表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/56

第52話, それは一欠片の希望





 現実を受け入れようとしない、おれを見る賢者の目は冷ややかであり、マリウスと幼女先生はいたたまれない様子だった。



「ハァ……ーー差し当たって一番の問題は『太陽の指輪』の能力ヨ。『聖女』は属性魔法どころか魔力そのものを無効化してくるワ」


「魔力の無効化とは…具体的にどのような感じで?」


「まさにその言葉通りだったぜ。私が調べた感じだと『聖女』の半径500m以内は魔法どころか魔力さえ現界に編み出すことができなかった。その上、相手が一方的に使える魔法にもその効果が付与されてるときた」


「ふむ、体内の魔力はどうでした?」


「そっちの干渉は弱かったと思う。身体強化系の魔法は効率が悪いが辛うじて使えていた」


「なるほどやはり…大体は理解できました」



 マリウスは幼女先生の答えに、魔法が使えずとも『<悪魔化>』及び『<竜化>』はできたという事実に納得がいったと一人軽く頷く。



「マリウス、アナタのその眼で対抗できないカシラ?」


「それは……」



「それは無駄よぅ」



「「「「ーーッ!」」」」



 不意に響いた四人の内の誰でもない声が場を支配する。それとともに辺りを囲っていた水晶が粉々に砕け散って月の光が差し込んだ。



「見ぃつけたぁ」



 粘着質な声で語りかけてくるのは白い光を背に純白の翼を大きく広げた儚げな少女。


 その姿はいつもの仮面と修道服で包み隠すものではなく、下着のような白のワンピースを纏うのみでその肌を惜し気もなく晒している。


 頭上には天使の輪。


 ……そして彼女にはとても似つかわしくない下卑た笑みを浮かべていた。



「アオイ………」


「あらぁ?あらあらあら……?そういうこと?そういうことよね。やっぱり、貴方がだったの」



 彼女のおれを見つめる目は酷く憎々しく、相手を突き刺すほどの憎悪と殺意で満ちていた。


 その剥き出しの感情を前におれ以外の三人は体内に魔力を滾らせて臨戦態勢を取った。例え魔力が無効化されると分かっていても、魔法使いとしての矜恃が彼らを駆り立てたのだろう。


 おれもできるならそうしたかった。目の前に立ちはだかるのが彼女でなければ、ボロボロのこの身に鞭を打ってでも、戦闘のために魔力を練ったであろう。


 だが『聖女』の視線の奥に、哀しみが混ざっていることに、憂いが揺らいでいることに、切なる助けを求めていることに、おれが……おれだけが気づけた。



「ーーーそうよね、そうなのよ。だってその姿はあの女そっくりで………そして、とってもとっても不快なのよねぇ」


「来るワヨ!!!」


「『天使の円環:<聖浄>』」



 幾つもの白い光輪が雨あられと降り注ぐ。おれ以外の三人は魔力で強化された身一つで光輪を回避しながら場を離れていく。



「お、おい!」


「アヤト!!!」


「あんの……バカ孫弟子っ!」



 一人その場にとどまり続けるおれに向けて三者三様の反応をする。魔力による身体強化を施すこともなくその場で無防備なまま立ち続ける姿を見ればそれも当然か。



(残念だけどこの攻撃を躱し切る余力も残されてないんだよ……)



 どうやらマリウスと幼女先生は助けに入れないものかと画策してくれてるが、魔力無効化の影響を受けた身体強化では動きにも限度がある。


 やがて彼らは光輪の奔流に呑み込まれておれの視界から消えていった。


 そのまま攻撃が止むまで幾許の時が流れる。辺りは聖なる光で根こそぎ浄化されたと見紛うほど建物の残骸は跡形もなく消え去り、マリウスたちは土に半身が埋もれ、一帯が白い更地へと変貌していた。


