第39話, 筆記試験
「見ろよ、モードラン家の当主と言い争ってた銀髪だ」
「付き人…の装いではないな」
「どこかの高貴な家の生まれなのかな?」
「でもそれだったらここ第三階級じゃなくて第二階級の受験会場にいるだろ」
「最近没落した貴族とか」
「なんであいつ左眼を布で隠してるんだ?」
「さあ…」
筆記の試験会場に入るなり大勢の不躾な視線に晒されることとなった。まあこれに関してはマリウスの面倒くさい絡みに我慢できず、人が沢山いる場で揉めてしまった自身の自業自得な面もあるので仕方がない。
ていうかみんな試験前なのだから他人より自分のことに集中したらいいのに。
おれは早々と自分の指定された席へとつき、試験が始まるまでの暇を持て余す。
ちなみにマリウスはこことは違う会場で試験を受けることになっているため、今は別行動である。
ここの会場では身なりが平民か少し裕福な商家ほどの人しかいないところを見ると、身分によって会場が分けられているのかもしれない。
試験開始三分前、試験会場はピリリとした空気で満ちて皆割り当てられた席へと着いていた。
それにしても試験官の姿が未だに見えないのだが果たして時間通りに始まるのだろうか?
そんな疑問を抱いていると、会場へと教員と思しきスキンヘッドの厳ついおじさんと場違いなロリ幼女が入ってきた。
二人ともそれなりにレベルの高い魔法使いだということが、滲み出る魔力の質から感じられる。
ロリ幼女が魔力を高めて手を振ると、受験者たちの目の前に筆記用具とテストの問題及び解答用紙が飛んでいって瞬く間に配られていく。
さすが魔法学校という感動と、「え、あのロリ幼女ほんとに教員なの?」という動揺を感じているのはきっとこの場にいる全員の共通認識だろう。
「それでは現時刻より王立学院三階級入学試験、筆記試験を開始する!制限時間は120分!不正行為を働いたとみなされた受験者は規定により直ちに失格とする!では始め!」
厳ついおじさんの合図で、緊張を取り戻した周囲の受験者たちが一斉に問題へと取り掛かり始めた。おれも周りに倣って配られた問題用紙と解答用紙を表に向けて問題を確認する。
問. 一般的に天使族のみが使えるという魔法の属性は?
最初はこの世界の人間ならほとんどが知っているであろう初歩的問題。答えは光だ。
問. 他人に魔力を供給する際に留意しなければならない点を二つ述べよ。
む、続く問題は難易度が数段跳ね上がった。
えーと…一つ目は、供給する側とされる側の人間が持つ適性に同一の属性が含まれていること。
これを満たしていなければ、身体は供給された魔力を自分のものとして変換する際に拒絶反応を示す。
二つ目は、主に高位術者から低位術者への供給に対してで、魔力の質の差による過剰供給だな。
一般的に、人によって魔力の質には差がある。仮に術者Aが術者Bに50の魔力を供給したとする。しかしながらAにとっての1の魔力がBにとっての3の魔力であったため、術者Bの視点としては150の魔力を受け取ったことになる。
身の丈に合わない魔力を保持することは術者のオーバーヒート(魔力の暴走)を引き起こすため、大変危険である。
………おれが昔、十歳のときにマリウスの魔力を取り込んで痛い目を見たのもこの二つが原因だったりする。
こんな調子で初歩的な問題から専門レベルの応用問題まで全30問取り組んでいく。
それで次が最後の問題だと。
問. 魔法が正しく発動しない現象として因果乖離現象があるが、これについて詳しく説明しなさい。またこの現象より、理論上最高位の術者が一人でもいれば下位術者全ての魔法を無効化することができる。しかしながら実際の都市間の戦争においてこの現象は大規模に利用されていない。その理由を詳しく述べよ。
昨日の夜マリウスに聞かれた因果乖離現象についての問いだった。
前半は自分の持っている知識通りで答えることができるが、後半は少しひねられている。少なくとも今まで自分がこの世界で読んできた文献には載っていなかった。おそらく応用力と思考力を試す問題なのだろう。
まあそれなりにまとまった答えを書いて残り時間は他の問題の見直しに当てるとしよう。
(これなら9割近くは取れただろうな)
見直しを終えたところでちょうど試験終了の合図がかかった。
「そこまで!受験者諸君は筆記用具を速やかに置きなさい!これ以降の不要な行動は全て不正行為とみなすため注意するように!」
スキンヘッドのおじさんの合図がかかると同時に、ロリ幼女の方の魔法使いが再び魔力を高めて今度は受験者たちの解答用紙を回収していく。
回収された解答用紙が一枚ずつ空中で整然と並べられる光景は何だか圧巻だ。そして幼女先生の紫色の瞳が妖しく輝いている。
何か魔法でも使っているのだろうか?
