表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白き翼のセレナーデ  作者: 柚月 ぱど
5/30

第一部 4 アリス・イン・ザ・ヘル

 死屍累々。その言葉がここまで似合う状況は、あまりないと言えよう。

 そこまで広いとは言えない中央ブロックに、白い服を赤で汚した信徒たちが重なるようにして倒れている。その隣には黒衣の暫定政府軍が転がっており、彼らもまたその戦闘服を血に染めて息絶えていた。研究施設の一角は死体の山で覆いつくされており、死の楽園とも形容できそうな惨状が広がっている。皆が死んでいた。ここに存在する生者は俺だけであり、まるで世界に一人取り残されたかのような感覚が胸の内に広がる。

 だけど、この惨劇を作り出したのは間違いなく俺だ。きっかけは暫定政府軍かもしれないが、俺がもし彼らに協力していれば、もしかしたらあの四人は救えたかもしれない。それは選択肢としては不適当だが、可能性としては存在していた。しかし俺はそのような選択をしなかった。合理的に、かつ機械的に連中を全て排除することが近道だと判断し、無慈悲に殺し合わせて死滅させた。本当に、人がするべきことではない。人間は生まれもって善か悪かという論議が存在するが、きっとそれはどちらも適当ではないのだろう。人は生まれながらにして自分の利益に純粋であり、それ以上でもそれ以下でもない。だから善にも悪にもなれる。そういう見方が存在するだけで、人はどうしたって純粋なのだ。

 連中が全滅したはずだとは言え、もしかしたら死に損ないがいるかもしれない。油断することなくAKを構えながら、俺は中央ブロックへ進入する。小銃のバレルにマウントした懐中電灯を付けて死体を確認しながら先に進むが、流石に生き残りはいないようだった。流石にこの至近距離で殺し合いともなれば、流れ弾で早死にはせど死に損なうことはなかっただろう。ミハイル教徒の人々は誰しも身体のどこかが欠損していて、綺麗な亡骸と言うものは存在していなかった。小銃弾の威力と言うものは拳銃弾の比ではなく、そもそも防護アーマーを貫通することを想定して設計されている――らしい――のだから当然と言える。身体中穴だらけの死体もあり、男性か女性化の区別もつかない死骸もあった。天使の生誕(エンゼル・フォール)以前の世界は平和が基調となっていたという話もあるが、そいつらからしてみれば人間の死に方じゃないと思うだろう。しかし戦場ではこのような死体は珍しくない。もっと酷い死に方をする場合だってあるし、ある意味死ねるだけ幸せだとも言えよう。それこそ“彼女”のように死に損なっていては、生きているだけで苦痛であっただろうから。

 思い出したくないことを想起してしまって、顔をしかめる。今でもあの時のことはトラウマで、できる限り思い出したくないと思っている。人間勝手なもので、他人の死はどうでも良いくせして、身内が死ぬのは嫌なのだ。それは人として当然かもしれないが、人間という同胞単位で見た場合は薄情なのかもしれない。

 AKを構えながら死体の検分を行っていたが、俺以外の人間は間違いなく死んだようだった。それはミハイル教会の連中も暫定政府軍も同様だ。一応暫定政府軍の装備や所属を確認しに彼らに寄るが、そこである違和感に気が付く。

 黒い戦闘服に身を包んだ四人すべてが、ガスマスク以外の防護措置を施していないのだ。それは爆心地という高濃度の放射能が蔓延している場所において、あまりにも不釣り合いだった。俺は全身を防護服で覆って戦闘を行ったが、ミハイル教徒はともかく帰還が想定されているはずの暫定政府軍が何故こんな装備で送り込まれたのだろうか。ガスマスクは当然としても、全身を防護しなくては肌が被曝してしまう。彼らはどうしてガスマスク以外の防護措置を施していないのだろうか。

 少し思案して、俺は信じたくない結論に至った。

 暫定政府軍の四人が帰還を想定されていたのは当然だ。しかし彼らはガスマスクしかしていなかった。そうなると考えられるのは、『ガスマスクのみで防護手段としては十分である』ということだった。

 暫定政府軍の連中が途中で不調をきたしていなかった以上、ガスマスクで防備は万全だったのだろう。ミハイル教徒の数人が巡礼中に倒れたから、ガスマスクは必要だと言える。しかし爆心地は高濃度の放射能で汚染されていて、全身を防護しなければ被曝してしまう。

 そうなると、間違っているのは『爆心地が高濃度の放射能で汚染されている』という情報だ。連中の前例がある以上、全身を防備しなくても問題はないはず。すると今までの通説であった爆心地の毒素が放射能ではないことになる。しかしそうすると第一級汚染区域は、一体何で汚染されているというのか――?

