64.女王たちの歓談
昼をだいぶ過ぎた頃の王都。
僕とシャロンは王城の中にある執務室へ帰ってきた。
アーデルが赤い髪を揺らしつつ机から立ち上がる。
部屋の隅には猫獣人ミーニャが寝転がっていた。
「まあ! ノイスさま! もうお帰りで?」
「ただいま。五日以内に帰ってこれたね。ドラゴニアを取り戻してきたよ」
「さすがですわ、ノイスさま。そしておめでとうございます、シャロン女皇」
アーデルが目を閉じたまま微笑む。
シャロンも親愛の情がこもった頬笑みでお礼を言う。
「すべてはノイスさまのお力添えがあってこそ。ありがとうございます」
僕は本を出しながら言う。
「あと、ついでにいろいろ拾ってきた……テイマースキル発動【本化解除】エカテリーナ、マハスティ!」
ぼふっと特大の煙が発生した。
煙が晴れると、エカテリーナ、マハスティがいた。
エカテリーナはあくびする口を隠しつつ、羽妖精のマハスティは両手を伸ばして伸びをした。
「ふぁふ……どこよここ?」「ん~! よく寝た! とっても気持ちよかったぁ~」
僕は気になって尋ねる。
「どんなとこ?」
「花のいっぱい咲くお庭の木陰のハンモックで~、ゆらゆら揺られながら寝てた」
「あたしはアフタヌーンティーの用意のされた、豪奢なリビング的なところで寝椅子で横になってたわ」
「みんな違うんだね。うーん、すごそう」
もし全部ドアでつながることができたなら、普通の一軒家になりそうだった。
マハスティが緑のドレスを揺らしつつ、執務室を見渡す。
「ところで、ここどこ? あの赤い髪の人だれ?」
「ああ、ごめん」
アーデルはエカテリーナとマハスティとは初顔合わせだったので、素性を教える。
赤髪を揺らして驚くものの、優雅な態度で一礼した。
「どうも初めまして。グランツフェズン女王アーデルハイトですわ。魔王エカテリーナさま、妖精女王マハスティさま、どうぞ今後ともよろしくお願いします」
「ええ、よろしく」「はーい。でもさ、ドラゴニアの傘下になるんだってね?」
「そうですわ。シャロン女皇の協力を得ましたの。これもすべてノイスさまのおかげですわ」
僕は頭を掻きつつ言う。
「そこまで大したことはしてないよ。まあ、グランツフェズンが魔界や妖精国とも仲良しだってことを、知らしめてくれたらいいよ」
「そうですね……わたくしの女王就任行事をおこなっていませんので、その席にお三方が臨場なさってもらっては?」
「いいね、それ」
「あたしは別によくってよ」
「私もですわ」
エカテリーナとシャロンは頷いたが、マハスティが整った顔を子供のようにしかめる。
「えー、儀式とか行事とか大変そう~」
「これも、女王としての成長の一環ですわ。間違えても誰も咎めませんし。慣れていきましょう、マハスティ女王陛下」
頬笑みを浮かべたシャロンの説得に、マハスティが眉をしかめつつ答えた。
「あーい」
「あとは、この関係性を周辺国に伝えた後で、エルフ国に協力する参加国を引き抜いて欲しい。前王が奪った領地と不可侵条約を引き換えにね」
「はい、わかりました。そこまで考えておられるとは、さすがノイスさまですわ」
シャロンとアーデルが感心していた。
その後は儀典をどうするかで女王たちに話し合ってもらった。
てか、この場にいる人ほぼ女王だ。
部屋の隅で寝るミーニャと僕だけ違う。
そんなミーニャに話しかけた。
「ミーニャ、アーデルの護衛ありがとね」
「ん。問題ない」
猫のように丸くなっていたけど、黒い尻尾をぱたりと揺らした。
「それで、ミーニャ。お願いがあるんだけど」
「にゃ?」
「獣人って人間とはいろいろ考え方が異なるよね?」
「ん、違う」
「ミーニャがグランツフェズン女王の使いとして、獣人国に話を付けに言ってくれないかな?」
ミーニャはゆらりと立ち上がる。
「それは、仕事?」
「ああ、仕事だよ」
「わかった。行ってくる」
「方法は任せるから、詳細をアーデルと打ち合わせして」
「じゃあ、これ。あげる」
ミーニャはピピッと猫耳を跳ねさせると、僕に近寄って手首に紅白の紐を巻いた。
僕は首をかしげる。
「なにこれ?」
「パワーアップできる紐」
「僕は最強だから、ミーニャが付けた方がいいんじゃない?」
「あげる」
淡々とした口調で言うと、さっさと僕から離れていった。
――まあくれるならもらっとこう。別に邪魔になるわけじゃないし。
僕は顎に手を当てて考え込む。
問題はあと一つ。
「さーて。序列三位のローランドをどう取り戻そうか」
魔法で隷属されているらしいし、少し厄介だった。
シャロンが青い髪を揺らして振り返る。
「ノイスさまは、これからどうされます?」
「とりあえず、エルフ国に行ってくるよ」
「えっ? ローランドさん、ですか?」
「それもあるけど……穏健派はどうしているのか、強気に出た理由はなぜか、それを探ってくる」
「はい。私も行った方がよろしいでしょうか?」
「うーん、打ち合わせがあるだろうから、いいや……式典はいつになりそう?」
アーデルが赤い髪を揺らして僕をみる。
「二日後になります。アラゴン諸島連合国にも揺さぶりをかけておきたいですので」
「そっちはアーデルが?」
「ゼバス隊にお願いしようかと思っております」
「りょーかい。じゃあ、早い方がいいね。今からエルフ国へ行ってくる」
シャロンが僕に手を伸ばす。
「あ、それでしたらランをお預かりしておきますわ」
「あ、そっか。入れっぱなしだった。ニグリーナも出しとくか――【本化解除】ラン、ニグリーナ」
ぼふっと煙が出て、ランとニグリーナが出てきた。
ランは手に色鉛筆を持っていた。
絵を描いている途中だったらしい。
ニグリーナがあくびしながら言う。
「あー、よく寝た……。んん? なんかいっぱいいるじゃん?」
「各自あとで紹介しといて」
するとランが僕に向かって手を掲げた。
「きゅい! きゅきゅい!」
「ん? 何か欲しい?」
「本をほしがってるようですわ」
「本を? ……まあいいか。はい」
全員出たので今は使用しない。
僕が本を手渡すと、ランが小さな両手で受け取る。
「きゅい!」
そして本を開くと、そのまま手を入れた。
白紙のページが水面のように波打つ。
手を引き抜くと、書きかけの画用紙が出てきた。
見ていた全員が目を丸くする。
――もうこれ、本型マジックバッグじゃん……。
ランはそのまま床に寝転がってまたお絵かきの続きを始める。
僕はシャロンと目を合わせたが、お互い呆れるしかなかった。
その後は各種打ち合わせしてから僕は執務室を出ようとした。
するとニグリーナが後を追いかけてきた。
僕の服の裾を指先でつまんで、くいっと引っ張る。
振り返ると、頬を染めてうつむいて、上目遣いがちにおずおずとお願いしてきた。
「あのさ……そろそろ、お腹減っちゃったんだけど……」
「ああ、そっか。あげるって約束してたね、ごめん。じゃあ部屋でやろうか」
「うんっ」
ニグリーナは桃色の髪を跳ねさせて、嬉しそうに頷いた。
そして僕らは執務室を後にした。




