第7話, 生い立ち
明日の18時に続きを投稿します!
「よっし、やっとコツを掴んできたぞ」
あれから毎日魔力を体内で循環させる練習をしてきたが、五日目にしてようやく様になってきた。
「うんうん、すごいすごい。だいぶ身体も魔力に慣れてきてるみたいだしそろそろ次のステップに進めるかな」
初期の頃に感じていた身体の負担も今は少し不快に感じるくらいにまで落ち着いている。
「魔力を全身に送り出すだけじゃなくて戻ってくるのにも意識を向けたらうまくいったんだ」
「さすがね」
なぜだろう?ウェル姉は普段の明るいなりを潜めて、表情が少し曇っているように見える。
「ウェル姉最近具合でも悪い?」
「えっどうして?」
「いや、最近よくぼーっとしてるしいつもより元気がなさそうに見えたから」
「ああ心配かけてごめんね。全然平気だから気にしないで」
本人がこう言うのなら大丈夫なのだろうか。とりあえずは様子見か。
問い詰めても仕方がないと思い直し、魔法の練習を始めた初日から感じていたことを切り出してみる。
「そう?ならいいけど。でね、一つ相談があって…カヤナの上達速度が異常なんだけども」
「教えていて実感するのだけれども…あれは異常ね。成長スピードが剣術や格闘術の時よりも段違いだわ」
視線を妹の方に向けると魔法銃を二丁(片方はいつの間にかとられていたおれの分)、巧みに操り実にアクロバットな動きをしている。
ここ数日は弱点は潰すのみ、とか言って銃も交えた近接格闘に勤しんでいるらしい。
丸太に貼った的に向かって中距離から弾を数発打ち込むと同時に距離を詰め、足払いから蹴り上げ、丸太が宙に浮いているところを追撃とばかりに撃ち込み、そこから自身も大きく跳躍して丸太へと肉迫し、豪快なかかと落としを決める。
最後に真上から的の中心に一発弾を撃ち込んでフィニッシュ。
我が妹ながらえげつないコンボを決めるものだ。…て言うか魔法弾の威力少し強すぎない?最後の一撃で丸太爆散してるんだけど…。
「やばいんだよね、兄としての尊厳が」
今のままではまず間違いなく決闘では負けてしまうだろう。そうなると積み重ねてきた兄としての尊厳が失われかねない!尊厳があるかは知らんけど。
「そうね。今のままだと完全にボロ負けね。じゃあ、そろそろ初級魔法の習得から始めていきますか」
「是非に」
お互いに神妙な顔で頷き、フッと吹き出す。
「じゃあ、まずはアヤトくんの適性について知りたいんだけど…」
「前に言ってたやつだね。適性ってどうしたら分かるの?」
とウェル姉は今度は大きく深呼吸をして真面目な顔でこちらを見据えてくる。
「その前に一旦家に戻りましょうか。話しておきたいことがあるの、カヤナちゃんも呼んでくれる?」
「うん?分かった。カヤナー!ウェル姉が一旦家に戻れってさー!」
「はぁーい!」
ウェル姉のあんな難しい顔は久しぶり見た気がする。ここ最近元気がなかったことと関係があったりするのだろうか。
不安に思いながら足早にウェル姉の後を追って家へと向かう。
家に戻るとテーブルに用意されていたお菓子のクッキーがカヤナ(と自分も多少)によってすごい勢いで空になっていく。まあいつもの光景だ。
ウェル姉が淹れてくれていた温かい紅茶を一口すすってこちらから話を切り出す。
「それでウェル姉、話ってのは?」
「…あなたたちの生い立ちについて、そろそろ話しておこうと思って」
生い立ち…か。
この世界で暮らしてから二年も経つがそういえば聞いたことが無かったな。いや、聞いてもはぐらかされて詳しくは教えてくれなかったんだっけ。
「おいたちって?」
生い立ちの意味が分からないカヤナがウェル姉に尋ねる。
「あなたたちのお父さん、お母さんがどんな人たちだったかということよカヤナちゃん」
「おとうさん、おかあさん」
とても7歳とは思えない神妙な顔つきになる。
ウェル姉によるとこの身体が3歳の時、カヤナに至っては0歳の時からずっと彼女が親代わりとして面倒を見てくれているらしい。
となるとカヤナは実の両親のことを何も覚えていないのだろう。何かしら思うところがあるのかもしれない。
「またなんでこのタイミングで?」
今まで言う必要がなかったのなら、今更過去のことを蒸し返す必要もないだろうに。静かに黙り込んでしまったカヤナの手をそっと握り話を先に促す。
「それはね、今からアヤトくんの適性を知る過程で分かっちゃうからよ」
「いまいち話が見えてこないんだけど」
適性を知ることと、この身体の生い立ちがどのように関係しているのだろうか。
「まあ、実際に見た方が早いわよね」
そう言ってウェル姉は翠色の魔力を少しだけ纏う。
