔であった。


「キミキミ、強化素材を生成できるってのは、本当?」


 そして、期待満々の彼女の口から予想していたものと全く同じ質問が飛び出たので、クロウはため息をして、答えた。


「‥‥‥ああ、そうだよ」


 少女は目を輝かせた。どいつもこいつも、自分に話しかけるきっかけといえば強化素材だけだ、と分かりきっているはずのことに少しの怒りを覚えるクロウ。


「何ですか? 成長させたいのはその膨らみかけの胸ですかー?」


 明後日を向いたクロウの言葉に、少女は頬を赤らめ、自分の胸を両腕で覆う。


「な、なななーっ!? 何を言うんだサエダン!!」


「勝手に冴えない男子を略すな」


 クロウは呟くが気にせず少女は続ける。


「こ、これからが最盛期なんだよ!! 無用な心配をなさるな!」


 あまりに素直なコメントに、クロウは再びため息をつく。みんな求めることは一緒だ。欲深い汚さは一緒だ。要求は分かっている。


「あぁあぁ、レベルカンストだろう? やらせていただきますよ」


 クロウは立ち上がった。


 クロウのスキルは、強化素材をひたすらに生成するというもの。強化素材とは、対象者がそれに魔力を込めることで使用でき、経験値を得られる精霊。形状は餅のようで柔らかく、丸い目を持つ。


 初めは初級の採集クエストから。そして徐々に魔獣を相手にするようになり、段々と敵が強くなるに連れ、己も成長していく。本来そういう努力を積み重ねて、その分だけレベルは上がった。


 そういう努力を一切なしにレベルを上げるどころかカンストまでできてしまうのであれば、利用しない手はないだろう。冒険者は危険が伴う職業。報酬は決して安くはないのだ。強くあれば、それだけ楽に金を稼げる。


「ここじゃやりづらい。移動しよう」





 *  *  *  *  *





 ――クロウと少女は野原へ来た。人の居ない、優しい風がたなびく静かなところだ。一面の緑に風が囁き、穏やかな波が立っている。サラサラと緑は(なび)き、雲一つない空からは、傾き始めた日がクロウらに暖かい光を与えた。


 少女は目を丸くしてあちこちを見回す。


「この国にこんなに静かなところがあったなんて‥‥‥」


 あまりの壮観に、少女は呟いた。クロウは答える。


「ご身分の高い貴族様は勿論、冒険者たちは金ばかり見てて、こういう自然には見向きもしないからな」


 みんな欲に溢れている。自分のことばかりだ。仲間とか協力なんてものは、そういう汚さを隠すための綺麗事。


 景色に見とれる少女をよそにクロウは目を瞑り、両手を前に出した。すると両手付近が光を放った。それに少女は気づく。


「な、なんだ!?」


「強化素材を生成するんだ。まぁ二十体くらいあれば、Bランクでもレベルはカンストする」


 驚く少女にクロウは淡々と答える。そしていよいよ、クロウの手から物体が出現し始める。それはボトボトと手から離れていき、孤立していった。これが強化素材である。シンプルな見た目のそれは、地面でピョンピョンと跳び跳ねる。


「おぉ! これが強化素材なのか! とても愛くるしいのに、名前もないとは‥‥‥。私が名を授けてあげよう!」


 どうやら少女は強化素材を見たことがなかったようだった。二十の跳び跳ねる強化素材に、やや興奮気味だ。使い方も知らないのだろうとクロウは察した。


「それを手に持って、魔力を込めれば経験値がもらえるよ。カンストするまでそれを繰り返すだけ」


 そう教えると、少女は何故か、寂しそうな表情をクロウに見せた。クロウは首を傾げる。


「この愛くるしい小動物は消えてしまうのか?」


「強化素材なんだから、当然だろう?」


「嫌だぁっ!」


「何のために生成したんだよ!?」


 ――なんと、この少女は強化素材を小動物として気に入ってしまったらしい。

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