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第31話, 不条理なこの世界へ





「やったか?」



竜化を解除して人の姿へと戻り、開口一番にフラグとしか思えないセリフを言ってしまった。


だが今のおれがノーリスクで出せる大技が先ほどの<咆煌>なのだ。


これが決定打にならなければおれとしては非常にまずい状況なのでそうボヤいてしまうのも許して欲しい。


そんなおれの心配は杞憂に終わったのか、影でできた十字架には終獣の巨体は見当たらず、代わりに一人の少女が磔にされていた。


少女の下へと近づき様子を確認する。


身体は痩せ細り顔はひどくやつれ、まるで生気を感じることができない。


死んでいるようにも見えるが微かに息をしているので生きてはいるのだろう。


生成色きなりいろの髪に白い肌、人の身体に動物の耳と尻尾を生やしているということは獣人なのだろうか。


けれども何よりおれの目を引いたのはその胸に埋め込まれた一つの蒼い宝石だった。



「人柱………」



終獣。


それは破滅の権化。


もしくは苦痛、憎悪、怨嗟、悲哀、嫉妬など、おどろおどろしい人の醜さの成れ果て。


天上世界から流れ込んだ負の感情、マリウスの言葉を借りるなら穢れが一定量満ちた段階で、それは人が本能的に抱え込む獣の形を取る。


一度生まれ落ちたなら朽ちるまで破壊を続ける手のつけられない化け物。


しかし逆に言えば人の負の感情を一点に集約することができる清浄装置。


獣を躾け、飼い慣らすことができたのなら都市の統治に役立ち、さらには万軍に匹敵する戦力ともなる。


そうした欲に駆られた為政者が都市の秩序と平和を守るという大義名分のもとに、呪い子や特異な力を持つ子供を穢れを請け負う生贄として捧げた。


だが人柱という依代を得た終獣はあまりにも強大すぎた。


人柱持ちの終獣を生み出した都市は例外なく滅び去ることになったという。


オリシディアもそうして捧げられた生贄の一人だったそうだ。


彼女はおれの父と母によってその穢れから解放され、そして救われた。


けれども目の前の少女はまだ誰にも救われていない。


ならば…




おれが蒼い宝石に手を伸ばそうとしたところ、その手を止めざるを得なくなる。



「…何のつもりだ?」



背後から細剣を突きつけてきたマリウスに対しておれは極めて冷静に問いかける。



「それはこちらのセリフです竜皇子殿。何をされるおつもりですか?」


「この子を救う」


「不可能です」


「前例ならある」


「いえ、オリシディアとは訳が違います。この少女は穢れと完全に同化しきっている。殺して楽にして差し上げるのがせめてもの情けかと」



!…こいつはオリシディアの事情を知っている?



「………それでも救うとおれは決めたんだ」


「話になりません。なら私が手を下して差し上げましょう」



神速ともいえる速さで突き出された細剣に対しておれは瞬時に振り返り、召喚した短剣で持って受け流そうと刃を振るう。


完全に受け流したと思えたマリウスの細剣は、おれの後ろにいる少女の腕をほんの僅かだけ傷つけてしまった。


そしてそれは最悪の結果に繋がることとなる。



「アアアアアアァァァ!!!!!」



少女の口からおぞましいほどの絶叫が漏れるとともに、蒼い宝石から黒い濁りが一気に溢れ出した。



「くっ…」


「ちっ…」



全方位を覆い尽くすように濁流の如く襲ってきた濁りを避けることはできず、瞬時に全方位に障壁を張っておれとマリウスはあっという間に飲み込まれていった。




気がつくと周囲一面黒い濁りで形成された場所に立っていた。壁面は生き物の体内のように脈動してひどく気味が悪い。


マリウスのやつとは離れ離れになってしまったようだ。



ーポツリ…



不意に何か液体のようなものが一滴、おれの手の甲に落ちてきた。


その瞬間、


『’&%&%$%”&’”W &#&’””(‘&#’”(‘#(‘$Y &#’#&’”(!’(‘”!(‘#(!’#&(!DRC&’C%#!#’D ($”&!%’C&(&)%”!!(#%!)”’%%’)%”)%#!%”’’RECF )!R #’) !’$%’&(‘0#(=(’E&D %ETD』



