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第47話, 日常の終わり





 例の如くアオイに一方的に立ち去られた昼休みを終え、おれは図書館へと舞い戻っていた。


 けれども研究の続きを進めるのではなく、考えていたのは彼女が去り際に残してくれた言葉。



『その……明日も明後日も、またその次の日も…ここで待っています』



 これはおれがそばにいることを許してくれたのだろうか。だがそれにしては少し辛そうな様子だった。


 誰かに頼ることが苦しそうで、誰にも知られない気持ちを押し殺すようで、されど叶わない希望を諦めきれずに願うかのようで…


 彼女の本心は一体どこにあるのだろうか?



『あの〜、アヤト様…?』



 そんな答えの出ない思考に沈むおれに超絶優秀人型ロボットのアイさんが遠慮がちに声をかけてくる。



「アイさん、どうかした?今日はまだ我を失うほど没頭してないから大丈夫だと思うんだけど」


『あ、いえ、そういう訳ではなくてですね。サーニャ様はまだお戻りにならないんですか、と聞きたかったのですが』


「………………………あ」



 慌てて時計を確認する。


 サーニャを結界内に閉じ込めたのはちょうど十時頃。二時間後に迎える昼休みにひとまず解放してやる予定だった。


 それに対して今の時間は昼休みを終えて間もなく十四時になろうかとしている。


 既に予定よりも倍の時間オーバーしてしまっている。


 流れる冷や汗に構う間もなく、即座に結界内に入り込み、吹き荒れる暴風の原因となっている<旋風>を強制解除した。



「『銀月の白臨刀:<抜刀>』」



ードサリ…



 <旋風>と結界を消し去るとともに、背後でそんな物音がした。まるで人が高いところから落とされかのような音が。


 おそるおそる後ろを振り返ると、図書館の床に寝転んだ状態からむくりと起き上がるボロボロの猫耳…は外れてしまってただのメイドさんとなったサーニャがいた。


 心なしかこちらを物凄い剣幕で睨んでいるような気がして思わず一歩のけぞってしまう。



「や、やあ」



 どう対応したらいいか分からず、口をついて出たのはそんな脈絡もない挨拶。もっと他に何か言えることがあっただろうに。


 そんなおれの挨拶にサーニャはニッコリと、とても良い笑顔で迫ってくる。



「ねえアヤ、今は果たして何時かしら?」


「………ごめんなさい」


「あらあら、私は謝罪なんて求めてないわよ。それよりも今は何時なの?」



 怖い!笑顔が果てしなく怖い!


 普段の威圧的な態度よりもこっちの方がよっぽどくるものがあるぞ!アイさんなんかおれとサーニャの不穏な空気を感じとるや否や、とばっちりが来ないように物陰に身を潜めている。 



「あーっと、もうすぐで十四時になるかな」


「そう。てっきりこの馬鹿みたいな訓練は昼休みまでと言ってた気がしたのだけれど、私の聞き間違いだったかしら?」

 

「いや、そのつもりだったんだけどな」


「何か理由があるなら聞くわよ?」


「えーと、理由、理由ね。うん、完全に忘れてた」


「ぶっころ⭐︎」



 その後図書館内で騒ぎを起こすわけにもいかず、サーニャの怒りを沈めるために窓から飛び出してしばらく学院の敷地内を鬼ごっこする羽目となった。


 訓練明けで疲れているはずなのに繰り出される魔法の精度が少し上がっていたのは、厳しい訓練の賜物だろう。この調子なら『魂の起源書』と相まって期限までにそれなりの術者に仕上げることができそうだ。




