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第54話, 律





「『竜皇子の覇城:<武曲むごく>』」



 心臓を潰され、既に息絶えたはずの死体からせきを切ったように白銀の魔力が立ち昇る。


 彼の左眼を覆っていた黒い布は魔力の余波で吹き飛ばされ、右目の碧色とは対照的な澄んだ青紫色の瞳があらわになり、さらにはその眼前に白銀の魔力で彩られた紋様が浮かび始める。



ーシャンシャンッ…



 どこからともなく鳴り響く神楽鈴の音。


 その音に導かれるかのように、半竜人の身体は操り糸で吊り上げられた人形の如く浮かび上がる。



ーシャンシャンッ…



 際限なく立ち昇っていた魔力が宙で収束し、瞬く間に白銀で統一された美しき城が構築されていく。


 やがて完成した城に魔力が駆け巡り、城自体に付与された積層型の魔法陣が幾つも折り重なって、精細な立体魔法陣として機能し始めた。



ーシャンシャンッ…



 手が付けられないほど損傷していた半竜人の骸はまるで時を巻き戻すかのように、元の無傷な状態へと戻っていく。


 そして完全に傷一つ無い姿へと戻ると、その身体を呑み込もうと白銀の紋様ーー『王の瞳』が暴力的に広がり侵食を始めた。


 紋様の網が獲物を捕食しようと全身を包み、そして…



「ーーーッ!………まだお前に明け渡すにはえーっての!『<掌握>』ッ!!!」



 魂が擦り減るという恐ろしい感覚に覚醒を促され、咄嗟に『王の瞳』を握り込んで『竜皇子の覇城』共々、強制的に自分の支配下に落とし込む。


 すんでのところで侵食は収まり、やがて元の大きさほどの紋様へと戻っていった。



「はぁ………はぁ………………………………死ぬ………ってかさっきまで死んでたか」



五分五分フィフティ・フィフティほどの賭けだったけど思惑通り事が進んで良かった。どうやらと言うか、やはりと言うべきか『王の瞳』はおれを死なせたくないみたいだ)



 『王の瞳』にはおれたちとは別個の魂が宿っている、というのがおれとマリウスの見解だ。なら仮に他の継承者がいないこの状況で宿主が死の危機に晒されたのなら、何かしらの動きがあるのではないか?


 具体的には、『王の瞳』に封じ込められている魂が、そこから生じる自らの魔力を持って、無理やりにでも術を行使するのではないかという見解。


 見立てでは『王の瞳』に備わる理を顕界させるという推測だったのだが、結果は少し斜め上にずれてしまった。



(まさかおれの魂を呑み込もうとするとは…)



 しかも『竜皇子の覇城』を勝手に展開させて、身体の修復まで行っているときた。これで『竜皇子の覇城』の所有権がおれだけでなく、『王の瞳』にも属していることが判明してしまった。



(自滅……なんて笑えない冗談が現実味を増したか)



 止め処なく溢れ出ていた白銀の魔力も抑え込み、地面に降り立って自身の身体を確認する。


 外傷は全て完治している上に、『竜皇子の覇城』からの魔力供給のおかげで魔力残量も十二分。


 先ほどまで死んでいた気持ち悪さというか、酔いのようなものはあるが、これはそのうち薄まるだろう。


 それより気になることと言えば…



「<武曲むごく>………これで二度目か」



 自分が死んでいるとき、脳に響いた術の句について考える。


 終末世界で使った時に『竜皇子の覇城』の最後に付いた式句は<破軍>。それに対して二度目の今回は<武曲むごく>と別の式句に置き換わっていた(・・・・・・・・)


 一度目の明らかな代償(左眼の失明)と同様、今回も術の終わりには何らかの代償が課されるのであろうか?


 まあ生き返れたことに比べれば些細な問題でしかない。また全てが片付いた後に考えよう。



「さて、あと現状に問題点があるとすれば…」



 頭上に視線を向ける。



「これ絶対目立ちすぎてるよな」



 頭上に展開されている巨大な城ーー『竜皇子の覇城』。おれの奥の手とも言える『魂の刻証()』で、ありとあらゆる<循環ル・カ>を司る。


 支配領域内に存在する全ての物体、全ての魔力、果てには心や魂と言った精神体まで等しく術の対象であり、それらの<循環>を自在に操ることができる。


 ーーのだが…敵味方問わず、これでは遠目から見ても異常なほど目を引いてしまう。その上に魔力で構築されている術のため『聖女』の魔力無効化能力を使われればひとたまりもない。