さすがウェル姉。軽い修練を積んだ今でこそその凄さがわかるのだが、あっという間に魔力の循環状態に入るその様は見ていてとても惚れ惚れとする。
「『ステータス・オープン』」
突き出した右手の前に、翠色の粒子が形を成して文字が空中に浮かんでいく。
そこに書かれていたのは、
名前:ウェルシア=テラスト
年齢:25歳
種族:ハーフエルフ
性別:女
適性:風、水
固有能力:樹木操作
天職:守護者
称号:忌み子、賢者の弟子、竜姫の加護、翠嵐の舞姫、到達者Ⅲ
中々ファンタジーあふれる内容ばかりだ。見る限りステータスというよりは個人情報の方がメインに思えるな。そしてやはり一番気になるのは種族欄であろうか。
「ウェル姉ってハーフエルフだったの?」
「そうよ、と言っても母親の人としての形質が強いから見た目は普通の人間とほとんど変わらないんだけどね」
なるほど。異種族間の子供はどちらかの形質が表立って表れるようだ。
「ああ、ここに魔法の適性が書いてあるのか。へー、称号とかもあるんだ…」
中々、ハードな人生を送ってそうな称号ばかりだ。
ここで先ほどまで暗い顔で落ち込んでいたカヤナが暗い雰囲気を払拭するためか、不意に無邪気なそしてある意味残酷な指摘をする。
「あれ?ウェルお姉ちゃん25才なの?えいえんの19才じゃないの?」
-ピシッ…
空気の固まる音がはっきりと聞こえた。
ウェル姉、カヤナにそんなことを言っていたのか。この空気を払拭するため、仕方ないのですかさずフォローに入る。
「カヤナ、世の中には言っていいことと悪いことがあるんだよ。特に大人の女性に年齢の話はタブーだ」
「ふーん、そっか。おとなの女の人もたいへんなんだね」
10歳児に悟られ7歳児に気遣われる25歳大人の女性。
ほっぺを膨らませ軽く涙目、小刻みにプルプル。既に恥ずかしさで消え入りそうである。
これで場の空気が少しでも和むと良いのだが…。
と、話が逸れた。
つまりウェル姉の言いたいことは魔法の適性を知るためにおれのステータスを見ることによって生い立ち、つまりは種族についておれとカヤナが知ることになる。
そのことについて何かしら話しておかなければならないことがあるのだろうか。
「僕たちの種族、について話しておかなければならないことがあるんだよね?」
そう問うとウェル姉は羞恥から立ち直ってつい先ほどと同じように真面目な様子へと戻ってしまう。
「…ええ、そういうことよ」
なぜだろう。今日のウェル姉はおれたちに対してどこか他人行儀な装いを見せる。
「ウェル姉、その…いつもと違う雰囲気に慣れないっていうか。僕は普段の明るいウェル姉でいてほしいなって思うんだけど」
「カヤナも!いつものウェルお姉ちゃんのほうが好きだよ!」
カヤナもおれと同じことを考えていたのだろう。おれの提案にすかさず賛同してくれた。
「二人とも…。ごめんね、でも少しの間だけはこのままの私でいさせて頂戴」
こう面と向かってはっきり言われてしまってはもうどうしようもない。ウェル姉のこの振る舞いにもきっと何か理由があるのだろう。
「じゃあ、アヤトくんのステータスも見てみましょうか。まずは練習通り魔力を纏ってみて」
言われるがまま、何度も練習してきた通りに全身に循環させるイメージで魔力を心臓から送り出していく。
身体が青白い魔力で覆われていき心が凪いでいく。
全能感に満たされながらも視線をウェル姉の方に向けて次の指示を待つ。
「うん、完璧ね。次に右手を前に突き出して、『ステータス・オープン』と唱えて」
「『ステータス・オープン』」
青白い粒子が文字をなしていく。
そしてそこに書かれていたのは、
名前:アヤト=アーウェルン
年齢:10歳
種族:半竜人
性別:男
適性:風
固有能力:竜魔法
天職:神秘術者
称号:界渡人、竜人族の末裔、竜皇子、竜姫の加護
「半…竜人?」
この身体は基礎スペックがいやに高いと思っていたがどうやら普通の人間では無かったらしい。半竜人ということはウェル姉と同様ハーフなのであろうか?
「りゅうじん?」
カヤナも訳が分からないといった様子だ。
そんなおれたちにウェル姉は静かに語り始める。
「竜人族はね、竜嶺都市アウェルニアがあった浮天島で栄えた一族でね。私もそうだったのだけども、種族内や社会的に立場の弱い人たちを率先して保護していたの。…十年前に天使の軍勢に墜落させられるそのときまではね」
天使に?前世の知識だと神の遣いであり善なる存在だと思うのだが…。
「天使?悪魔じゃなくて?」
「そう、天使。…七年前、あなたたちのお父さん、お母さんを殺した仇」
悲しみと憎しみの色を浮かべてウェル姉は物語を語るように話し始めた。
決して忘れられず、時として悪夢の形をとって今も彼女を苦しめ続ける暗い昏い過去を。