〜〜〜





「さて、今日はいよいよ『魂の起源書』の攻略に取り掛かろうと思う」


「やっとここまで来たわね…」



 おれは図書館内にある書物を消化して知識を蓄えつつ、片手間にサーニャに訓練を課すこと早三週間とちょっと。


 そして第一階級のクラスで幼女先生に提示された期限まであと一日。


 毎日図書館に来ては書物を読み漁り。


 昼休みになればアオイのもとへと行き、木の幹を間に挟んでお互いに背を向けたまま、ほんとに他愛もない会話をしながら昼休みを過ごす。


 相手の深いところまで入ることはなく、絶妙な距離感をひたすら保ったまま聖女うわべではないアオイ(なかみ)と過ごす。


 その時間は確かに二人に安らぎをもたらしてくれたが、それでもおれにはアオイの心に踏み込めないはがゆさがあった。


 そして昼休みが終わればまた図書館に戻り、夜を迎えれば屋敷へと帰る。


 王立都市一である魔法学校の学生にしては何とも味気ない日々を過ごしていた。


 まあ裏を返せば平穏な日々を送っていたとも言えるが。



「ねえ、アヤ。今まで言われた通りずっと魔力の質と魔法の精度向上をやってきたけどほんとのほんとに大丈夫なの?も、もう明日なんだけど?」


「なんていうか今更な質問だな」


「だって毎日死に物狂いでそれどころかじゃなかったもの…」



 フフフ…と、どこか遠い目をしながらサーニャはそんなことをのたまう。この三週間の訓練がよっぽどこたえたらしい。


 おれが終末世界でシディアから受けた修行に比べれば温泉に浸かっているようなものだというのに。ま、目指すところが違うのだから当然と言えば当然であるが。



「安心しろ。今日までの訓練は『魂の起源書』攻略に必ず活きてくる…というより、やっと最低限の資質を身につけられたってところだ」


「どういうこと?」


「魔力の質と魔力操作が攻略の鍵だってことだよ」


「そんなに三週間前までの私は酷かったわけ?」


「粗悪品にも程があるぞってくらい」


「あっそ」


「あれ、怒らないんだ?」


「別に、正当な評価だもの。教えてもらった立場なのだし文句も言えないわ」



 自身の成長を自覚できてるからこその心の余裕だろう。サーニャはこの三週間の訓練を通して精神面でも少しは成長したようだ。



「けどいくらアヤの弟子だからってまたメイド服なんか着せたりしたら殴るから」



 どうやらメイド服はもう着てくれないみたいだ。あーあ、折角似合ってたのに勿体ない。



「まあ、それはともかく…時間がない。本題に入っていきたいんだが、その前に一つ確認だけど『魂の刻証』については知ってるよな?」


「それはもちろん知ってるわよ。この世界の魔法使い、魔術師なら誰もが憧れる魔の極地なんだから」


「なら話は早い。クラス全員に与えられた、この『魂の起源書』とやらはどうやら各々の『魂の刻証』を完成させる手順を示してくれるらしい」


「なっ……!う、嘘でしょ?それがほんとなら『魂の刻証』の使い手を作り放題じゃない!」


「まあ素養の問題があるから作り放題とまではいかないが、圧倒的に効率良く生み出せることに違いはないな」



 『魂の刻証』の使い手が一人存在するだけで、戦争などにおいては多大な影響を及ぼす主戦力級術者・・・・・・。それが量産できるとなれば考えただけで恐ろしいことこの上ない。



「でだ、問題はこの『魂の起源書』を開くための条件なんだが…とりあえず『ステータス・オープン』」



名前:アヤト=アーウェルン

年齢:15歳

種族:人間

性別:男

適性:風

固有魔法:なし

天職:神秘術者

称号:エルフの加護、銀月



 本当のステータスを開示する訳にはいかないので今見せているステータスは偽装済みのものである。



「これがおれのステータスなんだが、称号欄を見てほしい」


「ん〜?エルフの加護?」


「そっちじゃなくて『銀月』の方な。おれが入学した時に与えられた称号だ」 


「そんなのもあったわね。今まで大して気にもとめてなかったわ」


「じゃあサーニャのステータスを見せてくれ」


「分かったわ『ステータス・オープン』」



名前:サーニャ=カタロフ

年齢:15歳

種族:人間

性別:女

適性:風

固有魔法:召喚魔法(低位)

