第40話, 実技試験
更新少し遅くなりました!
書き進めていたら筆が止まらず気づけば7000字越え…
キリがいいので分けずに投稿します!
「おいこら、何でテメー達がここにいるんだ?」
幼女先生の恥ずかしい姿を見てしまったおれとカタロフは、とてもファンシーな部屋で正座をさせられて何故かお叱りを受けている最中だ。
言われた通り後についてきただけなのにこの扱いは酷すぎる。さっきの火魔法なんか一般人レベルなら死人が出る威力だぞ。
幼女先生は頭を抱えてため息混じりに続ける。
「確かに、私は後をついて来いと言ったがあれはあくまで建前だ。お前たちも王立都市での第三階級と第二階級との扱いについては身に染みて知ってるだろう。さらに言っちゃ何だが第三階級から第一階級に昇格するものは0人にしろと上からクソみたいなお達しが出ている。だから私は姿を消して魔力の痕跡も残さず追跡出来ないようにしたわけなんだが」
コクコクとカタロフは無言のまま頷く。
ツンツンキャラのくせに歳上?…目上の人には頭が上がらないタイプらしい。
「そこでもう一度問う。テメーらは一体全体どうやってこの居場所を突き止めた?」
どうやら幼女先生は慣習どうこうよりも自分の居場所を見つけられたことに対してご不満らしい。追跡を断ち切ることに余程自信があったのだろう。
それにしても第三階級からの昇格は0人ねえ。王立都市一の魔法学院だというが実際に蓋を開けてみればこんなものか。
入学前からこの調子では入ってからのことを考えると懸念材料は増すばかりだ。
そんなことを呑気に考えているとカタロフのやつがおれに視線を向けて早く先生の質問に答えろよ、と目で訴えかけてくる。
別に自分で言えばいいのに。
「おれが探索魔法で見つけ出しました」
「ほう?」
幼女先生は眉を吊り上げ、おれの発言を吟味しているようだ。
「なるほど、なるほど。探索魔法とは愉快な答えだな。試験会場からここまでゆうに5kmは離れていると思うが…」
真偽を見抜くためか、おれの右眼を幼女先生が妖しく輝く紫色の瞳で覗き込んでくる。
「ふむ…お前、名前は何と言った?」
「アヤト=アーウェルン…です」
こんななりでも教員が相手だ。とってつけたようだが丁寧語くらいは使うべきだよな。
「アーウェルン…聞いたことがないな。で、そっちの雌牛は?」
一部身体的特徴を上げて幼女先生はそんな風にカタロフのことを呼び捨てる。胸に向ける視線が忌々しくも羨ましそうだ。
「め…雌牛って………えっと、サーニャ=カタロフと申します」
「ああなんだ、カタロフ家の人間か…いいだろう、お前たち二人の第一階級選抜入りを認めてやる。これから実技試験を始めるところだ。お前たち二人も混ぜてもらおう」
そう言って今度はしっかりと案内をしてくれるのか姿を消すこともなく少し早歩きで先導してくれる。
まあ早歩きと言っても、おれたち二人にとっては普通に歩くペースだったのだが。
「ふふ、才能に比べりゃ上からの指示なんてくそくらえだな」
そんなんことを小さな声で呟いたのをおれの耳を聞き逃さなかった。
そして歩いていく最中幼女先生はふと立ち止まり、背中を向けたまま釘を刺してくる。
「それと…その…さっき見たことは他言無用だ。いいな?」
少し耳を赤くしているようだ。先ほどのキャラ崩壊については他言無用らしい。別に念押ししなくても言わないってのに。
連れてこられた場所は前世の知識で言うならば体育館。最も規模に関して言えばスケールの大きいドームほどあるのだが。
扉の前で幼女先生が妖しい赤紫色の魔力を高めると余剰分が床を辿って施設全体に吸収されていく。
「王立都市中央区内に導入されている認証システム、それの学院ver.みたいなものだ。個人の魔力を識別してデータベースに登録されたものであれば通過できる。お前たち二人も入学後には生徒に許される範囲で施設は自由に使い放題だ」
ーギィィィィ…
重厚なガラスのような素材でできた扉を開くと、中では受験者と思われる人たちが五人、透明な分厚い板を前に佇んでいた。
五人のうち、一人はマリウスであり、その他の残りのメンバーも貴族然とした装いや高価そうな聖職者のローブに身を包んでいることから身分の高い人たち、第二階級に属する面子なのだろう。
マリウスのやつはおれと目があって満足そうな顔をしている。まるで思惑通りとでも言いたげだ。
「待たせたなヒヨっ子共。今年は例年と違って第三階級からも第一階級選抜入りが決定した。まあ仲良くやってくれ」
「はっ、おせーんだよっ…」
燃えるような赤色に一房だけ金色が混じった髪の少年が文句を言うやいなや、そいつの足元に熱光線が撃ち込まれた。それも地面が融けるほど高温の。
