第45話, 弟子ができました。
「ラティス!終わったぞ!」
アルゴノートが気を失ったのを確認し、おれは体育館の入り口に向けて声を張り上げる。すると扉の陰から透き通った水色の髪を持つ青年が顔を出した。
同じ第一階級で序列二位、『森羅』の称号を持つラティス=メルティアだ。この王立都市の王太子である彼は言わば、王族側のトップに近しい存在と言っても過言ではないだろう。
そしてそれはそこで気を失っているユイガ=アルゴノートも例外ではない。彼も王家に仕える五侯貴族の一つ、アルゴノート家の人間なのだから。
「…想像以上でしたね。まさかユイガがこうも一方的にやられるとは思っても見ませんでした」
「アルゴノートの自尊心に傷をつける。それがお前の依頼だろ?」
この体育館に向かうか迷っていた時、おれの前に現れたのは外でもないこの王太子のラティスであった。
正直、こんなところで顔を合わせるとは思っていなかったから驚いたけどな。そして何故かおれにある依頼を持つかけてきた。
ラティスの依頼は同じ王族側の人間であるはずのアルゴノートの自尊心を傷つけること。
第三階級上がりであり、アルゴノートよりも序列が上であるおれが相手として適任であるとラティスは言った。
おれはそんな依頼を王族側、特に第二階級の連中の抑制と引き換えに受諾したのだ。
制圧したとはいえ、昼間みたいなゴタゴタにまた巻き込まれるのは嫌だからな。それに第三階級の連中が同じような目に合うのも後味が悪い。
「まあ確かに、結果的には同じことですから問題ないですかね」
「なあ素朴な疑問があるんだが」
「何でしょうか?」
「何でラティスはこんな依頼をおれにしたんだ?」
ラティスとユイガはその身分的なこともあって近しい間柄のようだ。だというのにこのような依頼をおれに寄越した意図は何なのだろうか?
「単純なことです。ユイガにこれ以上ぼくたちの憧れたあの人に顔向けできなくなるような行いをして欲しくなかった」
そう述べたラティスの表情は見るからに暗いものだった。
「…その様子だと、何か理由があるんだな」
「ええ……王族側の人間は正直ここ数年、教会側との対立もあり王立都市内での立場を危うくしています。そしてそんな情勢を打破するために、手っ取り早く力を得ることを求められました。けれどいくらぼくたちが”英霊の世代”などともてはやされても教会側がトップに据え置く『聖女』との差は歴然。身内から向けられる視線はそれはそれは冷たいものでしたよ」
「それでユイガは力に固執するようになったと?」
「いえ、負けず嫌いなユイガのことです。それだけならきっと今のように壊れることはなかった。一番の理由は彼の慕っていた兄が、『聖女』に魅せられて教会側へとついたことです」
「なるほどな……それは教会、特に『聖女』を憎みたくもなるしそれを超える力に固執するようにもなるか」
「結果として誰に対しても傍若無人。力を得るためには手段を選ばないようになりつつありました。先程の彼女との決闘での言動も以前のユイガならあり得なかった」
「そういうラティスはそいつと違って真っ直ぐなままなんだな」
「私は既にある人に諭されていましたので」
そしてラティスはアルゴノートを肩に担いでこの場を離れようとする。
「彼女のケアはあなたにお任せしてもいいですか?」
そう言ったラティスの視線の先にはこちらの様子を窺っているカタロフがいた。
「別にいいけど、依頼の報酬はしっかりと清算してくれよ」
「それはもちろん。ではこれで」
「あ、ちょっと待った」
「他に何か?」
「今課題で出されている『魂の起源書』についてだが、開く算段はついてるのか?」
「その口ぶりですとアーウェルンは既に開けるのでしょうね。ですが心配には及びません。そちらは自分の力で何とかしてみせます」
「そうか。お前とは仲良くしておきたい。困ったことがあれば相談に乗るからいつでも声をかけてくれ」
「感謝します」
そう述べると今度こそラティスはアルゴノートを連れて去っていった。
「さてと…」
おれは地面を軽く蹴り、跳ねるように移動してしゃがんでいるカタロフの前へと躍り出る。
「きゃっ」
「きゃっ、じゃねえよ。ずっと覗き込んでたくせに」
「だ、だって急に目の前に現れるから。それよりーッ…」
「…傷が痛むのか」
「別にこのくらい何ともないわよ……」
本人は強がっているが負っている火傷はとても痛々しい。仮にこの後治療を受けたとしても肌に痕が残ることは避けられないだろう。
ラティスから聞いた話ではこうなったのは自業自得という面もあるようだが、女の子にそれは酷なものだろう。
「はぁ…ちょっと目瞑ってろ」
「何でそんなこと」