 ただおれがいた場所だけを除いて。



「ーーーぇ……」


「………?あら?あらら?貴方、一体何をしたのかしらぁ?」



 普通では考えられない可笑しな光景に、『聖女』から戸惑う空気が感じられる。


 だがそれはおれも同じである。おれは何もしていない。したとするのならばそれは『聖女』の方で、けれど『聖女』でもないとするのならば…


 誰も理解できないであろうその状況に、おれの中では一つの確信が降り積もっていった。


 ならばその想いにおれも応えなければ、男として廃るだろう。



「『<部分竜化>』」



 ポツリと小さな声で式句を呟き、背中に今にも消えそうな弱々しい白銀の翼を構築していく。そうしてできた翼を、されど意思の力で力強くはためかせて宙空へと飛び立つ。


 残り僅かな魔力量の上に、習得したばかりで慣れない姿勢制御にもたつきながらも、ゆっくりと『聖女』のもとへと近づいていく。



「『光よ 其の敬虔なる祈りの下に 我が天主のため 遍く邪悪を討ち落とせ <貴弓ききゅう>』」

 


 神聖かつ荘厳な弓が『聖女』の手元に現れ、弦を引くと共に五重十重と魔法陣がやじりの先に展開されて矢が引き絞られていく。



「今度こそ死んでねぇ」



 星と見紛うほど輝き、彗星の如く魔力の尾を引いて放たれた矢は、拙い飛行を続けるおれの横を掠めて(・・・)地へと降り落ちていた。


 なおも飛び続けるおれを一度睥睨し、それから『聖女』は自身の手を冷ややかに見つめた。



「……あぁ、そういうこと、そういうことね。全く忌々しいわねぇ。消えてまで私に抵抗しようだなんて」



 やがておれは宙で『聖女』と並び立ち、その瞳を真っ直ぐ見据える。



「約束を果たしにきた……」


「残念ねぇ、彼女の意識はもう無いのよ?」


「まだ……そこにいるんだろ?」


「いないものはいないわ。早くあなたも受け入れたらぁ?」


「アオイ!」


「しつこいわねぇ!」


「そこから救い出してやるから!聞こえてるならこの手を取れ!!!」


「無駄よぅ!この身体はもう私のものーーーっ………!!!」



 『聖女』の顔が驚愕に染まった。自身の手がゆっくりと、力無くとも、震えながらもおれに向けて差し出されたからであろう。


 これは『聖女』の意思ではない、アオイの意思が残っている揺るぎない証拠だ。



「何だ、やっぱりいるじゃん……」



 思わず笑顔になり、差し出されたアオイの手をおれはしっかりと握りしめる。


 安心感のせいか、今の今まで気張っていた緊張感が薄れて全身から力が抜けていく。



「ーーッ……穢らわしい!!!」



 『聖女』が反対の手で自身の手ごとおれの手をはたき落とした。


 それと同時に、賢者と『聖女』から受けた度重なる怪我でとうに活動限界を迎えていたおれは、『<部分竜化>』が強制解除されて翼を失い、地面へと真っ逆さまに落ちていく。


 視界の先で『聖女』がもう一度弓を構えて引き絞ろうとしていたが、右手がそれを拒むのかその姿勢で固まったまま矢が放たれることはなかった。



「っ……ぁぁ…ほんっとにしつこい子ねぇ。折角もうすぐ楽になれたのに」



 ため息を吐き、おれにトドメをさすことを諦めたのか魔力でできた弓矢を解除して開き直った口調になる。


 おれはそのまま受け身を取ることもままならず、地面に無防備な姿勢で墜落した。


 そんなおれに対して、『聖女』はおれとアオイの想いを踏みにじる、とってつけたような申し出を一方的に叩きつける。



「穢らわしい竜の子、聞こえてるぅ?生き延びたのなら一人であの場所に来なさいな。そこで現実を教えてあげるわぁ」



 遠のいていく意識の中で、最後にその言葉だけがはっきりと刻まれた。 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