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白き翼のセレナーデ  作者: 柚月 ぱど
17/30

第四部 2 嵐の前の静けさ

こんばんは! 柚月ぱどです! 今日はあいにくの雨でしたが、風邪をひかないように気を付けましょう!

さて、話は変わりますが、次回から投稿小説にサブタイトルを付けようかと思っています。多分そちらの方が見やすいかと思うので笑 一応皆さんの意見を伺いたいので、お時間があればツイッターのアンケートに答えて下さると嬉しいです! それでは!


前回のあらすじ

暫定政府のミハイル教会潰しへの協力を確約したバレンティーナ。かなりの苦戦を強いられる作戦に、一度シリウスは自宅へ戻るのだった――

 連合同盟と暫定政府の会合を終えた俺は、一人帰路に着いていた。

 結局のところ連合同盟は暫定政府の提案を飲んで、ミハイル教会の打倒に協力することを約束してしまった。いくら天使の生誕(エンゼル・フォール)の情報が共有できるとはいえ、やはり危険度そのものは高い。本来であれば不干渉を決め込むところだが仕方なかった。今回ばかりは暫定政府の意見を飲むのが得策だろう。

 しばらく歩くと、まもなく廃教会が見えてきた。今回の件はマリィやブランカに直接関係ないとはいえ、流石に俺も大聖堂の制圧には参加するはずだ。かなりの苦戦が必至の作戦だ。もしかしたら俺だって負傷してしまうかもしれない。先にその旨を伝えておくべきだろうか。

 そこまで考えて、俺は首を横に振った。いや、黙っておいても構わないはずだ。だってマリィと俺は任務上の関係であるだけだし、個人的に心配してもらうような仲じゃない。ブランカは俺の様子からある程度察するだろうし言わなくて良いだろうが、マリィには黙っておこう。彼女は彼女なりに今の生活を受け入れようとしている。天使の生誕(エンゼル・フォール)の爆心地で眠っていた少女。バレンティーナとはマリィの記憶が戻るまで匿うという約束だ。それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ変に気を遣うような関係は望むところではなかった。確かにマリィは俺との生活に何か意味を見出しているように思える。しかしそれはマリィ一側面の考えだ。俺はマリィを特別視したくない。だからこれまで通りの関係で十分なのだ。

 そんなことを考えていると、俺はすぐに廃教会に到達してしまう。少し気怠さを覚えながらも玄関の大扉を開けた。軋むような響きと共に扉は開いて、こちらを向かい入れてくれる。それと同時に、またブランカが迎えに来ていないことを知った。あの白狼も少しはサボることを覚えたか。しかし何か不快な感情が湧き上がってくることはなく、なんとなく微笑ましい気分だった。ブランカはマリアが連れてきた狼だ。マリアが死んでから、俺はブランカをどこかマリアと同一視している部分があったように思う。だからこそ俺はブランカに多少甘いのかもしれない。

 大扉を閉じると、何か香ばしい香りが漂ってきた。それはもちろん礼拝堂の奥の方からで、今日もマリィが料理しているのだろう。時間帯的には昼だし、ちょうど会合終わりで腹が減っていたところだ。少し期待に胸を膨らませながらキッチンの方へ歩き、そして食事を楽しみにしている自分に気が付く。――認めよう。マリィの料理は日に日に上達している。それも過去のマリアの料理を思い出すほどに。だから俺はマリィの料理を口にするたび歓喜と悲哀に満たされてしまう。もうマリアはいないのに、マリアの生まれ変わりと一緒に暮らしている感覚。胸が引き裂かれそうだった。俺はマリィと出会った時から決めていたはずだ。彼女に入れ込まないと。いくらマリアに似ているからといって、勘違いしてはいけないと。そう思っていたはずなのに、どこかマリィに感情移入してしまっている節がある。それはきっと俺という存在を危ういものに陥れてしまって。危険だということがわかっていながら、それでもマリィを手放すことができない。バレンティーナに頼めば、マリィの処分などどうとでもなるはずなのに、それをしない自分がいる。それがやはり過去を拭えない自分の弱さを見つめているようで、とても悔しかった。

