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白き翼のセレナーデ  作者: 柚月 ぱど
18/30

第四部 3 マリィの葛藤

アンケートへのご回答ありがとうございました! 一応サブタイトルを追加する方向で進めていきたいと思います~!

それと、一応手元では今作完成しているのですが、投稿が終了した後におまけ的なイメージで登場人物にフューチャーした小話を書こうかと(今のところは)思っています。需要あるかな......? 見てみたいキャラクターいたら教えてくれると、もしかしたら書くかもしれません。よろしくね!


前回のあらすじ

暫定政府への協力を承諾した連合同盟。来る作戦の前に準備を行うシリウスだったが、マリィとの約束を果たすため、ピクニックへと赴くのだった――

「この辺で良いか?」

 マリアの墓からだいぶ離れた場所で、俺は足を止めた。流石に墓の傍で飯は食えない。場所としては開けている場所にあるので、ピクニックとしては申し分ないだろう。昔この辺りでマリアとピクニックをしたことを思い出して、軽く唇を噛む。

「うん。――こんな場所があったんだね」

 マリィはそう言うと、腕を持ち上げて大きく伸びをした。未だに夜が明けることはなく、月明りと今付けたランプの明かりだけが頼りだった。しかし夜に慣れた俺からすれば十分すぎるくらい明るいので、食事がしにくいといったことはない。

 マリィは深呼吸をすると、一人ブランカのサドルから荷物を下ろし始めた。手伝ってやろうかと思ったが、まぁ彼女にやらせておけばいいか。実際ピクニックに行きたいと言い出したのはマリィだし、好きにさせよう。この場所なら、多少動いても誰かに発見されるという不慮の事態は起こらない。目下の問題はマリィの存在が暫定政府に勘付かれないようにすることだが、外周区の郊外まで目はないし、今のところ安心して良いだろう。

 マリィは弁当とシートを下ろして、食事する場所を見繕っているようだ。しかしこの辺りであれば基本的にどこでも平地で、大体は草地なのでシートを敷く場所には困らない。マリィは少し唇に指をあてて考えた後、近場の草地にシートを広げた。

 そのシートの上にマリィが弁当を載せたのを見て、俺はそのままシートに入ろうとする。だけどそこでマリィからダメだよという声がかかった。

「シートの上では靴を脱がないと」

 子どもを叱るような仕草でそう指示したマリィは、手本を見せるかのように自ら俺が買い与えたスニーカーを脱いでみせた。恐らく彼女が読んでいた本に靴を脱ぐということが示されていたのだろう。確かに俺もマリアとピクニックに来たときは靴を脱いでいた。そんなことを思い出して一人苦笑してしまう。

「ああ。そうだな」

 それだけ返して、俺は革製のブーツを脱いだ。基本的に靴を履いているから脱ぐのは若干の違和感だが、まぁルールなら仕方ない。脱いだブーツをシートの端に置いて、俺はシートの上に座り込んだ。マリィも俺に倣って、正面に正座する。

「お弁当、食べよっか」

 マリィの言葉に俺は無言で頷いた。すると彼女は横に置いていた弁当を持ち出して、俺の目の前で開ける。

 弁当の中身はかなり豪勢で、普段はお目にかかれない料理が多く存在していた。食材については俺が頼まれて買ってくるしかなかったが、それでもある程度数が決まった食材からここまでの品数を揃えるとなると、やはりある程度の技量が必要になる。そう言った面で言うと、マリィはこの前より大きく料理の腕を向上させたと言えた。鶏肉のから揚げに寒冷野菜のソテー、芋の煮込みにハンバーグ。どうやらここ数週間の生活で、俺の好みを少しは覚えたようだ。その気遣いが嬉しい反面、若干悲しくもある。それは弁当にマリアが俺の好きな料理を入れてくれていたことと重なってしまうからだ。

「……どう?」

 ふと、マリィから心配そうな声がかかった。どうやら黙って弁当の中身を見つめていたから、不安に思わせてしまったらしい。俺は少しだけ苦笑して、なんでもないと返した。

「じゃあ、食べよう?」

 マリィの提案に、俺は頷き返した。そしてマリィが出してくれた箸を持って、そのまま食事に入る。何から手を付けようか非常に悩ましいところだったが、俺はとにかく自分の好物から口に入れることにした。本来であれば好きな料理は最後に食べたいのだが、少年時代の名残で目の前に置かれた食事はすぐにでも口に入れる癖がついてしまっていた。それは日々の食事に困っていた時代で、誰に食事を奪われるかわからなかったからだ。今となってはそこまで気にする必要はないのだが、癖というのは習慣化されていて中々抜けない。まぁ別にどんな順番で食べても大差ないのだが。

