魔法使いの弟子は苦労性
「じゃあな」
私が何をしたのだというのだろう。
背中に、十五歳になったばかりの女の子が持つには、明らかに大きくて重すぎる荷物を背負わされ。
あろうことか、地上から遥か高い雲の上に放り出された。
重い荷物を持った身一つで。
あ、嘘。
唯一の親友であるペガサスのウィリアムが今、私が放り出された鏡からでてきたわ。
そしてウィリアムが放り出された事で、役目を終えた鏡が消えようとしている。
そうよ。
鏡が消える前にこれだけは言っておかないといけないわ。
「こんの、血も涙もない冷血腹黒暗黒俺様何様クソ師匠ぉおおおおおおおおおお!!!!
死んだら化けてでてやるんだからぁあああああああああああああ!!!!!!」
「ヒヒィイイイイイイイイインンン!!!!!」
なんか鏡が消える間際に、あの師匠の死ぬほどムカツク美形な顔が笑いで歪んでるのが見えた気がする!!
ていうか絶対嘲笑った! あのクソ師匠!! 人でなし!!!
今度こそ弟子なんて辞めてやるぅううううううう!!!!!
「ていうか助けてぇええええええええ!!!!」
「ヒヒィイイイイイン!!!」
その一時間前。
「師匠ー! 朝ご飯の支度できましたよー!」
私の名前はエラ。今年で15歳になるのよ。
実を言うと私は、捨て子だったらしく、師匠の家がある森に捨てられていたところを師匠に拾われて、育ててもらうと共に弟子としていろんなことを教えてもらっていた。
いったい何を教えてもらったかというと、それは魔法に関するあれやこれやを教えてもらっているの。
私達が暮らすのは、四大国の中でも二番目に大きいとされる国で。
私の師匠はなんと、この国の中でも二人しかいないとされる超スペシャルな特級魔術師なのだ。
正確には難があるし、たまにフラッと出掛けては数日返ってこないとか、家事ができないとか凄くずぼらでだらしがない人だけど……。
そんなだらしがない師匠が、じゃあどうやって私を育てたかというと。
ぶっちゃけさっき育ててもらったっていったけど、正確には師匠の友達のイーグルさんに小さい頃はほとんど育ててもらったんだよね。
どういうきっかけでイーグルさんが私を育ててくれたのかは知らないけど、どうせ、何もできない師匠を見てられなくて私の事を育ててくれたんだと思う。
見た目切れ長の目がカッコいいお兄さんで、普段は冒険者してるから武術が凄くて、不器用そうな見た目してるのにものすごい器用なの!
イーグルさんが、私に家事を教えてくれたおかげで、今では私が師匠の分も含めてこの家の家事を全部やってるんだ。
魔法とかはその合間に師匠が気が向いたら教えてくれるってかんじ。
おっとと、そんなことより、いい加減起きて来ない師匠起こしてご飯食べてもらわなきゃ。ご飯が冷めちゃう。
私は二階の部屋の一番奥にある師匠の部屋へと向かって、一応扉をノックして声をかける。
「師匠ー! 起きてますかー!? 朝ごはんできましたよー!」
数秒返事を待ってみるけど、返事はおろか物音すらしない。
これは完全に寝ているな。
「師匠、入りますからねー」
あとから文句を言われないように、念のため一言告げてから師匠の部屋へと入る。
しかし、師匠の寝室を覗くと、そこには師匠の姿が無かった。
寝ているのではなく、その場にすらいなかったのだから返事もないわけだ。
「あぁ、また研究室に籠ったのかしら」
師匠は普段、いろんな魔法や、魔道具、魔法薬とかの研究をたくさんしていて、時間を忘れて研究室に籠る事がよくある。
一応、昨日の夜に晩御飯を食べたりお風呂をすませたりした後は寝室へ入っていくのを見たのに。
いつのまに研究室に行ったのかしら。
もしくは、また突発的にどこかへフラっと行ってしまったのだろうか。
考えても結果は分からないので、とりあえず家の二階から、今度は地下の研究室へと足を向けて行く。
朝から毎回こうやって師匠を探すのも少なくないのである。
せめて置手紙とか、何か伝言的な物をしておいてほしいものだけれど。
師匠がそんな事始めたら天変地異の前触れだわ。
まったくもう。と文句を言いつつも研究室の前へたどり着き、先程と同じようにノックと声掛けもしたけれど、返事は無し。
これまた先程と同じように一言いれて扉を開けよう。と、したのだけれど、ちょっとしか開かない…………。
どういう事よ!?
