第三部 4 思い出の味/任務遂行
こんばんは! 今日もお疲れ様です! 今日は寒暖差があったので風邪をひかないようにお互い気を付けましょう!
新しい試みとして、前書きに前回のあらすじ、後書きに次回予告を入れようかと思うのですが、いかがでしょうか? 今日は試験的に導入してみますが、見やすい見にくいなどのご意見をツイッターでアンケートしたいと思います。お時間があれば回答して下さると嬉しいです~!
前回のあらすじ
外周区に蔓延る”傀儡”の原因であるドラッグを手に入れたシリウス。バレンティーナは見たことがないタイプのドラッグだと言うが――シリウスは調査の続行のために、取り敢えず廃教会へ戻ることに。
連合同盟を離れて、俺はそのまま廃教会へと向かった。
本来であればもう一度スラム街に赴いて調査の続きをしたかったのだが、時間も時間だしスラム街の奥地はかなり危険だ。入り口よりも奥に進むのなら、時間帯としては昼の方が安全だろう。だから一度家に帰って、身体を休めるべきだと考えたのだ。
しばらく歩いていると、すぐに廃教会が見えてくる。一人で住むには大きすぎる家だったので、逆にマリィが来て落ち着いたのかもしれない。まぁマリィ本人は火事未遂を連発して落ち着きなどないのかもしれないが。
廃教会の大扉の前までやって来て、俺はそのままドアを開ける。普段ならブランカが出迎えてくれるところだったが、何故か彼女は不在だった。ちょっと席を外しているだけかもしれないが、どちらにせよ珍しいことには変わりない。
少し不審に思って若干の警戒心が先走る。物音はしない。取り敢えずキッチンの方へ向かってみるかと思うと、ふと鼻腔をくすぐるかぐわしい匂いに気が付いた。
その匂いは本当に久しぶりに嗅ぐもので。俺は少しだけ安心して、ホルスターに伸びた指を引っ込めた。そしてそのまま安穏な足取りでキッチンの方へ向かう。その途中でもその食欲をくすぐる匂いを堪能しながら。そうしている内に、俺はキッチンまで到着していた。
陰から顔を出して中を覗いてみる。するとそこには、鍋をかき混ぜるマリィと、その匂いを嗅いで寛いでいるブランカがいた。マリィはともかくブランカの奴、俺が帰ってきたというのに出迎えもなしに食欲にそそられたらしい。しかしブランカを叱る気持ちにはなれず、むしろ呆れるような、そんな温かい心持ちになっていた。
俺は小さく溜息を吐いて、マリィの方へ近づいていった。この匂い、本当に久しぶりに嗅いだものだ、その懐かしさに胸を抉られる思いをしながら、マリィに声をかける。
「精が出るな」
背後から声をかけたからか、マリィは少しだけ肩を跳ねさせると、そのままゆっくりとこちらに振り返った。少し緊張感を伴っていたその表情は俺の顔を見てすぐに和らぎ、次第にぎこちない笑顔に変わった。
「笑顔が下手だな、お前」
気恥ずかしさを紛らわせるためか、半ば無意識にそのような言葉が口をついていた。するとマリィは少しだけ不本意そうな表情になる。
「シリウスに言われたくない」
「ごもっとも」
肩を竦めてみせ、俺は鍋の中身を覗き込んでみる。もちろん中身は茶色いルーで満たされていて、いわゆるカレーが完成間近だった。
「カレーか」
そう呟くと、マリィはコクンと頷いた。
「どこでレシピを知った?」
すると、マリィは洋服のポケットの中から一冊の本を取り出した。俺に見せてくれたこの前の本と同じもののようだ。
「これに書いてあった。カレーは一家団欒の味だって。シリウスが喜ぶと思った。でも本に記されている食材があんまりなかったから、具は少なめ」
まぁ彼女が持っている本は旧世代のものだし、レシピ通りの食材は寒冷化したこの世界で入手するのが難しいものばかりだろう。しかしカレールーとやらは旧世界の遺物として残っていて、かなりの高級食材として知られている。どの国の人間が食べても一様に美味いと言うらしく、万国共通のご馳走だ。一年に一度、マリアに作ってもらって食べていたのだが、彼女が死んでから備蓄していたルーも使わないので放置していた。それをマリィが発見したのだろう。ブランカもカレーの美味さを知っているから、俺などほっぽいて匂いを嗅いでいたらしい。少し悔しい気もするが、やはりカレーには勝てないものだ。
「高級食材なんだがな、カレーは」
そう言いつつも、俺はカレーの匂いを嗅ぐ。本当に久しぶりに嗅ぐ匂いで、俺はそれだけで満足してしまいそうだ。すると、マリィが少しだけ沈んだ表情になった。