 キッチンに到着して、俺は中を覗き込んだ。そこには思った通り、料理をしているマリィと寝転んでいるブランカがいて、とても今の世界が崩壊寸前だとは思えないほど和やかだった。そんな二人の様子を見て、俺は唇を噛んでしまう。自分の内にある感情の波を上手くコントロールできない。どうして俺は二人を見てこんな気持ちになっているんだろう。しかしずっとそのまま突っ立っているわけにもいかないので、俺はキッチンの中へ入っていった。するとすぐにブランカがこちらの存在に気付いて、しまったといった風に立ち上がった。その様子を苦笑しつつ眺めながら、俺はこちらに振り向いたマリィと視線を交錯させる。

「おかえり、シリウス」

 ふと、マリィの姿がマリアに重なって見えた。俺は彼女をポカンとした様子で眺めて、そして自分の勘違いを正すように首を振る。

「どうしたの?」

 心配そうなマリィの言葉に、俺はなんでもないと返す。それでもマリィは心配そうな表情を浮かべていたが、ふと気が付いたようにフライパンを指さした。

「今日のメニュー、野菜炒め」マリィはそう言うと箸で野菜をつまんで、「味見して欲しい。美味しく出来たか不安だから。それで、美味しかったら――」

 ピクニックに連れて行って欲しい。マリィはそう呟いた。そういえば、そんな約束をしていた。マリィの料理が上手くなる兆しなんてなかったから俺は了承したはずだ。しかし現にマリィは料理の腕をかなり上げた。こちらが悲しくなるくらいに。だから今彼女の作った野菜炒めを食べて美味しいと感じたら、ピクニックに連れていくという約束を果たさねばならない。流石に約束を違えるほど腐ってはいないからだ。

 俺はマリィの野菜炒めを見つめて、そして覚悟を決めてそれを口に含む。野菜特有の甘味と苦みが口いっぱいに広がった。調味料の量やバランスも申し分なく、多くの人が旨いと答えるであろう出来栄えだ。短い期間でありながら、マリィは本当に上達した。そのことが嬉しくもあり悲しくもあり、俺は複雑な感情の渦に耐えねばならなかった。

「……美味しい?」

 気が付くと、マリィがこちらの様子を覗き込んでいた。視線が交錯して、俺は反射的に目を逸らす。しかし、マリィの飯が旨くなったのは本当だ。嘘を吐けばピクニックに連れて行かなくても良くはなるが、果たしてそれで良いのだろうか。

 俺は素早く脳内で思考して、結論を導き出す。――仕方ない、ピクニックに連れて行こう。半ば諦めるようにそう結論付けた。

「――ああ、美味かった」

「じゃあ」

 俺は頷き返した。するとマリィは本当に嬉しそうな表情を浮かべた。

「行ってくれる? ピクニック」

「ああ」

「本当に?」

「嘘は言わない」

 マリィは何度も頷いて、こちらにありがとうと頭を下げた。俺はどう返して良いのわからなかったから、とにかく曖昧に頷くしかなかった。


 その後数日の間、連合同盟は暫定政府との協議でミハイル教会への強襲をいつ行うか議論していた。その会議にも関係者として俺も参加していたが、日程自体はできる限り早い方が良いとのことで近日に決定した。しかし俺が驚いたのは、その作戦決行日の前日が、マリィとピクニックに行く約束の日だということだった。


 ブランカのサドルに荷物を懸架して、俺は一息ついた。荷物と言っても、そこまで大層なものは必要ではない。マリィの作った弁当と、地面に敷くシートくらいなものだ。ブランカも身軽なのか、弁当を載せているとは言え、市場の帰りのような動きにくさはなさそうだった。件のマリィと言えば朝っぱらからソワソワしていて、俺が何度落ち着けと言ったものかわからないほどだ。まぁそれほどピクニックを楽しみにしていたのだろうが、こちらとしては胸が痛むばかりだ。それはもちろんマリアとの日々を想起してしまうからで。マリィに入れ込まないと誓っておきながら、俺は彼女に若干マリアの影を見ている。早いとこ拭い去りたいところだが、そう簡単には拭えない自分がいた。

「忘れ物はないか?」

 マリィにそう尋ねると、彼女は大きく頷いた。この調子だと忘れていても気付かなそうだが、まぁその時はその時だ。取り敢えず弁当とシートがあれば十分ではあろうから、追及はしないことにする。

