第44話, 決闘・調印(デゥエル・シールド)
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どうやら競技場のフロアには二人いるようだ。
それもおれと同じクラスのカタロフに、アルゴノートか。
見たところカタロフとアルゴノートが対峙していて、カタロフの周囲には小さな火の手がいくつも上がっている。服は所々燃え落ちてススだらけ、火傷も負っているようだ。
「『火よ 我が意に従い 敵を灰塵と化せ <煉獄>』」
「『風よ 渦巻け <旋風> <二十連>』」
アルゴノートの生み出した、生き物のように地面を這う猛々しい青い炎が四方から迫ってくるのに対し、カタロフは風魔法の<旋風>を一度に二十個も展開させてその狙いから外れようとする。
だがカタロフの魔法構築は第一階級の中でも見劣りする粗末なものだ。例え二十個展開させたとしてもあれでは…
「はっ!甘えんだよ!」
「ーッ…」
<旋風>の妨害をものともせず迫りくる<煉獄>の炎にカタロフは逃げ場を失い囲まれてしまう。さすがは”英霊の世代”の一人で『火焔』の称号を持つだけのことはあるな。
対しておれと同じ第三階級上がり、『茨姫』の称号を持つカタロフはあの様子ではもうなす術がないだろう。
「ったく、元貴族の家系だが何だか知らねえがおれに勝てるわけがねえだろ。いい加減に負けを認めてさっさろ降参しやがれってんだ」
アルゴノートは勝負はついたものだと気怠そうに構えている。
「………だ」
「あ?」
「まだ終わってないわよ!『風よ 集え <風弾> <三百連>』」
有り余る魔力にかまけた物量の暴力。実技試験の時にも見せた<風弾>の嵐を手当たり次第周囲の炎へと撃ち込み始める。
子供が駄々をこねるような見るに耐えない悪あがき。
けれどもそのうちの一発がアルゴノートの顔を掠め、その頰に切り傷をつくり血がたらりと伝う。
「てめえぇぇ……いいぜ、そんなに死にてえなら今すぐ燃やし尽くしてやるよ!」
裂傷を負わせたことがアルゴノートのプライドに傷をつけたか。莫大な魔力行使の疲労でへたり込んでいるカタロフを前に、正しく燃え上がるような魔力を今までとは比にならないくらい高めてゆく。
「あ…」
「何、本気で殺しやしねえから安心しろ。第三階級落ちしたクズのくせに思い上がった罰としてちーっとばかし痛い目は見てもらうがな!『火よ その原初の名の下に 我が意の先で 遍く敵を灼き滅ぼせ <炎霆>』ッ!」
上に掲げた手の先に直径三メートルはある火球が形作られる。そして振りかぶると共に熱風と火の粉を撒き散らしながらカタロフを呑み込まんとする。
「『風よ 渦巻け <旋風> <充填:50%>』」
カタロフとアルゴノートの間に天井に届くほど巨大な竜巻が出現した。その威力は先ほどカタロフが展開した<旋風>とは比べ物にならない。
竜巻はカタロフに迫りくる<炎霆>と彼女の逃げ道を阻んでいた<煉獄>の火を根こそぎ絡み取り、火災旋風とでも呼べる代物となって逆にアルゴノートへと襲い掛かった。
アルゴノートは上級魔法を唱えた反動から休む間もなく回避を余儀なくされる。
「ちっ!なんだこりゃ」
おれはカタロフを背に庇うような立ち位置でフロアへと降りる。
「…叔父…さま?」
「え?」
「あ、あんたは…」
不意に呼ばれ慣れない単語で呼ばれたために後ろを振り返る。するとカタロフは安心した表情から一転、今度は驚きと警戒が半々といった表情になった。
「おいおいおい、誰かと思えば第三階級上がりのくせに序列三位のアーウェルン様じゃねえか。『聖女』の次はその雌牛ってかあ?お堅そうな見た目と違って随分と手が早いんだな」
火災旋風を逃れたアルゴノートが皮肉を込めて嘲笑うかのようにそんなセリフをのたまう。
「ふっ…」
「…何笑ってんだ?」
「いや何、ただお前の方がおれより先にその二人に手を出したのに、結局どちらにも相手にされず振られた男のやっかみにしか聞こえなくてな…ふふっ……おっと」
不意に無詠唱で放たれた火炎に対して、おれはさして慌てることもなくすんなりと躱す。
「どうやらてめえもおれに殺されたいようだな」
