第38話, 入学!?
更新を都合上毎週金曜から土曜に変更しました!
「ただいま…」
「お帰りなさいませ、アヤト様」
「あっミリアさん、遅くまでお疲れ様です」
祭りから帰って来たおれを玄関で迎えてくれたのはモードラン家のメイド長、ミリアさん。二十七歳という若さで屋敷の管理全てを任されている敏腕メイド。目元はキリッと、長い黒髪は邪魔にならないようポニーテールで纏めたできるキャリアウーマン的な感じだ。
まあメイド長とは名ばかりで、彼女以外この屋敷に勤めている人がいないから屋敷の仕事全般を彼女一人でこなしているそうなのだが。
モードラン家の再建にあたってミリアさん以外の全員が解雇されたため、今この屋敷で生活しているのはおれとマリウス、未だ目が覚めない人柱だった少女とこのミリアさんだけである。
見た目は近寄りがたい感じだが、本人は隠し通しているつもりらしいけど可愛いものが大好きな一面があったりとで意外と接しやすかったりする。突然やって来たおれと人柱の少女のことも快く受け入れてくれた。
「夕飯はどうなさいますか?」
「あー少しいただけますか?」
「承知しました。では食堂でお待ちください」
「あっこれお土産です。良かったらどうぞ」
帰りに買って来た白いコスモスのブローチを手渡す。マリウスからもらった金貨三枚という軍資金を持て余していたので、祭りに合わせて宝飾店が売りに出していた金貨二枚分の価値がある高級品を選んだ。
もちろんメリアさん向けにちょっと可愛らしいものだ。
「ありがとうございます。後でつけさせていただきます」
一見澄まし顔で受け取っているように見えるが、食堂に向かうメリアの足取りは軽くポニーテールはブンブン揺れていたり…気に入ってくれたようで何よりだ。
遅めの夕飯を取り終えて食後のコーヒーを飲んでいるとマリウスが食堂へとやって来た。
とてもぐったりした様子で椅子にかけてテーブルに突っ伏している。
「お疲れ様ですマリウス様。事務処理はつつがなく済みましたか?」
「あーーー、メリアが執務室に拘束してくれたおかげで終わりましたとも」
素早く紅茶を出してくれたメリアに対して恨みがましい視線を向けるマリウス。この会話とやり取りだけでこの屋敷の関係性が分かるのではないだろうか。
「二週間無断で留守にしたマリウスの自業自得だけどな」
「相変わらずアヤトは私に冷たいですね」
ちなみにマリウスのおれの呼び方は竜皇子殿からアヤトへと変わった、というか変えさせた。竜皇子なんて呼ばれ方こそばゆいし。
と今度はメリアに向けていた恨みがましい視線をおれに向けて来た。
「事務処理の中にはアヤトに関係するものもあったというのに」
「…というと?」
「アヤトの王立都市への入都証明、身元の保証に加えて種族の偽装工作。その他諸々モードラン家の立場を利用して人間として扱われるように根回しておきましたとも」
「それは…まあ、素直にありがとう…」
「聞きましたかメリア?あのアヤトが私に対して少しデレましたよ」
「ウザいですマリウス様」
「私あなたの主人ですよね?!」
「………」
「なぜそこで視線を逸らすんですか?」
「…最近はアヤト様が主人だったら、と思うことが増えておりまして」
「あーそれもう手遅れなやつですね」
そんな主従のやり取りを見ておれはこみ上げてくる笑いを堪える。終末世界での一件以来、マリウスの物腰はひどく柔らかくなった。というよりも元々これが素なのだろう。
『悪魔』ではなく『人間』としてのマリウスは軽口を叩けどメリアと良い信頼関係を築いている。