私は少しの隙間を頼りに部屋の中を覗くと、部屋の中が物で溢れかえってて。それが扉の前までいろんな物で積み上がっているものだから扉を塞いで開かなくなっているのよ!
ありえない! 昨日部屋を片付けてあげたばかりなのに、どうやったらこんなに散らかるのよ!
しょうがないから、いつものごとく足のつま先をトトンと鳴らし、両手をパパンと鳴らして自分の魔法の杖を呼び出す。
そして、杖先を軽く扉にトントンと突いて、と…………。
「もしもし扉の前の物達さん。私の声を聞いてくれる?私を部屋へと入れてちょうだいな」
歌うように杖を指揮棒の様に振るいながら扉を塞いでいる物達にそう声をかけると、カタコトと音がして扉がちょうど私が入れるくらいまで開いてくれた。
「ありがとう」
私を入れてくれた物達に感謝を述べつつ、中へと入ると。部屋の中はギリギリ足の踏み場がある程度。
全く! 昨日綺麗にしたばかりなのに、魔法書やら魔道具やらなんやら、作業に必要な道具や材料まで散乱し放題。
その奥の作業机に突っ伏して作業途中で寝てしまっているのが、私の師匠。
師匠は本当は綺麗な真珠のような白髪なのに、何をしたのか煤やらなんやらで汚れてしまっているのが後姿だけでも分かる。
いったい何をしたらそうなるのやら!
仕方ないなあと、呟いて私は足をタップダンスするようにタタントントンとならし魔力を込めて杖をピシッと上へ向けた。
「全員集合!」
私の掛け声に散らばっていた物達が私の前へと集まりだす。
「さてさて、本の皆は本棚に戻ってちょうだいな。魔道具の作りかけのみんなはあっちの棚に、作業道具の皆は汚れてたら綺麗にしてあげるから私の前に並んでね。綺麗にしたら自分の定位置に戻るのよ」
次々に私の前に集まったその辺にほったらかしにされていた物達へと指示を出していく。
いつもここの部屋を掃除して綺麗にしたり整理整頓するのは私なので、皆、言う事をよく聞いてくれるのだ。
本達はふよふよと自分を開いて蝶の様に舞って自分の定位置に戻って行き、作りかけの魔道具たちは作業途中用の棚へとカタコトと並んでいく。重さや大きさなどで上手く棚へ入れない子は手助けをしてあげつつ。
私は汚れてしまったままの作業道具たちを洗ってあげたり、拭いたりなど綺麗にしてあげてから自分達の定位置に戻ってもらって行っていた。
薬草やその他、細々した子達も定位置に戻ってもらう。薬草の中で水やりが必要な子はお水を上げるのを忘れずに。
そして、一番大変で重要なのが。
「師匠、師匠ー。朝ですよー。ご飯できてますよー」
この寝起きが最悪な師匠を、どうやって怒らせずに起こすのかが朝の難関なのである。
極めて稀に自力で起きてくれる時があるのだが、それは本当に月に一回あるかないかのレベルなのだ。
生まれてこのかた十五年、師匠を起こすのに慣れているとはいえ、油断すると眉間に皺を寄せた機嫌の悪い師匠に睨まれた後、全身ぐるぐる巻きの刑にされて逆さに天井に吊るされるのだけは避けねばならぬ。
なので、最初の声掛けは耳元ではなく少し離れた場所から小声で声掛け。
そして、師匠の反応を見る。
「………………」
無反応。
これはまずいぞ。
今回は、起こす難関のレベルが高めかもしれない。
「しーしょー。あーさでーすよー」
優しく囁きかけるように声をかけて。
寝ている場所が寝室であればこの時点で日の光を優しく当てるのだが、ここは地下。
それが出来ないのが悔やまれる。
代わりと言っては何だが、机の上ランプの淡い灯りしかついてなかった部屋の中を、杖を優しく振って天井や壁際のランプなどの部屋の灯りを少しずつ強めていって日差しを再現。
「…………っ、すー」
そりゃあ、あれだけ部屋を慌ただしく片付けたのにもかかわらず、ずっと寝ていられるその根性。
ただでは起きませんよね。
これは、近年稀にみる超難関かもしれない…………。
覚悟を決めて、私はそーっと師匠の肩に手を乗せて少しだけ優しくやさーしく、揺すってみた。
「師匠、お師匠様ー。ご飯が冷めてしまいますよー。いいんですかー」
恐る恐る、師匠の肩を限りなく優しく揺すりながら先程よりも声を張って様子を見る。
「ん…………、すぅ」
やばい!