「生憎と男に殺される趣味は無いんで。それに女相手に大火傷を負わせるような魔法を放つ男なんておれが女でも願い下げだ」
「はっ、言ってろ。これはあくまで双方合意の上での決闘だ。怪我をしても自己責任だろうがよ。それに…」
「それに?」
アルゴノートは魔力で書かれた誓約書を空中に投影する。
「ここにある通り、決闘の内容は敗者が勝者に絶対服従。お前がその雌牛を庇うように介入した時点でこの決闘の勝者は俺。つまり今この段階ではその雌牛は俺に絶対服従。所有物も同然だ。所有物を所有者がどうしようとてめえには関係ないだろう」
後ろでへたれ込んでいるカタロフの方を向き、アルゴノートの言ったことが本当かどうかを確認する。
「今の話は本当か?」
「……ええ…本当よ。私の魔力によるサインもあれには載っているもの」
「ったく、何でそんな決闘を受けたんだが」
「だってあいつは私の!!!私の…」
カタロフはその先に続く言葉を言うこともなく、下を向いて俯いてしまう。全くおれにはあれだけ強気な態度をとっていたくせに世話のやける。
「おいアルゴノート」
「あ、何だぁ?」
「おれと今からその決闘とやらをしろ」
「いいねえ、上等じゃねえか。てめえの望みは何だ?」
「カタロフに課した絶対服従の解除」
「あ?それだけか?」
「それだけだ」
「ちっ、盛り上げに欠ける。なら俺は遠慮なくてめえの絶対服従と序列三位の座をいただくことにすんぜ」
「別に好きにしたらいい」
「交渉成立だな。『決闘・調印』」
アルゴノートが指を振るうと、おれとアルゴノートの魔力が吸い取られるようにして決闘の誓約書を形作っていく。
初めて見る魔法だが、どうやら決闘者の魔力を通じて相手の魂を拘束する働きがあるようだ。ただ術者としての優劣差がありすぎると優位者は一方的に破棄できそうなものだが。
「準備はいいか?」
「いつでも」
「なら遠慮なく行くぜ!『火よ 爆ぜろ <爆炎> <六連>』ッ!」
アルゴノートの火属性の適性は極めて高く、技の完成度も十五歳だと言うのに突出している。そんな人の平均レベルに当てはめるのなら十二分に脅威と呼べる火炎が同時に六つ迫ってくる。
逃げ場はない。が、逃げる必要もない。
「『風よ 阻め <風壁> <充填:15%>』」
構築したそれなりに強固な<風壁>が全ての火炎を着弾する前に防ぎ切る。こんな攻撃に100%も魔力を消費する必要性はないからな。
「オリジナルの発動句ってやつか。けど甘えな!『火よ 我が意に従い 敵を焼き落とせ <焔矛> <四連>』」
凝縮された熱で展開した鋭い矛が四本、アルゴノートが振りかぶると共に撃ち出され、<風壁>の一点を集中して狙い撃つ。
ーパリーンッ…!
<焔矛>と対消滅するかのように<風壁>が音を立てて崩れ落ちた。
「へえ…」
「へっ、中級魔法に上級魔法が使えるならてめえなんかに遅れをとるわけがねえんだよ!『火よ 我が意に従い 敵を灰塵と化せ <煉獄>』」
「『風よ 纏われ <疾風> <充填:20%>』」
「へっ?」
間抜けな声をあげたカタロフを素早く持ち上げる。
風の補助効果を受けて加速をし、地を這うように蠢く青い炎をカタロフを腕の中に抱えて避けていく。
「ちょ、ちょっと…」
「あんなところにボーッといたら怪我するだろ」
「それは…そうだけど、何であんたがそこまでしてくれるわけ?」
「あえて言うなら成り行き上必要なことだからかな」
「それってどういう…?」
「そんなお荷物抱えて逃げ切れるほど俺の<煉獄>は甘くねえぞアーウェルン!」
「お喋りはここまでだな。舌を噛まないようにしっかり掴まってろ」
オーケストラの指揮者がタクトを振るうかのように、と表現するには些か荒々しく、おれを捕らえようと自身の生み出した<煉獄>を必死に操っているようだが追いつかれる気配はなさそうだ。
痺れを切らしたアルゴノートは次の手に打って出ようとする。
「っ…ちょこまかと!ああもう、うざってえ!まとめて吹き飛ばしてやる!『火よ その原初の名の下に… 「よっと」 ぶへっ…」
上級魔法を唱え始めたアルゴノートに対し、おれは<疾風>の補助を受けて駆けた勢いのままその顔を盛大に踏み付けた。
