第30話, 光と影
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おれの魔力は元々青白い色合いをしていた。カヤナもウェル姉も、綺麗な色だとよく褒めてくれたものだ。
だが5年前のあの日から、おれの魔力はその色を次第に変えていった。
シディアの下で修行を続けていく中で、青白い魔力はいつの間にか白藍色となっていた。
魔力は魂から生じるという。
ならばウェル姉を失い、カヤナを失い、そして自分自身を見つめ直すことで、おれの魂の在り方に変化が生まれたからなのかもしれない。
別にそれだけなら問題はなかった。
ただ竜魔法と『魂の刻証』を行使する時にはいつもおれのものとは違う、白銀色をした魔力が混ざっていた。
カヤナを追い詰めた『月の鍵』の魔力とどことなく似ていたから、おれはその白銀の魔力が嫌いだった。
左眼に白銀の粒子で形取られた神秘的な紋様がはっきりと浮かぶ。その紋様から発せられる魔力は間違いなく、『月の鍵』の魔力と同種のものになっていた。
「『<同調>=舞姫の燐華:<翡>』」
短剣を一本手元に召喚して、剣先を左眼に合わせて振りかぶる。
短剣はおれの左眼を深々と突き刺し、もはや視覚としての機能を未来永劫失う………はずであった。
しかしながら目に映るのはそんな光景ではなく、目を串刺しにしたはずの短剣が紋様に触れたところまで、問答無用で跡形もなく消滅させられていた。
それどころか紋様は先程よりも大きく、輝きも増しているように感じられる。
刃を失った短剣は投げ捨て、次の手を講じる。
「『始竜よ 其の貴き姿を 彼の威光溢れる御身を 今ここに一部再編せん <部分竜化>』」
右手だけを竜の手に作り変え、紋様を引き裂こうと鋭利な爪で狙いを定める。
「無駄ですよ竜皇子殿」
爪を振りかぶり、紋様に触れるか触れないかの寸前、おれの竜の手は何者かに引き止められた。
その手を差し出した相手はまるで見覚えがなかった。
視線の先にいたのは、自分と同い年ぐらいの色白で黒髪の青年。端正な顔立ちで、前世の美的感覚で表現するのならいわゆるイケメンという部類だ。それもかなりトップクラスの。服装は丁寧に仕立てられており、彼の立ち振る舞いと相まってどこかの大商家か貴族の息子と言われても納得できる。
だが何よりも特徴的なのは、光は灯っていないが曇りのない綺麗な紅い色をした切れ長の目だ。同性でありながらどこか人を惹きつける魅力を感じさせられた。
「誰だお前?」
「誰だと思います?」
「…答えたくないなら無理に聞こうとは思わないが」
「あなたと同じくその瞳に魅入られたものですよ」
そう言い放った青年の右眼には、おれの左眼に浮かぶ白銀の紋様とひどく酷似した黄金の紋様が煌めいていた。
そしてそんな瞳を持つものなど、おれはこの世で一人しか知らない。
「『<同調>=舞姫の燐華:<六花>』」
雪の結晶を模した盾を瞬時に数百と展開して、目の前の青年と大きく距離を取る。
「悪魔がわざわざこんなところまで来て何の用だ、マリウス?」
「お久しぶりでございます。竜皇子殿におかれましてもお元気そうで何より。そろそろあなた様にお目にかかるべき時期だと思いましたので、恐縮ながら馳せ参じました」
「お前は仲間の悪魔に殺されたもんだと思っていたが?」
「フフ、二千年も生きていれば奥の手など幾らでも用意しておりますよ」
「また随分と若返ったもんだな」
「そちらはあの頃よりも幾分か成長したようで」
「試してみるか?」
竜の右手を構えて挑発をかけてみる。だがマリウスはそんな安い挑発には乗らず、極めて冷静な態度で対応してくる。
