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白き翼のセレナーデ  作者: 柚月 ぱど
16/30

第四部 1 ガブリエルの提案

前回のあらすじ

グリーズマンから、ミハイル教会が祝福と呼ばれる薬物を用いて民の教化を行っているという情報を掴んだシリウス。バレンティーナにその情報を共有したシリウスは、次の日の朝、すぐに連合同盟の集会所へ召喚されるのだった――

 緊急の呼び出しが入ったのは、任務完了報告を行った次の日の朝だった。

 廃教会に連合同盟の早馬が駆けて、俺に事の次第を伝えた。それは連合同盟の本部に暫定政府の連中が来ているという旨であった。まず間違えなくガブリエルだろう。連中がどこまでの情報を手に入れているか今のところは不鮮明だが、十中八九ミハイル教会がドラッグを売りさばいていたことに勘付いているはずだ。暫定政府がどのようにドラッグの調査をしていたかはわからないが、それでも彼らが調査を行っていた理由は歴然だった。この事実はノクターン内、いや世界単位での大問題だ。覇権宗教であるミハイル教会が薬物を用いて人民の教化を行っていたのだから。

 俺は伝達に来た男に集会所へ向かうと言って取り敢えず帰し、すぐに出かける準備を整えた。ガブリエルがこのタイミングで連合同盟を訪れたということは、まず間違いなくミハイル教会について何か提案があるのだろう。それが一体どのようなものであるかはわからないが、どちらにせよノクターン内の勢力を大幅に変えてしまうことは確かだった。その会議――になるであろう――に俺が呼ばれていること自体が少し場違いなのだが、バレンティーナとしても重要な決断が迫られる場面だ。だからこそ傍に義弟である俺を置いておきたいのかもしれない。

 早々に準備を整えて、俺はマリィとブランカに出かけることを断った。彼女たちは俺の顔色から事の重大さを悟ったのか、何も言うことなく無言で送り出してくれた。まぁ彼女らに危害が及ぶような話ではないが、ミハイル教会の影響力に瑕疵が出れば、自ずと生活感は変わるだろう。もしミハイル教会の半ば専制的な支配が崩れれば、物流の一部を連合同盟が掌握できる可能性もある。今回の会合が非常に重要な分岐点になるだろう。

 俺はマリィとブランカを廃教会に残して、すぐさま連合同盟の集会所へ向かった。その間、取り留めのない思考が脳裏をよぎるが、結局どの考えも纏まらず中空に霧散するだけであった。まぁバレンティーナやガブリエルと会えば自ずと話は進むから問題はないが、このような事態に際して流石に動揺している自分がいることに気が付く。ミハイル教会の布教が違法なものであると知ってしまったのだ。場合によっては教会側に消されかねない事態だ。昨晩は警戒していたが襲撃等はなかったが、グリーズマンが死んだことはミハイル教会側に伝わっただろうか。情報が教会側に到達するのは時間の問題ではあろうが、そうなると俺の存在も露見してしまう可能性がある。スラム街でドラッグの出どころを探っていた男。そういう存在として認知され、最悪の場合闇に葬られる。考えられる事態だ。そういう相談も兼ねて、今回は会談に臨んだ方が良いだろう。

 ようやく一つ考えが纏まったと思ったら、もう俺は既に連合同盟の集会所に到着していた。俺は無言で大扉を開けて中に入る。集会所は普段通りの喧騒に包まれていたが、やはり職員の顔つきには緊張が走っていた。恐らくガブリエルが持ち込んだ内容は知らないだろうが、暫定政府の連中が来たことは知っているはずだ。だからこそこの前のように緊張感が走っているのだろう。

 俺は受付嬢を介することなく、そのままバレンティーナの執務室へ向かった。階段を上ってすぐにバレンティーナとガブリエルの用心棒が執務室の前に立って待機しているのが見えた。俺は彼らを無視して、そのまま執務室のドアを叩く。するとすぐにバレンティーナから入れという声がかかったので、俺はすぐにドアを開けた。

 紫煙が出迎えないのは珍しいが、最近でも一度あったので希少性は薄らいでいるらしい。そんなどうでも良いことを思いながら部屋に入ると、向かい合わせに設置されたソファの片側にバレンティーナ、もう片方にガブリエルが座っていた。

「済まないな、呼びつけて」

 バレンティーナの呼びかけに、俺は無言で頷く。そもそもガブリエルは連合同盟の長であるバレンティーナに用があるのだろうが、俺がいても問題ないのだろうか。そう感じてガブリエルの方を盗み見るが、彼は前のように涼しい顔をしていた。そしてこちらの意図に勘付いたのか、ガブリエルは薄く笑う。

