隠れた人
おや、探偵さんでしたか。なんというか、滲みでる凄みのようなものがあったので普通の観光客に見えなかったのですよね。二時間サスペンスではしょっちゅう見ますが実物は初めてです。よかった、よかった、今だからいいますが、おもいつめて死に場所を探しにきたのだったらどうしよう、どういって翻意させよう、警察沙汰はしばらくは遠慮したいのにと昨夜は頭を抱えていたのですよ。
そうですか、遠路はるばるご苦労さまです。
なるほど、警察があてにならないからじぶんたちにお鉢が回ってきた、と。
事件当初は山ほどいた刑事さんたちもいなくなって今じゃ駐在さんひとりですしね。その駐在さんは日々の業務で手一杯ときてる。
で、わたしに当時のことを訊きたいと?
ええ、構いませんよ。暇してますからね。シーズンオフのそれも平日に泊まっていただくお客さんにはサービスしませんと。
お茶のお代わりはどうです?
ささ、どうぞ。
美味しいでしょう? 地元の健康茶です。今頃になってアレルギーにいい成分が多く含まれていると判明して注目を浴びるんだから不思議な話です。
では、せっかくお越しいただいたことですし、都会にいてはわからないことをお話するとしましょう。
鮫島観光の鮫島社長が当村で失踪したことを、わたしたち地元の者は運が悪かったとおもってます。
極論をいうと、自業自得、なるべくしてなった。
あ、誤解しないでください、村の誰かが鮫島社長を拉致して埋めたとかそういう話とは違います。
動機はたっぷりあるからお客さんが疑うのはわかります。
強引なリゾート計画ですからね。山を切り崩してスキー場やゴルフ場などの付帯設備を充実させるというだけで目が回りそうなのに、神社を潰すーー移転じゃないですよーーとくれば反対運動は必然です。
リゾート施設が完成したら真っ先に路頭に迷うわたしなどは容疑者候補の上位でなんどか刑事さんに押し掛けられたものです。
ドラマだと強引なイメージでしたが――転び公妨とかありますしね――意外と気さくでしたよ。ま、強引な手法で恨みを一身に集めていたかたですからね。それこそ、一族郎党飼い犬(愛猫は除く)までなぶり殺しにして飽きたらないという人は山ほどいる。まだ実害のないわたしなどかわいいのかもしれません。
前置きはこのくらいにして、本題にはいりますか。
ここだけの話、うちの村は今でもあるんですよ。
隠れ人。
世間一般では神隠しと呼ばれてますか。
からかってるわけじゃないですよ。
そりゃ、神隠しの大半は誘拐か、借金のかたに娘を売るか、それを嫌って逃げ出したというのが真相でしょう。とってつけたいいわけですよ。
でも、隠れ人は違います。
村で唯一のコンビニエンスストアはご存じですか?
そう、酒屋に毛のはえた小さな店です。
当館にくる前に寄って買い物した。
それなら話は早い。
店員の女性――幸子さんというのですが、彼女はいくつに見えますか?
三十五歳前後。
無難に判断すればそれくらいでしょうね。
正解は六十歳です。
驚きますよね。今でいうところの美魔女ですか。ま、あちらと違って無理に若作りしてるわけじゃないですが。
老化が極端に遅いのですよ。
幸子さんは隠れ人です。
そして、戻ってきた。
戻ってこれた人のことを戻り人といいます。
たまにいます。
そういう人たちは洩れなく異能を授かっています。ま、副作用もあるらしいですからいいことばかりとはいえませんがね。
本人が隠していたので名は伏せますが、国語の教科書にも載るとある俳人はうちの村出身で戻り人です。インドア派らしくない体力はそこからきてるのでしょうね。出身を偽っていたのは、見栄と好奇の視線が村に集まって因習が露見するのを防ぐためだったといわれています。
戻り人はなにがあったかほとんど覚えていません。
うっすら覚えているのは、夢の中のような言葉で説明しにくい奇矯な世界でぶよぶよの得体のしれないなにかと遊んでいたということです。
だるまさんが転んだ。かごめかごめ。影踏み。鬼ごっこ。
どれも古い遊びです。
そして、しめがかくれんぼです。
かくれんぼで最後まで残るとご褒美でこちらに戻れるようですよ。
特別なおもいいれでもあるのでしょう。
かくれんぼは元は特別な儀式だったのかもしれませんね。
もういいかい。
もういいよ。
鬼の問いかけに隠れた人が応じる。
ドラキュラじゃないですが、向こう側のものを招いているみたいじゃないですか。
ま、こじつけですがね。察しが悪いと妻にこぼされるわたしに人ならぬものの心情は手に余ります。単純にお気にいりなのかもしれません。
余談ですがうちの村で子どもたちがかくれんぼをするのは禁止です。ま、大人の目が届かないのをいいことに遊ぶ子はいますがね。
だから、鮫島社長も童心にかえって遊んでいるんじゃないでしょうかね。
アルコールとサシの多い肉で育んだお腹が邪魔で靴紐を結ぶのに苦労しそうな体型でしたから戻り人は無理そうですが。
おや、どうしたのです?
おねむですか?
あと少しで終わるのでちょっとだけ辛抱願います。
あちら側の存在は存外に律儀なのですよ。
かどかわした相手――隠れ人の対価を村に払ってくれる。江戸期に飢饉であちこちの村が一家離散の憂き目に遭うなか、うちの隠し田だけはすくすくと育ったということがあったそうです。とっくに廃村になってもいいのになんとかやってこれたのはその恩恵です。しかも、今回は温泉が沸く、お茶の効能が見直される、ブームで山菜が売れるは、しまいには金の産出ときた。鮫島社長は蛇蠍のように嫌われた人ですが、わたしたちからすれば福の神です。
葬式にはわたしも参列しようかと――おや、寝息をたてている。
ここまでですか。
探偵さんにしては不用心でしたね。
二人一組くらいしましょうよ。
田舎だと油断しましたか?
都会に勝るとも劣らず田舎は怖いところです。物騒な野草が生えてますからね。ちょっと知識があれば人を眠らせることなど造作もない。
その知識は埃臭さに耐えるだけでいいときてます。
大正になるまで無医村でしたからね。昔は修験者の書き記した巻物が家庭の医学みたいに各家にあったものです。薬事法などなんのそので悪用できるものも平気で載っている。いわゆるアルコールとA5ランクの肉でお腹を育んだマクロ経済学者が好む自己責任というやつです。
終わったことを蒸し返されたら困ります。
謎は謎のまま残しておくのが粋というものです。
ロズウェル事件が気球で決着したらつまらないじゃないですか。
対象者がホテルでいちゃつくのを指を咥えて眺める商売では、さぞ、気疲れすることでしょう。
存分に熟睡してください。
朝はきませんが。