天職:召喚師

称号:カタロフ家の加護、教会の加護



「あれ?」


「やっぱりか。称号欄に『茨姫』が無い(・・)な」


「え?え?どうして?」



 入学式の時から変だとは思っていた。称号は魂に刻まれた情報の謂わば結晶だ。魔道具ごときの力で新しく与えられるはずがない。


 おれの場合は上位(竜皇子)の称号の影響を受けた結果、すぐに『銀月』の称号が手に入っていたようなので勘違いしてしまった。



「困惑してるところ悪いが話を少し戻すぞ。『魂の起源書』は『魂の刻証』を習得するための魔導書。けれども『魂の刻証』にはそれをモノとして顕現させるに値するだけの情報が魂に事前に刻まれている必要がある。つまり称号が不可欠なんだ」



 おれの『竜皇子の覇城』や『銀月の白臨刀』だってそう。どちらも称号の『竜皇子』と『銀月』から引き出した力だ。



「じゃあここで問題。『魂の起源書』を開く条件は何だと思う?」


「称号…私の場合は『茨姫』の称号を獲得する必要があるってこと?」


「そういうこと」



 称号は一朝一夕で身につくものではない。期限の一ヶ月で獲得するとするならそれこそ幼女先生が言っていたように死に物狂いになる必要があるだろう。



「ど、ど、ど、どうしようアヤ?称号を手に入れるなんてあと一日じゃ絶対間に合わない!このままじゃ私退学になっちゃう!」


「落ち着け。クールキャラが台無しだぞ」


「クールキャラって何よ!別にアヤの前でキャラ作ったって無駄だもの!それより今は称号の方が大事よ!」



 せわしなく捲し立てる中で小恥ずかしいセリフを言ってる自覚がサーニャにはあるのだろうか?いやこれは多分ないな。



「心配するな。何も0(ゼロ)から身につけるわけじゃない。この三週間で下準備は終わってる上に手に入れる称号は『茨姫』と分かってる」


「具体的には何をすればいいわけ?」


「夢を見てくるといい」


「え?」


「『風よ その原初の名の下に 我が意の先で 遍く夢を見果てぬままに <麒霊きれい>』」


 「ちょっ…」



 眠りについて倒れ込んできたサーニャを地面と衝突する前に受け止める。



「よっと」



 サーニャをアイさんが用意してくれていたソファに寝かせて状態を確認する。



「うん、ちゃんと落ちてるな」



 風属性の最上級魔法<麒霊>


 四霊の一角である麒麟を模した、対象を夢の世界へと閉じ込める結界魔法。



 覚醒系の称号を得るためには自身の魂に刻まれた数多の情報を結晶化・・・させる必要がある。


 そのための方法として主に挙げられるのは二つ。


 まず一つ目は愚直に修練をこなすこと。修練を積み、己の技を極限まで磨き、時には死戦を乗り越えることで自己という存在を確定する。


 この世界で覚醒系の称号を得た猛者はおそらくほとんどこの方法であろう。故に年を経た術者ほど恐ろしい。


 そして二つ目は得るべき称号のルーツを思い出すこと。


 称号には必ず過去のどこかの時点で発することになった要因が存在する。それを術者が認識し、そして資質があればめでたく覚醒という訳だ。

 


 サーニャの場合ならなぜ彼女には『茨姫』という称号(道)が示されたのか。そのルーツが過去のどこかに必ずある。


 それを思い出させるのに夢ほど都合の良いものはない。今頃は過去の自分を俯瞰的に見ていることであろう。


 それが幸せな夢とは限らないが…




ーキィィィーーーン…

 


 脳にハウリングのような音が鳴り響く。どうやらこのフロア一帯に張ったダミー結界のうちの一つに何者かが引っ掛かったらしい。


 ただ訪れただけなら結界の効力は作動しない。


 何らかの意図を持っておれのもとに辿りつこうとしたものがいるようだ。


 書架整理中のアイさんを呼び戻してサーニャの面倒を見るように伝える。



「アイさん、ちょっとここを空けるからあとは頼んだ」


『かしこまりました。お気をつけて』


 

 念のため、拠点の結界を普段よりも二段階ほど警戒レベルを上げておく。何か事が起こってからでは遅いからな。


 ダミー結界が作動した位置に姿を現すとそこには二人の人影があった。



「幼女先生と好々爺さん?」


「だぁれが幼女だぁ、ああん?!」



 久々に姿を見た担任の先生と入学式以来一度も顔を見たことのなかったこの学院の理事長がなぜかそこにはいた。





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