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第3話, 目覚め





 カーテンの隙間から射し込む朝日に照らされて目を覚ます。


 廊下の壁をコンコンとリズミカルに叩きながら、軽い足取りでこの部屋に向かってくる音が聞こえてくる。


 目にかかりそうな長い銀髪をかき分けながら未だに成長途中の身体を起こし、窓を開けると春を感じさせる優しい香りが鼻をくすぐった。


 この世界に来て今日でちょうど2年間、ようやくこの身体とここでの生活に慣れてきたと思う。



〜〜〜



 2年前、ゆっくり目を覚ますとそこに映る景色は知らない木の天井だった。


 そしてまず身体に違和感を感じる。


 軽いのだ、異様に。


 とび起きてみるとすぐに自分の身体が小さくなっていることが分かった。


(は?は?何これどーなってんの?)


 途端に額に激痛が走る。



「…っ痛い」



 額に軽く手で触れてみる。どうやら頭に包帯が巻かれてるようだ。


 頭に怪我なんてしたっけな?


 覚えのない傷に困惑しつつ自分が目覚めた場所を見渡してみると、その光景には困惑せざるを得なかった。


 カンテラのやわらかな光に照らされた木目調の質素な部屋、そしておれの膝下では淡い翠色の長い髪をゆったりと流した女性が俯せで寄りかかっている。



ーパタパタパタ…



 暗くてよく見えないが、外は大雨なのか窓に打ちつける雨粒の音が、物静かな部屋に明瞭に響く。



(…えっと、ちょっと待って…一旦落ち着こう、そうしよう)



「スゥー…ハァー、スゥー…ハァー、スゥー…ハァァァーーー」



(よしよし落ち着いてきた、落ち着いてきた…って落ち着けるか!何これ何この状況?!………リアルな夢…じゃないよな?)



 軽く手の甲をつねってみる。



(うん痛い…てことは夢じゃない、…夢じゃない…のか?見たこともない装飾の木製の家具に現代ではまず使われていないであろうカンテラ、翠色の髪を持った女性に、極め付けは小さくなったこの身体。本当に現実…なんだよな?)



 今度は爪をたてて手の甲をつねるもやはり痛みがある。目の前のリアルに脳の処理が追いつかない。もはや理解不能すぎてショート寸前である。


 自分はつい先ほどまで学校帰りに家の近くの神社へと向かっていた…はずだ。


 確か誰かと待ち合わせの約束をしていてそれから、、、


 黄昏時の夕闇の中、心地良い風に吹かれ浮世離れした雰囲気に浸りつつ、本殿に続く階段を登っていたはずなのだが…



(うーん、何があったか思い出せそうで思い出せない…)



「うん…、ふぁぁ」



 何があったのか思い出そうと一人でうんうん唸っていると、不意に女性が間延びした声を出しながら身体を起こした。



「うわっ」



 咄嗟のことで少し身構えてしまう。


 女性はとても整った顔立ちをしていた。有り体に言って美人だ。ただ日本人よりの顔の造形にも関わらず翠色の髪に蒼い目というのには違和感を感じざるを得ない。


 寝ぼけた眼をこちらに向けてくる、と思っていたら途端に眼を見開いてこちらに詰め寄る。



「アヤトくん!!!大丈夫⁈意識はしっかりしてる?」


「え?!えっと…あっはい、大丈夫…です」



 凄まじい剣幕に少し身を引きつつそう答える。


 この世界で初めてコンタクトを取る人だ。先の見通しがつかないこの状況で頼ることができるかもしれない人だから失礼の無いようにしなければ。


 あれ、そういえばなんでこの人おれの名前を知ってるんだろう?



「です?」



 細かいことは気にせず置いておいて今は会話に集中することにする。



「あの、あなたが僕を助けてくれたんですか?」



 そう質問すると、女性は相手を案じるような…そして絶望しそうな表情をこちらに向けてくる。


 …何か間違えただろうか?


 あまりいい流れではないがここは相手をしっかり見据えて正直に話すしかない。



「…もしかして私のことが分からないの?」


「えっとはい、お会いするのは初めてだと思うのですが。…あとそもそも、なぜ自分がここにいるのか、今までここで何をしていたのかも思い出せないです」



 女性は鼻と鼻が触れそうなほどに顔を近づけ、蒼い瞳でこちらの瞳を覗き込んでくる。


 心の奥底まで見透かされるような、そんな気分になった。


 そして彼女の表情がより一層悲痛なものへと変わったのも分かった。



「そんな…。ごめんね…私のせいで…もっと早くに助けてあげられれば…ごめんね…」



 僕の手を強く握りしめながら、彼女は肩を震わせ涙ながらに何度も謝罪してきた。


 何が何だかおれには分からない。


 ただその謝罪は僕に向けられたものではないと直感的に感じ取っていた。




 謝罪が止み、ひとしきり呼吸が落ち着いたところでこちらから話を切り出す。



「あの、それであなたは一体?それとここはどこなんですか?」



 彼女は涙を拭いながらしっかりとした姿勢でこちらを見据えてくれる。



「私…はウェルシア、ウェルシア=テラストよ。私のことは前みたいにウェル姉って呼んでほしいかな。君が3歳の時から、君と君の妹の面倒を見てるわ。そしてここは樹都から少し離れた浮天島にある私の家の中よ」



 よく分からない単語が出てきたが今はスルーだ。今はこの身体の持ち主について知ることが先決だろう。その上でこれからの身の振り方を考えなければ。



「じゃあ、ウェル姉…さんは僕の育ての親なんですね。あと僕に妹もいるんですか?」


「さんは要らないわよ。アヤトくんは自分のことだけじゃなくて、妹のカヤナちゃんのことも覚えてないの?」


「カヤナ…そうですね。自分の名前が『あやと』だってことしか覚えてないです」



 前の世界での名前とこちらの世界での名前が一致しているのは偶然なのだろうか。



「そう…なのね…。うん、そっかそっか………っよし、忘れてしまったのは仕方ないし、とりあえず今は額の怪我を早く治さないとね。どうする?今は夜中だけど何か食べられそう?」


「いえ、気遣いは有り難いのですがまだ食欲はないですね。もう少し横になっていようと思います」


「そう、なら私も少し休むわね。ちょっと疲れちゃった。何かあったらすぐ呼ぶのよ」



 そう言って彼女は足早に部屋を出て行こうとする。離れていく彼女の背中を咄嗟に呼び止めて声をかける。



「あ、あの!助けてくださって、ありがとうございました。その、まだちゃんとお礼を言えてなかったので…」



 ドアの手前、彼女は寂しそうな笑顔で振り返り答えた。



「ううん、家族なんだから当然よ。じゃ、おやすみなさいね」


「はい、おやすみなさい」



 ドアが閉まってすぐに聞こえてきた嗚咽混じりの泣き声。

 

 心を締め付けられながらも、何もできない自分に歯がゆさを感じ、やりきれない思いを背中越しにベッドにぶつけながら横になる。




 天井を見つめ一人考える。


 なぜ自分はここにいるのか。


 元いた世界で自分はどうなっているのか。


 …この身体の本来の持ち主であるはずの『アヤト』はどこに行ってしまったのか。



答えの出ない疑問が浮かんでは消えていくのを繰り返すうちに、おれの意識はまたまどろみへと引き戻され、この日は眠りについたのだった。


〜〜〜





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