「いえ、よしておきましょう。今日の本題は別に用意しておりますし、今のこの身体では竜皇子殿相手にはほんの少しだけ心許ないかもしれません。時間があれば軽く手合わせをするくらいが良いかもしれませんね」
少しだけ心許ない…ね。
今の自分がどれほど強くなったか知るための指標としてマリウスと手合わせをしてみたかったが、今は対話をするのがベストだろう。
カヤナの持つ『月の鍵』の手がかりを追うためにも、この瞳のことについても、この様子だとおれよりマリウスの方が余程詳しいはずだ。それに五年前のことについて、おれもマリウスに聞いておきたいことがある。
「じゃあ早速本題から入ってくれ」
「あなた様にはこの世界の神になってほしいと思っております」
冗談などではなく、極めて真面目な顔でマリウスは告げる。そしておれもそれを理解しているから先を促す。
「…もちろん詳しく説明してくれるんだよな?」
「それはもちろん。あなた様が納得するまで、いくらでもお話ししますよ」
「なら聞こう」
「あまり驚かれないのですね?」
「おれなりに仮説は立てているからな。神になれ、という話なら想定範囲内だ。お前の目的は知らないけどな」
「その仮説とやらをお聞きしても?」
「神になる条件は前にも言っていた通り『月の鍵』『太陽の指輪』『王の瞳』の三つを揃えること。『太陽の指輪』の所有者は知らないが、『月の鍵』の所有者は今のところ妹であるカヤナ、そして『王の瞳』の所有者はおれとマリウスの二人だ。おれが左眼、マリウスが右眼を所持していて、魔力の波長を見る限りおれの瞳は『月の鍵』と、マリウスの瞳は多分『太陽の指輪』と呼応しているんじゃないか?そして新たな神はその四人の所持者ないしおれたち二人の中から選ばれるものだと推測したんだが?」
手を軽くパチパチと叩くことでおれの仮説が正しいことをマリウスは示す。
「正解も正解、大正解ですよ。よもやそこまで考察が進んでいるとは、説明する手間が省けて大変助かります」
「それで、ここからが本題だろ?」
重苦しい雰囲気を纏い、マリウスは語り始める。
「この世界はかつて、神々の楽園でした。自然豊かで四季折々、都に住う人々は皆笑顔で手を取り合い、穢れが一つもない清浄とした理想郷。けれども、そんな世界は現実世界から侵攻してきた天使と悪魔によって完膚なきまでに壊され尽くされました。そして再構築された世界は多くの穢れで満ちていた。人々の苦痛、憎悪、怨嗟、悲哀で溢れかえってしまったこの世界を私は根底から覆したい。そのために、あなた様の力を借りたいのです」
嘘は言っていない。
けれども真実を述べているわけではない。
五年前に垣間見えたマリウスの心の内は、そんな生易しいものではなかった。
どうにもままならない不甲斐なさと自らの無力感に打ちのめされて生き続ける日々。
彼の生きた年数を考えるとおそらく二千年ほどは経っている。
心は擦り切れ形骸化し、唯一手元に残った希望を手に亡霊のように彷徨っている。
おれも、僅かな愛に救われなければきっとマリウスと同じ道を辿っていたのだろう。
だからこそ。
だからこそ、その心を元に戻してあげたいと思うのは傲慢だろうか?
「…残念だけれど、おれはお前のことを完全には信用できていない。その心の奥底を今のおれならこの瞳で覗くことも容易いだろうが、おれはお前の口から本音を聞きたい」
おれの言葉にマリウスには心当たりがあるのだろう。だがここでおれは問いかけるのをやめたりはしない。
「お前は、何のために、誰のために戦う?」
「………」
おれの問いかけにマリウスが答えることはなく沈黙が生まれる。だがその沈黙はすぐに異様な叫び声によって遮られた。
「PYGYAAAAA!!!!!」
突如として出現した異形によって白い三日月が隠され、おれとマリウスがいる天守閣に影が落とされる。
(あれは鳥…朱雀か?)