 宙に浮かんでいた城に向けて右手を掲げ、もう一度式句を唱える。



「『<掌握>』」



 『竜皇子の覇城』を丸ごと自分自身の内側へと取り込む。


 これなら体内の魔力までは完全に無効化できない『聖女』の魔力無効化能力から逃れられる上に、自分は『竜皇子の覇城』の能力の恩恵を受けることができる。


 まあ体内に取り込んだせいで遺憾無く能力を発揮はできないが、さしあたりの問題としては時間制限が生まれたのと効果範囲が極端に狭まったことくらいか。


 普段なら時間は解除しない限り半永久、効果範囲も城の中心から4km四方となっているのだが、この調子だと時間は一、二時間が限度で効果範囲もおれの身体付近に限定されてしまっている。

 


「さてと……『始竜よ 其の貴き姿を 彼の威光溢れる御身を 今ここに一部再編せん <部分竜化>』」



 竜の力を宿した白銀の鎧を身に纏い、背に顕出した銀翼を大きく広げて空に飛び立つ。


 向かう先は…『聖女』のもとだ。






 音速を軽く凌駕した飛行によりものの数秒で『聖女』の眼前へと辿り着く。



「やっ」


「へっ…?ぶっ…」



 軽い挨拶と共に繰り出した右手の一撃は、突然の出現に驚く『聖女』の魔法障壁を打ち破って生身へと到達する。


 骨を砕き、筋の千切れる感触が拳の先から伝わってくる。


 打撃をもろに受けた『聖女』はその勢いを受け流すこともできずに地面へと急降下している。


 

「ん………?」



 だが地面に墜落する直前、『聖女』の身体が丸ごと白光の球に包まれた。白光に触れた地面がポッカリと消えてさらに慣性までも打ち消して地面スレスレで静止している。


 白光が消えた後には無傷なままの『聖女』がこちらを忌々し気に見上げていた。


 ならば更に追撃をしようと宙を蹴って自身も急降下の姿勢をとり、『聖女』のもとへと直線的に迫って今度は竜の鋭い爪を構える。


 瞬間的に加速し、『聖女』の視線から逃れて懐へと入り込む。 



「一回死ね」



 五本の刃の如き爪で『聖女』を貫こうと突き出す。


 しかしその爪が届くことはなく、間に介入した何者かに純白の剣で受け止められていた。



「残念だったわねぇ。私は一人じゃないの」


「ルト=アルゴノート…」


「さっきぶりですね」


「後は頼んだわよぉ」


「お任せを、我が天使」



 『聖女』は白い羽根を広げて何処かへと飛び去っていく。



「行かせるか」



 同じく銀翼をはためかせて追尾しようとするが、跳躍したルト=アルゴノートが目の前に迫る。



「行かせませんよ」



 強烈な踵落としを受けて地面に叩き落とされる。そのまま突き立ててくる剣をバク転で避けて一旦体勢を立て直し、ルトへと肉迫する。


 一合二合、剣と爪が交錯して火花を散らす。そして確信する。



(こいつ、やっぱり相当な手練れだな)



