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白き翼のセレナーデ  作者: 柚月 ぱど
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第三部 5 祝福

グリーズマンという男の情報に至ったシリウス。彼は夜中のスラムで待ち伏せを行うが――果たしてシリウスはグリーズマンから情報を引き出せるのか?

 街を覆いつくすような漆黒が、周囲の街並みを侵食していた。その闇は建築物と空の境界線を曖昧にさせて、どこからが夜空なのか不鮮明だった。まぁ普段から町は夜なのだが、時間帯的な夜中に入れば、人は皆明かりを消すため更に深い闇が訪れる。ここスラム街において暗闇というものは危険そのものであり、ノクターンという国において真夜中のスラム街はかなり危険だ。だけど、基本的に立ち入ることはタブーとされているこの場所に、俺はまた単独で訪れていた。

 スラム街中央。旧世代では噴水広場であったのだろうこの場所は、しかし彩りというものに欠けていて、腐敗と堕落が満ちている。死に瀕した人々が多く寝転がっていて、まるで戦場の野戦キャンプのようだった。堕ちた人間たち、地獄の再現。その言葉がどこか適切なように思えてしまう。

 俺は今、中央通りに面した細い路地から噴水広場の監視を続けている。もうすぐ十二時を過ぎる頃だ。売人と思しき男たちが既に噴水広場に集合しているが、肝心のグリーズマンは未だ現れていない。昼間に殺した男の情報が正しいならここを訪れるはず。売人の男たちもいるし、情報が間違っているという最悪の事態は恐らくないだろう。今は待つのが仕事だ。慌ててはいけない。こういう任務の際は忍耐力が試される。待つことそのものが任務にすげ変わっているのだ。だからこそ集中力を切らしてはいけなかった。

 しばらく監視を続けていると、ふとスラム街の入り口方面から男が一人現れた。その男はロバか何かに騎乗していて、そのロバの背中には大荷物が懸架されている。見た限り、あの男がグリーズマンで間違いないだろう。顔などの身体的特徴は不明だったが、外見的な特徴である程度判別ができた。俺は目を細めて、ことの成り行きを冷静に観察する。

 ロバらしき動物に乗った男は、売人たちの目の前で下乗した。そしてロバの背中にアタッチしてある袋を地面に下ろし、売人たちと何事かを話し始める。俺が隠れているこの場所からは流石に声までは聞こえない。だけれど話している内容は恐らくドラッグの取引金額に関することだと予想できる。しばらく男たちは会話を続けていたが、ふとグリーズマンが袋の中にあったものを取り出した。目を凝らして確認してみると、やはりそれは小分けされたシロップ剤の瓶のようで、それらを一単位ずつ売人たちに受け渡し、それと同時に金銭を受け取っていた。間違いなくドラッグの取引現場である。しかしやはり疑問に思うのは、グリーズマンという男が単独でスラム街を訪れていることだ。深夜のスラム街は危険性が高く、たとえ何でも屋である俺であっても不用意には近づけない場所だ。しかしグリーズマンは一人でドラッグの製造を行っているわけではないだろう。だったらその仲間を引き連れてこのスラム街を訪れた方が危険性は低くなるはずだ。足が付くのを恐れて一人という選択をしている可能性も十分あったが、やはり疑問は拭えなかった。

 事の成り行きを観察していると、ドラッグの取引が終了したのかグリーズマンらしき男は空になった袋をロバに懸架し直して、そのまま騎乗した。今夜の会合はもう終わりのようだ。グリーズマンはロバをスラム街の入り口へ向け直すと、そのまま歩かせ始めた。

 俺はもう一度売人たちの様子を確認する。彼らは取引が終了して、各々帰路に着いたようだった。今ならグリーズマンを尾行しても、目立つようなことはないだろう。

 俺は視線をグリーズマンの方へ戻して、帰路に着く売人たちに怪しまれないようにロバを追いかける。殆ど明かりになるものはなかったから、こちらとしてもやりやすい。自分も視界が制限されるというデメリットもあるが、仕事柄夜目は利くので、そこまで追跡に困難はない。

 スラム街の入り口方面に向かっていくグリーズマンを尾行しながら、俺は思考を巡らせる。ここで押さえるか、それとも製造元まで追跡するか。スラム街を出る前にグリーズマンを捕縛すれば、その場で情報を即座に尋問して得ることができる。しかし堅く口を閉ざした場合や、万が一守秘義務から舌を噛み切って死ぬようなことがあれば、ドラッグの製造元を発見するのは難しくなる。しかし尾行を続けたとしても、もしかしたら今日は彼自身の家に帰って、そのまま寝てしまうかもしれない。そうなればグリーズマンの寝床は割れるのだが、製造元に帰らないのであれば二度手間になる。暫定政府がグリーズマンを追っている可能性がある以上、彼らに先を越されるわけにはいかない。そう考えると、採ることができる選択肢は一つだ。