 しばらく考えたが、有効な結果は得られなかった。ここで考えても仕方ないだろう。とにかく今の目的は中央ブロックを調査することだ。

 気を取り直して、中央ブロックの中枢の方向へ向き直った。何かあるとすればあちらの方向だろう。一人頷いて、死体の山を乗り越えていく。床は大量の液体で滑り易くなっていたため、慎重に歩を進めていく。防護服越しでもわかる血生臭い臭気が辺りに立ち込めていた。そもそも匂いが若干伝わる時点で防備は完全ではないため不安だが、ミハイル教徒たちもすぐに死んだわけではないため、過剰に心配する必要もないだろう。

 死体の山を越えて、俺は中央ブロックの中枢に到着していた。そこには巨大な構造物――もとい装置のようなものが設置されていて、用途はわからないものの何かの実験をしていたということは伝わってくる。暫定政府の連中はここまで来たことがあるのだろうか。奴ら以上の情報を掴むのは困難であろうが、できる限りの情報は仕入れておく必要がある。今後の連合同盟のためにもだ。

 そう思って歩を進めていたが、眼下に何かのオブジェクトが設置されていることに気が付く。それはまるで棺桶のようで、横長な直方体の形を取っていた。

 そして、更なる違和感を覚える。それはその構造物は少しだけ明かりを灯しているようで、電力供給が行われていたからだ。

 この施設は廃棄されて数百年が経っているはず。だから電力がまだ供給されているというのはおかしい。もしそれが事実ならば、この棺桶に何かの重要な事実が眠っているはずだ。

 逸る気持ちを押さえながらも、早足で棺桶の方に歩み寄る。段々と視界の内に棺桶の中身が映し出されて行って、俺はその内部の“モノ”に言葉を失った。

 その中に入っていたもの。それは安置されている場所が棺桶だからか、一人の少女が眠っていた。生きているのか死んでいるのかはわからない。ただまるで今にも動き出しそうなほど、彼女には生気というものが宿っている。そして更に驚いたのは、その少女の顔立ちがあまりにも“彼女”に似すぎていることだった。まるで生き写しだ。俺は目の前にあの少女が安置されているのかと錯覚して、脳内は混迷を極める。落ち着け、そんなことはない。ただそっくりだけだ――。俺はそう自分に言い聞かせて、少女の観察を再開する。

 棺桶はガラスケースに覆われているようで、少女は棺桶のサイドから光で照らしだされていた。それは少女の背中から後光が差しているようで、神聖な何かなんじゃないかと疑念を抱かせる。天使の生誕(エンゼル・フォール)の爆心地に眠る少女。その字面だけで、彼女の特別性を示していた。

 俺は何を思うでもなく、AKから離した指先を少女のショーケースへ伸ばした。段々と指先が近づいていき、そしてガラスケースに触れる。すると柔らかい機械音が聞こえて、ケースのガラス部分がサイドに吸い込まれていった。それと同時に棺桶から冷気のようなものが流れ出て、俺の身体を優しく冷やした。

 棺桶に安置された少女。彼女が空気に触れて、髪先が風に揺らいだ。

 その様子を呆然と見つめていたが、ふとその少女の瞼が動いた。俺はハッとして、AKを少女に向けようとして、止める。彼女は武器の類を持っていない。だからもし目醒めたとしても、こちらが有利であることには変わりない。少女が一体何者であるかはわからないが、見た限り人外ではないだろう。

 少女がゆっくりと目を開いて、天井を見据えた。中央ブロックの天井は高く、少女は焦点を合わせるのに少し時間がかかったようだ。

 天井を見つめて、そしてその視線はこちらに向く。彼女の隣に佇んでいるのだから当然だ。少女はぼんやりとした目線をこちらと交錯させて、少しずつ現実感を取り戻しているようだった。

 俺は何をどうしたら良いかわからず、少女の方をポカンと見つめ続けている。彼女はこちらを見据えて、そして小さく口を開いた。

「あなた、誰……」

 彼女は一言、囁くようにそれだけを呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