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第35話, 王立都市メルティアナ





夕方を迎えてますます多くの人で賑わい始めた広場。


ずらりと並んだ露店や屋台を横目に通り抜け、おれは少し暗い路地へと足を踏み入れていた。



「はい、おまたせ」



そう言っておれが手渡したりんご飴を、フードを目深く被った少女はおずおずと受け取る。



「あ、ありがとうございます」


「どういたしまして」



受け取ったりんご飴をしばし物珍し気に眺め、おそるおそる飴の表面を口にした。


そしてその味に驚いたのか目を丸くし、そのあとは一心不乱に表面を少しずつ舐め始めた。


彼女が小さな舌でチロチロと飴を舐め始めるのを確認して、おれは露店で自分用に買った大きな綿飴にパクつく。


やっぱりお祭りならではの雰囲気にあったこういうお菓子が鉄板だ。


久々に口にする甘味を堪能していると、りんご飴に一心不乱だったはずの少女が物欲しそうな目でこちらを眺めてくる。



じー…


じー…


じーーー…



「………一口いる?」


「いいのですか?」


「まあシェアってのも祭りの醍醐味だと思うんで」


「ではお言葉に甘えて」



手で一口サイズにちぎった綿飴を少女へと差し出すとそのままパクッとおれの指ごと咥えていた。



「ん〜〜〜っ!甘くて口の中でとけて消えちゃいます!」



一拍遅れて自分が子供のようにはしゃいでることに気づくと、彼女は顔を真っ赤にしてまた大人しくりんご飴をチロチロと舐め出した。


おれがもう一度ちぎった綿飴を無言で少女の口元へと差し出すと、今度は一瞬躊躇ってからまたおれの指ごと咥えて一言。



「甘くて美味しいですね」



どうやら先ほどのリアクションは彼女の中でなかったことにするようだ。


今日は初代英雄の誕生から1020周年を祝う十年に一度のお祭りらしい。


ならたまには軽く羽目を外すのも悪くないだろう。


おれがこうしてフードを被った少女と祭りをひっそりと楽しむことになっている経緯を語るには今日の昼過ぎくらいまで遡ることになる。




〜〜〜




終末世界の竜嶺都市跡地で『月の鍵』に関する情報を二週間かけてあらかた集め終えたおれとマリウスは、人間が治める都市、王立都市メルティアナに来ていた。


なんでもマリウスの今の拠点がここにあるらしく、いまだに目を覚さない終獣の人柱となっていた少女の看病もできるだろう、という考えあってのことだ。


まあマリウスに案内された先がとてつもなく広大な敷地を持ったお屋敷であったのにはひどく驚かされたのだが。




実際にマリウスの王立都市における人間としての地位は、王立都市を治める王家に直接仕える五候貴族の一つ、モードラン家の当主だという。


悪魔のくせになんで人間が治める都市で貴族という地位を持っているのか不思議でしかたなかったが聞けば納得。


齢13とまだ幼い少年であったモードラン家の当主は病による死を間際に、悪魔であるマリウスと契約を交わしたそうだ。


・死後の身体は依代として悪魔であるマリウスに捧げる


・当主の死後、マリウスによるモードラン家の復興


以上の二点のみで契約は成立した。


少年は唯一の心残りであったモードラン家の行く末を、


マリウスは新たに魂と心を宿す肉体を求め、


互いの利益が一致した結果の末に契約はなされたらしい。


マリウスは自分本来の身体が死を迎えた際の魂と心の避難場所として少年の身体を生身のまま維持していたそうだ。


そして樹立都市セラリードで死を迎え、新しい身体を手に入れたマリウスは少年との契約通り、モードラン家の五候貴族としての地位を確固たるものにするためこの一年を過ごしてきたそうである。


と話が逸れてしまった。




マリウスは王立都市に戻ってきてすぐ、何か早急に為さなければならない手続きがあるらしく、せかせかと自分の執務室へと入っていった。


缶詰めにされてもう五日経っている。


まあ貴族の当主が二週間も家を離れたいたのならそれなりに仕事も溜まっているのだろう。


おれはというと休憩もとい執務室から抜け出して来たマリウスに勧められ、休養ついでに王立都市の観光を一人でしているところだ。


以前にウェル姉やカヤナと来たときはお忍びのような形であったので楽しむ暇もほとんどなかった。


ならば今回こそは目一杯楽しませてもらおう。


ちなみにマリウスはその後屋敷のメイド長に捕まり執務室へと再連行されている。





「さーて、どうすっかな〜」



マリウスからもらったお小遣いの金貨三枚を片手にとりあえずあてもなく街をぶらついてみる。


前回来た時に目の当たりにした、天も地も水晶で形作られたビル群の景色は今は遠くに見える。


おそらくあちらが王立都市の中心部となるのだろう。


対して今自分がいるところはしっかりと整備されてはいるものの、日本の近世の建物が並んでいるように感じる。


同じ都市の中でこの違いはなぜなのか?などと他愛もないことを考えながら、現代日本では見られなかった景色をおのぼりさんのように歩いて回る。


何やらすれ違う人々のテンションが一様に高く感じられるのは気のせいだろうか。




少し歩いた先で角を曲がって大きな通りに出ると、そこは街全体が花(多分コスモス)でデコレーションされ、そして多くの人でごった返していた。



「げっ…」



あまりの人の多さに少し身を引いてしまう。


正直言って人混みはあまり好きではない。


別に人が苦手だとかコミュ障だとか決してそういう訳ではないのだが、人々の熱気と圧に長い間あてられることに辟易するのである。


今日はもう帰るか、などと考え始めていたおれの目に通りに並ぶ多くの屋台が目に入ってくる。



(祭りの定番の焼きそばにたこ焼き、お菓子に綿飴、ベビーカステラ、それにあっちにはりんご飴もある…)