「構わん。君は組織のナンバーツーだろう」

 そう冗談めかして呟いた。

「言っておくが、俺は連合同盟の人間じゃない」

 一応はっきり告げてみるが、ガブリエルは軽く笑って「そうか」と答えただけだった。

 俺はなんだか居心地の悪さを感じたが、バレンティーナの手招きに従って彼女の横に腰掛けた。

「さて、役者は揃ったようだな」

 ガブリエルはそう口火を切ると、テーブルの上で指を組んだ。

「今回私が連合同盟を訪れたのは他でもない。我々としては、こちらの提案を聞いていただき、ぜひともこちらに協力して欲しいのだ」

 ガブリエルの言葉に、俺はバレンティーナを盗み見る。彼女はしかし立派な頭領の表情をしていて、まだこちらがフォローを入れなくても大丈夫そうだ。

「それで、暫定政府の提案というのは?」

 バレンティーナがそう先を促すと、ガブリエルは目の前に置かれた紅茶に唇と付け、口内を湿らせた。そしてそのまま紅茶のカップをテーブルに戻して、ふと顔を上げる。

「――ミハイル教会の討伐に協力して欲しい」

 重苦しい沈黙が執務室の内部を流れた。俺は予想していたガブリエルの提案の内、もっとも重大なものを引いた気分だった。ミハイル教会の打倒。それは確かに教会に次ぐ勢力である暫定政府や連合同盟の結託が必要になるだろう。しかしいきなり討伐とは。制裁ではなく打倒となると、話は一気に血生臭くなる。恐らく通常の方法でミハイル教会を解体するのは困難だろう。教会の信者たちは皆“祝福”によって教化されているし、その祝福が通常の薬物並みの危険性を有しているなら、彼らを一般の人間と同じ扱いで処分することは難しいはずだ。薬物は人間の脳を破壊し、痛覚を遮断してしまうことも考えられた。そうなると力尽くでの制圧は骨が折れる。確実にヘッドショットを決めなければ、どんなに四肢を撃たれても戦い続ける狂戦士の集まりなのだから。

 俺は再度バレンティーナの様子を確認した。彼女は未だ何も喋らず、ただ無言を貫き通している。沈黙の中、しかしガブリエルが口を開く。

「――昨今の我々の調査で、ミハイル教会が“祝福”と呼ばれる薬物を使用しているという事実が判明した。その薬物はミハイル教会入信時の洗礼で用いられるものらしい。恐らくだが、この祝福と呼ばれる薬物は一種の洗脳効果を持つ。ミハイル教会の人間が妄信的なのはこれが理由の可能性もある。我々暫定政府としては、自分の領域内で薬物を使用する教会がのさばっていることは許せない。しかしミハイル教会を打倒するには、連合同盟の協力が不可欠だ。ノクターンにおけるミハイル教会の教徒たちは旧東京外周区に集中しているし、彼らの本拠地も外周区にある。連合同盟の縄張りで行動を起こすには、どうしてもあなたたちの協力が必要なのだ」

 ガブリエルは一気にそう話して、もう一度紅茶のカップに口を付けた。やはり暫定政府側も祝福という薬物について掴んでいたらしい。これが単にミハイル教会が不法行為を行っている可能性があるからなのか、それとも別の思惑があるかはわからない。脳裏によぎることと言えば、もちろん天使の生誕(エンゼル・フォール)のことだ。連合同盟の縄張り内で独自に祝福の調査を行っていたとなれば、やはり天使の生誕(エンゼル・フォール)に関係している可能性が高い。連合同盟の縄張りで活動するなら確実な許可が必要だし、それを敢えてしないということは知られたくない何かがあるということだ。

 バレンティーナは未だ何も言わずに、ガブリエルの言葉に耳を傾けていた。こちらとしては、まず祝福の情報を今初めて知ったという体で話を進めなければならない。とは言えガブリエルなら勘付いていそうではあったが、組織の関係上伏せておいた方が良いだろう。しかしミハイル教会を討伐すると言っても、平和的な解決手段は基本的に無効だということに気が付かなければならない。ミハイル教会としては祝福の情報が外部に漏れること自体がイレギュラーだと思うし、組織の体としては比較的健全と言い張りたいのだろう。巡礼という気の狂った行為をするという以外では、貧困層に食事を配るなどのボランティア活動に精を出しているというのが売りで、そのせいで暫定政府や連合同盟はこれまで手が出せなかったのだから。しかし今となっては、その配給した食事に何が仕込まれているかわかったものではないが。