「あ…がっ………!!!」



言葉にできないほどの人の狂気がおれの脳内を埋め尽くしてきた。あまりの狂気に錯乱に陥りそうになる。


上を確認すると障壁を張っているにも関わらず、濁りがその隙間から這うように滲み出て来ていた。


まずい…


あれだけの量の濁りに触れてしまえば途轍もない狂気に呑まれて自我を保てなくなってしまう。


その先に待ち受ける運命は人柱の少女と同じものだろう。


(<竜化>はさっき使ってしまったからもう少しクールタイムが必要、<部分竜化>やウェル姉の『魂の刻証』じゃ多分威力が足りない………おれの『魂の刻証』を使うか?いやでもあれは…)


限られた時間の中で必死に対応策を練るも芳しい策が出てこない。


(くそっ、こうなりゃ無理矢理にでも<竜化>するしかないか)


クールタイムを無視しての<竜化>は身体への負担が大きなものとなるが、不安定なおれの『魂の刻証』よりは幾分かましだろう。



「『始竜よ 其の貴き姿を 彼の威光溢れる御身を…』」


「………コ……ッチ……」



どこからともなく聞こえた擦れるような呼び声。咄嗟に<竜化>の呪文を<部分竜化>の呪文へと変える。



「『…今ここに一部再編せん <部分竜化>』」



人の身に竜の形質を宿した、まさしく竜人と呼べる存在へと成る。そのまま白藍色の魔力を高め、壁のある方向に向けて右手を掲げる。



「『<咆煌>』」



収束して放たれた一条の極光が壁を跡形もなく消滅させ、できた穴へと飛び込む。


依然として障壁の隙間から滲み出てくる濁りの狂気に晒されながら駆け出した先で、先ほどの体内のように肉質のある空間ではなく、濁りが硬質化したような石でできた小さな部屋へと辿り着いた。



「ここは…?」



その答えは目の前に映し出された光景を見てすぐに理解できた。



「なるほど、人柱の格納スペースってわけだ」



少女の胸に埋め込まれた蒼い宝石は少女を侵食するように広がり、さらには地面と天井に伸びた濁りの結晶体が少女の身体を縛り付けることによって繋ぎ止められている。



「………タス…ケ…テ……………タス…ケ…テ……………タス…ケ…テ……………」



虚な目でうわ言のように何度も助けを懇願する少女を前にどこに向けるべきか分からない怒りがふつふつと湧いて来た。



「今助けてやるからな」



少女の下へと近づき、竜の膂力でもって天井と地面から引きずり下ろす。怒りのせいか濁りに触れても狂気に呑まれることはなかった。



「あとはこの胸の宝石だよな」



むしろ少女と同化するように全身を蝕んでいるこれこそが少女を苦しめている元凶なのだ。早く取り除いてあげなければ。



「………ア…アア……」


「待ってろ、もう少しの辛抱だからな」



そう言っておれは胸元にかかっている翠色の宝石を手に取って願う。


(ウェル姉、この子を救うために力を貸してくれ)



「『<同調>=舞姫の燐華:<凍朽>』」



生み出した白藍色の花びらを少女の身体を蝕んでいる蒼い宝石にそっと纏わり付かせる。


人差し指で軽く触れると氷の華が咲き乱れ、そしてガラスが割れるように砕け散った。


後には苦悩から解放されて穏やかな寝息を立てる少女だけがいた。



「良かった、成功した…」



だが安心しきるにはまだ早かったらしい。硬質化していた部屋の濁りが再び液体へと戻り、おれと少女を取り込もうとウネウネと動き始めた。


羽織っているローブを脱いで少女の身体を包み、そっと抱き上げる。


(もう出し惜しみはなしだな…)


今持ちうる残りの竜の力を全て凝縮した一撃を右手に込める。



「『始竜よ 其の巨躯に宿りし 天命を焦がし 灼炎によりて 万物を泡沫に帰さん <咆煌>』」



放たれた極光が濁りを穿ち、大きな風穴を空ける。その先からは月の光が差し込んでいた。



「『風よ 纏われ <疾風> <共鳴>』!」



竜の力を使い果たしたために<竜化>が解除されたので急ぎ速度上昇の付与を自分にかける。



「『<六花>』!」



結晶の盾で足跡の足場を形成し、その上を跳び駆けていく。濁りが逃げ出そうとするおれたちを捕らえようと行く手を阻むがその全てを流れるように回避してついには外に出ることができた。