「退け」


「もちろん返事はノーです。それに私だけじゃないんですよ?」



 ちょいちょいとルト=アルゴノートが指差した方向では幾門もの魔法陣による砲台が展開されており、こちらに狙いを定めている。


 あふれんばかりの”使徒”の軍勢。その中心で唯一人の形を保っている白髪の老婆が合図をあげた。



「発射ッーーー!!!」


「ちっ…」



 そんな掛け声と共におびただしい数の殲滅光が瞬いてその場からの回避を余儀なくされる。



「なっ…」



 だが逃げ出そうとしたおれをルトが背後から羽交い締めにして、強制的に殲滅光を浴びせられてしまった。


 爆煙が晴れた先では二人の男が組み合ったまま中に浮いていた。



「ーーーいきなり捨て身とか趣味が悪くないか?」


「おや、思っていたよりダメージがないみたいですね。教皇様と”使徒”達による渾身の一撃だったと思うのですけど」


「これでもそこそこ鍛えられてるからな。そこまで柔じゃねーよ。そっちこそ巻き添えに堪えてるんじゃないか?」


「あっ、ご安心を。私は彼女らの攻撃では傷一つ負いませんので」


「何それ、ずりぃ」



 拘束を振り払う隙を作ろうと、そんな軽い調子混じりに話を続ける。


 ってか全然逃げらんねーな。体勢が不利とはいえ竜の膂力を使ってるんだが。だというのにこの男、ビクともしない。



「無駄ですよ。私と教皇様は『聖女』様から直に恩寵を受けてますから。たとえ人外の力を使ったとしても逃れられませんよ」


「もらった力をひけらかしてると弱く見えるらしいぞ」


「そのもらった力がこの上なく素晴らしいものだとひけらかしたくもなりますよ。ほら、次が来ますよ」



 今度は教皇が一人で魔法を構築している。歳を感じさせない堂々とした姿勢で聖職者の杖を構え、それを周りに控える多数の”使徒”達が補助をしている。



「『教皇の裁定:<断罪>』」



 四門の魔法陣から青白い稲妻が発せられ、それらが一つの光球へと収束して一段と図太い稲妻が打ち出された。


 稲妻はおれとルトを直撃し、空中にスパークの尾を引いて消えていった。


 あとには味方による攻撃の影響を受けないルトと、先程と何ら変化のないおれがいた。



「え…」


「………あれ?何であれを受けて無事…ていうか無傷なんですか?」



 そんな情けない声が正面と背後から聞こえてきた。教皇は二度三度瞬きをして言葉を失っている。


 この体勢では背中側にいるルトの顔が見えないがどうせ呆けた顔でもしているのだろう。



「いや、今のは中々良い一撃だったと思うぞ。普段のおれなら丸焦げだろうな」


「……どんな手品を使ったんですか?」


「さあ、何だと思う?」



 タネを明かせばおれに触れた相手の術が『竜皇子の覇城』の<循環>能力によって、発動前の純然たる魔力に戻っただけである。


 ついでにその元に戻った魔力は一つ残らずおれが回収してある。



「教えてくれないのなら、分かるまで試すのみですよ」


「悪いけどこれ以上男とくっついてる趣味はないんで」



 一瞬拘束が緩んだ隙を逃さず、身体を翻してルトの側頭へと蹴りを叩き込む。



「くっ…」



 おれがフリーになるや否や、教皇の傍らに控えていた”使徒”達が数十体単位で迫ってきた。


 翼をはためかせ、高速飛行による追いかけっこで十分引きつけたところで急旋回。すれ違いざまに爪で体表を切り裂いていく。


 討ち漏らした”使徒”達は同じく急旋回しておれを追いかけてくる。地面へと垂直に下降し、地表スレスレで急展開して地面と平行に移動する。


 最初の数体は勢いを殺せず地面にダイブを決めていたが、後に続く個体はダイブした個体を踏み台にしっかり方向転換していた。


 それを見届けたおれはその場に急停止し、軍勢の一番先頭にいる個体ののっぺらな顔面を鷲掴みにして後ろに連なっていた個体をまとめて吹き飛ばし、相手の陣形を崩す。



「いい感じに並んだな」



 ”使徒”の軍勢が射程範囲に収まったのを確認し、五指を突き出して詠唱に入る。



「『始竜よ 其の鉤爪は終わりなき空を切り裂き やがて虚構の頂を打ち砕く ついには夢届かぬそらを引きずり墜さん <盡爪じんそう>』」



 白銀の爪は深い蒼色に染まり、竜人の原初ーー『始竜』の爪がここに再現される。巨大化した爪の一つ一つが巨大な剣の刃を思わせ、触れるもの皆容赦無く塵芥へと還していく。


 うっとしいほど視界に溢れていた”使徒”達も一掃され、役目を果たした<盡爪じんそう>はあっという間に解けて元の白銀の爪へと戻っていった。



「やっぱ『始竜』の顕現はキツイな。爪だけでこの疲労感か」