 すると、バレンティーナがソファから起き上がった。そのまま軽く溜息を吐いて、ガブリエルの方を見据える。

「――連合同盟の縄張りで活動しようというなら、我々の許可が必要だということは知っているだろう。それならウチの縄張りでの行動を許可するから、勝手にミハイル教会とドンパチやり合ってくれ。我々は関知しない」

 どうやら連合同盟の総意としては、ミハイル教会との騒動に一切関わらないというスタンスを取りたいらしい。まぁ俺としてもこれには賛成であった。いくらミハイル教会が不法行為を行っているからと言って、下手に手を出せば簡単に潰されてしまうだろう。暫定政府と結託したとしても、勝てる見込みは薄い。それほどまでにミハイル教会は外周区、いやノクターンに深く根付いていて、伐採しようとも取り切れない雑草の根のような存在なのだ。

 それに、バレンティーナは上手いことガブリエルの追及を躱している。それは最初に『連合同盟の縄張りで活動しようというなら、我々の許可が必要だ』という情報を提示していることにある。そもそも暫定政府が祝福の存在を感知したのは連合同盟の縄張り内だろう。前提として暫定政府は取り決めに対する違反を行っているから、強く出られないのだ。バレンティーナとしてはその事実を突きつけて、ガブリエルを牽制しているのだろう。そんな彼女の姿に、俺は少しだけ逞しさを覚える。俺が付き従ってきた女は間違っていなかったのだと、そう思わせる凛とした姿勢だったからだ。

 ガブリエルの方を見やる。彼はやはり縄張り内で活動していた事実がつっかえているのか、発言を滞らせていた。このまま行けば交渉は決裂し、暫定政府は連合同盟なしでミハイル教会を相手取らなければならない。いくらノクターン内の最大勢力だと言えど、連合同盟の協力がなければ教会の打倒は困難だろう。

 勝負あったかと思ったところで、ガブリエルが小さく息を吐いた。

「……ミハイル教会は、天使の生誕(エンゼル・フォール)に関わる重大な情報を握っている可能性がある」

 その言葉に、俺とバレンティーナは否応なく反応してしまう。まさか連合同盟の方から、天使の生誕(エンゼル・フォール)について話が出るとは思わなかったのだ。しかしミハイル教会が天使の生誕(エンゼル・フォール)の情報を独占している。祝福の件もあり、何かと謎が多い組織だ。

「もし今回連合同盟の協力が得られた場合は、協力時に入手した天使の生誕(エンゼル・フォール)についての情報は共有する。それでどうだ」

 バレンティーナの方を再度盗み見る。暫定政府が手に入れる天使の生誕(エンゼル・フォール)の情報の一部を共有できるということは、これ以上ないチャンスだ。ガブリエルの口ぶりだと、ミハイル教会は天使の生誕(エンゼル・フォール)に関する重大な情報を握っているらしいし、連合同盟の優位性を確保できる良い機会でもある。かなりの危険が伴うとは言え、無下にするもの勿体ない事案だった。

 だけど組織の長はバレンティーナであるので、俺は一切の意見を口にしない。意見を求められたら発言するが、まだその時ではない。俺とガブリエルがバレンティーナを見つめる中、彼女は幾ばくか逡巡するような態度を見せた。

「――ミハイル教会に対して武力行使を行うのか?」

 バレンティーナの問いに対して、ガブリエルは深く頷いた。

「平和的解決は不可能と見て良いだろう。我々は大聖堂の制圧を念頭に置いている」

「――教徒たちはドラッグで教化しているのだろう。部隊員の損耗が心配だ」

「だから連合同盟に頼んでいる。狂犬や山犬を始め、手練れが多いからな」

 確かに連合同盟には戦闘慣れした手練れは多いが、作戦において苦戦は必至だろう。連合同盟としても私的に運用できる人材の損失に繋がる。しかし天使の生誕(エンゼル・フォール)に関する情報を共有できるという点が大きい。バレンティーナとしても、そこで悩んでいるのだろう。

 ふと、バレンティーナがこちらを見る。その瞳は若干の迷いで満ちていた。こういう時は、弟が支えてやらなければならない。無言で頷いて見せると、一瞬彼女の瞳は揺らいだ後、確かな決意で満たされた。バレンティーナはガブリエルの方を向き直って、

「了承した。我々連合同盟は、ミハイル教会打倒を行う暫定政府に協力しよう」

 その意思をはっきりと伝えた。

次回予告

暫定政府によるミハイル教会打倒に協力することを決意したバレンティーナ。かなりの損耗が予想される作戦に、シリウスは準備を整えるため一旦廃教会へ帰宅する。果たしてシリウスたちは無事に作戦を成功に導けるのか? とは言っても、次回はマリィがメインのお話! 明日もお楽しみに!

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