「どうした?」
「……ルー、使っちゃいけなかったのかなって。ごめんなさい」
どうやら、高級食材という言葉に反応したようだ。俺は少しだけ呆れて、軽く笑ってしまう。
「いや、余らせていても勿体ないものだ。作ってくれて助かったよ」
そう返すと、マリィは控えめながら嬉しそうな表情になった。しかし、俺はその顔に胸が痛くなる。どうしてもカレーとなるとマリアを思い出してしまうからだろう。
「ね、ちょっと味見して。多分上達したから」
そう言って、マリィはスプーンで野菜と一緒にルーを掬ってこちらに突き出してきた。俺はそれを口に含むか少し迷うが、思い切ってスプーンにぱくつく。
「……どう?」
その言葉に、どう返答しようか少し迷ってしまう。野菜は良い柔らかさだし、カレーもルーのお陰とは言え、前のマリィに比べれば上達したものだ。しかしそれを認めてしまうことが、とても心苦しいことに思えて。
「……悪くない」
しかし安易に否定する気にもなれずそう呟くと、マリィは本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。俺は彼女の表情を見て、どうしても胸を突く感情に耐えねばならなかった。
次の日。俺はまた外周区南部に位置するスラム街を訪れていた。
バレンティーナからの依頼は、あの黒いシロップ剤の出どころを探ってこいとのことだ。ドラッグというモノの構造には製造者と販売者、そして購入者というステークホルダーに分類される。今回の任務ではドラッグを作っている場所やルート、販売人を押さえる必要があった。しかし、いきなり販売元に辿り着くのは困難だ。こういった場合は順を追っていった方が良い。まず目下の問題としては、ドラッグの売人に接触することだろう。スラム街に満遍なくドラッグが浸透していることから、売人の数も少なくないはずだ。この辺りにいる人間に売人について尋ねれば、ある程度の回答を得ることができるだろう。
脳内で考えを纏めた俺は、そのままスラム街の入り口付近に寝転んでいる男性に声をかける。比較的若いが、かなり痩せていて満足に食事を摂れていないことが見て取れた。
「そこの。最近流行りのドラッグを売ってる奴はどこにいる?」
声を掛けてみると、その男性は少しだけ身じろぎをして、こちらを品定めするかのような視線を送ってくる。恐らく、どれだけ金目の物を掠められるか考えているんだろう。俺は小さく息を吐いて、男に向かって小銭を投げた。こうしておけば、下手なことはしてこないはずだ。
男は投げかけられた金銭を掴み取ると、大事そうに懐にしまい込む。
「……街の中央に行けば、売人に会える。売人は皆、腕にスカーフを巻いている」
「そうか」
それだけ言って、俺は男の元を去った。スラム街の中央はかなり危険度が高いが、そんな目立つところで商売しているとは、中々世紀末な街だ。売人には接触することが出来そうだが、それ以降どうするか。俺はドラッグを買いに来たわけではない。売人を尋問するか? しかしその場合は人目に付くと困る。街の中央でドンパチやるわけにはいかないだろう。比較的穏便な方法で聞き出したいところだが、そう上手く運ぶだろうか。しかし事の成り行きは流れに任せるしかない。俺はそう決意すると、一人スラム街の中央へ向かった。
スラム街の中央は、吐き気を催すような汚泥で満ち溢れていた。
大量の人間が路肩に寝転んでいて、生きているのか死んでいるのかすらわからない。他にもあからさまにドラッグを使って飛んだ連中がごまんと転がっていて、ここが不法地帯であることを再認識させる。皆生きる気力というものに欠いていて、その殆どが現実から目を背けていることが垣間見えた。
俺はそんな地獄の中、男に教えてもらった特徴の売人を探す。しかし辺りを見回しただけで、売人らしき男が少なからず存在していることに気が付く。彼らは皆建物の陰に一応は隠れてはいるものの、明らかに妖しい存在感を放っていた。
俺はその売人たちを勘付かれないように見回して、一番人目に付かなそうな場所にいる奴を探す。数人観察したところで、一人裏路地に入りかけている売人がいることに気が付く。あの場所なら路地裏に引き込めば騒ぎにはならないはずだ。そもそもここにいる連中に騒ぎを起こす気力があるか疑問だが。
