49.女王襲撃
昼下がりの王都にあるお城。
アーデルの執務室にて、猫獣人ミーニャが突然『ねずみ』に感づいたことで、女王アーデルは急いで戦闘準備に入った。
広い室内で宰相も慌てる。
「て、敵ですかな!? どうしましょう……」
「壁に張り付いてて。窓側はだめ――廊下から来てる」
「わ、わかりました!」
ミーニャの指示に、宰相は横壁まで走って身を寄せて縮こまる。
アーデルがタンッと舌を鳴らしてから、横笛を顔のすぐそばに構えた。白い振袖の袖が揺れる。
「ようやく、あたくしも感じました。窓側からも二名、来ていますね」
「そっちは弱い。アーデルに任せる。わたしは廊下をやる」
「わかりました」
アーデルは笛に口を付け、いつでも吹けるようにする。
ミーニャは赤いスカートを揺らして、ゆらりゆらりとドアへ近づいていく。
短刀は顔の前で構えていた。
――と。
こんこんとドアをノックする音がした。
アーデルが笛から赤い唇を離して応える。少し声が緊張していた。
「どうぞ。開いていますわ」
「失礼いたします――おや。これは凄まじい殺気ですな。いやはや」
入ってきたのは柔和な笑みを浮かべるスーツに蝶ネクタイをした老いた男だった。
白髪に白い口髭。見た目は老人だが、細身の体は引き締まり、背筋もすっと伸びている。
アーデルが、はっと息をのむ。
「この声は……ゼバス!? ゼバスティアン?」
「はい、お久しぶりでございます、アーデル王女――いえ、アデール女王陛下。ゼバスこと暗殺騎士序列十位のゼバスティアンでございます」
ゼバスは胸に手を当ててうやうやしくお辞儀した。執事のような慇懃な態度だった。
それもそのはず。
ゼバスは前国王がまだ王弟の頃から仕えていた執事だった。
「じゃあ、窓側の二人は見習いでしょうか?」
ゼバスは深くうなずく。
「左様ででございます。アーデル陛下が王位を継ぎ、暗殺騎士見習いの賞金が解除されましたので、せめてこの子たちだけでも引き取っていただこうかと、やって参りました次第です……が、序列二位のアーニャさまがおられるみたいですので、事情が少し変わったようですな?」
「アーニャじゃない。今はミーニャ」
ミーニャは懐から冒険者カードを出して見せつけた。
ゼバスが苦笑しつつ首をかしげる。
「全然変わっておられないようですが……いえ、なんでもありません」
「あと、二人じゃなくて、三人。天井裏に一人いる」
ミーニャが無造作に短剣を持った手を伸ばして天井の一角を指し示した。
「えっ、本当ですか!? なんて優秀な……」
アーデルが驚きの声を上げる。
ゼバスは優しい笑みを浮かべつつ頷く。
「ええ、私のチームは見習い三人とリーダーの私で構成しておりましたので――お前たち、女王陛下にご挨拶をしなさい」
「「「はいっ!」」」
可愛らしい高い声が響くと、つむじ風とともに一瞬にして三人の子供たちが現れた。
全員十代前半。
少女はメイド服を着ていた。
少年の二人は白いシャツに黒の吊りズボンを履いていた。見た目は給仕のようだった。
端の少年が片足を引きつつ頭を下げる。
「僕はクラウトと言います」
真ん中の少女がメイドのスカートを広げつつお辞儀する。
「私はリンゼと申します」
一番背の低く幼い少年も頭を下げる。服が埃で汚れていた。
「僕はカルトンです」
アーデルが目御閉じた顔に微笑みを浮かべる。
「可愛らしい子供たちですわね……ですが頼もしそうですわ」
「はい、わたくしめがしっかりと教育いたしておりますので」
「よく来てくれました。やはり暗殺騎士見習いの賞金首解除は正解でしたわ……さすがノイスさまです」
「ノイスさまとは?」
「ああ、昔の名は死神のリヒト。序列一位のあの方ですわ」
「なんと! リヒトさまもおられましたか……戻ってきて正解ですな」
「どうしてでしょう?」
「あの人に勝てる人なんて、この世にはいませんからな……敵対者にならずに済んで、ほっとしております」
白いひげを揺らしつつ、恐ろしそうに首を振った。
するとミーニャが大きく口を開けてあくびした。
いつの間にか手にしていた短刀が消えている。
窓の方へとゆるゆる歩きつつ言う。
「さっきの。ゼバスたちも同行させればいい」
「それがよろしいですわね」
「寝る」
ミーニャはまた日当たりのいい場所で丸くなって寝始めた。
ゼバスが口を開く。
「ふむ。護衛の仕事ですかな? でしたらお互い慣れるまで、この子たちは女王陛下の身の回りの世話をさせてみてはどうでしょう?」
「それはいい考えですわね」
アーデルの言葉に、子供たちも顔を輝かせて言う。
「とても嬉しく思いますっ!」「掃除も諜報も頑張りますっ!」「僕もですっ」
アーデルが、あっと声を上げる。
「じゃあ、さっそく仕事をお願いできますか、リンゼさん」
「わ、私ですか!? ――は、はいっ! 喜んで!」
「では……ミーニャさんの部屋に行ってパンツを一枚、持ってきてあげてください」
「え?」
妙な依頼にリンゼが笑顔のまま固まる。
ゼバスが「ああ、またですか」と納得して呟きつつ、リンゼに促す。
「ほら、初仕事ですよ、リンゼ。ミーニャさんのパンツを至急」
「あっ、はい! 行ってまいります!」
リンゼがメイド服を揺らして駆け出した。
壁に張り付いていた宰相がおずおずと近づいてくる。
「で、では、段取りを説明させておきましょう」
アーデルとゼバスたちは街の地図も見ながら、会談の詳細を詰めていった。
このあとミーニャは無事、パンツを履けた。




