4.決意の土下座と襲撃
深夜の山の広場にて。
僕の目の前にドラゴンの姫シャロンが土下座していた。
彼女は地面に額を付けたまま、必死な声で哀願してくる。
「すべてお話します。わたくしはドラゴニア皇国の正統なる後継者、第一皇女のシャロン・バハムートです。隣にいるのが第二皇女のラン・バハムート。国は悪漢の手によって奪われました。かろうじで私たち姉妹は部下とともに逃げ出したものの、部下たちは一人二人とやられてしまい、最後には私たちだけになりました。悪漢は自身の正統性を主張するため、私か妹の血を欲しています」
「まさか頭下げるとは……それで?」
「身軽になったら、わたくしは国へ帰って悪漢に最後の戦いを挑むつもりです。ですが負けた場合、ランを守れる人がいなくなってしまいます。――どうかお願いです。妹を守ってくださいませんか?」
「自分の命はどうなってもいいっていうの?」
「妹を守っていただけるなら、何でもします。お願いします」
シャロンはゴリゴリと音がするぐらいに地面に額をこすりつけた。
僕は苦笑しながら隣にいる小さな竜、ランを見下ろすしかない。
「わかったよ。君のなりふりかまわない決意、しかと見届けたよ。この子は守り通すから安心して――だから、もう立って。危険だから」
僕の言葉にシャロンが、はっと顔を上げた。青い瞳から涙が散る。
「ありがとうございます! ……では――」
――が。
ドゴォォン――ッ
と、森の中の広場に突然轟音がとどろいた。
「なんですっ!?」「きゅい!?」「早いね。探知してから、あっという間だった」
砂が舞い上がり、辺りの視界が一瞬効かなくなる。
その砂埃の向こうから、下卑た声が響いた。
「がはは……ようやく見つけたぞ、シャロン皇女よ――ッ!」
のっそりと煙を抜けて、浅黒い肌をした大男が現れる。全身黒づくめの服と鎧を着ていた。
顔は武骨で四角く、背中には巨大な剣を背負っている。
「くっ! あなたは黒竜ペイエンディ!」
「きゅい!」
ランが牙の並ぶ口を大きく開けて威嚇した。
「王族の力を使うなんてうかつだったな! ようやく見つけたぞ――って! ぎゃはは! なんだそれ! 皇女が! この世で最も気高いドラゴンの皇女さまが! 人間なんかに土下座してやがる! この世で最も笑えるシーンだな、ぎゃははは!」
ペイエンディはシャロンを指さして腹を抱えて笑った。
シャロンは悔し気に唇をかみしめるが、土下座の姿勢を辞めようとしない。
立てばいいのにと思って、すぐに思い違いをしていることに気付く。
――ああ、僕の言葉を待っているのか。
僕はシャロンに手を差し出しながら、優しく声をかける。
「さあ、もういいよ。君の誠意は伝わったから。立って、シャロン」
「ありがとうございます、ノイスさん」
彼女は僕の手を掴んで立ち上がる。
ペイエンディはまだ笑っていた。
「ぎゃはは! 金か食料でも恵んでほしくて土下座してたのか? 人間なんかに! やべえ、面白すぎて仕事にならねぇ――ッ!」
「彼女の必死な想いはおかしくないよ。むしろ美しいぐらいだ」
「ありがとう、ノイスさん。さあ、ここは私に任せて、ランを連れて逃げてください」
「えっ、でも」
「命に代えても、アイツは止めますから。――さあ、早く」
シャロンは微笑みすら浮かべて僕を促す。
でも僕は気が付いていた。
シャロンより、ペイエンディの方が強い。
それでも彼女は「ランを守ってくれるなら、なんでもする」という言葉通り、命をかけようとしている。
――最初はいきなり攻撃してくるわ、偉そうだわ、問題抱えてるわ、で印象最悪だったけど。
彼女なりに必死だったのかもしれない。初めよりは好印象だった。
しかし僕が何か言う前に、ペイエンディが動いた。
「おおっと、逃がすかよ! ――麻痺風縛り《パラライズバインド》」
ペイエンディが、いつの間にか持っていた玉を掲げた。
とたんに玉を中心にして、まとわりつくような湿った風が吹き荒れた。
僕たち三人を粘液質な風が絡み取っていく。
「しまっ……た」
「きゅ……ぃ」
シャロンとランは立ったままの姿勢で立ち尽くした。
動けなくなったらしい。
ペイエンディが四角い顔に満面の笑みを浮かべて叫ぶ。
「ちっこいとはいえ、ドラゴン二人を相手にするんだ。準備ぐらいしてるに決まっているだろ。がははっ!」
そして背中から分厚くて巨大な大剣を抜き放つ。
僕は首を傾げた。
「ん? なぜ剣を抜くの?」
「そんなもの、痛めつけるために決まってんだろ! 麻痺はずっとは続かねぇからよ。――ああ、安心しろ。人間は殺さないでおいてやる」
「どうして?」
「俺ことドラゴニア副司令官ペイエンディ様の恐ろしさを人間の国に伝えるためだ! 俺の強さ、残忍さ、圧倒的な恐怖を伝えるがいい! どうせ、すべての人間は最強国家ドラゴニアの支配下となるのだからな、ふははははっ!」
彼の笑いが響くたびに、話せないシャロンが悔し気に唇をかむ。ランは悲しそうに眉間にしわを寄せていた。
僕は呆れて言うしかない。
「こんなバカが副司令官じゃ、暴君ドラゴニアの程度も知れるってもんだよ」
「なにっ!? 侮辱する気か! どこがバカだというんだ!」
「麻痺の風で話すことすらできない僕が、どうしてこんなに喋ってるのか疑問に思わない時点で、頭がどうかしてるよ」
「あっ、なぜだ!? ――いない」
「後ろだよ」
ペイエンディが全力で振り返る。
すでに彼の後ろに回り込んでいた僕は、あいさつ代わりに片手を上げた。
「やあ、ようやく気が付いたかい?」
「な! いつの間に!」
「悪いね。ランは絶対に守るってもう彼女と約束しちゃってるんだ。だから死にたくないならこのまま尻尾巻いて帰って欲しい。――僕は手加減が苦手なんだ」
激怒したペイエンディの額に血管が浮き出る。
「き、きさまぁ! 許さんぞ! まずお前から肉片にしてやる! ――下降重圧!」
ペイエンディが頭上に振り上げた大剣を、一気に振り下ろす。
分厚い刀身に暴風が巻き付いて襲い掛かる。
僕は懐から黒い刃のナイフを素早く取り出して両手に持った。
両手を交差させるようにして斬り付ける。
「やれやれ……これでわかってくれたらいいけど――【万物即死】」
ザンッ!
右手に持ったナイフの切っ先が分厚い大剣に触れたとたん、大剣は紙くずのようにちぎれ飛んだ。
「な、なにっ!? なぜだ!」
ただ彼の発動した能力スキル自体は続いているので、左手のナイフで風を突く。
「――【万象死滅】」
暴風はそよ風になって僕の髪を撫でた。
ペイエンディは目を見開いて、ぶるぶると震えていた。




