第1話
「よっすー!アル!」
朝から勢いよく人の背中を叩いて悪戯な笑顔を見せるのは同級生で同じクラスでなおかつ隣の席のリーシャだった。
「眠そうな顔してるな〜。緊張で寝れんかったか?ん〜?」
登校中にそんな元気なのお前以外にいねーだろと悪態をつきつつ、目を細めて彼女を見た。
毛先が肩にかかる赤茶色の髪には、普段見ない青色の蝶の形をしたブローチを着けていた。
「珍しいな、お前がアクセサリーなんて」
「ん?ああ、ママが付けてけーってね。私はどっちでも良かったんだけど、ママもおばあちゃんも卒業式の日に着けてたんだって」
「ふーん」
外見の変化を指摘されても照れる素振りもなく、幼なじみのリーシャはいつもと同じ笑顔を見せていた。
「それよりも〜、ステータス!気になるよね〜」
リーシャが言うように、今日は16の歳になる俺たちの卒業式の日だった。
フェン・リレーネ高等学院6年生の俺たちは、今日この学校を卒業し、明日からそれぞれの進路へ就職、進学する。
そして今日は、悪魔撃滅部隊への入隊を望む俺たちの、基礎ステータス審査発表の日でもあった。
「私魔法型がいいな〜、出来れば前線で戦いたくないし、補助とか回復スキル持ちだと嬉しい〜!どの部隊入ってもね、回復係は引く手数多らしいよ!」
「お前は俺からするとどう見ても物理攻撃型なんだがな...」
「ひどー!こんな可愛い子捕まえて、脳筋タイプ扱いとか!」
俺もリーシャも、悪魔撃滅部隊への入隊を希望している。これは、俺たちが7歳、まだ低学園にいた頃から変わらない進路希望だ。
「ステータス発表は式の後か。ま、俺は物理攻撃タイプだろうし、前線に出れるなら何でもいいや」
「2組代表、アルード・リオレンズ」
「はい!」
式は筒が無く進行し、卒業証書の授与の為、壇上へ向かう。
フェン・リレーネ学院の一学年の生徒数は90人前後と決して多くはないが、低学園の4年生から高等学院の6年生までの生徒数は、合計で800人を超える。壇上から見下ろす1000名弱の人間の姿と、拍手の音に少し気圧された。
「生徒会長、今までお疲れ様」
席へと戻った俺に、リーシャが優しく声を掛けてきた。
魔力...それは約80年前に突如としてこの世界に現れた未知の"法則"だった。
俺たち人類が悪魔と呼ぶ種族による、100年に渡る世界の支配と、50年の世界の凍結。抗う術を持っていなかった当時の人類は、為されるがままその暴力と恥辱を受け入れた。
同時に世界に散りばめられた、魔力という物質。
それを人類が手にするようになったのが、80年前だ。
フェン・リレーネ学院はその当時に作られ、"英雄"とまで呼ばれるほど優秀な悪魔撃滅隊員を数多く選出した。
俺、アルード・リオレンズも英雄と呼ばれる存在に憧れ、魔力の制御の勉強に力を入れてきた...のだが...。
「俺はお前みたいに才能無いからな、勉学頑張るしか無かっただけだよ」
俺には魔力、魔法の才能がカケラもない。それは、基礎ステータス発表を待たずして分かっていることだった。
魔力が散りばめられて80年...この世界に新たに生まれてくる全ての生物は、その体の内に魔力制御の能力を備えて産み落とされる。幼いときからその発現、才覚は、自然と見極められるのだ。
「それでも凄いよ。6年間、ずっと学年トップだったもんね」
発言に皮肉を込めてしまった俺を気遣うように、リーシャが顔を覗き込んで言う。
少し困った顔をした優しい幼なじみを見て、俺は目を細めて微笑んだ。
「楽しみだな、この後」
それぞれのクラスに戻り、級友達との思い出話に花を咲かせた。
5歳から12年間同じ学院で連れ添った仲間たちだ。首都や遠方で働く者もいる。女子だけじゃなく、男子でも声を出して泣いてる奴もいた。
「アル、元気でな」
そう声を掛けてきたのはキースだった。貴族オーラ溢れる金髪碧眼、端正な顔立ちをした悪友は、家業を継いで商人の道を歩むらしい。
「お前もな。お父さん、体調どうなんだ?」
「それが回復療法通い出してからめちゃくちゃ元気でなー。俺が社長になるのは何年後になるやら」
