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白き翼のセレナーデ  作者: 柚月 ぱど
19/30

第四部 4 強襲、ミハイル教会

前回のあらすじ

マリィから”自分を通して他人を見ている”ことを指摘されたシリウス。彼はマリィから自分を見て欲しいと懇願されるが、マリアとの過去を振り切れず、そのまま拒絶してしまうのだった――

 旧東京外周区の一角、普段はまばらな明かりが灯るだけの街に、煌めくような無数の光が宿っていた。その明かりは人の波と共に揺らめき、眠気を誘うように輝いている。明かりの元となったランプを持つ人々はその全てが武装を施していて、まるで死地に向かう軍人のような様相だった。しかし彼ら――いや俺たちが向かうのは、神のましわす聖堂なのだが。

 巡礼の隊列は暫定政府軍のガブリエルと連合同盟軍のバレンティーナを先頭にしていて、俺はバレンティーナの左斜め後ろに待機していた。ガブリエルは軽装だが、俺とバレンティーナは完全武装を施している。ここまで派手にドンパチやりに行くのは久しぶりなので、どこか戦いに焦がれるような焦燥感と、胸をじわじわと侵食するプレッシャーの重みを知覚する。俺もバレンティーナも本当に久しぶりの戦争だ。だからこそ昔以上に緊張していたし、それ以上に期待感もあった。

 しかし、やはり大聖堂内での戦闘は不確定要素が多い。“祝福”がどれほどの効果を持つか知らないが、こちらとしては対麻薬兵を想定した戦闘を行わなければならない。それに連中の戦闘員の総数も今のところ不明だ。こちらとしても大部隊を動かせるわけではないので、当然のことながら敵は少ない方が楽ではあった。まぁミハイル教徒の母数自体はかなり多いので、敵兵も少なくはないだろう。しかしどれほどの人員が大聖堂に配備されているかわからないが、無警告で急襲を行う以上、情報が漏れていなければミハイル教会側は防衛の準備ができないはずなので敵の意表を突くことはできるはずだ。

 しばらく隊列は前進を続けて、まもなく大聖堂の目の前まで到着する。大聖堂の前はこの前ガブリエルの依頼で訪れた時と何ら変わっている様子はなく、今のところ連中に急襲の事実が伝わっている様子はない。この作戦で重要になるのは、大聖堂の確保の他に教主の拘束がある。今日という日の作戦行動は、間諜からの情報で教主が大聖堂に在留している日を狙って行われていた。教主はミハイル教会の現人神的存在であるので、彼を確保することがミハイル教会への強襲を成功させるうえで一番重要なファクターであると言えた。

 隊列が大聖堂目の前まで接近し、ガブリエルが静止の合図を出す。それに応じて全軍が停止した。全軍と言っても、密告を警戒して大部隊を動かせていたわけではないため、数は多くない。しかし大聖堂からの逃げ場を失くすためには必要最低限の人数を揃えている。万が一教主が大聖堂から逃げようとしても確保できるという保険だ。

 見張り番は今のところ見当たらない。まぁ交代の時間を狙ったから当然ではある。その隙を逃さぬようにガブリエルは部隊に大聖堂を包囲するよう指示を出した。俺やバレンティーナは突入班であるため、その場で待機する。

 待つまでもなく、大聖堂の包囲が完了したようだ。ガブリエルはその旨の報告を受けると、部下らしき男から拡声器を受け取って、そのスイッチを入れた。

「――ミハイル教会現教主に告ぐ。大聖堂は暫定政府と連合同盟によって包囲された。我々は教会が違法薬物を使用し民を教化している事実と証拠を所持している。これはノクターン法典第八十四条と連合同盟規約第十九条に違反する犯罪行為だ。以上の容疑により教主を拘束し、大聖堂を開放する。無抵抗のまま教主と大聖堂を差し出せば攻撃行動は中止する。しかし抵抗すれば武力行使を辞さない覚悟がある。以上を留意し、返答せよ」

 ガブリエルの声が反響して、そして静寂が訪れた。この声量で声が聞こえなかったということはあり得ない。何か行動を起こしてくるかと警戒していたが、大聖堂周りに変化はなかった。こうなると相手側の返答待ちだが、時間をかけすぎると逃げる暇を与えてしまうことになるので、事は迅速に運ぶ必要がある。