終末世界にいたときはおれの身体を強く頑丈に育てるためにシディアが考えた健康的な食生活をおくっていたため、お菓子といった甘い物とは縁遠かった。


ましてやソースを使った料理などこの世界に来てから一度も口にしていない。


おれは人混みと目の前の食欲に訴えかける誘惑とを天秤にかけ、少し悩んだ後に人で賑わう通りに踏み込むことを決意した。




(へー食べ物屋以外にも色々と出てるんだなあ)


道の脇に並んだ露店やら出店を覗き見ながらそんな感想を抱く。


今は昼過ぎのため食べ物屋は例外なく人でいっぱいである。


ピークが過ぎた頃に並んで一気に買い集めようという魂胆のもと、とりあえず小物をシーツに広げている露天商のスペースで足を止める。


こういう金属細工ってついつい見ちゃうんだよな。


色々と手にとって細工を見ていると露店主のおっさんから声をかけられた。



「らっしゃい片目のあんちゃん、見ない顔に見ない格好だな」



片目の兄ちゃんと呼ばれたのは左眼を黒い布で覆い隠しているからだろう。終末世界で左目を失明して以来このようにしている。



「まあ今日この街に来たんで」


「へえ、どこから来たんだ?」


「…樹立都市からだな」


「ほー、あのエルフが治める都市からねえ。あんな綺麗な街からこんなところに来るってことは兄ちゃんも学院入りかい?」


「学院?いや特にそんな予定はないけど」


「ありゃそうかいな。この時期は学院の新入生が都市外からも来るからてっきり兄ちゃんもそうだと思っちまった」


「王立都市には学院なんてものがあるんだな。初耳だ」


「学院を知らんのか?そいつはよっぽど辺鄙な所の出なんだな」


「有名なところなのか?」


「有名も何もこの王立都市一の魔法学院よ。なにせ初代英雄様が設立された学院だからな。十五歳を迎えた魔法使いは専ら学院への入学を夢見てるぜ」



学院ねえ、今世ではきっと縁のないところなんだろうな。最後に学校に通ったのってもう七年も前になるのか。



「へーーー、ところで今日って何の祭りなんだ?」


「その初代英雄様の誕生1020周年を祝う祭りよ」


「1020か」


「おうとも、この祭りは普段は身内だけで細々と過ごすんだが十年おきに大々的に祝うって感じさ」



1020年もちゃんとカウントしてるなんてさすが異世界。祭りごとに対する意識が日本とは違う。



「なるほど、色々と知らないことが知れて助かったよ」


「そうかそうか。今ここにある商品は全部俺が手作りで作ったもんだからな。気に入ったものがあればぜひ買っていってくれ」


「そうだな…じゃあこれを貰おうかな」



そう言っておれは羅針盤をあしらった金属細工を一つ手に取る。



「あいよ、銭貨5枚だ」


「これで頼む」



そう言って手持ちの金貨1枚を露店主に手渡そうとすると全力で拒否られた。



「いやいやいや!兄ちゃんちょっと待ってくれ!」


「何か問題でもあった?」


「問題も何も額が大き過ぎて困るよ!うちには金貨なんて渡されてもお釣りなんか出せねえぜ」


「マジか…」



(マリウスの野郎、あいつ絶対に自分で買い物したことないな)



「兄ちゃん、どっかの貴族か裕福な家のせがれか?世間知らずにも程があるぞ」


「それはともかく…何とかならないか?」


「つっても金貨はなあ…」


「ちなみに金貨の価値ってどのくらいだ?」


「銀貨10枚、銅貨100枚、銭貨1000枚と等価だな。10枚ごとに貨幣の価値が上がると思ってくれたらいい。金貨1枚あればまあ二ヶ月は食うのに困らねえだろうな」



つまり銭貨を100円と考えると500円のものを10万円で買おうとしたのか。確かにこれは非常識だな。



「それはすまなかった。どこかで両替できたり…」


「はっ、白金貨?!!!」


「「ん?」」



突然聞こえてきた隣の店の露店主の叫び声に、おれやおっさんも含めて周りの通行人が注意を引きつけられた。


そちらに視線を向けると水色で綺麗な模様が描かれた白いローブを着た客が、その白い華奢な手で白金色をした貨幣を差し出していた。



「…おっさん、ちなみに白金貨ってのは?」


「金貨10枚分だな…」



どうやらおれと同じく金銭感覚の無いものが隣にいたらしい。





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