そう言って肩を落として静かに笑う。
キース・オードは、俺たちの住む田舎で名を知らぬ者はいないオード商社の御曹司だ。
「魔法嫌いだった親父さんがな...ま、お前が社長になったら色々と頼ませてもらうよ」
「おー。友情価格で販売させてもらうぜ」
そんな会話をしていたとき、クラスの扉が音をたてて開いた。
「今から講堂で基礎ステータス発表を行うぞー。発表希望者は移動しろー」
担任の先生はそれだけ告げ、一足先に講堂に向かったようだった。
「じゃあな、アル。また」
「ああ、またな」
級友と頷き合い、俺も席を立ち、講堂へ向かった。
「わたしたちのクラスは3人だけかー。3組は、6.7.8...8人もいる」
腰まである空色の癖毛を指で遊びながら、同じ2組のフィナがリーシャに話しかけた。
「フィナとアルが希望してたのは知ってたけど、まさかホントに3人だけとは」
フィナは身長が低く、リーシャの胸の辺りまでしかない。俺と並ぶと親子のようだった。
「フィナが希望してたの俺は知らなかったよ。撃滅部隊希望か?」
眠そうな顔で、ボリュームのある髪を横に震わせつつ否定された。
「わたしは学院の教員希望だよ。教員学校編入にも、ステータス書類の提出があるの」
へー、と相槌を打ち、次の質問を考えていると、担任の声がした。
「次、2組、壇上へ。リーシャ・ルルエリは魔法長の前へ」
「は〜い!」
市長や悪魔撃滅部隊の部隊長やお偉い方まで来てるというのに、幼なじみは気の抜けた返事をしていち早く壇上へ向かう。俺とフィナも後を追った。
「リーシャ・ルルエリ。レインの娘だね。お母さんと同じ系統かな」
そうリーシャに話しかける壇上の男は、この地区の魔法院全てを統轄する"魔法長"イワン・アルフレッド。その横にはステータス解析能力を持つターニャ・インテグラという女性。舞台袖には悪魔撃滅部隊の隊服を纏った男女がいた。
イワンはリーシャの母レインと、俺の両親の同級生だ。俺は会うのは9年ぶりだった。子どもの頃、イワンと会ったときの記憶が俺の脳内を走った。
「その髪飾り、レインも着けていたよ。懐かしいな。...では、始めるよ。深呼吸をして、ターニャの前の椅子に座って目を閉じて」
リーシャが椅子に座ると、ターニャがステータス解析を始めた。
リーシャの座る椅子を中心として、青白い光が円を描くように回り始めた。ターニャがリーシャに向け両手をかざすと、リーシャを取り巻く空気が振動する。
「んっ...!」
頬を紅潮させ、身震いを耐えるリーシャ。
ステータス解析は、被解析者の精神の中枢へと術者が入り込む超高等魔法だ。精神状態に乱れのある幼少期や、感情の起伏の激しい人間に行うと、術者側の精神がやられてしまう。そのため、解析は高等学院の卒業式後に行う。
「落ち着いて、ゆっくりと呼吸をするんだ」
イワンがリーシャに呼びかけるが、リーシャも耐えるように目を閉じて歯を食いしばっていた。
「あぁっ...ふぅぅ...あっ...んっあぁぁ!」
赤らんだ頬に、目には少し涙が浮かんでいるのが見えた。何か見ちゃいけないものを見ているような気になり、俺は目を逸らした。
「...解析終わりました」
ターニャは両手を下ろし深く息を吐くと、すぐに横の机に向かって何か書き始めた。
「お疲れ様。気持ち悪かったりはしないかい?初めは慣れないから、僕も嫌いだったよ」
椅子にぐったりと座るリーシャに、イワンが話しかける。リーシャの呼吸は荒く、よく見ると首筋に汗もかいていた。どんな感覚なのか、すぐに来る自分の番を想像し、期待と不安が入り混じった。
イワンに手を貸してもらい、ヨロヨロと立ち上がるリーシャ。
「ステータスを読み上げます」
ターニャも立ち上がり、先ほど書いていた用紙を持ってリーシャに向かう。悪魔撃滅部隊の2人も直立し、リーシャとターニャに顔を向けた。