そのまま目星をつけた売人に歩み寄る。俺の挙動に迷いがなかったからか、売人の男は俺が客であることをすぐさま悟ったようだ。
「最近流行っている奴が欲しい。いくらだ」
すると、男は指を三本持ち上げてこちらに見せた。百の単位ではないだろうし、恐らく千の単位だろう。値段のレートはわからないが、比較的高いのではないだろうか。
「高いな。少し負けられないか」
「……これはちと高級品でな。その分効果は折り紙付きだ。供給量もあるんでね、負けるのはちょっと」
少し高いというのに、ここの人々の多くは手を付けている。そうなると生活に必要な金をはたいてまで買っている可能性があった。やはりドラッグにしては危険度が少し高い気もする。
「最近出始めたらしいな。見たことない色してたし、結構ヤバいんじゃないか?」
「まぁ飛ぶ奴は一発で飛ぶらしいな。寝たきりになるらしい」
「そんなものどこから仕入れてる?」
「それは取り決めで言えないことになってるんだ。お前さんが探っても良いことないだろ」
これ以上聞き出すことは不可能か。そう見切りをつけた俺は、そのまま素早い動作で男の襟首を掴んで、路地裏に引き込んだ。もちろん、声を出せないように口を手で塞ぎながら。
裏路地に引き込んで、俺は腰に提げたナイフを取り出し、奴の首に当てた。
「もう一度聞こう。誰から仕入れている」
「な、何をするんだ……」
答えようとしないので、俺は奴の首元に当てたナイフに力を込めた。
「状況はわかっているだろう。答えろ」
答えなければ殺されることがわかったのだろう。男は観念したように息を吐いた。
「……グリーズマンという男が売っている。それだけしかわからん」
「そのグリーズマンとは、どこに行けば会える?」
「いつもは深夜にここで取引してる。おい、もう良いだろ」
男は息苦しそうに呻いて、こちらの手を外そうとする。グリーズマンとやらがドラッグの製造元と繋がっているとなると、会って事情を聞き出す必要があるだろう。しかし俺はグリーズマンという男の名前しか出てこないことに違和感を覚える。製造元は組織的な活動でドラッグを生み出しているだろうし、どうしてドラッグの運搬を単独で行わせているのだろうか。本来であれば数人がかりで行う作業のはずだ。この男の口ぶりから言って、他の構成員の情報はない。そこだけが気がかりだった。
だけど、これ以上の情報をこの男から得ることは不可能そうだった。俺はそう断定すると、男の首元からナイフを外す。彼は少しホッとしたように身体を丸め込ませた。しかし俺はナイフを逆手に持ってそのまま男の首を捻る。ボキンという骨が破砕する異音が周囲に響いて、男は速やかに絶命した。
地面に倒れそうになった男を腕で支えて、周囲を確認する。裏路地から表通りを見回してみたが、こちらの行為を勘付かれた様子はない。ここで別の人間に殺人がバレると、それは面倒なことになりかねない。一応注意して殺したつもりだったが、問題はなかったようだ。少しだけ安堵して、殺した男に視線を移す。別に誰かに殺されるようなことはスラム街では日常茶飯事だろうが、だからと言って適当に放置しておくわけにはいかない。俺は痩せてはいるものの大の大人である男を、音を立てないように引きずって裏路地のゴミの中に投げ捨てた。その上から散らばっていたゴミの束を投げつける。しばらく隠蔽工作をしていると、すぐに男の死体はゴミに埋もれて見えなくなった。
そのことを念入りにチェックして、俺は一息つく。ここでやれることはもうない。次にやらなければならないことは、深夜のスラム街中央を訪れて、グリーズマンと接触することだ。しかし彼は取引に訪れているので、他の売人たちの目があるだろう。しかし幸運なことに、先ほど殺した男の口ぶりから言うとグリーズマンという男は単独でスラム街に訪れているようだし、帰り際を襲えば事なきを得るだろう。彼の素性はよくわからないが、とにかく製造元と何らかの関係にあるのは確実だ。とにかく深夜になるのを待って、グリーズマンと接触しよう。そこまで考えた俺は、取り敢えず深夜までの時間をバレンティーナへの報告やマリィの子守りに費やすことにした。
次回予告
ドラッグを頒布するグリーズマンという男の情報まで到達したシリウス。彼はドラッグの新たなる情報を掴むため、真夜中のスラムを訪れる。シリウスは見事、グリーズマンから情報を引き出すことができるのか? お楽しみに!