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白き翼のセレナーデ  作者: 柚月 ぱど
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第二部 3 市場(バザール)にて

 ブランカの背中に、荷物を懸架する用のサドルを装着させる。このサドルは人が一人乗れるように設計されていて、街の鍛冶屋に特注品として作らせたものだ。長距離を移動する任務などの際には俺がブランカの背に乗って、馬の代わりとして用いることもあった。

「よし、良いぞ」

 サドルを装着させて、ブランカから離れた。彼女は少しだけ動きにくそうに身体を振ったが、それでもすぐに立ち上がって出発しようとしてくれる。俺は頷いてマリィの方に振り返った。だけどマリィはブランカの方をジッと見つめていて、動こうとはしない。

「どうした? 何かあるのか?」

 とそう尋ねて、気が付いた。マリィの奴、恐らくブランカに乗ってみたいらしい。しかしブランカの背に乗るのは必要に迫られた時以外はしないようにしていた。そもそも馬じゃないのだし、騎乗するのはブランカにとってもストレスがかかる。だから安易に乗らないようにしているのだ。

 しかし、ブランカはマリィの気持ちを汲み取ったのか、彼女の方に近づいていき、乗りやすいようにかしゃがんだ。マリィはそれを見て目を輝かせるが、ハッと気が付いたようにこちらに窺うような視線を送ってくる。

 半ば呆れて、腰に手を当てながら溜息を吐く。

「……ブランカが良いのなら別に構わん。ただし大人しくしてろよ?」

 俺の言葉を聞いて大きく頷いたマリィは、そのままブランカの背に乗った。まぁ俺が騎乗するよりだいぶ軽いだろうから、ブランカ的にも楽ではあろうが。

 そんなこんなで、俺たちは外周区の市場に向けて歩き始めた。少しだけ後ろを振り返ると、ブランカに乗ったマリィが嬉しそうに周囲を見回している。きっと普段は見られない高さで風景が流れていくのが面白いのだろう。そんな様子を盗み見ながら、俺は街の市場を目指す。

 寝床にしている廃教会は外周区の郊外に位置しているから、連合同盟やその他街の施設を訪れようとなると意外と距離がある。寝床を市街地に置かないのは、暗殺者だった頃の名残だ。今はあまりないが、俺を恨んでいる連中が復讐の機会を探っている場合も考えられる。だからそもそも俺の寝床の場所を知っている人間は限られているし、人里からは離れた場所に位置しているのだ。

 しばらく旧世界の遺跡を横目に見ながら進んでいると、ようやく人の気配が感じられる場所までやって来た。旧世界では俺の寝床周辺も住宅地だったようだが、その殆どが倒壊していた。それは経年劣化によるものが大きいだろうが、住処である教会が一棟――ボロボロとはいえ――残っていたのは奇跡だと言える。元々は住居であったのだろう遺跡が乱立する世紀末な風景が教会の周りを包んでいるが、それ以外にもある程度の樹木が立っていて、自然と人工物の調和が皮肉ながら楽しめる。寒冷化が進んで人間が食用とする植物は基本的にあまり育たなくなったが、それ以外の寒冷地で育つ植物は活発に生育するようになった。旧世界のニホンとは生態系がだいぶ異なっていると聞いたことがあるが、本当なのだろうか。まぁ今の俺には知る由もないのだが。

 そんなことを考えていると、すぐに街へ到着した。街と言ってもそう大層なものではないが、それでも連合同盟が発足してからはある程度活発になった。市場もできたし、住宅地も整備された。まさに連合同盟万歳だが、それでも天使の生誕(エンゼル・フォール)の情報については暫定政府側に独占されている。少しくらい開示して、こちらにも協力して欲しいものだ。

 街に着いて、初めてではないというのにマリィは周囲を見回して顔を輝かせていた。まぁ前に見る景色と少し違うからなのかもしれないが、あまり目立つことは止めて欲しい。まずありえないと思うが、暫定政府側に監視されている可能性もあるのだ。

 俺たちは街中を進んですぐにある市場に向かった。そこでは小規模だが露店が開かれていて、他の場所に比べたら活気がある。マリィも物珍しそうな表情を浮かべていた。

「さて、まずは弾薬か」

 独り言ちて、常連の武器屋に向かう。露店の周囲を通り過ぎる人々は基本的に一人ではなく、馬やロバの類を連れていて、俺と同じように荷物持ちをさせるためだろう。車や二輪車という選択肢も存在はするが、あまり普及していない。それは燃料が基本的には採取できないからで、そもそも車や二輪車を持っている人間も多くはない。燃料の採取プラントも機能しておらず、旧世界の遺跡から鹵獲サルベージするしかないのだが、それでも腐っていたり濁っていたりで使えないものが多かった。

 確かに白狼を連れている客は俺たち以外いないが、別に衆目の視線を集めるといったことはない。それはここにいる人々が他人に興味がないからだ。連合同盟が統制をギリギリのところで保っているとはいえ、終末の世界であることに変わりはない。物資も枯渇の一途をたどっているし、いつ供給が断たれるかわからない。ここにいる人間たちは、今日一日を生きていくことで精いっぱいなのだ。そういう人間たちは自分のことしか興味がなくなる。だから他人がどんな運搬手段を使っていようが、関係ないと興味を示さないのだ。