 一分が経過し、ガブリエルは息を吐いた。この調子だとミハイル教会側からの返答はないだろう。最低限の組織的な礼儀は済ませたわけだし、前提として教会側が無血開城を行うことはあり得ないだろう。俺たちとしてはこれからが本番だった。

「――沈黙は我々の行動に対して全面的に同意することと見なす。――交渉は決裂した」

 ガブリエルは拡声器を部下に手渡して、片手を大きく振り上げた。それと同時に、俺たちは武器を構えて、いつでも突入できる準備を整える。ピンと天高く伸ばされた腕を勢いよく振り下ろし、ガブリエルは静かに告げた。

「突入班、攻撃開始」

 その言葉と同時に、間の抜けた発砲音が四方から響いた。それはいわゆる小銃弾を発砲したわけではなく、小銃の下部にマウントされた榴弾が放たれた音だ。俺の背中側から白い軌跡を描いて大聖堂の正門へ放たれた四つの榴弾は着弾と同時に爆音を放ち、木製の大扉を跡形もなく吹き飛ばした。一瞬だけ爆炎が視界を席捲するが、それが落ち着いたと同時にバレンティーナの絶叫が響く。

「突撃部隊は私に続け! 行くぞ!」

 彼女の叫びと同時に、後方に構えた連合同盟の精鋭たちが雄叫びを上げる。バレンティーナがこのように戦いの前線に立つことは久しぶりだが、彼女の恐ろしさはまだ健在の用だった。狂犬クレイジードッグのバレンティーナ。戦場を駆け巡る獰猛な猟犬の本能は、此度の戦いに狂喜しているようだった。

「シリウス、遅れるな!」

 バレンティーナの叫びに頷き返し、俺たちは大聖堂の正門に殺到した。少しだけ残った木片を足で蹴り壊して、G3を構えながら内部に入っていく。聖堂の内部には何人かの教徒たちがいて、各々珍客の登場に驚嘆しているようだった。

 聖堂内に抵抗者はいないらしい。今回の作戦は教主の確保がメインなので、前に侵入したあの最上階近くの部屋まで行く必要がある。ルートは確定的に判明しているわけではないが、一度侵入を経験した俺が先導した方が早いということで、このような編成となった。バレンティーナと俺の二人編成ツーマンセル。本来なら組織の長であるバレンティーナを最前線へ投入するのはおかしいのだが、これが連合同盟の結託が強い原因でもあった。頭領自らが戦地の最前線に立ち、戦う。その勇姿は数多くの連合同盟構成員を惹きつけて離さないのだ。

 ふと、視界の端に動く物体が見えた。それと同時に身体を聖堂の長椅子に隠す。ほぼ同じタイミングでバレンティーナも俺と同じ長椅子に身を屈めた。

「敵だ、身を隠せ――!」

バレンティーナの警告と同時に、発砲音が響き渡った。それは俺たち部隊員が存在する方向からではなく、聖堂の奥の方から。発砲音が聞こえたと同時に俺の傍にいた部隊員の頭が爆発して、そのまま地面に崩れ落ちる。

「くそ」

 舌打ちするや否や、聖堂内で銃撃戦が始まった。部隊員は各々長椅子に身を隠しつつ戦闘を開始する。どうやら、ミハイル教会側もある程度の武装を施していたらしい。もしかしたら、いずれこのような戦いに陥ることを予想していたのかもしれなかった。俺もタイミングを見計らって身体を長椅子から出して、G3で攻撃を行ってきたミハイル教徒たちを射殺していく。祝福で痛覚が麻痺している可能性があったから、なるべくヘッドショットを決めながら。やはりと言って良いのか、弾が外れて身体に当たった場合も、連中は痛がることなく撃ち返してきた。いくら銃弾に身体を晒しても、頭を砕かなければ死なない兵士。それはまるで亡霊のような超常的な現象のように思えて。バレンティーナも狙われていないタイミングで身体を起こして、ミハイル教徒たちを撃ち殺していく。その動きは洗練されていて、非常に安定していた。彼女の戦闘技術に淀みはないらしい。一応彼女を庇いつつ戦う動きを想定していたので、そこに限っては一安心だ。

