第一話:ボロを着るおっさん
・主人公 : 会社員、男性。
・・一人称 : 俺。
・・呼ばれ方 : 兄さん。
・おっさん : ホームレス(見た目)、男性。
・・一人称 : オレ
・・呼ばれ方 : おっさん
「よう、おっさん」
今日の手土産は、サンドイッチと缶コーヒー。
目の前には、ボロを着るホームレスのおっさん。
このおっさん、人通りの多い地下鉄の構内にいながら、誰からも認識されていなかったりする。
いくら目立たない場所を選んでいるからといって、誰からも見られないのはあまりにも不自然。それが、どこか面白く感じていた。
だから、ちょくちょく昼の休みを利用してこのおっさんに会いに来ていた。
『兄さん、また来たのかい? おっさんさあ、来ちゃいけないって言わなかったっけ?』
「ほー、なら、このサンドイッチ、要らねーんだな?」
『食う食う。いただきます』
「その代わりさ、暇潰しにまた面白い話してくれよ」
コンビニの大してうまくもないサンドイッチを、ゆっくり味わって食べるおっさん。
美味い昼飯なら、そこら中で食える。
コンビニサンドイッチの利点なんて、値段と手軽さくらいだ。
それを、よくもまあ。
『……ごちそうさまでした。今日も、うまかったです』
気合いの入った合掌。
……もしかしたら、このおっさん、今日一日の食事はこのサンドイッチだけなのかもしれないな……。
『んで? オレは、面白い話なんか出来んぞ?』
「ほら、前にやったじゃんよ? あの、死人当てゲーム」
『……ゲームなどではないと言っただろう?』
地震のように腹に響く、恐ろしい声。肝が冷えた。
どうやら、怒らせてしまったようだ。
……とはいえ、見ていた俺は、ゲーム感覚だったんだけどな?
※※※
しばし、駅を行き交う人を、おっさんと一緒に眺める。
すると、不意に、おっさんが指を指す。
その、指の先には……?
「ぶっ!?」
吹いてしまった。
いやいや、それも仕方ないんじゃないかな?
だってさぁ……。
「なあ、おっさん。あの、鬼みたいな姿の小人は、やはり鬼なのか?」
『ふうん? お前さんには、アレは鬼に見えるのか。そうかそうか』
ビジネスマン風の男性の肩に、おとぎ話の鬼をそのまま小さくしたような、灰色の何かが乗っかっており、男性の鎖骨辺りから、その小さな腕を、男性の体の中へと差し込んでいった。
ゆっくりとめり込んでいく腕。
気づかない男性。
おっさんを見てみれば、真剣な表情で男性と小鬼を見つめていた。そして。
『あの、グレーのスーツのビジネスマン、死ぬぜ。……あと、三十秒』
「……お、おいおい。おっさん、そりゃないぜ? どう見ても元気そうにしか……」
『10、9、8』
お、おいおい……。なんか、カウントダウン始めたぞ?
『7、6、5』
や、やめろよ。そんな、心臓に悪いだろ?
『4、3、2、1』
やめろ、やめろって……。
『……ゼロ』
うっ、と、うめき声をあげて胸を押さえた男性は、そのまま倒れ込んでしまった。
そして、小さい鬼は、男性の体から虹色に輝く球体を取り出し、大事そうに抱えてどこかへ消えていった。
しばし呆然としてその様子を眺めるが、駆けつけた救急隊員が蘇生を試みるも、功を奏することはなかった。
やがて、どこかへ運ばれていく男性を尻目にしながら、俺は、以前との違いに驚きを隠せなかった。
以前は、『寿命と死因当てクイズ』とでもいうように、適当な人の残りの寿命と死因をおっさんが語っていく、というものだった。
その中には、『二週間後、熊に襲われる』や、『一ヶ月後、サメに襲われる』という人もいて、適度にジョークを交えながら、おっさんが適当に語っているのだと思っていた。
しかし、これじゃまるで……。
『オレが、殺したとでも言いたいか?』
つい、おっさんから視線を逸らす。その態度は、おっさんの言葉を肯定したとしか思えないもので、軽い自己嫌悪を覚える。
『その通りだ。なぜなら、オレは死神だからな』
……が、なぜか誇らしげなおっさんの態度を見ると、ジョークとも本気ともつかない気持ちになってきたりする。
『それより、時間は大丈夫なのか?』
「あっ!? やっべ、おっさん、またな!」
返事も待たずに走り出す。
気が付けば、午後の仕事にギリギリの時間だった。
『もう来るんじゃねぇぞ!』
その割には、コンビニサンドイッチをうまそうに食ってたじゃないか。ツンデレか?
おっさんのツンデレに、需要なんてあるのか?
その日の午後、ちょっと遅刻して怒られた。