「マリウス、やっぱりおれの種族ってここでは公にしない方がいいか?」
「その方が賢明です。天上世界の上位都市を治める天使に悪魔、そして竜人の三種族はここ王立都市を含めた下位都市でいわゆる神のような存在ですから。それに竜人は先の大戦で滅びたことになっていますし」
王立都市や樹立都市は天使を、魔霊都市と帝一都市は悪魔、獣皇都市と精杯都市は竜人を信仰の対象にするといったように種族によって立ち位置は変わってくるらしい。
ちなみに今挙げた例以外にもこの世界には多くの都市が存在する。
「じゃあ忠告通り隠すことにするか。それで明日からの行動方針だけど…」
「第一問」
「はい?」
「上位術者の魔力が高濃度で満ちている場において、下位術者の魔法が正しく発現しない現象のことを何という?」
「急に何?」
「答えられませんか?」
「…因果乖離現象」
「第二問」
「まだ続けるのかよ…」
「術者の魔力が欠乏している状態で無理やり魔法を行使し続けた場合、身体に表れる影響は三段階に分けられているが、第二段階であらわれる影響は?」
「全身の筋肉の硬直。ちなみに第一段階が鼻血や目眩、頭痛といった身体の変調で第三段階が意識の昏倒。現実的にはありえないけどその先の第四段階は死と言われている」
「第三問、これで最後です」
「はいはい」
「現代魔法が確立される以前において主流となっていた魔法、古代魔法が持つ特性を答えよ。またなぜ衰退することになったのか完結にまとめよ」
「古代魔法の特性としては絶大な威力を持つ反面、膨大な魔力を消費するために一部の突出した人材もしくは大人数でしか扱うことができなかった。また長い詠唱時間を要したため詠唱中に妨害されることが多く、修練を積めば万人が使用できて詠唱時間の短い現代魔法の発展とともに衰退していった。…こんなところ?」
「ふむ、どう思いますかミリア?」
「そうですね。これだけの知識があれば筆記の方は問題ないと思います」
「実技に関してもアヤトなら十分突破できるレベルにありますし、手続きを済ませておいて良かったです」
筆記?実技?手続き?何やらおれの知らないところで話が数段先に進んでいるようだが…
「えーとマリウス?何の話?」
「ん?何って明日の王立学院、入学試験の話ですけど」
「そんな話聞いてない…」
「言ってませんでしたからね」
「いや言えよ!」
「マリウス様、アヤト様にお伝えしてなかったのですか?」
「だって帰って来て早々メリアに執務室に閉じ込められてましたから」
「………」
マリウスのやつはメリアに対して二ヤーっと挑発的な笑顔を見せる。アヤトに伝えられなかったのはメリアのせいだと言わんばかりに。
それに対してメリアはもはやメイドが主人に向けてはいけない表情だ。怒りマークが額にそれはもうくっきりと浮かんでいる。
「色んな感情が顔に出て眉間のシワがすごいですよ?もう二十七歳なんですからシワには気をつけないと」
「…くたばれクソガキ。『水よ 我が意に従い 敵をねじり伏せ <流渦>』」
「げ…」
「…<風壁>」
ーザッパーン…
一応無詠唱で障壁を展開していたが必要なかったらしい。
瞬く間に食堂が猛烈な水の渦に飲み込まれていくがおれとメリアの周囲を水は避けていき、マリウスだけが余儀なく食堂の窓へと放り出されていた。
主人を水で流すメイド。
マリウスからしたら完成度が高いとは言え、この程度の魔法防ぐことは造作もないだろうが甘んじて受け入れているところを見ると、これもある種の信頼関係なのだろう…なのか?