 しばらく銃撃戦を行うと、ミハイル教徒の波は一度引いたようだ。聖堂内には部隊員と教徒たちの死体が巻き散らかされている。やはりある程度の消耗は避けられないらしい。俺はそれらの死体を跨ぎながら、取り敢えず聖堂の奥の方へ向かった。

「教徒の居場所は最上階だったな」

 バレンティーナの言葉に頷き返す。ここからは階段を上っていく必要があるだろう。

「三班はここで待機、一班と二班は続け」

 バレンティーナの指示が入り、部隊員が各々の所属に応じて散らばる。その様子を横目で見ながら、俺はバレンティーナの前を警戒するように進んでいく。

 聖堂を越えると、すぐに大きな階段が目に入った。階段を上りながらの戦闘は少し慣れが必要だったが、銃口管理さえ間違えなければ問題はない。俺は斥候としてバレンティーナの先を進み、階段を上っていく。途中教徒たちの特攻があったが、その全てを小銃で蹴散らす。教徒たちは別に銃の扱いに慣れているわけではないのか、非常に危なっかしいハンドリングで銃を乱射してきた。訓練された兵士より銃を持って間もない新兵の方が脅威であるとはこのことだ。しかし無作法に小銃を腰だめで乱射する教徒たちに、俺は確実なヘッドショットを炸裂されていく。背後からバレンティーナの援護もあるし、基本的に危ない場面というものはなかった。教主を守るために突撃してくる教徒たちを倒しながら進み、聖堂制圧のために部隊を分割していく。段々と戦力的には乏しくなるが、教徒たちに対して遅れを取ることはない。確かに祝福で痛覚が麻痺はしているものの、訓練を受けていない一般人が基本だ。数々の死線をかいくぐってきた俺たちの敵ではなかったらしい。

 しばらく敵を倒しながら先に進んでいくと、ようやく最上階らしき場所に到着した。辺りを警戒しつつ最上階に足を踏み入れるが、今のところ教主が逃げ出している感覚はない。最悪の想定として、教主が大聖堂に在留していない可能性もあったが、今考えても仕方ないだろう。俺は記憶を頼りに最上階を進んで、前に訪れたことのある教主の部屋の前まで到達する。

「ここが教主の部屋か?」

 背後からのバレンティーナの問いに頷き返す。彼女は頷いて、背後に控えている部隊員から散弾銃を受け取った。

「全員構えておけよ――」

 バレンティーナの合図と同時に、彼女は散弾銃の引き金を引いた。拡散された細かな散弾が部屋の鍵をぶち抜く。部屋が開放された瞬間に俺たちは扉を蹴破って中へ入っていった。

 各々が小銃を構えながら部屋へ殺到する。内部は前に訪れた時と何ら変わりない様相を示していた。俺はとにかく部屋の奥にある執務席に向かう。彼がいるとしたらそこが一番可能性としては高かったからだ。そして俺の予想通り、教主と思しき男は執務席に腰掛けていた。彼は机の上で指を組んで、そのまま俯いている。俺は油断なく小銃を構えながら、彼の傍へ寄っていった。

「――お前が教主のミハイルだな。――暫定政府と連合同盟から連行要請が出ている。同行してもらおう」

 小銃を突きつけてそう言い放つが、彼は何か言葉を発することはなかった。まぁ別に何か喋ってもらわなければいけないということもない。俺はそのまま彼の手に錠をかけようと傍によって、その背中に存在する“モノ”に気が付いた。

 俺は過去の記憶を思い出す。最初に大聖堂への侵入を試みた時。俺は教主の背中に異物があることを疑問に思っていた。それはまるで、空想上の生物を指すような形状だったから、見間違えだと勝手に納得していたのだ。しかし俺はそれを直接目にして、発する言葉というものを完全に失ってしまった。

 そう、彼の背中にあったものは――


 いわゆる、天使の翼のようなものだった。

次回予告

ついに教主を確保したシリウスたち。しかし件の教主の背中には天使の翼と思しき羽が生えていた。困惑するシリウスたちに、執務室に現れたガブリエルが衝撃の真実を告げる。次回『運命は、往々にして悲劇である』お楽しみに!

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