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6.かわいそうなお姫さま

今日は3話更新。1話目。


 夜空に星の瞬く深夜。

 森の中の広場で、ドラゴンの王女シャロンが号泣していた。

 ランをテイムしようとして間違ってシャロンまでテイムしてしまったせいだった。


 その幼いドラゴンのランが心配そうに慰めている。

「きゅいっ」


「隠せばって? 無理に決まってるじゃないっ。テイマーが傍にいるんだからバレちゃうわ!」


「きっとなんとかなるよ」


「成人してからテイムされるなんてっ! 私が弱い証拠じゃないですかっ! もう誰も従ってくれませんわ、うわあああん!」


 僕も慰めの言葉をかけたけれど焼け石に水だった。

 


 ――まあ、彼女の気持ちもわかる。

 何日も何ヵ月も、国を取り戻す望みを抱えて、幼子を守って逃げてきたんだ。

 

 そしてようやく妹を安全なところに預けて、たった一人で悪い竜たちに挑もうとした、その矢先に。


 地位も名誉も何もかも失ってしまったんだから、泣いてしまうのがわかる。

 心を支えていた儚い望みが、ぽっきりと折れてしまったんだろう。


 残念なことにテイマーのレベルが1の僕ではペットを放つ【解放リリース】が使えない。

 僕のレベルが上がるまではしばらく……――。



 いや、まてよ?