 『始竜』のほんの一部に過ぎない部位を顕現させただけで、ごっそりと持っていかれた魔力の量に辟易する。


 いくら『王の瞳』と『竜皇子の覇城』で魔力の総量を底上げしてるとはいえそう何度も使える代物ではなさそうだ。


 そのくせまだ”使徒”の軍勢も半数ほど奥に控えたままである。



「背中がガラ空きになってますよっ」


「っ……分かってるって…」



 背後から斬りかかってきたルトの一撃を、振り返って白銀の鱗で受けようとした寸前。


 横合いから割り込んできた漆黒の影が目の前まで迫っていた敵を投げ飛ばし、おれと引き離した。



「…の?」



 掲げた腕は剣を受けることなく下ろすこととなった。そして影の正体に気づいて安堵する。



「マリウス、良かった無事だったか」



 顔を除くほぼ全身が漆黒の魔力で覆われて背中に黒翼が生えており、瞳は妖しい紅色。確か『<悪魔化>』と言ったか。


 マリウスが持つ『王の瞳』もおれの左眼同様、右眼の手前で黄金色の紋様を描いており、完全な臨戦態勢である。



「マリウス…?」



 だが何やら様子がおかしい。


 呼びかけに対する応答もなければこちらを見ることなく、ルトが飛んで行った方角をじっと見つめている。



「滅べ悪魔!…『教皇の裁定:<断罪>』」



 いつの間にやら新たに術の構築を完成させていた教皇がマリウスに向けて青白い稲妻を撃ち出す。


 ”使徒”の補助が減少したとはいえ、十分に脅威なそれをマリウスは片手で受け止め、そして握り潰した。



「ガァアアアアアッ!!!!!」



 鼓膜を破るほどの雄叫びを上げ、空間転移と見紛うほどの速度で教皇へと迫る。



「ひっ…」


「シャッ!!!」



 振り下ろされたマリウスの手は間に入ってきたルトの剣の柄によって受け止められた。



「さっきのお返しです。…『<炎霆>』」



 無詠唱で放たれた火属性の上級魔法を全身で受け止め、マリウスはその勢いに押されて後退させられる。 



「『光よ 其の無知なる懺悔の乞いに 我が天主のため 遍く邪悪を封滅せよ <十枷じゅうか>』」



 計十四個の光の楔がルトの持つ剣に倣って十字架を描き、そのまま直線的に発射されてマリウスの身体を撃ち抜いた。



「グッ……」



 光の十字架から発せられるスパークがマリウスの身体を駆け巡り、さらにその硬直の隙を逃さず、”使徒”がマリウスへと覆いかぶさる。



「マリウスっ!!!」



(クル…ナ…)



 マリウスの元へと駆け寄ろうとしたところに静止を求める念話が入ってきて反射的に身体をその場に押し留める。



(マリウス!聞こえるか?!無事なんだよな?!)


(ワタシガ…コチラヲ………アヤトハ…セイジョヲ………)



「くそっ…返事をしろっての」



 断続的に流れてくる苦しそうな念話。こちらの声が届いているのかも分からない。それを最後に完全に念話の繋がりが途絶えてしまった。



「グガァアアア!!!!!」



 咆哮と共に漆黒の魔力が収束、そして紛糾ふんきゅうしてマリウスの周囲に纏わりついていた”使徒”を吹き飛ばす。


 そして十数m先で剣を構えていたルトを同じく魔力の収束、紛糾ふんきゅうで後方へと弾き飛ばし、教皇の身体を同じ方向へと投げ飛ばして飛んで行った。


 それに習って”使徒”達もその後についていった。


 先ほどの念話通りマリウスがあの二人を受け持つというのだろう。



「死ぬなよ…」



 翼を広げて宙へと浮き、改めて『聖女』の居場所を確認する。



「『風よ 我が意に従い 顕界を調せ <風鈴>』」



 『聖女』の能力によって彼女の周囲の魔力は軒並み無効化されているためこの魔法も『聖女』を見つける前に消え去るだろう。


 だが、それなら逆に欠片の魔力も感じられない奇妙な場所を見つければいい。



「見つけた…」



 方角は南西。こことは遠く離れた、それもおれが今いる中央の島とは別の小さな島で、王立都市の最果てと言ってもいい。



「何であんな場所に行くんだ?」



 理由は分からないが今は後を追いかけるしかない。


 飛行の最中、『聖女』がもつ能力と警戒すべき点を軽くさらっておく。



 (さて、今のところ確認できている『聖女』の能力は魔力の無効化フィールドに物体の消滅、あとは回復魔法…というよりもはや再生の方が正しいか?)



 その上神器とまで位置付けられる『太陽の指輪』の恩恵までも受けている。

 

 今回のおれの勝利条件は『聖女』からアオイを救い出すこと。


 こちらの手札は<竜化>、<掌握>した<竜皇子の覇城>が持つ<循環ル・カ>の能力、そして片方しかないとはいえ同じ神器である『王の瞳』の三つ。これらがどこまで通用するか。



