46.魔王エカテリーナ
魔界にある魔都レジーナ。
僕らはエカテリーナにゲート使用許可をもらうため魔王城へと入った。
何本もの柱が高い天井を支える玉座の間。
奥の壇上には玉座があって頬杖を突く少女――魔王エカテリーナが座っていた。
背が低くて華奢な少女。ニグリーナよりも幼く見える。
ツインテールの金髪に、赤いドレスを着て玉座にふんぞり返っていた。
僕らが壇上の前まで進み出ると、エカテリーナは口を開いた。嫌そうに眉間にしわを寄せて。
「なんなの? ニグリーナ。今さら、のこのこやってきて」
「なんなの、じゃないっての。お願いだから、ゲート使えるようにしてよ」
ニグリーナも眉を寄せて訴えた。
すると男が小走りにエカテリーナへ寄ると、紙を一枚手渡してから下がった。
その紙を見ながらエカテリーナが、ふんっと鼻で笑う。
「人間のテイマーに、ドラゴン2匹を連れてくるなんて。ゲート使用を認められるわけないじゃない」
「なんでよっ。何も悪さはしないんだから、別にいいじゃん」
「よくないでしょ。あんたが悪さしない保証はないもの。第一、あたしにあんなひどいことをして、一度でも謝ってくれたわけ?」
「直接会うのは禁止されてたからできなかったけど、手紙では謝ったじゃん」
「あー、あのよそよそしい、心のこもってない手紙ね。謝罪って、直接会ってしなきゃ意味ないと思わない?」
エカテリーナは手に持った紙をひらひらと振ってニグリーナを煽った。
「ぐ……わかったわよ」
ニグリーナはゆっくりと両ひざをつくと、手をついて頭を下げた。桃色の髪が垂れる。
美しい土下座だった。
「ごめんなさい、エカテリーナ。死なせかけたことも、直接謝罪しなかったことも、悪かったと思ってる。確かに忍び込んででも謝るべきだった――ごめんなさい」
そう言って、さらに床に額がつくぐらい頭を下げた。
――言葉は少ないけど、心のこもった謝罪だった。
きっと、ずっと謝りたかったんだろうなと僕は思った。
しかしエカテリーナは玉座のひじ掛けに頬杖を突いて、すらりとした足を偉そうに組み替える。
バカにしたような笑みを浮かべていた。
「あっそう。でも通さないから」
ガバッとニグリーナが顔を起こす。
「えっ、なんでよ!?」
「謝罪と通行許可は関係ないもの。いつあたしが謝ったら通してあげるなんて約束した? ばっかじゃないの」
意地悪そうな笑みを浮かべて、けたけたと笑うエカテリーナ。
ぐぬぬっ……とニグリーナは土下座したまま、悔しそうに唇を噛んでいた。
するとシャロンが青いドレスを揺らして進み出た。
「お初にお目にかかります、エカテリーナさま。私はドラゴニアの第一皇女シャロンでございます。差し出がましいようですが、ニグリーナさんは過去の過ちを反省し、たった今、心からの謝罪をおこないました。どうか彼女を赦してやってもらえないでしょうか?」
エカテリーナが赤い瞳でシャロンを睨む。
「国を追われた住所不定無職が、偉そうに意見しないでくれる? あたしが魔王なの! 一番偉いのっ!」
「ええ、確かに今は放浪の身。ですが、近日中にドラゴニアを取り戻せます。魔界ゲートの使用許可さえくだされば、ご迷惑はおかけしません」
「だからって今は逃亡者でしょ! ドラゴニアの逃亡ドラゴンなんて優遇したら、魔界が戦争に巻き込まれるじゃない。却下よ、却下! 文句があるなら国を取り戻してから言ってよね! ――会見終わり!」
エカテリーナは赤いドレスを揺らして玉座の上に立ち上がると、しっしっと手を払った。
シャロンが必死に訴え出る。
「お待ちください、エカテリーナさま! ゲートさえ使えればドラゴニアは明日にでも取り戻せるのです! どうかゲートの使用許可をお願いします!」
「そっちの事情なんて、魔王のあたしに関係ないっ! 終わりったら、終わり! ――しっしっ!」
野良犬でも追い払うかのように、僕らに向かって手を振り続ける。
僕は、ずっと黙っていた。
ただでさえ魔界で嫌われている人間が、口を挟むと波風が立ちそうだったから。
――けどもう、彼女の傲慢っぷりは許せる範囲を超えていた。
僕はシャロンとニグリーナを見て言う。
「二人ともごめん。もう、やっちゃっていいかな?」
ニグリーナが立ち上がりながら肩をすくめる。
「あーもう。いいんじゃない? ここまでこじらせてると、さすがにアタシでも擁護のしようがないわぁ~」
「時間がありませんし、仕方ないと思いますわ」
シャロンも青い髪を揺らして同意した。
僕はエカテリーナを見て一歩踏み出した。
壇上を睨みつつ言う。
「エカテリーナ。今ならまだ間に合うよ。暴言を謝って、ゲート使用を許可してくれたらね」
「そーそー。ノイス強いからね~。ここは素直に従ったほうがいいよ~。それがエカテリーナのためなんだから」
ニグリーナが最後の慈悲を見せた。
しかしエカテリーナは玉座の上から怒り顔で睥睨してくる。
「は? なに馬鹿なこと言ってんの? 弱っちいテイマーのくせに。だいたい今ここに一番いらないのが人間のあんたなのよ? 恥を知りなさい」
「おっけー。じゃあ、無理矢理にでも言うこと聞いてもらうことにするよ」
僕は無造作に足を進めて玉座へ向かう。
エカテリーナは眉間にしわを寄せると、吐き捨てるように叫んだ。
「ここまでのバカとは思わなかったわ! あたしは魔神にして真祖ヴァンパイアの血を継ぐ、魔界最強の魔王! 48柱の魔神を屈服させて従えるあたしに、人間が勝てるはずないでしょ! ――いでよ! 【魔神全召喚】!」
カッ――!
彼女のツインテールが激しく逆巻き、玉座の間が黒く光った。
次の瞬間、広い玉座の間を埋め尽くすように大小さまざまな姿の魔神たちが出現していた。
棘だらけの魔獣もいれば、角の生えた妖艶な美人もいる。巨大なハンマーを担いだ岩男や、たくましい腕が六本ある巨人。下半身が蛇の美少女や、蛇の髪の毛をうねらせる女もいる。高い天井に頭が付きそうな、目が四つある獣のような大男も目立っていた。
どれも初めて見る異形の化け物たちだった。凶悪な殺気を放っている。
ただ急に呼び出されたためか、ナイトキャップをかぶって寝てる奴や、胡坐かいて新聞読んでる奴、バスローブ一枚で酒のグラスを片手に猫を撫でていた魔神もいた。目を丸くして驚いている。
――エカテリーナは魔神で吸血鬼で召喚師なのか。
しかも48体同時召喚。魔力の底が知れない。
魔王にふさわしい強さ。
確かに並みの者では足元にも及ばないだろうね。
僕はのんきに手を上げて尋ねる。
「質問があるんだけど。この魔神たち、殺すとどうなる? 死ぬ? それとも消えるだけで再召喚可能?」
「は? 一人でも殺せると思ってるの? まあ、死んでも死なないけど。召喚したあたしがダメージ受けるだけだから」
「それを聞いて安心した――僕は手加減が苦手だからね」
黒い刃のナイフを取り出すと、白い歯を見せて笑った。
そして魔神のひしめく広間の中、一直線に玉座へ駆けた。




