死刑執行?俺にやらせろ!
山田刑務官の事が知りたいってのはあんたかい?
変わった人だ。いいよ。座んな。
山田さんはね。うーん。『鬼』とか『悪魔』とか『死神』って呼ばれてたな。
極悪非道な死刑囚を差し置いてそんな呼ばれ方される人。あの人しかおらんよ。
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『おい。お前。怖いか?よかったなぁ。明日には死ねるぞ?俺が憎いか?でも俺は明日も生きれる。ざまぁみろ』
死刑をね。前日に知らせる時代もあったんだわ。
そん時に山田さんは一晩中寝ずに死刑を控えた男と話し続けた。
明日死ぬことが確定している男に延々と説教するんだぜ?
悪魔だよ悪魔。
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『がんばれよ』
これは伝説になってる一言だよ。
絞首台に向かうまでの道を死刑囚が歩いてるときに言ったんだよ。
そいつは泣きながら自分の罪を悔いてた。
刑務官一人一人にお世話になりましたーってよ。
普通はなんも言えねぇよ。
これから死ぬ人間にあんたはなんか言えるかい?
『がんばれよ』はねぇよ。
・
パニックになって暴れる死刑囚もそりゃあいたよ。
『死にたくない!助けてくれ!』って。
山田さんは柔道がそりゃあ強かったからそいつを笑いながらぶん投げてた。
『暴れてくれた方が楽しい』
……だってよ。
・
『なんもねぇんだろ?テメェみたいな空っぽな人間はよ!』
って紙をクシクシャに丸めて部屋の隅にぶん投げた。
死刑囚はな。最期に言い残したいことがあるなら言えるし遺書を書くことも出来る。
山田さんはその紙をぶん投げたんだぞ?お前には遺書を書く資格もねぇってさ。
『お前が殺した人間は遺書なんて書けなかった。言い残した事もたくさんあっただろう。殺したお前が遺書を書けるのはおかしい』
いや理屈は分かるけどよぉ。うん。山田さんといるとどっちが犯罪者か分からない変な感覚になったな。
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『知るか』
これもお前さん。伝説の一言だぜ?
死刑囚の首に縄を掛けてよ。後はボタンを押すだけ。
そん時に死刑囚は言ったんだよ。
『俺の死を覚えておけ!俺は落下で舌を噛む!糞尿をひりだして死ぬんだ!その光景をお前達は一生忘れられないんだ!苦しんでいきろ!ざまぁみろ!人殺し!』
それにたいしての山田の返答がそれよ。
……鬼だよなぁ。
・
『しゃらくせぇなぁ』
そう言って山田は全てのボタンをスロットみたいにボンボンボンと押した。
死刑囚が首に縄を絞められて床の上に立つだろ?
その床を抜くためのボタンが複数あってそれを俺たちは同時に押すんだ。
誰が殺したかが分からない様にな。
中々押せないよ。分からないといっても自分のボタンが当たりだったらと思うと神経をやられる。
でも山田は躊躇う俺たちをニヤニヤ見ながら全部のボタンを一人で押したんだ。
・
そんな人間なのに山田は誰よりも死刑囚に好かれていた。
人ったらしってのかなぁ?
死刑執行の日までは本当に優しくて当日になると鬼になる。
仲良くなって死刑の日に冷たくして精神的ショックを与えるのが目的だったのかもな。
山田ならありうる。
・
もう夜も深いな。
こんなもんでいいのかい?ところでなんであんたは山田の事なんか……えっ?あんた山田の息子かい!?今度刑務官になる!?おいおい先に言えよ。
血は争えねぇなぁ。山田は元気にして……そうかい。死んじまったかぁ。
なんだい?こりゃ?分厚いファイルだね。
ううん?……おいおいおい。
あんたちょっと説明してくれよ。
・
『お前のお父さんは人殺しだ。もう何人も殺した』が父の口癖だった。
父は毎日毎日死刑囚の話をするので僕は大嫌いでしたよ。
ある日聞きましたよ『なんでそんな死刑囚の話ばかりするんだよ!?』ってね。
そしたらね。このファイルを見せてくれたんです。
『誰にも言うな』ってね。
はは。約束を破っちゃいました。
死刑囚一人一人の良いところ。性格から好きな食べ物やらエピソードやら自作の似顔絵なんかもあったりしてね。
『これは私の罰なんだよ』
と父は言いました。
『こいつらは極悪人だ。だから死刑になる。極悪人には罰が必要だ。それが死刑と忘れられないことなんだよ』
僕は聞きました。
『人は二回死ぬ。命を失った時と忘れられた時だって誰か言ってたよ』
『うんうん。お父さんもそう思うよ。だからこいつらの良いところだけ覚えていてあげるんだ。悪いことだけ覚えられているのは死んでなお罰を受けるということ……可哀想だろう?』
当時はよく分かりませんでしたけどね。大人になったら少し分かった様な気がします。
死んでから『良いところを思い出すのはご褒美』で『悪いところを思い出されるのは罰』って。
人を殺した人間が死刑になるのは仕方がない。
でも死んでまで罰せられる事はない。
実際そうです。死刑になる人間を『酷い奴だった』と思い出す人はいても『あいつの良いところはここでこんな良いところもあった。もしかしたらこんな良いところもあったかも』なんて思い出すのは父だけだったと思います。
『極悪人を殺す代わりに極悪人と全力で向かい合い、良い所を探してそれを死ぬまで忘れない。それがお父さんの罰だ。実はお父さんと彼らはフェアなんだよ』
えっ?意外ですか?実は僕。父には殴られた事も怒鳴られた事も無いんですよ。
『亡くなった被害者の為に死刑囚に絶望と死を与える代わりに死刑囚一人一人を誰よりも理解してあげて死後は良い所だけ覚えている』
……ファザコンみたいだけど二つとも誰もやりたがらないけど死刑制度のある日本には必要な仕事じゃないですか?それを一人でこなしていた父こそが理想の刑務官なんじゃないかって……やっぱりファザコンっぽいですかね?
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山田の息子さんが帰ってからしばらくぼおっとしていた。
『山田さんありがとうございました』
『山田さん。俺には分かるよ。無理させてすまねぇ』
『山田!約束だからな!覚えててな!』
思い出せば執行日にそう言う死刑囚が多かった。
山田は鬼になりたくてなってた訳じゃなかったんだな。
俺たちの代わりに鬼になってくれた。
そして俺たちの代わりに仏の役もやってくれていた。
なんだか情けねぇや。
俺が思い出すのはあの時『自分は辛かった』って事ばかりだ。
山田のが辛かったろうにな。
情けねぇ情けねぇと朝まで呟き。俺が次の日からやろうと思ったのは『山田の良い所だけ思い出す』事だ。
出来ねぇ事はねぇ。山田の良いところはまず……
さあてそこを思い出す所から始めようか。