 さっきまではテイマーLv1だったけど、強いドラゴンを倒したんだからひょっとしたら。


 僕はスキルとスキルツリーを思い浮かべる。

 すると【手懐ける(テイム)】の下に【解放リリース】のスキルが半透明で表示されていた。


 思わず声を上げる。

「あっ! シャロン、大丈夫だよ!」


「もうおしまいですわっ!」


「大丈夫だって。ペイエンディ倒してレベル上がったから、ペットをやめさせる【解放】が取れるようになってる」


「えっ!? 本当ですか!?」


「うん。スキルボーナスを解放に割り振って……うん、取得できた!」


「ぼーなす? よくわからないけど、ペットじゃなくなるのですね!」


「そうだよ。でも、よかったね。僕とランしか知らないから、きっとシャロンの名誉は傷つかないよ」


 僕の言葉にシャロンは、ぐすっと鼻をすすりあげる。

「ありがとう、ノイスさま。心配してくれて」


「いいよ気にしないで。僕も悪かったから。じゃあ、いくよ――テイマースキル発動【解放リリース】」



 ひゅううううう


 森の広場を冷たい夜風が吹き抜けた。

 彼女の乱れた青髪を揺らしていく。


 ――でも、何も起きなかった。

 シャロンのスキルやステータスは見えたままだった。


「あれ!? 何か間違えた!? ――リリースリリース!――【解放リリース】!」

 ――やっぱり何も起きなかった。



 せっかく泣き止んでいたシャロンの青い瞳に、ぶわっと涙があふれる。


「もう私、おしまいだわっ!」


「何か条件や方法があるのかも……ごめん。テイマーのこと、そこまで詳しくないから。調べたらきっと解放するから。だからもう泣かないで」


「ぐすっ……お願いします……でも、調べるってどこで?」


「王立図書館や冒険者ギルドの図書室だね。ただ、閲覧には身分証がいるから冒険者にならないと。その間、どこかに隠れてて」


「ペットは飼い主から離れられませんよっ」


「あっ、そうか。じゃあ……」



 僕は夜空を見上げた。星空が広がっている。

 続いてがっくりと肩を落とすと、溜息を吐いた。

 ――ゆるゆると生きる新しい人生、いきなり失敗かぁ。


 大きく息を吐いて気合を入れると、シャロンの手を取って立たせた。


「わかった。僕は身分証を手に入れるため街に行って冒険者になる。解放できるまで一緒にいよう」


 シャロンはランの頭を撫でつつ、頷いた。


「ぐすっ。わかりました。それしかありませんね。――で、でも私はペットになったつもりはありませんからね! 勘違いしないでよね!」


「もう性格がブレブレだよ。取り乱しすぎ、シャロン」


「ごめんなさい……」



「じゃあ、ペイエンディを埋めたら、さっそく出発しよう。大変だけど、ここはもう危険だから」


「はいっ、ノイスさん!」


 僕がペイエンディを埋める穴を掘るあいだ、シャロンは旅の用意をした。


       ◇  ◇  ◇


 東の空が青黒く開け始めるころ、遺体の処理が終わった。


 袋を背負ったシャロンがランを胸に抱えて傍へ来る。

 服装は変わらず青いドレス姿だった。

「用意できました」


「え、ちょっと待って」


「なんでしょう?」


「旅するのに、服はそのままなの?」


「はい、そうです? ――え……似合っていないでしょうか……?」


 シャロンは心配そうに青いドレスの裾を指でつまんで広げた。

 華奢な肩が出ているため、肌の白さと線の細さが際立っている。

 気品があるのに可愛い。



「いや、めちゃくちゃ似合ってるけど。上品で美しいのに、大胆で可愛いよ」


「あ、ありがとうございます」

 見たままを素直に伝えただけなのに、なぜかシャロンは火が付いたように顔を真っ赤にした。


「でも目立ちすぎると思うんだ。もっと地味な服に着替えられないかな?」


「それは無理です。この服はドラゴンが人化するときに鱗が変化したものです。良く知らない服には変化させられません」


「そうなんだ!」

 僕は驚きつつ、まじまじと眺めた。


 かすかな星明りを浴びて淡く光る青いドレス。

 言われてみれば確かに継ぎ目がない。

 ――ちょっと好奇心が刺激された。



「まさか鱗だったなんて……ねえ、シャロン」


「なんでしょう?」


「ちょっと、触ってみてもいい?」


「の、ノイスさまでしたら、どうぞ……」

 おずおずと指でつまんだスカートをさらに広げた。


 僕はそのスカートに手を伸ばす。

 さわさわと撫でる。


「すごい! すべすべなのになめらかで、素敵な服になってるね!」


「はぅ……あ、ありがとうございます……んんっ」


 さわり心地が良すぎて、思いっきりさわさわしていると、シャロンが身をよじった。

「の、ノイスさまっ、触りすぎですっ」 


「ご、ごめん!」

 僕は慌てて手を離した。



 頬を染めたシャロンは上目遣いで、いじらしく僕を睨んでくる。

「も、もう……っ! 服も私の一部なんですからっ」


「うん、気を付ける……でも着替えられないなら、上にフード付きのローブを羽織って隠すしかないね。僕の予備を使って」


「わかりました。……ランはどうしますか?」


 ランがやけに大人しいと思ったら、すやすやと寝ていた。

 デフォルメのドラゴン姿が、ぬいぐるみみたいで可愛い。



「そうだね。街につくまでは人の姿で、街ではドラゴンになって袋に入っててもらおうかな。テイマーとしてペットを確認される可能性があるから」


「わかりました」


「あと話変わるけど」


「なんでしょう?」


「シャロンが……いや、なんでもない」


「……?」

 シャロンは不思議そうに首を傾げた。青い髪がさらりと流れる。


 言葉遣いがまた変わってるね、と言おうとしただけだった。

 ――なんか、出会ってからの短時間でシャロンの態度が劇的に変化したような気がするけど、気のせいかな?

 指摘したらまた変わりそうだったので、やめておいた。



 それからシャロンはランを人型に変え、予備のローブを着た。

 美しい姿がすっぽりと隠れる。なんだか少し残念な気持ちになった。


 彼女の腕の中で寝ているランは、白いワンピースを着た五歳ぐらいの金髪の子供になっていた。

 まあるいほっぺたをつつくと、夢でも見ているのか「きゅぃ」と小さく鳴いた。

 ちょっとかわいい。


 僕は自分の荷物を背負う。


「じゃあ、行こうか」


「はいっ、ノイスさま」



 森の広場を後にして、山道を下りていく。

 どこかでふくろうがほうほうと鳴いている。


 なんだか一度にいろんなことがあったけれど。

 まさか暗殺者だった僕が、少女と子供の面倒を見ることになるなんて。


 静かな森の中、運命のいたずらに戸惑いつつも僕は彼女たちと一緒に街へ向かった。


次話は昼に更新。

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