2.厄介なモンスターとの出会い
今日は3話更新。2話目。
風のない真夜中。
僕はテイマーとしてペットを手に入れるため、真っ暗な森の中を歩いていた。
沢にぶつかってからは、小川沿いを山に向かって歩く。
次第に傾斜が増え、ごろごろした岩が多くなった。
足元は悪いものの、暗殺を極めた僕にとっては昼間と同じだった。
さくさくと歩いていく。
――が、一時間も歩く頃になると根本的なおかしさに気付いていた。
モンスターと遭遇しない。
僕の殺気は消してあるから、モンスターたちからすれば獲物にしか見えないはずだ。
それなのに襲ってこない。
ちなみに選んでるわけじゃない。
別に最強のペットが欲しいわけじゃなかった。
適当に身分を偽れて、なおかつ扱いやすいペット。
従順で命令をよく聞いて飼いやすいモンスターが欲しかった。
犬か狼がいいんじゃないかと考えていた。
わんこ可愛いし。もふもふして癒されたい。
だけど、まったく遭遇しない。
ウサギ一匹出会わない。
「本気で探ってみようかな――【極大・気配探知】」
ざわっと僕の前髪がなびいた。
僕を中心にして山間の森にスキルが波紋のように広がっていく。
そして山の中腹辺りに多数の生命が集まっていることを探知した。
人の気配じゃない。大小さまざまな動物の気配。
「なんでそんなところに……?」
よくわからないけど、注意を払いつつ近づいた方がよさそうだ。
僕は暗殺スキルの一つ【隠密】を発動しながら山を登った。
◇ ◇ ◇
山の中腹には木々が打ち払われて、開けた広場のようになった場所があった。
広場を守るように灰色熊や大きなトカゲが配置されている。
――モンスターが守っている? 何でだろう?
テイムすると危険な感じがしたので、先に広場を詳しく調べることにした。
【隠密】から最上級スキルの【透明存在】に切り替えて広場へ入る。
木の陰から陰へと隠れて歩きながら様子をうかがう。
――が。
突然、凛とした声が響いた。
「一体何者ですか? あなたの目的はなんでしょう?」
僕は驚いて目を丸くしつつ、隠れてもしょうがないとばかりに広場の中央へと出た。
同じく広場の奥から一人の少女が出てきた。張りのある胸に細い腰。
肩の出た青いドレスを華奢な体にまとっている。
よく見ると歳は15歳ぐらいだが、大人の女性のような雰囲気を持つ。
でも、青い髪を優雅に揺らして歩く姿は高貴な人間を思わせたけど、人間じゃないと直感していた。
――かなり強いモンスターだ。僕の相手にはならないけど。
テイマー式のローブにあるフードを上げて顔をのぞかせつつ、僕は言った。
「驚いたね。僕に気が付けるなんて」
「いったいなにをしに来たのでしょう?」
「僕はテイマーのノイス。テイムしに来ただけだよ」
「こんな夜中に……? はっ!? 私をテイムして連れ戻す気ですわね! そうはさせませんわ!」
少女はすらりと長い手を前に伸ばした。
僕は誤解させてしまったと思い、慌てて弁解した。
「ごめん、君じゃなくて、犬か狼をテイムしたかったんだ」
「嘘ですわ! あなたはテイマーではなくってよ! 正確に言えば、――テイマーの皮を被っている、何か恐ろしい人ですわ!」
「まいったね、そこまで見抜かれちゃうとは」
――せっかく新しい顔と職業でやり直そうとしてたのになぁ。
新生活早々、テイマーのふりをした危険な奴がいるとバレてしまうなんて。
どうしよう……。
僕が考え込んだとたん、少女はビクッと体を震わせて一歩あとずさった。青いドレスの裾が揺れる。
気配の微細な揺らぎを察知したらしい。
腰まで伸びる青い髪を揺らして決意を秘めた声で言う。
「やはりあなたは追手だったのですね……命に代えても倒しましてよ!」
気品のある態度を取り繕っていたけど、心の中では怯えているのか、澄んだ声が儚げに震えていた。
「いや、ちょっと待って! 追手ってなに!? たぶん違う!」
「問答無用! ――竜撃破!」
ドゴォッ――!
彼女の伸ばした右手が輝くとともに、巨大な光が奔流となって放たれた。
広場の地面に丸い溝を付けつつ、僕をまっすぐに狙う。
僕は懐から黒い刃のナイフを取り出すと、体をひねりつつナイフを持つ手を無造作に突き出した。
「ったく! 話聞いてよ――【万象死滅】」
ナイフの切っ先が輝く光の奔流に触れたとたん、光が弾けて消えた。
何もなかったかのように、深夜の森に静けさが戻る。
少女が驚愕で青い目を見開く。
「う……うそ……私の奥義が……竜王族の力が、消し飛んだ……」
「だから、待って、って言ったでしょ……僕はスキルの特性上、手加減が苦手なんだから。意味不明なまま殺しちゃうのは嫌だよ」
僕は呆れて肩をすくめつつ黒刃のナイフを懐にしまった。
「待って、ありえません! 魔法なら消されるのはわかるけど、今のは種族としての固有の力なのですよ!? 消せるはずがないですわ!」
「それは……説明すると僕が誰だか言うことになってしまうから、今は言えない。話も聞かずにいきなり攻撃してくる君は信用できない」
単純に、生まれ持った天職である【暗殺者】のスキルなんだけど。
【暗殺者】は人を殺すスキルを持つ職業と思われがちだけど、極めると万物を殺せるようになる。
生き物だけじゃなく、岩や建物。もっと言えば燃える炎や吹き抜ける暴風などの現象すら、一撃で殺してこの世から消してしまう。
それが真の暗殺者の力だった。
暗殺を極めた僕の前では、剣も魔法も特殊能力も存在しないに等しかった。
すると少女は僕に向かって頭を下げた。間違いに気が付いたらしい。
次話はお昼ごろ更新。