最後に一度(散文版)
実らなかった想いなんて、捨ててしまえば、あるいは忘れてしまえれば、全く問題のないものだ。
でもそれができないままに時を過ごし、それでもなお残り続けてしまった想い。それはなかなかに始末に困る。
どうするのかと言ったら、そういう想いは眠らせてしまうしかないだろう。
それは、聞き分けのない幼子のようなものだから。思い通りにならないと、泣きわめいて私を振り回す。だから起こさないように、そっと静かに眠らせるんだ。ずっと、ずっと。
心の底で眠っている想い。それに気づかない振りをしても、時を過ごすことはできる。日々を重ねることはできる。
その日々の中で、私は怒り、笑い、泣き、そして愛するだろう。その日々は私の中に何某かの傷痕を残し、そして私をを少しづつ変えていくのだろう。
そのように積もった月日は、けして無駄なものではないだろうし、その中に意味を見出すことだって、できるに違いない。
それでもなお、いつまでも消えずに残り、眠り続ける想い。それを揺り起こすのは、最期にたった一度だけでいい。
今際の際、その時そこにいる人々に別れを告げたあと、私はすべてのしがらみから解放されて、眠らせていた想いを目覚めさせることが許されるだろう。
そして、私はそこにはいない人の面影を思い浮かべる。ただそれだけで、十分なんだ。きっと。
解き放たれて目覚めた想いは、きっと機嫌よく笑っているだろう。
その想いを胸に抱いて、私は天へと昇る。二度と離さなくて済むように、二度と泣かせなくて済むように。しっかりとしっかりと抱きしめながら。