幼女先生の魔力の流れを見てみると、魔力が細い糸のように目の前に並んだ解答用紙へと繋がっている。
(マジか…ここで今すぐに採点してるんだな。それにしても…)
計500枚以上に及ぶ解答用紙を一人で並列処理しながら採点するなんて生半可な技術と集中力ではなし得ない。
あの幼女先生、見た目とは裏腹に相当な術者なのかもしれない。
「ほう、今年は二人もいるのか」
採点が終わったのだろう。ロリ幼女先生のそんな見た目と似つかわないセリフが聞こえた。
「受験番号269番、サーニャ=カタロフ!受験番号341番、アヤト=アーウェルン!今名前を呼ばれた二人はすぐにこの教室を出て私の後をついてこい!それ以外のものはこのハゲの指示を待て!いいな!」
ーざわっ…
「嘘だろ。第二階級の試験でも一人いたらいい方なのに」
「第一階級候補だ。名前と顔を覚えとかないと」
「ねえカタロフって家名」
「元七臣貴族の一つだね。最近地位を剥奪されたけど」
会場の雰囲気が途端にどよめきに包まれた。
ここで名前を呼ばれたことが何を意味するのかみんなは把握しているみたいだ。おれは王立都市のそういった常識を弁えてないから何のことだかさっぱりわからないけども…もっとマリウスかミリアさんに事前に話を聞いておくべきだった。
そんなどよめきは微塵も気にせず、一方的に指示を出し終えた幼女先生はさっさと会場から出て行ってしまう。名前を呼ばれた女の子は凛とした佇まいで席を立ち、おれも慌ててその後を追いかける。
だが廊下に出ると幼女先生の姿は既に見えなくなっていた。
「これだから第三階級はッ…!」
サーニャ=カタロフと呼ばれていた女の子は幼女先生の姿がもう見えないことに苦虫を潰したかのような表情となっている。そしてどこにいったのか探そうと必死に辺りを見渡していた。
話に聞こえてきた第二階級と第三階級とではやはり根本的な待遇の差でもあるのだろうか?
そんな疑問を抱えながら、おれも魔力の痕跡を辿ろうと同じく辺りを見渡してみる。だが何も反応がない。
(あの先生、結構意地が悪いな)
自分でついて来いと言っていたにも関わらず跡をつけられないよう魔力痕まできっちりと隠蔽してある。
試験の延長かはたまた単なる嫌がらせか。前者であることを信じたい。
「『風よ 我が意に従い 顕界を調せ <風鈴>』」
右手に収束させた魔力が波紋のように空間を広がり、そして幼女先生の居場所を突き止めてくれた。
どうやらこことはだいぶ離れた建物の内部にいるようだ。この一瞬でどうやって移動したのかは疑問だが、今はとりあえず指示通りに後を追いかけることにしよう。
「えーっと、カタロフ…だっけ?」
「何よ?!」
キッと目をつり上げてこちらを睨んでくる。山吹色の髪をツインテールにし、スラリとした印象を受ける彼女は、ちょっときつめの性格で孤高の猫っぽいイメージだな。
にも関わらずその凄みに威圧感が欠けてしまうのは胸での主張が強い双丘のせいだろうか。
いやほんと…凄いなこれ。
何カップあるんだろう…
男が逃れない思考と邪念を頑張って断ち切り、次の行動を提案する。
「とりあえず先生のところに行こうか」
「それが分からないから困っているんじゃない」
「こことは少し離れたあっちの方角の建物にいるみたい」
「どうしてあんたにそんなことが分かるわけ?」
「魔法で探索したから」
「さっきの風魔法?冗談はやめて。たかだか中級魔法の<風鈴>でたった一人を識別して探索なんてできるわけないじゃない」
「まあ嘘だと思うならそれは仕方ないけど、カタロフも行くあてがついてないなら行ってみる価値はあるんじゃない?このままだと次の実技試験が受けられなくて不合格になるかもな」
「っ………もしあなたのせいで無駄に遠回りでもして実技試験が不合格、第三階級に逆戻りにでもなったら一生恨むわよ」
「はいはい。なら急ごうか」
そう言って素の状態で目的地へと駆け始めたおれの後を、カタロフは慌てて魔法による補助効果を自身に付与してついてくる。
「!『風よ 纏われ <疾風>』」
どうやらカタロフはおれと同じく風魔法を使えるみたいだ。けれども<疾風>による補助効果はおれの速度についてこられるほど大きくない。
仕方がないのでおれは走るスピードを少し抑え、カタロフがギリギリ後に続くことができるペースに落とす。
試験会場を抜け出し、馬鹿みたいに大きな学校の敷地内を駆け回ってようやくついた場所は学院の一角にある小屋のようなところだ。
建物は綺麗だし魔力の反応から中に幼女先生がいるのも間違いない。教員専用の寛ぎスペースといったところだろうか。
「はあ…はあ…はあ…はあ…ちょっと、あんた…速すぎ…何で息も切らしてないのよ」
少し遅れて到着したカタロフは開口一番そんな恨みがましい台詞を放ってきた。悪態をつく余裕があるとは彼女もまだまだ元気な証拠だな。
「さてと、じゃあ中に入るか」
「はあ…はあ…人の…話を聞け…」
「ん?」
ドアノブに手をかけて回そうとするも鍵がかかっているのか回すことができない。呼び鈴もついてないようだしどうするか。
「まあいっか」
特に考えることもなく、物理的と魔法的に二重で掛けられた鍵を竜の膂力を駆使して物ともせずに扉を開く。そして無理矢理扉をこじ開けた先では、幼女先生が非常に寛いだ様子で寝転がっていた。
「すぅーはぁーーー、やっぱりワンちゃんは最高に可愛いのです!ずっとずっーとモフモフしていられるのです!全くもう、なんで私があんな面倒くさいことを任されたのか」
そして先ほどとは打って変わって威厳の欠片もない甘い声で、ゴールデンレトリバーみたいな大きな犬をそれはもうモッフモフしていた。
どうやら幼女先生は重度のケモナーだったようだ。
おれとカタロフは呆気にとられて呆然と立ち尽くしている。そしてふと幼女先生と目が合う、いや合ってしまった。
「はえっ?!」
「ワンっ!」
ーバタン!!!!!
おれは素早く扉を閉め、隣にいるカタロフに向けて確認をとる。
「おれたちは何も見ていない。そうだな?」
「…ええ、私たちは何も見ていないわ」
そんな気遣いも虚しく、次の瞬間には扉を貫通する勢いで中から火魔法の上級魔法が雨あられとぶっ放されたのは納得がいかなかった。
次回は実技試験!
はてさてどうなることやら。




