第34話, 自由に渇いて
年内最後の更新!
第三章『聖女編』スタートです!
わたしは特別な存在だ。
この世界に生まれ落ちたその瞬間から、ずっと特別だ。
わたしが産声を上げると共に、空には色鮮やかな虹が架かり、小鳥たちは祝福の調べを目一杯奏で、世界は淡い金色の光に満たされたという。
そしてその光は段々と明るくなり、眩い光の柱の中から四人の大天使様が降臨され、跪き、生まれたばかりのわたしの額に一人ずつ祝福の口づけを授けられた。
噂は瞬く間に村全体に、近くの街に、そして都市の中央へと広がり、わたしが五歳を迎えた頃に、わたしは天使の遣いとして聖騎士に連れられて教会に引き取られた。
その後の両親の行方をわたしは知らない。
わたしには光の魔法が使えた。
天使様だけが使える御技とされる聖なる魔法。
まだ幼子であったわたしが一度祈れば傷ついた者を癒し、一度願えば枯れ果てた大地に生命の息吹を宿し、一度想えば死者に安らぎを与えた。
ある時、わたしは天使の母の生まれ変わりなのだと教皇様に神託が下った。
天使の寵愛を一身に受け、類稀な才能に恵まれ、世界に愛されたわたしのことを人々はいつしか『聖女』と呼ぶようになり、敬い崇めそして畏れた。
そんな人々の想いに応えようと、わたしは理想の『聖女』を常に演じていた。
慈愛に満ちた笑顔を絶やさず、敬虔な祈りを絶やさず、他者への優しさを絶やさず。
そしてわたしは人との繋がりを絶った。
『聖女』とは全ての人に平等な存在でなければならないから。
誰か一人に肩入れすることなどあってはならないから。
憧れはあった。
自分と同じ年頃の子供たちが、笑い合い、はしゃぐ様を見て心が潤んだ。
自分と同じ年頃の子供たちが、両親に甘える様を見て心から羨んだ。
自分と同じ年頃の子供たちが、誰かに恋をする様を見て心は震えた。
なぜわたしは、わたしだけが普通を手に入れられないのだろうか。
『聖女』という立場は鎖のようにわたしを縛り上げ、心に渇き、飢え、凍えをもたらしては、孤独という闇にひれ伏すよう迫ってくる。
わたしは天使の寵愛を受けているのだから。
わたしは稀有な才能に富んでいるから。
この世界に愛されているから。
ただそれだけの自分が望んだわけでもない理由のせいで。
『聖女』という重責から少しでも逃れるために、いつからかわたしは街へと一人忍んで繰り出すようになった。
知らない道を行き、新しい景色を見てはえも言えぬ喜びと達成感に浸ることができる。
その瞬間だけ、わたしは一人のどこにでもいる少女と同じになれたのではないだろうか。
この感情の揺れを大切に思える誰かと分かち合いたい。
その願いは未だ叶わぬままだ。
けれどもそんな苦悩もきっと今日で終わり。
今日の夜に教会で行われる儀式が終われば、そう遠くない日にわたしは完璧な『聖女』になれると言う。
そして十五歳となったわたしは明日から王都の学園に通う。
そこでわたしは卒業するまで完璧な『聖女』を演じ続け、卒業した後はまた教会へと連れ戻され、名も知らぬ人々のために祈りを捧げながら一生をそこで終えるのだろう。
『聖女』と呼ばれた憐れな少女は自らの自由を手にすることなく、次第に老いて朽ち果てるのだ。
そして後世に語られ続けることになる。
天使に愛された少女は人々に恩寵を分け与え続けましたとさ、と。