「アルゴノート。私は私語を許可していないぞ?」
「ちっ…」
もう一発熱光線が撃ち込まれる。今度は先ほどよりもスレスレだ。
「返事は『はい』だ」
「………はい」
幼女先生の素の姿を知っているだけに違和感がすごい。人を指導するという立場で何かしらの苦労があってのことかもしれない。
それより今あの赤髪のことを幼女先生が父と同じ家名のアルゴノートと呼んでいたのだが、もしかすると彼はおれと親戚なのかもしれない。機会があれば話してみたいな。
「先に言っておくが、ここにいるメンバーは王立学院への入学は決定している。順当に行けばクラスは第一階級。王立都市での主戦力級術者候補生という立場だ」
よく分からない単語ばかりだが推察するに、王立学院での特待生的な扱いなのだろう。実技試験だけで入学が決定するとは思っていなかったが有難い話だ。
これなら王立都市の中央区に入る機会にも割と早くに恵まれそうだ。
「そして今年の第一階級の担任は私、ドーラ=ミロディが受け持つこととなった。無事試験を突破した時はよろしく頼む」
幼女先生、思いの外態度とは違って見た目通りに可愛らしい名前だった。
こういう場面なら拍手の一つでもしそうなものだが、周りからはそんな空気など微塵も感じられない。
「さて、では入学が決定しているのも関わらずお前たちが集められた理由についてだが、今から行うのは実技試験、もとい第一階級での序列決め及び第一階級に属するにふさわしいかどうか判断するためだ。この序列は学院内でのステータスを示すものになるからな。心してかかるといい。そうだな…アルゴノート」
「あ?」
幼女先生は後ろに用意された透明な板を親指で差して説明を続ける。
「あそこに並んでいるのは王立都市でも最高硬度を誇る氷晶の板だ。厚さは100mmで縦に十枚並べてある。並の術者の魔法程度では傷一つもつかない代物だが…あれを初級魔法で撃ち抜いてみせろ。呪文に付与する発動句の使用は認めてやる。そうだな…三枚撃ち抜くことができたなら第一階級入りを認めてやろう。それに満たなければ第二階級落ち、ああそっちの二人は第三階級に逆戻りだ」
そう言って幼女先生はおれとカタロフの方に目を向けた。
隣にいたカタロフが緊張で固まるのが如実に伝わってくる。
なるほど、今から行う実技試験はボーナスステージみたいなものか。突破すれば上の階級に、そうでなくても元々受験した階級で入学ができると。
うーん…先ほどの技量を見る限り、確かにあの氷晶と呼ばれた的をカタロフが三枚立て続けに撃ち抜くのは難しいかもしれないな。
「なんだ、発動句が使えるなら楽勝じゃねえか」
そんな中、真先に指名を受けたアルゴノートと呼ばれている少年は前に出て魔力を高め始める。
(最近どっかであいつのことを見たことあるような気がするけど気のせいか?)
「『火よ 爆ぜろ <爆炎> <六連>』」
顕出した魔法はおよそ初級魔法と思えるような代物ではなく、一つ一つが凄まじい破壊力を秘めた爆炎が六つ、大きな渦を描きながら的へと着弾して瞬く間に灰塵へと化していった。
一枚、二枚、三枚………
六つ目の的を灰へと変えたところで魔法は止まった。
昨日スリをしていた男たちと同じ魔法であるにも関わらず、ここまで大きな差が生まれているということは余程術者の魔法への理解、また魔力の質が高い証拠だろう。
退屈な学生生活になるのでは?と思っていたが中々どうして水準は高い。
これは他のメンバーたちにも期待できそうだ。
ちなみに発動句には一般に普及しているものと、個人が編み出したオリジナルのものと二種類がある。
おれは何故か一般に普及している発動句を使うことができず、使用している発動句その全てがオリジナルだったりする。
「うっし!どうだ見たか!」
あらかじめ提示された三枚というノルマの倍を仕留めたことで、アルゴノートは幼女先生に向けておれの実力を思い知ったかとばかりにアピールしている。
「次はアーウェルン。お前が行け」
幼女先生はそんなアルゴノートの様子を気に留めることもなく淡々と次の指示を出す。
「んだよ。教育者のくせに無視かよ」
入れ違いざまに聞こえたアルゴノートのそんな呟きを耳にしながら指定された位置へとつく。
さてと、ここで的を十枚全て撃ち抜き、さらには射線上にある学院の設備を全て吹き飛ばすことは容易いがどうしたものか。
先ほどのアルゴノートの様子を見る限りここにいる面子はそれなりに有望株が集められているのだろう。試験前に聞いた”英霊の世代”とやらか。
そんな中で、無名である自分が飛び抜けた力を見せてしまっては後々にやりづらいことが生じる可能性は高い。