これは覚悟を決めねばならないかもしれない。
「んぎゃー!!!!」
「ふぁあ……、くそ、さっき寝た所だっていうのに」
「師匠ー!!! おろしてくださいー!!!」
「くすん。私悪くないのに…………」
「おい、飯はまだか」
「今やってますよぅ!」
結局天井に吊るされました。
その後は朝ご飯を理由に師匠に天井から下ろしてもらい、今はその準備中よ。
「はい、どうぞ」
「やっとか」
今日の朝ご飯のメニューは焼きたてのパンにトロッとチーズをかけてその上に目玉焼き。
サラダは彩りを気にしながらベーコンやグリーンピースなどを混ぜた、ごろっと食感を残して潰したポテトサラダにリーフレタスとトマト。昨日ベーコンを使い切ってしまったから、いつもと違って今日は焼いたウィンナーで。
スープは、ホカホカと美味しい匂いが鼻をくすぐるカボチャのポタージュスープ。
朝ごはんはこれで出来上がり。
「美味しいですか?」
「まあまあだな」
師匠のまあまあは、美味しいレベルで言ったら高い方なのよ。
今日は及第点ってところかしら。
そのまま私も席につき一緒に朝ごはんを食べる。
普段なら師匠は食事中話しかける事は少ないのに、今日は珍しい事が続くようで、師匠から話しかけられた。
「おい、エラ」
「ん!……はい。なんでしょうか」
「お前、そう言えばこの前、十五になったよな」
「ぇ、ぁ、はい」
なんだろう、この不穏な雰囲気。
師匠がこんな話し方をしてきたら絶対ろくな事が無い。
今回も厄介なお使いや頼み事されるのだろうか。
「お前、今日から学校通え」
「はぁ、学校…………、ん!?学校!?」
「手続きはもう済ませてある。荷物も見繕っておいた。あとは今からお前が向かえばいいだけだ」
「ちょっ、ちょっと待ってください師匠! 今なんて言いました!? 今から向かうのどうのこうのって」
聞き捨てならない!
思わず椅子から立ち上がった私は、思いっきり机にバンッと手をついて師匠に反抗の姿勢を見せる。
いつもの無茶なお使いや頼み事ならまだしも、今まで学校なんて通った事なんてないのに今更学校!?
「ちょっと待ってくださいよ! 急に学校って何なんですか!?」
「そのまんまの意味だ。ほれ、荷物だ」
「ぎゃっ! 何!? おもっ!!」
突然背中に重い何かがくっついて尻もちをついてしまう私。
おっもーい! 何なのこれ!
後ろを振り向いてみれば、そこにはめちゃくちゃ大きなリュックが私の背中に装備されてて。
「お前が今から向かうのはウィンターズ魔法学校だ。頑張ってこいよ」
「へっ…………!!!!」
最後の師匠のセリフの後、私は家の床の上に座り込んじゃっていたはずなのにフッと床の感覚がなくなり、平衡感覚もなくなり、ぐるりと世界が反転していた。
「こんの、血も涙もない冷血腹黒暗黒俺様何様クソ師匠ぉおおおおおおおおおお!!!!
死んだら化けてでてやるんだからぁあああああああああああああ!!!!!!」
「ヒヒィイイイイイイイイインンン!!!!!」
これで冒頭へと戻るのである。