「どちらにせよ一筋縄では行かないか」






 飛んで行った先、眼下に『聖女』の姿を捉えて地面へと降り立つ。



「遅かったのねぇ」



 重厚な石材を切り出して作り出したと思われる立方体の上で気怠げに寝そべっていた『聖女』は身体を起こして石柱の淵に座り込みこちらを睥睨する。


 石柱には多くの文字が彫られていたが、その中に綴られた簡素な一文が目についた。




ーー初代英雄 ****** ここに眠るーー




 名は削られていて解読できないが、ここが話に聞いていた初代英雄の墓。


 そしてそれはつまりここがアオイの故郷なわけで。


 動きを見せないおれに対し、しばらく静観を決め込んでいた『聖女』が白い羽根を広げて飛び下りる。


 墓標に添えられていたコスモスの花束が踏みつけられ、花びらが散らばった。



「さっきはいきなり随分な挨拶をしてくれたじゃない……この子が大切じゃなかったのかしらぁ?」


「……アオイの身体をこれ以上好きにさせるかっての」


「あら、それは残念。でもほんとに私を傷つけるつもりぃ?また彼女の意識が戻るかもしれないのよぅ?」


「………」


「あはっ…な〜んて、あるわけないから安心してねぇ。あの子なら貴方の死に様を見て絶望で壊れちゃったから」


「ーーーあっそ…」


「ほんっと、人間って脆くて御し易いわよねぇ。貴方もそう思わない?」


「その問いに何の意味がある」


「意味ならあるわよぅ。だってこれから私が成すことに関係するんだから」



 『聖女』が仰々しく広げた手のひらには黄金色の魔力を発する指輪が浮かんでいる。おれの持つ『王の瞳』の魔力以上に荒々しく、そして神々しさまでも感じさせる黄金の魔力。


 その事実が手のひらに躍る指輪の正体を物語っていた。



「『太陽の指輪』か…」


「そ。三つの神器の中で対人、小規模戦闘に最も優れた遺産。分かると思うけど貴方の左眼に浮かんでる片方だけの『王の瞳』じゃまるで歯が立たないわよぉ」



 『聖女』の言う通りだ。『王の瞳』は左右揃って初めてその真価を発揮する。純粋に遺産の能力を比較すると片方しか所持していないこちらはもちろん不利。



「そして私はこれ(太陽の指輪)の力を完璧に使いこなせる。物体も魔力も、事象でさえ私の前では全て等しく消滅する」



 けれど総合力を考えるのならば…



「貴方は私にどう足掻いても敵わない」



 付け入る隙は必ずある。



「で?それがどうしたんだ?」


「強がりな子ね」


「御託がそれだけならもう殴りに行くぞ」


「まあそう慌てずに最後まで聞きなさいな。私はねぇ、これ(太陽の指輪)を使って全ての人を救済するつもりでいるの」


「救済、ねえ…」



 救済


 何とも『聖女』らしい言葉だが、きっと額面通りの意味を指してはいないのだろう。



「人はねぇ、理性と欲望という二つの枷を与えられているせいで、とてもとても不安定な生き物なの。時には理性が優れて、時には欲望が勝って………でも〜そんな不安定な異物が世界に満遍なく蔓延るせいで、結果的に世界は愚かで脆くて汚くて醜くて穢らわしくてっ……!そう、見るに耐えないものになってるわぁ」


「面白い説だな」


「これは説じゃなくて紛れもない事実なのよ。だってずっと前は人なんて存在しなかったもの。天使は純然たる理性を司って、悪魔は魅入られた欲望に駆られて、竜は常に均衡の取れた理性と欲望を秘める。それだけでいい、それだけでよかったの」



 自身が大層な悲劇に見舞われたかのように、『聖女』は身振り手振り、表現することを欠かさない。



「だから私はこの世界から人間をぜ〜んぶ消し去って楽園に作り変えるの。そうすればきっと、元の綺麗な世界に戻ってくれるわぁ」



 もはや狂気とも呼べるそのドロドロに濁りきった願望に浮かされた『聖女』の瞳には背筋が冷えた。



「流石、『聖女』様が持つ野望は大層なものだな」


「あら心外ねぇ、貴方だって同じような野望を持ってるのでしょう?」


「………かもな」


「いいえ、絶対にそうよぅ。だって貴方は片方とは言え『王の瞳』に選ばれているんだから」



 フフッと妖しく笑った『聖女』は試すかのように、揶揄うかのようにおれに問いを投げつける。



「もう一度聞くわね。貴方の目に、人はどう映ってるのかしらぁ?」



 おれの目に、人はどう映っているのか…


 意外とその答えはすぐ見つかって、思うがまま口にしていいた。




「ーーー穢れてるな」



 おれのその答えを聞いて『聖女』は満足そうに頷き、右手を差し出してくる。



「私たちは神器に、謂わばこの世界に選ばれた者同士。どう?私と手を組まないかしらぁ?個人的に竜は気に食わないのだけれど貴方なら受け入れてもいい。あ、何ならこの子の身体を好きに弄んでもいいわよぅ?貴方、この子に気が合ったのでしょう?」



 そう言って『聖女』は差し出した手とは反対の指先を舌で舐め回し、白の肌着しか身につけていない自身の身体を艶かしくなぞっていく。



「そうだな…」



 おれは差し出された『聖女』の右手を取らずに代わりに自身の右手を眺め、



「でもな、穢れているからこそ輝く人だっているんだよ」



 全ての指を一方向に揃えてそのまま『聖女』の胸へと突き出した。












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