「リーシャ・ルルエリさん。あなたは、回復魔法使用時の消費魔力、発動時間が半減する特性を持っています。魔法攻撃力も140と中々高いですが、魔法回復力が347あり、魔法回復型と出ています。戦闘の後方支援に向いていますね。基礎の回復魔法はもう使えるようなので、軽い怪我の治療の経験を積んで、ゆくゆくは重症、重病を治すヒーラーを目指すといいでしょう」
ターニャは眼鏡越しにリーシャに微笑み、用紙を渡した。
「はい、お疲れ様。他のステータスの数値はこの紙を読んでくださいね」
リーシャの背後から2人分の拍手が起きる。悪魔撃滅部隊の2人のものだった。
「おめでとう!リーシャくん!」
髪の短い若い男の隊士が言う。
「おめでとう。回復型は大歓迎よ!是非私の部隊で働いて欲しいわ」
長い金髪を持つ女の隊士も笑みをリーシャに向けた。
「へへ...えっと、ありがとうございます」
リーシャも照れ臭そうにはにかみ、俺達の方へと歩いてきた。俺とフィナも拍手で迎える。
「やったな、希望通りじゃないか」
「へへへ、ママもそうだったし、予想はしてたけどね」
「次、アルード・リオレンズ」
リーシャから担任に目線を移し、返事をしてイワン魔法長の前へと進む。
「イワンさん、お久しぶりです」
俺は深々と頭を下げた。
「アル...卒業おめでとう」
実の親のような優しい目で、イワンは俺を見た。
「君が...真っ直ぐ育ってくれて私は嬉しいよ。会うのは久々だが、真面目に健やかに成長したというのがわかる」
見るからに人のいい小太りの魔法長は、俺を見て目を細めた。
「君が悪魔撃滅部隊に入隊希望していることは知っていた。あんなことがあったんだ...僕は不安だったが...今日の君を見て杞憂だったと気づいたよ」
真っ直ぐにイワンの目を見て、俺は静かに頷いた。
「俺は大丈夫です。お願いします」
「ああ、では、深呼吸してターニャの前に座って目を閉じてくれ」
ゆっくりと椅子に向かう。落ち着かないといけないのに、心臓はバクバクしていた。素質皆無で、部隊に入れなかったらどうしよう。さまざまな不安がなだれ込んできて、深呼吸しても払えなかった。
「落ち着いてね」
ターニャが微笑みかける。
「...はい、すいません」
他社の精神に己の精神を侵入させるステータス解析は、とてつもなく危険な魔術だと担任は何度も説明していた。
俺が落ち着かないと、ターニャの命が危ない。そう考えたら少しずつ心の波が静かになっていくのがわかった。
「よし、では、始めます。目を閉じて」
目を閉じると、頬、首筋に触れる空気がびりびりと震えているのを感じた。
直後、ターニャが腹から胸にかけて、入り込んでくる感覚に襲われた。
「うぅ...っ」
目をギュッと瞑り、手を強く握った。身体中を弄られるような、ゾワゾワとした感触。
頭がぼーっとして、思考がまとまらない。今どこで何をしているのか、わからない。怖くて動くこともできず、早く終わって欲しい、その一心で耐えた。
「...お、終わりました」
その声と同時に感覚が全て戻った。
ゆっくりと目を開けると、目の前にいたのはつい数秒前に見た態度とは打って変わり、息を切らしながら狼狽したターニャだった。
怪訝そうな眼で、半分こちらを睨みつけているかのように俺の顔をじっと見ている。
俺も呼吸が荒いまま、そんなターニャを見ていると、我に返ったかのようにターニャは横の用紙を書き始めた。
「えっ、私もあんな感じだったの...!?」
「リーシャはなんか、もっと震えてて声も出てたよ」
「えーーーっ!!うそーーー!!」
ヒソヒソと女子2人が話しているのが聴こえる。
恥ずかしそうな顔でこちらを見るリーシャと目が合い、お互い気まずそうに顔を逸らした。
「...書けました。ステータスを読み上げます」
落ち着きを取り戻したターニャが、一拍間を置いて、俺と、イワンと、撃滅部隊員の2人に目線を移した。
「アルード・リオレンズくん。少し特殊なステータスの為、細かいデータまで読ませてもらいますがいいですか?」
特殊?魔法能力ゼロで、物理攻撃のみだと思っていたので、驚いた。魔力の影響で、個人によって特性が出る為、特性が変わっているものだったのか...?