「そういえば、どこに行くのか決めてるのか?」

 ピクニックと言っても、このような世界じゃシートを敷いて落ち着いて食事をできる場所は限られてしまう。そもそもマリィは外周区の地理に詳しくはないだろうし、何か当てがあるのだろうか。

 しかしマリィはハッとしたような表情になり、そして申し訳なさそうに顔を伏せた。どうやら場所の当ては今のところないらしい。その辺の詰めの甘さがマリィらしいとも言えたが、しかしどうしようか。マリアとピクニックに行っていた頃の場所はあるが、そこにマリィを連れて行くのはどうかと思える。しかもそこは今マリアの墓が建っている場所だ。やはり連れて行くには不適当か。

 と思ってはいたが、他に有力な候補地があるわけでもない。マリアとのピクニックに使っていた場所も骨を折って見つけ出した場所だったのだ。それ以外となるとやはり数は限られるだろう。こうしている時間も勿体ないし、流石に墓があると言わなければ問題はないだろう。一番ネックなのは俺の心の問題だ。

「――一応当てはある。そこで良いか?」

 マリィにそう尋ねると、彼女はパッと明るい顔になって大きく頷いた。先日までは笑顔が下手くそだったのに、この変わりようだ。生来的に持ちうる笑顔の類型は忘れていなかったようだ。ただ笑顔になる機会が少なかったっというだけで。

 マリィの了承も得たことだし、とにかく目的地に向かおう。そう思った俺は、ブランカについてくるよう目配せする。マリィも歩き出したブランカに続いて、俺の後を付いてきた。

 目的地は廃教会のもっと奥地にある。外周区の郊外も郊外に当たる場所で、人里からは遠く離れているから、人間に遭遇することはない。しかし旧世界の遺物と自然が混交している場所を通るから、なんとなく退廃的な気分にさせる。マリィにしてみても外に出ること自体が少ないし、このような光景を眺めること自体も少なかっただろう。倒壊した家屋にシダ系の植物が自生していたり、もとは道路出会った場所の切れ目からツタが伸びたりしていて、中々崩壊後の世界というものを堪能できる。元はここで人が暮らしていたのだと思うと、なんだか郷愁的な心持ちも抱かせた。

「ねぇ、シリウス」

 ふと、背後からマリィに声をかけられた。

「どうした?」

 振り返ることなくそう尋ねると、マリィは大きく息を吐いた。

「どこまで歩けばいいの?」

 その言葉に、俺はマリィの方を振り返った。

 彼女は若干息を切らしていて、肩で息をしている。まさかほんの少し歩いただけでこれかと思ったが、そもそも俺が初めて会った時から眠っていたし、ここ数週間も家にいただけだ。そうなると体力的にも落ち込んできてしまうだろう。彼女の体力が落ちたのにはこちらにも責任があった。

「――少し休むか?」

 そう提案してみたが、マリィはしかし首を横に振った。どうやらピクニックの予定を狂わせたくないらしい。その健気さに少し胸が痛んで、俺は前に向き直った。

「距離的にはそこまで遠くはないはずだ。少しだけペースを落とそう」

 それだけ告げて、俺はほんの少しだけ歩くペースを遅めた。そこまで急ぎであるわけでもない。今日は月が出ていて真っ暗というわけではないし、人もいないから安全であろう。しばらく肩で息をしていたマリィだったが、ペースを少し落としたからか呼吸が安定してきた。このままのペースがベストらしい。そもそも俺自体歩くのも早いだろうし、多少は合わせてあげた方が良いだろう。そんなことを考えていると、マリアと一緒に暮らしていた頃は、彼女の歩くペースに合わせていたことを思い出す。そんなちょっぴり胸を突く過去を思い出して、俺はその思考を切り払う。目的地はもうすぐだ。余計なことは考えなくていい――。そう思って俺は思考すること自体をやめた。何か考えても、きっと自分を苦しめることになるだろうからだ。そんな風に黙々と歩を進めていると、まもなくあの大きなモミの木が視界に入るようになった。

次回予告

マリィと共にピクニックに訪れたシリウス。皮肉にもマリアの墓の傍で食事をしなければならないことに、彼は苦悩する。嵐の前の静けさに身を任せるシリウスだったが、マリィからある衝撃的な発言が飛び出して――? 次回、マリィの葛藤 お楽しみに!

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