 少しだけ移動すると、すぐに常連の武器屋が見えてきた。武器と言ってもそう大層なものは売っていないため、俺は弾薬を購入するために使っていた。現在でも弾薬は貴重な品で、無駄遣いはできない。しかし戦闘に陥れば絶対に使わなくてはいけないので、その匙加減が重要だった。

 俺はマリィに待つよう指示して、武器屋に顔を出した。適当に掛けられた暖簾をくぐると、中年の男が顔を上げる。

「ああ、シリウス。久しぶりじゃねぇか」

 彼は昔からの知り合いでバナードと言う男だ。中々大胆な性格をしていて嫌いじゃない。

「そうだな。最近は弾を使わなかったからな」

 そう言って店の内部を見回す。品揃えに大した変化はなさそうだが、どれも値段が上がっているのが気になる。

「ってことは、新しい武器か? お前さんも知っているとは思うが、そう立派なものはないぞ?」

 バナードは彼の背後にある小銃の類を見やって、小さく溜息を吐いた。このご時世武器が入手できるだけでも恵まれている。まぁ武器屋としては物足りないかもしれないが。

「いんや。今日は弾薬だ。ちょっと前にだいぶ使ったんでね。補給だよ」

 そう言って、俺は7.62mmの小銃弾の在庫を見せて欲しいと告げる。バナードは頷いて、座っている椅子の横から弾薬のパッケージを取り出して、こちらに見せた。

 箱を空けて中の弾薬の質を確認するが、どれも粗悪品で弾詰り(ジャム)が危惧される代物だった。

「他にないのか? 多少値が上がっても構わないぞ」

 そう尋ねるが、バナードは首を横に振った。

「それがウチで一番高い弾薬だよ」

 俺は驚いて、もう一度渡された弾薬のパッケージを見返してしまう。それは旧世界の遺跡からサルベージされたもののようで、書かれている文字を理解することはできなかった。

「鹵獲品も優良な品はもう在庫がないんだ。外国では弾薬を作っている工場もあるが、どこも物資不足だからか値段が馬鹿みたいに高くて輸入できん。近場で鹵獲した品だとこれが限界だ」

 とは言っても、地元の鹵獲品だとは言え値段が高すぎる。と、俺の感情か顔に出たのか、バナードが溜息を吐いた。

「鹵獲品も底をつきそうでな。もう遺跡から回収が難しそうなんだ」

 俺は細かく頷いて、パッケージに目を落とした。鹵獲品と言うからには、いつか回収ができなくなって枯渇する日が来る。その現実が目の前まで来ているだけであって、決して予想していなかった未来ではない。しかしこうも目の当たりにしてしまうと、本当にこれから生きていけるのか不安に感じてしまうものだ。

 不要な思考を振り切って、仕方なく今持っている弾薬を購入することに決めた。

「悪いな、シリウス。気が向いたらまた寄ってくれ」

 俺は弾薬のパッケージをウエストバッグに仕舞いながら、片手をあげてバナードの言葉に答えた。


 武器屋から出て、俺はマリィと合流した。彼女は物珍しそうに周囲を見渡していて、まるでマーケットに来るのが初めてだと言わんばかりだ。俺はブランカを伴って取り敢えずマリィの生活必需品を買い漁った。昨日は最低限の衣類しか買えなかったので、必要最小限度の衣類や消耗品を中心に購入する。とは言え娯楽の品も少なく、買うものも限られては来るのだが。普段は市場で水の配給が行われているが、今日はそれがないからか、いつもよりかは閑散としていた。しかしこの街で一番人が集まる場所ではあるので、人通りは少なくないと言える。

 しばらく物品を買い漁って、そろそろ廃教会に戻ろうかというところ。ブランカに荷物を懸架させて、マリィの方を確認した時だった。マリィはずっと一点を見つめていて、何かにご執心のようだ。

 俺はブランカの身体を避けて、マリィの視界の先を探る。マリィが見ていたのは宝飾品の露店らしい。宝飾品と言っても現在は加工技術がないから、殆どのものは鹵獲品だ。しかし高価なことには変わりはない。マリィの実際の年齢は知らないが、こういう装飾品に憧れる年頃ではあるのだろう。マリィは宝飾品店の中で、一番綺麗な白い髪飾りを見つめていた。

 俺の中で、二つの選択肢が生まれる。もちろん、それはマリィに対して何か一つ安物でも買ってやろうかという気持ちと、止めておこうという気持ち。マリィは安全な状態で手元に置いておきたいし、本来であれば何か一つ買ってあげた方が良いのだろうが。しかし俺は胸の中の引っ掛かりを知覚して、若干意固地になっていた。当然ながらそれは“彼女”の件で、マリィに宝飾品を買ってあげることは彼女に対する裏切り、そして自分の弱さを認めることになってしまう。とそこまで考えて、俺は大きく溜息を吐いた。

「行くぞ」

 短く告げると、マリィは少しだけ悲しそうな表情になった。しかしすぐに普段通りのポケッとした表情に戻る。俺はそれを見て、少しだけ心を痛めた。短い付き合いだが、マリィは歳不相応に諦めが早い。それはどうにもならないことにぶつかって、そして諦めざるを得なかった過去を持っているような。そんな雰囲気を感じさせるのだった。

 俺はブランカを引き連れて、市場から出ていく。しかしその中で、マリィは少しだけ後ろ髪を引かれるような感じで、宝飾品店を見つめていたのだった。ちょっとだけ人間らしい感情が見られて安堵したが、俺は自分の選択が正しかったのかどうか、少しだけ疑問に感じるのだった。

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