思考を巡らしたままの表情で、ターニャに頷いた。
「では、改めて発表します。アルード・リオレンズくん。魔法攻撃型。特性は、魔力の自動回復。いわゆるリジェネです」
おおっ!と、背後で撃滅部隊員の男が声を上げた。
魔法攻撃型!?魔法攻撃型だと!?
俺も俺で興奮していた。
魔力は誰しもにあるが、魔法の素質のある子どもは幼い頃よりその能力を発現する。魔法に目覚めた子どもが火を出してしまいボヤになったり、物を浮かせたりというのは、今や世間話レベルのことだ。
ただ、俺には昔から一度も、そのようなエピソードがない。
体内の魔力を感じる授業では、体を巡る魔力を感じ取ることはできたが、どれだけ練習しても、俺に出来るのはせいぜい軽い物を1m浮かしたりすることくらいだ。それも、本来であれば低学園卒業レベルなのに、出来るようになったのはつい半年前だ。そんな俺が、魔法攻撃型だって?
ターニャは俺のステータス発表を続けた。
「元より魔力量が常人より非常に高いうえに、魔力を時間経過とともに自己回復できる珍しい特性がある為、魔力が尽きることがありません。...ですが」
ですが?
「ここからがその、特殊な事項ですので、落ち着いて聞いてくださいね」
ゴクリ、と生唾を飲む。
「えっ、リジェネ持ちが特殊ってことじゃないのかよ」「しっ!黙ってて!」
背後から部隊員のヒソヒソ声が聞こえた。
「アルード・リオレンズくん。あなたの魔力量は3,756。これは現在の国家魔法士と同程度です」
ターニャの声がさっきよりも澄んで聞こえる。
俺は目を見開いた。
「ですが、あなたの魔法攻撃力は、ゼロです」
............えっ?
「え?」「ぜろ?」「え、ぜろって?」
どれが誰の声だかわからないが、聴いていた担任教師を含む6人は全員なにかしら驚きの声を出した。
「魔法攻撃力がゼロ...これはすなわち、今後どれだけ修練を積もうがひとつも攻撃魔法を習得できません」
「ですが、あなたの魂の形状は何故か魔法攻撃型と出ています...それが謎なのです。しかも、ゼロという数値は基本あり得ません。私はこの仕事を13年やってますが、初めて見ました」
色々と早口で言われ、頭が混乱してきた。
で、結局どういうことなんだ?
俺はどうすれば悪魔撃滅に参加することができるんだ?
「あなたは、バッファーです」
「バッファー?」
「はい、それしかありません。本来であれば魔法補助型になるはずです。そうならない理由は1つ。あなたの習得できるバフ魔法が、あなた単体への効果しか無いものだからです」
.........。
壇上が一気に静まり返り、講堂で発表を待つ他の生徒の話し声がやたら大きく聞こえた。
「なるほど!」
静かに聞いていた撃滅部隊員の男が手を鳴らした。
「アルード君、君は、単機殲滅型なんだよ」
「単機殲滅型...ですか?」
「そう!」
男の目が楽しそうに光る。
「つまり君は、無限とも言える魔力を使い、ひたすらに自分自身の能力を魔法で向上し続け、1人で敵地に向かい、1人で悪魔を殲滅しまくるんだっ!」
.........えっ。
「それってつまり、おれ...僕は部隊ではなく個人で悪魔を倒せるってことですか?」
「そうだね!」
ニカっと歯を見せて笑い、男の部隊員が親指をたてて見せてきた。
「というか残念ながら、君の特性と能力では悪魔撃滅部隊に入ることは出来ないと思うぞ!」
...こうして、俺の7歳からの夢は儚くも散った。
to be continued