ちょうど良い足場を踏み越えて腕に抱えていたカタロフを戦闘の邪魔にならない観客席へと連れて行きその場に降ろす。
「ここで少し大人しくしてろ。いいな?」
「う…うん…」
「さてあいつは…」
<焔矛>がおれの耳を掠め、銀髪が数本宙に舞った。
「相当お怒りのようだな」
おれに対する怒気を隠すことなく前面に押し出している。溢れ出る魔力がオーラの如く立ち上っており、今にも循環状態から暴走状態へと遷移しそうなほどだ。
まあ彼の自尊心を煽るように立ち振る舞ったのだからそうでなくては困るのだが、思惑通り事が運んだようで何より。
「アーウェルン!さっさと下に降りてこい!」
言われた通り、フロアに降りてアルゴノートと対峙する。
「覚悟はできてるんだろうな?」
「お前には何の恨みもないけど、一度その自尊心をズタズタにさせてもらうぞ」
「はっ、何言ってんだか!てめえなんぞにできるわけねえだろが!『火よ その原初の名の下に 我が意の先で 遍く敵を灼き滅ぼせ <炎霆>』ッ!」
暴走状態手前での魔法行使。それも上級魔法。特大の火球は先ほどのオレンジ色とは異なり、高温故か青色を帯びている。そんな火の玉が容赦無くおれへと向かってきた。
「『銀月の白臨刀:<納刀>』」
手元に現れたのは一振りの刀。
その刀に鍔はなく、しかしながら織り成す流麗な反りは、ただただ美しいという言葉に尽きる。
同じ『魂の刻証』である『竜皇子の覇城』は宿る力が強大すぎるが故にコントロールが難しく、さらには代償までもが付き纏うようになってしまった。
『魂の刻証』はこの世界で渡り歩いていくには必須の術。けれども自分のそれはおいそれと使える代物ではない。ならばどうするか?
答えは至極明瞭。
ならば新しく作ってしまえばいい。
『銀月の白臨刀』
『竜皇子の覇城』の下位互換であるそれの効果はーーー魔力で構成されたものの強制分解。
「『<抜刀>』」
刹那、白銀の一閃がひらめくと共に火球は真っ二つとなり、さらには魔法を構成する魔力の粒子へと分解されて宙に消えていった。
「俺の渾身の上級魔法が…消された?…………ギリッ……ありえねえ!!!」
目の前の現実をにわかに受け入れ難く、否定するかのようにアルゴノートは次々と魔法を繰り出していく。
「『火よ 散らばれ <蛍火> <十連>』」
十指からそれぞれ不規則な軌道を描いて飛び出した<蛍火>を一つ残らずおれは斬り捨て、アルゴノートとの距離を詰めるために少しずつ前へと歩き出す。
「くそっ!『火よ 我が意に従い 敵を焦がし尽くせ <廻炎> <二連>』ッ!」
両手から発せられた直線的に襲いかかってくる火炎でさえ、刀を一振りする、ただその動作のみでただの魔力へと還されてしまう。
「当たれ!当たれ!当たれ!<爆炎>!<焔矛>!<廻炎>!」
もはや冷静さを欠いたアルゴノートはただがむしゃらに、呪文も唱えず無詠唱で矢継ぎ早に魔法を展開していく。魔力を消費しすぎたのであろう、鼻から血が出て突き出す両手は痙攣している。
そんな炎の嵐を捌いていく中、おれはアルゴノートの瞳を一瞥し、そして手に握ってあった『銀月の白臨刀』をわざと地面へと落とした。
そんなおれの姿にアルゴノートは一瞬息を呑み、されど好機と見たのだろう。
「ーッ……『火よ その原初の名の下に 我が意の先で 遍く敵を喰らい落とせ <鳳霊>』ッ!!!やれ!!!」
火属性の最上級魔法<鳳霊>
四霊の一角である鳳凰を模した獣の如き炎が、無抵抗のおれを焼き尽くさんと身体に喰らいつく。
「はぁ……はぁ……………ははっ、嘘だろ…」
漏れ出た苦笑は心の底からのものだったのだろう。無傷のまま自分のもとへ悠然と歩みを続けるおれの姿を見て、彼我の力量差に幾重もの隔たりがあることを理解したに違いない。
「あ、悪魔め…」
「残念ながらおれは悪魔じゃないんだよな」
それだけ言い残してアルゴノートは自らの意識を手離して倒れ込んでしまった。
魔力の欠乏による第三段階の症状か。むしろよくここまで戦う意志を持ち続けたものだ。普段の態度が敵対的なものであるがその気概は称賛に値するだろう。