だがだからと言って手を抜き過ぎてしまえば説明にもあった序列が下になり、中央区での行動が制限されるかもしれない。
(ここは七…いや八枚撃ち抜く程度に抑えておこう)
何せ今のところ前例がアルゴノートしかいない。彼より手を抜いたにも関わらず、彼が“英霊の世代”でも最弱の〜なんて展開であったら目もあてられないからな。
方針も決まったところでそれなりに纏まった魔力を右手に集め、人差し指と中指を突き出して親指を照準に見立てて立てる。
(充填率は…20%でいいか)
「『風よ 集え <風弾> <充填:20%>』」
拳程度の大きさのエネルギー体が余波を撒き散らし回転しながら、的へと向けて鋭く撃ち出された。最高硬度を持つと言われる氷晶の中心を穿ち、全体にヒビを入れてガラガラと音を立てて崩れ落ちること、計八回繰り返すことで目論見通り魔法は効力を失って消えた。
「なるほど八枚か。存外やるではないかアーウェルン。では次モードラン」
マリウスも序列の重要性は理解しているはずだが、手加減という点に意識が回っているか心配だったのですれ違いざまに念話で釘を刺しておく。
(やりすぎるなよ)
(分かっていますよ)
どうやら心配はいらなかったらしい。
もといた位置に戻るとアルゴノートに凄い睨みつけられた。彼より二枚多くの氷晶を割ったことで彼の自尊心に傷をつけたのかもしれない。
「『地よ 潰せ <石柱> <四連>』」
ちょうどマリウスの足元から真っ黒な角柱が四本、凄まじい勢いで的へと迫る。大質量の持つ単純な運動エネルギーのみで次々と氷晶を撃ち砕いていく。七枚目を割ったところで石柱の勢いが収まった。
まあ正確にはマリウスがその勢いを自ら削いだのだがそれに気づけるほどの力量を持つものはそうそういないだろうな。
「七枚だな。次、メビウス」
「………」
「ん、どうした?早くしろ」
メビウスと呼ばれた不思議な存在感を放つ少女は少し困ったような仕草を見せてから幼女先生に問いかける。
「これ…初級魔法なら…ほんとに何でもいい?」
「その通りだ」
「ん…分かった」
そう告げてメビウスが高め出した魔力に受験生及び教師一同は驚きを隠せなかった。
おれとマリウスも含めて。
なぜなら彼女からは二種類の異なる魔力が感じられたのだ。
魂一つに宿る魔力は一つ。そして個々人の魔力は固有の波長を持つのが普通だ。
おれやマリウスは二種類の魔力を扱っているが、それに関しては『王の瞳』を持つが故の例外だ。
おれとマリウスの見解では神器には何か別の魂が宿っていると考えている。
彼女から感じられる二つの魔力には所謂、神器並の格のようなものは感じられなかったが、だとしてもおれたちが追い求める残り一つの『太陽の指輪』に関わっている可能性は高いかもしれない。
思わぬ収穫に胸が高なり、おれとマリウスは無言のままお互いに視線を交わす。
次の方針は決まった。
今後しばらくはメビウスと呼ばれた彼女について知ることを優先していこう。彼女が本当に『太陽の指輪』に関わっている、ないし所有しているのなら、是非ともこちら側の陣営に引き入れていたいところだ。
…あれ?そしたら学院に入学する意味って、
………クラスメイトとしてメビウスと親睦を深めるとともに、中央区内での噂の真偽を確かめるために必要な過程だと思うことにしよう。
「『火よ 風よ 集いて 爆ぜりて 吹き飛ばせ <風爆> <固定>』」
メビウスと呼ばれた少女の手元には火と風の初級魔法を融合した、合成魔法とでも呼ぶべき魔法が完成したまま手に握られていた。
術者としての性なのか見たこともない魔法構築に周囲の期待が少なからず高まっている。
そして圧縮された球体を野球の投手が如く振りかぶって思いっきり氷晶へと投げつけた。
「せいやっ!」
「「「「「え?」」」」」
氷晶へと衝突した瞬間に爆散した魔法は的を五枚まで吹き飛ばし、六枚目にヒビを与えただけでその効果を終えた。
「「「「「えー…」」」」」
あんなに緻密な魔法の制御ができるのに最後は物理なのかよ…あれでは宝の持ち腐れもいいところである。
「む…構築が甘かった…」
いや、そういう問題ではないと思う。
見たところ腰に携えている二本の短剣が得物のようだし魔法ではなくそちらが本命なのだろう。
「五枚…か。なんだ期待して損した気分だ………ちっ…次!カタロフ、お前が行け!」
「は、はい!」
期待を裏切られて半ば八つ当たり気味の幼女先生の指示を受けてカタロフは慌てて所定の位置へとつく。
順当に行けば実技をクリアできずにカタロフは第三階級落ちとなりそうだが果たしてどうするのだろうか?