「なぜフェニックスの終獣がこんなところに?」
マリウスはそう小さく呟いていた。
なるほど、確かに言われてみると空想上のフェニックスに似通った形をしている。
ただ問題はそこではない。
おれとマリウスの前に現れた鳥型の終獣はともすればオリシディアに差し迫る存在感を放っていた。
どちらにせよ手を抜いて戦える相手ではなさそうだ。
「PYGYAAAAA!!!!!」
フェニックスはもう一度耳を塞ぐたくなるような咆哮をあげるとともに、大きくその翼をはためかせる。
「マリウス!」
「分かっています」
翼のはためきとともに放たれた、散弾のような羽根の雨がおれとマリウス目がけて襲いかかってくる。
「『<六花>』」
「『<黒星>』」
おれは<六花>による盾で羽根を受け止め、マリウスは詠唱を省略した<黒星>によって拳ほどの黒の球体が羽根を際限なく飲み込んでいく。
終獣は自分の攻撃が無効化されていることに気づくと、今度はその大きな巨体でもって仕掛けてきた。
鎖のような三本に分かれた尻尾を鞭のようにしならせて横から天守閣ごと薙ぎ払ってくる。
おれは天守閣を飛び出し、盾である<六花>を足下に集束して即席の足場を形成する。
完全な竜化状態でないと空を飛べない故の手だ。
そんなおれと違ってマリウスの方は流石というべきか、空中を浮遊しながら既に次の一手へと入っている。
『地よ 圧えろ <重楔> <四連>』
爆発的にされど静謐に高められた魔力が四つの巨大な球体を上空に形作り、人工的な重力場が終獣を地へと引きずり落とす。
「『<同調>=舞姫の燐華:<翡翠>』」
その隙を見逃さず、おれは二本の長剣を携えて天守閣を飛び出し、終獣の左翼を斬りつけていく。
「Gyauu!!!」
切り口から終獣特有の青い血が噴き出すとともに悲鳴らしき鳴き声が洩れた。
「もう一発っ!」
そのまま追撃を試みるも、傷口から溢れ出した禍々しい泥のような黒い濁りによって行く手を遮られる。
そして黒い濁りは切りつけた傷を覆い始め、その傷を完全に癒していく。
「再生するのか」
完全に傷を回復させた終獣はその身を円を描くように捩らせ、重力の拘束から抜け出すとともに尻尾による牽制を交えられ、おれとマリウスは距離をとることを余儀なくされる。
「マリウス!もう一度拘束をっ!」
「端からそのつもりです『地よ…』」
マリウスはその言葉通り呪文を唱えようとするも、今度はそれよりも早く終獣が動き始めた。
「Phaaaaaaa!!!!!」
口ばしの先に巨大な火球を生み出しこちらへ目掛けて放ってくる。
「ちっ」
詠唱に入っているマリウスの邪魔をさせないために前へと躍り出て火球を受け止める。
(ーッ…ノータイムでこの威力かよっ!)
「『…圧えろ <重楔> <四連>』」
完成した重力場を生み出す球体が終獣の頭上に再度展開されるも、そう上手く事は運ばないらしい。
頭上の球体に対して障壁が展開され、終獣は地に落ちることなく空を漂っている。
「『風よ 我が意に従い 敵を穿て <風刃>』」
目の前の火球をX字を描くように切り裂き、そのまま風の斬撃が終獣の胸を斬りつける。
だが決定打には程遠い。
黒い濁りが見る見る内に傷を無かったものにしてしまう。
生半可な攻撃ならば再生されてしまう。
ならば再生が追いつかない攻撃をぶち込むまで。
二本の長剣を手離し、暴走状態まで魔力を問答無用に高めていく。
「『始竜よ 其の貴き姿を 彼の威光溢れる御身を 今ここに再編せん <竜化>』」
世界が霞むほど眩い白銀の光に包まれ、その先に顕現したのはいつか戦場を縦横無尽に駆けた一匹の銀竜を彷彿とさせる姿。
全身が美しい白銀の鱗で覆われ、夜しか訪れない終末世界にもう一つの月が生まれたかのようであった。
相対する終獣はその圧倒的なまでの存在感に危機を覚えたのか、思わず身を引いてしまう。
破滅の権化たる自分自身がそのような行動をとってしまっていることに驚きを、そして何より恐怖を隠しきれなかった。
終獣は自らが恐怖を感じていることを認めた途端、身を翻して一目散に空へと逃げていく。
だが逃亡は叶わない。
「『闇よ 貫き通せ <影架>』」
そんな終獣に対して、死角から放たれた十字架を模した影が終獣をその場に縫いとめて磔にする。
その様はこれから処刑される罪人のそれか。
ならばさしずめおれは処刑の執行人というところだろう。
体内に滾る熱を極限まで凝縮し、口先で一気に解放する。
<咆煌>
白藍色の極光が終獣をいとも容易く呑み込み、その勢いは衰えることなく空の彼方へと伸びていった。