昨夜は色々とあったが、結局おれは学院の入学試験を受けることになってしまった。
マリウス曰く『月の鍵』『王の瞳』に並ぶ神器『太陽の指輪』が王立都市の中央区に存在するという噂があるという。
中央区は部外者はもちろん立ち入り禁止の厳重区画であるが、区内の機関が学院との共同魔法研究なども行っているため、学生ならば意外と入る機会に恵まれているらしい。
王立都市全体と敵対する、というリスクを回避するため侵入するという手立てはとりあえず最後の手段ということになった。
それならそうと事情を早く話せばいいものを意地が悪い。
おれは生徒として、マリウスは五候貴族としての立場を利用して『太陽の指輪』の行方を探るという方向性だったのだが…
次の日の朝、試験会場に到着したおれの横にはなぜかマリウスもいた。
「何でマリウスも試験会場にいるんだよ!」
「だって私も十五歳ですし」
「実年齢二千超えてるだろ」
「それを言うのならアヤトだって少なくとも十五ではないでしょう」
「…ノーコメントで」
精神年齢は二十四ですけども。
「それに五候貴族、モードラン家の当主として最低限の対外的な実績は必要ですから」
「?…ああ、なるほど」
魔法分野に関しては最難関と言われている王立学院に入学することで貴族としてある程度の箔を得られるわけか。
そういう理由を先に言ってくれたらいいのに。
マリウスの悪い癖だな。
「…それにしても凄い人数だな」
「ほとんどが有象無象ばかりですけどね」
さすがこの都市一の魔法学院というだけあってその施設はとても豪華である。広大な敷地に建物が景観の美しさと実用性も兼ね備えて配置され、装飾も過度にはなく自然も取り入れられていて居心地が良さそうだ、
寮で生活する人向けに学内に生活に必要なほとんどの施設が揃っているらしく、最早一つの街と言っても過言ではない。
そんな人がいなければ感動したであろう学内も、今は受験者が所狭しとひしめき合っており大層邪魔くさい。
「おい、あの黒髪の男、モードラン家の当主じゃないか?」
「さすが”英霊の世代”。俺たちとは纏ってる空気も格もまるで違う」
「あの隣にいる銀髪の殿方はどちら様でしょうか?」
「さあ、見たことありませんわね」
学院の門をくぐり会場へと向かっていると多くの人に注目された。あんまり大衆の視線は得意じゃないから勘弁してほしいのだが。
小声でマリウスに理由を尋ねてみる。
「おいマリウス。何か凄い注目されてるけど」
「お忘れかもしれませんが、私は王立都市でも上位身分に位置する五候貴族の一角。この都市に住まう人々やある程度の地位を持った他都市のものならば知らない人の方が少ないですよ」
「ならちらっと聞こえて来た”英霊の世代”ってのは?」
「私も詳しくは知りませんが同年代に突出した稀有な才能を持つものが多いらしく、まさに英霊が宿ったかのような存在。私も含めたそう言った人たちをまとめて”英霊の世代”と呼称しているようですよ。まあ私の場合英霊ではなくて悪魔なんですけどね」
「なるほど、つまりこのうっとしい視線はマリウスに向けられてものだから距離を取れば万事解決か」
「アヤトは注目されるのは苦手ですか?」
「ここまで人の視線に晒されるのは好きじゃないな。ってことでまた試験後に会おうか」
マリウスの隣を離れ、一人で筆記試験を受ける教室に向かおうと進行方向を変えると肩をガッと掴まれた。
「…おやおやマリウス、この手は何かな?」
「アヤトこそモードラン家の当主である私を一人置いてどこに行こうと?」
ーギギギ…
常識範囲内での力のせめぎ合い。おれの肩を掴んだマリウスの手から逃れようと、足に力を込めて前へ踏み出そうとするもマリウスの膂力がそれを許さない。
こんな人目につくところで本気を出したり魔法をぶっ放すわけにもいかないのでおれは紳士的な対話を試みる。
「は・な・せ」
「い・や・で・す☆」
キラッと星が弾けるような笑顔で申し出を断ったマリウスに対して、おれは青筋を立てる。
…マリウスが人らしく居られることは喜ぶべきことなのだが、このような面倒くさい性格に関しては一度キッチリとお話しておかなければいけないかもしれない。
その後二人で言い争うことによって余計周囲から注目を浴びてしまったのは本末転倒と言わざるを得なかっただろう。
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