氷晶を前にしたカタロフからおよそ初級魔法を使うとは思えないほどの魔力の高まりが感じられる。
(なるほど、そういう特性を持ってるのか。道理で先ほどの<疾風>の時も魔力自体の減りが顕著じゃないわけだ)
「『風よ 集え <風弾> <三百連>』」
三百連と唱え終えたカタロフの後ろにはおそらく三百個の風弾が列をなして縦に並び、そしてガトリングガンの如く次々と発射されていく。
一つ一つはそれほど強い威力を備えているわけではないがおそるべきはその物量。カタロフは魔力の質は高くないが圧倒的に保有する魔力量に長けている。
いや身の丈に合っていないと表現すべきか。
膨大な魔力を扱うことに意識を集中しすぎて、魔法の構築自体は粗悪なモノだ。言うなれば物量によるゴリ押しのみで成り立っている力技。あまり良い手とは思えない。
だが結果としては最後の一発がギリギリ三枚目に穴を開けたため合格である。
集中力と緊張の糸が切れたのか、カタロフはその場にへたり込んでいる。
「ギリギリ三枚…これに及第点を与えるのは心苦しいものだが、まあ長所は活かし方次第だ。良かろう。さて次はメルティア…ああラティス王太子か、やれ」
「『水よ 束なれ <水砲> <宝剣>』」
水色のサラサラ髪の美男子はその場を動くこともなく、親指人差し指中指で三角点を形作り、そこから発射された水鉄砲が氷晶を貫き、一拍遅れて十枚全てが瓦解した。
あっという間の合格。
カタロフなどまだ先ほどいた位置から動いてさえいない。
彼が初級魔法の最後に付け加えた発動句には恐ろしいほどの力が宿っていた。一般に普及しているものでなければ、およそ彼自身が開発した発動句とも思えない。
(王家でのみ代々受け継がれている発動句です。その効果はご覧の通り王立都市内でも不動のものでした)
いつの間にやら隣にいたマリウスが念話を通して解説してくれた。こういう時は頼れる相棒となりつつある。それにしても、
(でした、ということは今は違うのか?)
(その疑問は次の方を見ていただければ納得するかと)
「次でようやく最後だな。『聖女』様、パパッとやってくれ」
正に聖職者と呼ばれるのに相応しい荘厳なローブに身を包んだ『聖女』はゆったりとした動作で弓をつがえる仕草をとる。
その顔は仮面とフードのせいで覗き見ることさえできない。
聖職者特有の現世との関わりを断つだとか、神聖さを保つためだとかそういう理由があるのだろうか。
昨日アオイが来ていたローブよりも数段格式高いもののように思える。
「『光よ 射抜け <光矢>』」
鈴の音色のように優しい声。けれどもそこには言葉で言い表せない濁りがあったような気がした。
刹那、光の矢に呑み込まれた十枚の氷晶は見る影もなく消え去り、さらには射線上にあったものがことごとく消滅させられている。今いる施設の壁、その先にあった木々、おれの視力で見える限りのものが綺麗さっぱり無くなっていた。
そして『聖女』の殺意なるものが一瞬だけ、確かにおれに対して向けられた。
それを敏感に察知したマリウスが『聖女』に向けて危害を加えようとしたのを機先を制して押しとどめる。
ギリギリ『聖女』以外には気づかれなかったはずだ。
(アヤト!何故っ?!)
(いいから…それより光魔法って天使だけが使えるんじゃなかったのか?)
(…『聖女』と呼ばれる彼女だけは例外的に生まれつき使えるそうですよ。残念ながら私でも彼女の正体は見えませんが…)
(初級魔法でこれだけの威力を持つのなら、なるほど王家の<宝剣>も霞むな)
『聖女』がおれに対して殺意を抱く理由は分からないが彼女の正体については何となく心当たりがある。
(マリウス、お前はこれからメビウスの方を調べろ。『聖女』についてはおれに任せてほしい)
(ですが…)
(天使が絡んでくるのなら、それは竜人であるおれがけじめをつけなければならないことだ。それに…)
それに竜人としての血が騒ぐのか、レベルの高い相手を前にして戦闘衝動に駆られている。
こちらから仕掛ける事はないが必要に迫られたら応対する必要はある。
その時のことを楽しみにして獰猛な笑みを浮かべていることが自分でも分かる。いつの間に自分はこんな戦闘マニアになってしまったのだろうか。
(全く、ほどほどにしてくださいよ…)
マリウスの呆れた感が念話越しに伝わってくる。
退屈どころか楽しい学院生活をこれからおくれそうだ。