 俺はグリーズマンにバレないように背後から接近する。しかしグリーズマンはロバに騎乗しているから、直接尋問することは困難だ。まずは彼をロバから下ろす必要があった。グリーズマンの乗るロバにある程度まで接近して、周囲を見回す。人影はあまりない。ここなら取り押さえても騒ぎにはならないだろう。俺はそこまで確認すると、地面に転がっていた握り込めるくらいの小石を手に取った。そして投球態勢を取り、そのまま小石をロバの眼球めがけて投げつける。俺が放った小石は狙いを寸分違わずに捉えて、ロバの目玉に突き刺さった。

 その瞬間、ロバは目を潰された痛みに悶絶する。そのまま暴れまわったロバは、自分が背に乗せている存在を既に忘れていたようだ。暴発したロバに乗っていたグリーズマンは体勢を大きく崩して、そのまま地面に放り出された。グリーズマンはそのまま地面に叩きつけられて、小さく呻く。

 俺はすかさずレッグホルスターからPPKを取り出して、グリーズマンに近寄っていった。そのまま拳銃を彼の後頭部に突きつけて、ホールド・アップされていることを認識させる。

「下手なことをしたら殺す。お前がグリーズマンだな」

 そう尋ねると、男は恐怖のあまりか引き攣った声を上げた。回答はないが、まず間違いなくこの男がグリーズマン本人だろう。

「慎重に考えて話せ。お前の売っているドラッグを作っているのはどこだ?」

 拳銃に力を込めて詰問するが、グリーズマンは答えようとはしない。舌を噛み切って死なれる可能性が脳裏を横切るが、この男はどちらかというと臆病な人間のようだ。恐らく小銭が欲しくて密売を行っていたが、バレても自害する勇気がないという手合い。今の状況的には、勝手に死なれても困るので安心できるが。

 恐怖からか一向に答えられないグリーズマンに痺れを切らして、俺はPPKに対して更に力を込める。今は大丈夫だが、拘束時間が長引けば周りの連中に勘付かれる場合がある。あまり多くの時間はかけられない。

 若干の焦燥感に包まれていると、グリーズマンが震える口を開いた。

「で、出来心だったんだ……見逃してくれよ……」

 俺は大きく溜息を吐いた。ドラッグの密売という連合同盟規約違反を犯していながら、未だ見逃してくれというのか。多分グリーズマンは俺のことを連合同盟の人間だと認識しているのだろう。それ自体は間違いではないが、ドラッグの密売という以上に、暫定政府の追っている山だという部分が大きい。しかしこのことを伝える必要はないので、俺はもう一度男に尋ねることにした。

「見逃してもらえるかはお前次第だ。もう一度聞こう。ドラッグの製造元は? お前が一人で作っているわけではないだろう」

 語気を強めて追及すると、男は諦めたように息を吐いた。

「――作っているのは俺じゃない。製造方法も知らない。俺はただ“祝福”の在庫を売り払っているだけだ」

 男の言葉に、俺はちょっとした違和感を覚える。祝福。この言葉、最近どこかで目にしなかったか? 記憶の糸をその場で素早く辿ってみて、俺はある驚愕の真実に気が付いた。

「――お前、ミハイル教会の人間か?」

 返答を待つまでもなく、俺は男の所持品を漁り始める。すると探すまでもなく、男のポーチからミハイル教会の幹部だけが持つ登録バッジが見つかった。ということは、この薬の製造元は――

「ミハイル教会がこのドラッグを作っていると――?」

「……作っているところを見たわけじゃないが、これは教会の“洗礼”に使われるものだ。ミハイル教会に入るものは全員が接種してる」

 あまりの事実に、頭が少し朦朧とした。ドラッグの発生源がミハイル教会で、その教徒が洗礼という儀式で使われるそのドラッグを持ち出し、販売していた。これは連合同盟や暫定政府、ミハイル教会のパワーバランスを大きく崩してしまう真実だった。

「俺は“教化”が薄い方だったから、外に売り出そうなんて考えに至った。だけど他の連中はみんな教会に心酔して、頭がおかしくなっちまう」

 ミハイル教会は巡礼を行うほど気の狂った連中が多いが、それはもしかしたらこのドラッグのせいなのかもしれない。この祝福と呼ばれるものが一体なんであるかはわからないが、どちらにせよ衝撃的な事実であることは確かだった。

 驚愕の真実にふらついていると、グリーズマンが不審な動きをしていることに気が付く。彼は自分の舌を出して、大きく口を開けている。マズい、と思った時にはもう遅かった。

「――ミハイル様に、――万歳」

 そう言うと、グリーズマンは自分の舌を嚙み千切って、そのまま絶命した。目の前で、一つの生命が失われる。しかし俺はそんな矮小な死に左右されることなく、今後の連合同盟の対応について考えていた。

衝撃の真実を知ったシリウスは、得た情報をバレンティーナと共有する。そのまま帰宅したシリウスだったが、次の日には廃教会に使者が来て――?

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