 俺はまず鶏のから揚げを口に含んだ。肉というものは基本的に高価で、それは作物が育たず養鶏も難しいからだが、外周区では比較的鶏はメジャーな肉だった。牛や豚に比べて場所を取らなくて良いことが、国土の小さいノクターンに向いていたのだろう。から揚げを口に含むと、肉厚な触感が歯を刺激する。揚げ加減も絶妙で、中々に美味しい。揚げ物まで練習していたのはあまり知らなかったが、十分合格点を上げられる出来だった。

 なんとなく箸が進んで、寒冷野菜のソテーや芋煮込みにも手を付ける。これらは前にも作ったことがあったからかやはり美味い。極めつけはハンバーグで、高価な牛肉を使用しているがそれに見合うだけの美味さがあった。

 ふと顔を上げると、マリィが嬉しそうにこちらを覗き込んでいることに気が付く。食事に集中し過ぎていたらしい。若干の恥ずかしさを覚えるが、美味いものは美味い。マリィの料理が上達することに嬉しさと悲しさはあれど、それ自体は間違いではなかった。

「美味しい?」

 その問いに対して、俺は気恥ずかしさからまあまあだなと答える。しかしマリィもマリアと同様に俺の扱いがわかり始めていたのか、満足げに頷いた。しかしそのマリアを想起させる態度に、俺は胸を突かれてしまう。

「――どうしたの?」

 態度に出てしまっていたらしい。若干慌てて何でもないと否定するが、マリィは真剣そうな表情でこちらを見据えていた。

「シリウス。間違っていたらごめんなさいだけど」

 マリィは手元の弁当を置いて、真面目な表情でこちらを窺っている。何か非常に肝心なことを言われる気がして、俺は身構えてしまう。

「――シリウスは、私を通して他の誰かを見ている気がする」

 心臓が跳ねた。ここ最近で一番驚いたかもしれない。マリィの言葉は完全に図星で、俺の胸を完璧に貫くものだった。他人から見てもわかってしまうほどに、俺はマリアのことを引きずっているのだ。そのことを突きつけられたようで、呼吸が苦しくなる。

 俺の様子を窺っていたマリィが、とても悲しそうな表情になった。自分の推測が正しかったことに気が付いたからだろう。誰だって嫌だ、自分を通して他の人間を見つめられることは。失礼なことをしていたことは承知だが、どうしても謝罪の言葉が出てこなかった。

 そこで、マリィは悲しそうな顔を引っ込めて真剣な面持ちになった。

「ねぇ、シリウス。教えてよ。――昔何かあったんでしょ? 私、知らないと気持ち悪いから」

 その言葉を聞いて、俺は大きく溜息を吐いてしまう。ここまで来たら話してしまう他ないようだ。いつまでも黙っておくのは、それもそれで居心地が悪いだろう。そう思った俺は意を決して、自分の過去についてマリィに教えておくことにした。


 燭台の明かりを消して、俺は一人ベッドに潜り込んだ。毛布に包まるも冷気を完全に遮断することはできず、軽く身震いする。いくら服を着込んでもこの寒さに打ち勝つことは難しい。それくらいノクターン、いや世界は寒冷期を迎えていて、寒々しい思いをしなければならないのだ。

 俺は寒さに息を吐きながら、昼間のことを想起した。マリィとのピクニック。俺はマリィに図星を突かれて、仕方なく彼女に過去の話をした。それは当然マリアに関することで。俺が暗殺者をしていた頃の恋人。俺を献身的に支えてくれた彼女は、俺の仕事に関係した報復によって暴行されてしまう。もう殺してあげるしか道がなかったから、俺が最期に射殺した。そんなこの世界ではありきたりな過去を、マリィにつらつらと聞かせた。そして、そのマリアがマリィにとてもよく似ていることも伝えた。この場所が、マリアとの思い出の地であることも。マリィはハッとしたような表情になったが、すぐにとても辛そうな顔をした。結局その後はピクニックどころではなく、お互いに無言のまま食事を済ませて、そのまま帰ることになった。帰路でもお互いに何か話すことはなく、延々と間延びした時間が続いた。自分が悪いということをわかっていながら、謝る気はどうしても起きなかった。どうしてかマリアのことを他人に話したから、少し気が滅入っていたのかもしれない。だけどマリィが何か怒ってくることなく、そのまま無言でいてくれることが唯一の救いだった。