「よしっ!」



けれども抜け出した先に待ち受けた光景は筆舌し難い異様さであった。



「街が…」



竜の都は全て液状化した黒い濁りに呑み込まれて今や見る影もない。さらに濁りは止まることを知らず、都に張られた結界をも抜け出そうとその勢力拡大の勢いを増している。



「何だよこれ…」


「だから言ったでしょう。その少女を助けることは不可能だと」



いつの間にかおれの横には呑まれていく街を何の感情もないような瞳で眺めるマリウスが立っていた。



「オリシディア、彼女の場合は完全に穢れと同化しきっていなかったために、その身に受け負った穢れもまだ押さえ込める範囲でした。けれどもその少女は違う。穢れと完全に同化したために、天上世界から際限なく穢れが流れ込む器として完成されているのです」


「………」



黙り続けるおれに対して、マリウスは大人が子供に悟らせるように語り続ける。



「今その少女は穢れから一時的に解放されているようですが、天上世界から流れ込む穢れが再度侵食して器に溜まり、人柱に戻るのも時間の問題でしょう。ならば苦しまないうちに楽に殺して差し上げるのが優しさだとは思いませんか?」


「………」


「その少女を殺せば、その少女が受け負っていた穢れは浄化されて消滅します。殺さなければ終末世界も天上世界も、目の前で増殖し続けている穢れに呑み込まれて無に帰すでしょうね」


「…そうか」


「理解したのでしたら早くその少女を…」



<六花>の盾を並べた場に少女をそっと横たわらせる。


そんなおれの不思議な行動にマリウスは言葉を詰まらせる。



「何をしておられるので?」


「いいかマリウス、よく聞け。おれは救われない誰かが助けを求めれば自分の力が及ぶ範囲で必ず手を差し伸べるし、見捨てたりなんて絶対しない。そしてその人の心も含めて全て救ってやる」


「そんなの人の身に余るただの夢物語ですよ。世界は存在するだけで不条理に苦しめられる人で溢れているのですから」


「それを嫌というほど身に染みて理解してるからこそだ」


「ただの自己満足、偽善にしか聞こえないのですが?」


「そうだな、おれがそんな世界の在り方を許せないから自分勝手に刃向かっているだけだ」


「………けれども不条理とはどう足掻いても覆らないからこそ不条理と呼ぶのです。それをあなた一人の手でどうにかできるわけ…」


「ならおれが今この場で、この少女と…そしてお前を不条理から救い出して証明してやる」




おれは覚悟を決めて自然体となって全身の力を抜く。


そして焦らず慌てず、制御を見誤らぬよう細心の注意を払って莫大な魔力を高めていく。


目の前で横たわっている少女は先ほどの安らいだ顔が今は少し苦悶の表情で歪んでいた。


(もう少しだからな…)


いつの間にかおれの左眼には、今までで一番鮮やかな白銀の紋様が毅然と浮かんでいた。


そして求める結果とは裏腹にひどく端的な式句を告げる。




「『竜皇子の覇城:<破軍>』」




ーシャンッ


神楽鈴の音がどこからともなく場に鳴り響く。


『アヤト』の魂の奥底に刻まれた情報が実体を伴って白銀の魔力により描かれていく。




-シャンッ


土塁、塀、外壁、瓦、天守閣、立体魔法陣で構築された壮麗かつ白銀色で彩られた城が瞬く間に顕出していくが、その装飾は以前とは変わっていた。


そして今顕現している城は心を、魂をざわめかせるような郷愁を感じさせられる。


この短期間で何か自分の中に変化が生じたのだろうか?




ーシャンッ


三度目の神楽鈴の音。


気づけば手元には一本の刀が収まっていた。


鍔もなければ銘さえない、見事な反りを持つ流麗な白銀刀。


刀として働くには不完全な出来かもしれない。


けれどもどこか懐かしく、得も言えぬ高揚感を覚えた。


手に、身体に、心に、魂にしっくりと馴染むそれに導かれるまま一つの構えを取る。




「『<循環ル・カ>』」





少女とマリウスの運命の行方は如何に…。

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