「い・い・か・ら!早く」
「わ、分かったわよ」
渋々といった様子でカタロフは目を瞑る。
「言っとくけど変なことしたら承知しないわよ!」
床に座り込んでいるカタロフを上から見下ろす立ち位置。
どことは言わないが、腕を組むことによって発育が著しい二つの丘がひどく強調されている。
「………するかっての」
「…何よ今の微妙な間は?」
「他意はない」
何やかんや言いつつもちゃんと目は瞑ってくれているようなので、ポケットから翠色の宝石を取り出す。
ウェル姉の魂が宿る結晶だ。
「『<同調>=舞姫の燐華:<桜花>』」
桜の花びらと呼ぶには些か物寂しいかもしれないが、辺りに白藍色の花びらがチラチラと舞い始める。幻想的なその光景に包まれる様は『奇跡』と表現しても差し支えないだろう。
そして桜の花びらがカタロフの肌に優しく触れ、そして解けるように吸い込まれていく。
「んっ…」
「もう少しだから、じっとしてろ」
「言われなくてもしてるわよ」
最後の一枚が役目を果たして消え入ると、カタロフの火傷は痕も残らず綺麗に完治していた。
宝石を再びポケットの中にしまい、カタロフに声をかける。
「よし、もう目を開けても大丈夫だぞ」
「火傷が…治ってる?」
決闘を行う前と何ら変わらないであろう、自分の状態に戸惑いを隠せないようだ。まあこの世界の六大元素を扱う魔法には回復魔法がないらしく、その反応も当然なのかもしれない。
そんなカタロフに対しておれは自分の制服を上から被せる。
治療の際は火傷をおった部分が見えている必要があったので仕方なかったが、今のカタロフは服も所々焼け落ちて色々と見えてしまいそうだ。
だがカタロフは火傷が治ったことに対する驚きの方が勝っているらしく、自分のそんなあられもない格好に気づいていないようだ。
「明日には返してくれたらいいから今はそれを羽織ってろ」
「えっと?…あっ…ッ〜〜〜」
やっと自分の今の格好に気づいたらしく、顔を羞恥に染め、おれの上着を慌てて羽織ってぎゅっと服を握りしめる。
「………みた?」
「…何も見てない」
「そう…」
あれ?もう少し突っかかって来られることを覚悟していたが意外に大人しいな。
「その…助けてくれてありがと」
「デレた…だと?」
「何よ?」
「いや、ここはてっきり頰を引っ叩かれて捨て台詞を吐いて立ち去られるのかと思ってたから」
「…あんたの目に私はどう映ってるわけ?」
「他人を寄せつけない孤高の猫みたく振る舞って気高く見せてるけど、中身が伴ってなくて後先考えずに突っ込むバカかな」
「包み隠さず言ってくれるわね」
「できればこのままツンデレとしてのキャラを確立してくれると嬉しい」
「…こんな奴が恩人だなんて自分が情けなくなるわ」
「じゃあこんな奴に助けてもらわなくてもいいように、もっと先のことを考えてから行動できるようになれ」
「うっ…そう…よね。あんたの言う通りだわ」
床を見つめているカタロフの表情は窺い知れないが反省でもしているのだろう。
おれとしてはカタロフの治療を終えて言うべきことも言った。これ以上のケアは必要ないであろう。踵を返してこの場を立ち去ることにしよう。
「ちょ、ちょっと待って!えーっと…ア…アー」
「?名前ならアヤト、アヤト=アーウェルンだけど」
「そう、アヤーッ…」
あ、舌噛んだなこれ。見るからに痛そうなやつだ。
「アヤはその…『魂の起源書』を開くことができるのよね?」
どうやらおれの呼び名をアヤとすることで、舌を噛んだことは無かったことにする腹づもりらしい。
「…まあできるな」
「それにユイガ=アルゴノートを簡単に手玉に取れるほどの実力者、なのよね?」
「そうかもな」
「なら私をアヤの弟子にしてください!強く…強くなりたいんです!」
立ち上がったカタロフはお辞儀をして誠心誠意おれに訴えかけてくる。強くなりたいと願う彼女の胸に宿るのは真っ直ぐな感情かそれとも…
「だめ…かな?」
「…別にいいよ」
「ほんと?!」
「ああ、それくらい大した手間じゃない」
同年代の弟子というのも変な話だが、同じ風属性の魔法の使い手であるし教えられることも多いだろう。もし仮に身につけた力を悪用することがあればおれが止めればいい。
それに弟子だ。自分の研究を進めるのにこき使える場面がありそうだ。
そんな少しだけ腹黒いことを考えているとカタロフが手を差し出してくる。
「よろしく!アヤ!」
おれもその手をしっかりと握り返して応える。
「こちらこそよろしく。カタロフ」
「サーニャと呼び捨てでいいわよ。私の先生なんだから」
「そう?じゃあサーニャで」
こうしておれに初めての弟子ができたのだった。