 寝返りを打って、溜息を吐く。やはり、マリィを傍に置いておくのは精神的に悪い。明日の大聖堂強襲が無事終わったら、バレンティーナに今後のことを相談しよう。そう思って、もう寝てしまおうと目を堅く瞑った時だった。

 自室のドアが控えめに開かれる。足音は聞こえなかったから、ブランカか――そう思ってはいたが、なんとなくブランカとは違う気配だ。しかし敵意のようなものは感じないので、俺はそのまま寝たふりを続けることにした。

「――シリウス、起きてる?」

 声の主はマリィだ。ブランカも今日は礼拝堂で眠っているはずだから、まぁ以外彼女ありえないのだが。だけど俺はマリィの呼びかけに答えず無言で様子を窺う。

 起きてないとすぐに諦めて部屋に戻るかと思ったが、マリィの気配は消えない。何の用かと思っていると、ふと毛布に違和感があった。それに気が付くと、マリィが俺のベッドの中に入ってきていることを理解する。

「――おい、何の用だ」

 たまらず俺は声を上げてしまうが、マリィは無言のまま俺の背中に張り付いた。そしてそのまま怯えたように俺の背中に腕を回す。つまり後ろからマリィに抱き締められた形になってしまった。

 一体何事だと警戒していると、マリィが細々と声を上げる。

「――私、あなたの役に立ってる?」

 俺は無言を返事にする。マリィは出会った時から、何故か自分の存在理由を他人に求める癖があった。それは彼女の精神的な何かに由来するものなのかはわからないが、どうしても理解できない。

「どうしてそう思う?」

 沈黙。しばらく無言の時間が続くが、

「私、起きたら自分の名前しかわからなかった。とっても怖かった。だけど、シリウスが私を匿ってくれた。だから、私はシリウスのために生きなきゃと思った。シリウスが喜ぶことをして、シリウスに認めて貰わなきゃと思った」そこでマリィは言葉を切って、「だけど、シリウスは私を見てない。私を通してマリアっていう女の人を見てる。胸の中がもやもやした。なんだか気持ち悪い。嫌なの、この気持ち。私はマリィなのに、マリアじゃないのに。どうして私を見てくれないの」

 俺を抱き締める腕に力が籠った。だけど俺は返す言葉を持ち合わせていない。事実として俺はマリィを通してマリアを見ていた。だから否定することもできないし、肯定も求められていない。俺はこうやってずっと、されるがままになっているしかなかった。

「私はマリィだよ。似ているかもしれないけど、マリアじゃない。どうしたら、シリウスは私を見てくれるの?」

 胸が苦しい。それは物理的な痛みではなくて、精神的な苦痛だった。マリアに瓜二つの少女が、マリアを否定して自分を見て欲しいと言っている。それは俺にマリアを捨てろと言っているようなもので、とても受け入れがたいものだった。自分がいかに汚い考えを持っているか思い知らされているようだ。マリィそのものを見ずに、マリアの代わりとして扱う。それは人間としてあまりにも非道なことではないか。しかし実際に俺はマリィをブランカのように、どこかマリアの代わりとして見ていた。マリアはもういないということを知っていながら、俺はなおも彼女を求めてしまうのだ。

 返す言葉がなかった。この場から逃げ出したい気持ちで胸が潰されそうだった。

「――部屋に戻れ。もう遅い」

 最後に俺の口をついて出た言葉は、そんな拒絶の言葉だった。

次回予告

マリィの意思を拒絶したシリウス。彼の内にあるマリアへの想い。過去のトラウマが、シリウスの足枷となっていた。そんな中、ついにミハイル教会制圧の日が訪れる。かなりの損耗が予想される中、シリウスは無事にマリィの元へ戻って来ることができるのか? 次回! 強襲、ミハイル教会 お楽しみに!

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