第二話:久しぶりのおっさん
・主人公 : 会社員、男性。
・・一人称 : 俺。
・・呼ばれ方 : 兄さん。
・おっさん : ホームレス(見た目)、男性。
・・一人称 : オレ
・・呼ばれ方 : おっさん
急に仕事が忙しくなって、二週間ほど。
昼に抜け出す時間も確保できないほどの忙しさの中、俺は、あのおっさんの事が気になっていた。
あのとき見たものは本物か?
おっさんは本当に死神なのか?
ちゃんと飯食ってるのか?
そもそも、まだ生きているのか?
仕事が一段落ついたところで、昼の時間にまた職場を抜け出して、手土産片手におっさんのところへ。
……そしたら、前と変わらず同じところにいたよ。
嬉しい……だよな。嬉しいでいいんだ。
気になっていた相手が無事でいたってのは、嬉しいで決まりだろう。
鼻唄歌いながら上機嫌でおっさんのところへ行けば、なんとも嫌そうな顔で迎えてくれた。
『おいおい、兄さん。何しに来たんだよ? もう来るなって言っただろ?』
「ほー、なら、この弁当、要らねーんだな? 今日は奮発して鰻だったんだが」
『食う食う。いただきます』
「その代わりさ、暇潰しにまた面白い話してくれよ」
意識して、以前と同じ態度を取りつつ鰻弁当を渡せば、鰻は好物なんだよ。と言いながら、嬉しそうに弁当をつつくおっさん。
美味い、美味いと、泣きそうな声を出しながら鰻を味わう姿は、なんとも哀愁が漂っている気がした。
……やっぱり、ちゃんと食ってねーんだな。
憐れ、というよりは、どこか微笑ましさすら感じて、また来ようと思うのだった。
……うん? いやいや、俺は、おっさんにうなぎ食わせるために来たわけじゃない。
……うん? ある意味、合っているのか? おっさんに会いに来たのは変わらないしな。
……うん。今は、これでいい。
『……ごちそうさまでした。今日は、格別にうまかったです』
気合いの入った合掌。
冷たい茶を渡せば、一口グビリ。
うるさいほど喉を鳴らし、けれど、とてもうまそうだった。
『……さて、兄さん。今日は良いもん食わせてもらった分、面白い話の内容を変えようか』
「変える? 何を聞かせてくれるんだい?」
『あそこにいる、くたびれた様子のサラリーマンを見な』
おっさんの指差す方向を見てみれば、壁際をゆっくり歩いている40代くらいの男性。
その男性がどうしたのだろう? と首をかしげてみれば、不思議な話が展開された。
『一人分の《疲れた》と、百人分の《疲れた》だと、どっちが大きい?』
そりゃ、百人分だろう?
おっさんの言葉を遮らないよう、視線に意思を込めておっさんを見つめてみる。
『よせやい、おっさん照れるぜ?』
「キモいわ。続きはよ」
『ジョークが通じないねぇ……。で、だ。この駅、一日に何人利用してる? 千か? 万か? それだけの《疲れた》って思いは、どこへ行く?』
「どこへって……おい、おっさん、まさか……?」
『あのサラリーマン、あと五分だ。死因は、ストレス性の心臓発作。救急隊員が駆けつけるが早いか、死ぬのが早いか。……まあ、普通は突然死の方が早いわな』
気が付けば、おっさんを放置して駆け出していた。
※※※
『いやいや、いいことしたねぇ、兄さん?』
あれから二時間。ようやく解放された。
突然ふらついて倒れた男性。
駆けつける俺。
119番と平行して、男性の状態を確認。
コールセンターの指示に従い、呼吸の確認と心臓マッサージ。
途中から、スマホなど持っている余裕もなく、必死だった。
だからか、男性は命を取り留めたようだが……。
さて、俺は、救急隊員を見送って終わりともいかず。
会社に連絡した時には、もう、上司はカンカンだった。
……でもその、メッタクソに怒鳴り付けた割には、
『人命救助ご苦労さん、そのまま帰ってよろしい!!』
と叫ばれて、電話を切られたわけだがな。
と、いうわけで、暇になったのでおっさんのところへ戻ってみたわけだが……。
いいことってな、そんな、にやにや笑いしながら誉めることでもないだろうに。
いや、俺は今、誉められているのか?
判断がつかない。
いやいや、そんなことより……。
「なあ、おっさん? これは、どういうことだ?」
『……ふむ、《人間》に理解出来るように説明するのは難しいが……。そうだな……』
ごくり。
おっさんが何を言うのか。唾を飲み込み言葉を待てば。
『いやぁ、兄さんに理解出来るように説明するの、無理そうだわ』
ガックシとコケる俺。
『兄さん、今日はもう帰んな。《疲れた》って顔してるぜ?』
「……言いたいことはあるが、確かに疲れたわ。じゃあな、おっさん。次来る時まで生きてろよ?」
『もう来るんじゃねぇぞ!』
背中にかけられる声に、振り向かず手を振り返した。