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幕間, アスラの記録





 天使と悪魔、そして竜人の三種族が住まう天上世界の貴界にて私は一人の少女と出会った。


 以下には彼女がその身に宿している『月の鍵』についての情報を逐次記していきたいと思う。


 いつか彼女をその呪縛から解き放つために。


 そして未来のどこかで同じようなことで苦しめられる誰かの救いになれたらと願って。






 天使が管理する天空都市ウェラーニアル。


 悪魔が支配する地堕都市イナミィシエル。


 竜人が統治する竜嶺都市アウェルニア。


 上記三つの都市が存在する空間をこの世界の中でもさらに区分されて貴界と呼ぶ。


 通常、下位都市に位置する我々の空間と貴界とでは相互に干渉、行き来できないようになっている。


 記録によると上位都市に位置づけられる各都市は貴界の覇権を争って幾度となく衝突を繰り返してきたが、数百年前から『月の鍵』を竜人が、『太陽の指輪』を天使、『王の瞳』を悪魔が管理するようになったことで争いはひと時の収束を見せた。


 神代の遺産として限りなく神に近い力を秘めるそれらを互いの抑止力とし、三種族が別々に管理することによって現状(私がこれを書いた時)は貴界の均衡が保たれている。


 通常、遺産の継承者は天上世界に住まう人々の中で資質に足るものがランダムで選ばれるそうだが、ここ数百年は継承先の限定、つまりは自陣外の資質に見合うものを排除することによって遺産の専有を各都市は行っているそうだ。






 『月の鍵』


 『太陽の指輪』


 『王の瞳』


 この三種の中で最も軍事的利用に優れていたのが『月の鍵』であった。


 古くから魔法との関わりが深い月に内包された魔力を術者が自由に引き出せるという破格の魔力炉としての役割。


 私がその深淵を覗き見た範囲で推察すると、これ一つで各都市が扱える魔力量の十数倍にも匹敵する。


 だが当然制約はあった。


 リアナの器としての未完成さ故なのか、リアナが『月の鍵』から引き出せた魔力量は彼女自身が保有する魔力量と変わらなかった。


 それに『月の鍵』から引き出した魔力は、彼女が自身で行使した魔法を補助するような形で消費されていたために、純粋に『月の鍵』から引き出した魔力のみで魔法を行使することは不可能であった。


 見た目にはリアナが持つ桜色の魔力を取り巻くように銀色の粒子がフワフワと漂う様であった。


 さらに十三歳を迎えた年から三年周期で『月の鍵』の力は大きく強まり、リアナにそれを制御し切ることは不可能であったため、周期を終えるまで私がその力を押さえ込む必要があった。


 そしてその力は周期を経る度に増している。


 三度目の周期を沈め終えた時、リアナは『月の鍵』の覚醒が始まっていると話していた。


 覚醒が何を意味するのか、それは本人にも分からないそうだ。





 四度目の周期を終えた。


 リアナ本来の魔力色である桜色が完全に銀色の魔力へと置き換わっていた。


 置き換わっていたのは魔力だけではなかったことに気づくのに時間はそうかからなかった。


 リアナの人格は忽然と搔き消え、代わりにそこに現れたのは月の遣いと名乗る無感情で無機質、冷酷な人格であった。


 私はその時初めて気づいた。


 『月の鍵』は月の魔力に干渉してそれを引き出す魔力炉などではない。


 月に宿るをその身に降ろす媒体なのだ。


 魂を降ろす過程、あくまでその副産物として月の魔力を利用できるだけ。


 そしてその考えに事前に至れなかった自身を猛烈に責めた。






 魔力とは魂から生ずるものである。


 そのため魂の在り方によって魔力の波長が変わるため、表に出てくる色は人によって千差万別である。


 魔力の色が変わるということは、魂に何らかの変化が生じることを意味する。


 成長の過程でその色が変わることは稀にあるそうだが、完全に別の色に変わるということは魂そのものが変わってしまったのだと考えた方が合理的である。


 つまりリアナの魂は『月の鍵』を経由して月へと送られ、代わりに別の魂が送られてきたのだろう。


 そして三年の周期。


 これは終末世界の夜空に浮かぶ月が一度満月を迎えてから次に満月を迎えるまでに要する時間であると後の調査で判明した。


 月の表面に刻まれたおびただしいほどの魔法陣が、三年に一度の満月を迎えたその日だけ機能する。


 『月の鍵』を宿しているものの魂へと働きかけ、喰らい、そしてできた魂の空白部分を月の分け御魂で置き換える。


 その儀式(以下これを『月人宿しの儀式』と呼ぶことにする)は本来なら宿主が十三歳を迎えた年に一度で済むのであろう。


 しかしながらリアナが制御しきれなかった力を私が押さえ込んでいたことによって、実際には四度の周期を必要とした。


 周期を四度迎えたということは、リアナの魂は四つに分断されたということと同義である。






 ここで一つの疑問が生じた。


 ではなぜ魂を四回にかけて喰らわれたにも関わらず、四度目の周期を迎えるまでリアナはその人格を保つことができたのか。


 その答えは意外と単純であった。


 魂の内側に存在するリアナの心が、四度目を迎えるまで喰らわれなかったからである。


 人格、つまるところの人の意識は魂と心が結びつくことによって初めて生まれる。


 この魂と心は相互に影響を及ぼす関係であり、外界で心が得た刺激は魂へと刻まれ、そうして魂に記録された情報を心が再度読み取ることでそれは記憶としての役割を果たす。


 ここで重要なのは、人格形成は人の記憶に由来するのが大半であり、心が魂から記憶を読み取るという二点である。


 今リアナの身体に宿っている魂は月からの分け御魂ではあるが、その四分の三は同時にリアナの心が九年間刻んできた記憶も保持しているのである。


 また彼女が時に十三歳以前の記憶に関して曖昧さを見せていたのもこれで納得できた。


 そのため、私はリアナの心を取り戻すことを最優先事項として行動を開始することにした。






 まず初めに私は地堕都市にて『王の瞳』を片方手に入れた。


 『王の瞳』は左と右の対で一つとなっているが、それぞれが持つ特性は異なっている。


 左眼は月の象徴と分離の理を宿しており、反対に右眼は太陽の象徴と調和の理を宿している。


 どうやら『王の瞳(左)』が持つ魔力は『月の鍵』と同質のようだ。


 この分だと恐らく『王の瞳(右)』が持つ魔力は『太陽の指輪』と同質なのだろう。


 片方だけ手に入れたのは、二つを同時に私の身体に宿しては身が持たないと判断してのことだ。


 『王の瞳(左)』には『月の鍵』ほどではないが、月に宿る魂との経路が確かに構築されていることも後の検証で分かった。


 直接月に向かうことのできない私はその経路をどうにかして利用することを課題として研究に取り組んだ。






 それから二年と半年。


 私は『王の瞳(左)』を用いて月へと至る道を形成する理論を完成させた。


 終末世界の月が満月となる日、その経路を使って私はおそらくこの世界で初めて月へと赴き、リアナの心を取り戻すことに成功した。







 結果として私はリアナの心を取り戻し、その魂を『月の鍵』から解放させることかできたのだが、それで万事解決となるほどこの世界は甘くなかった。


 『月の鍵』は再び巡って次の継承者に娘のカヤナを選んだ。


 そして月で知ったこの世界の真実にどう立ち向かえばいいのか、今の私には分からない。









 いつか迎える『月人宿しの儀式』から娘のカヤナを守るため、『王の瞳(左)』を息子のアヤトに託して死にゆく不甲斐ない父親を許してほしい。




        アスラ=アルゴノート, 神無月 明日羅





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