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第29話, 『アヤト』の故郷





結界が割れた先に広がっていた世界はひどく凄惨なものだった。


建物は瓦解してその残骸を撒き散らし、道は何かに抉られたのか爪痕のような傷が遠方まで続き、所々には頭や胸、肩などを剣や矢で貫かれ白骨化した遺体が投げ捨てられるように散らばっていた。



(十一年前の戦争の痕か………)



一歩進む度に足元では軽く砂埃がまい、肺に取り込む空気は冬の夜明け前のように冷たく乾いている。


最早道とは呼べない通りを踏み越え、進み続けた先には奇妙な光景が広がっていた。



(?…先がない?)



単なる行き止まりではない。前方に続く道がポッカリと途絶えているのだ。そこから先はまるで世界から抜き取られたようにただただ白かった。



(なるほど、空間が完全に断絶してるのか)



これが結界か防壁の一種ならば先ほどと同じく『<凍朽>』でその機能を停止させてしまえばそれで済む話なのだが、空間が断絶しているとなるとそもそも機能を停止させる対象がない。



(この先が都市中心部に続くのだとしたら誰も入れないし出られない構造になるよな)



そうなるとこの空間断絶は欠陥品以外の何ものでもない。であればどこかに必ず抜け道があるはずだ。



「さて、どうしたもんか」



とりあえず空間が途切れてる境目に沿って一周してみるというのが妥当であるが、歩いていくのは中々骨が折れそうだ。


ここは一気に<部分竜化>で駆け抜けるとしよう。



「『始竜よ 其の貴き姿を 彼の威光溢れる御身を 今ここに一部再編せん <部分竜化>』」



人の身体に竜の一部を顕現させるべく、白銀の粒子に包まれていく。



「なっ…!」



気づいた時には時既に遅し。<部分竜化>に反応を示すかのように目の前の白が膨張し、おれを容易く呑み込んでいった。






「っ………」



(中に入り込んだ?トリガーは…竜魔法か)



推測に過ぎないが、竜人の固有魔法である竜魔法を断絶空間の通過の条件にするというのは、防衛上確かに理にかなっている。


これならば竜人のみしか中に入ることのできない仕掛けのため、外敵が侵入する恐れは極端に低くなるだろう。




視界が開けた先には、どこか懐かしさを感じさせる寂れた古都の街並みが目に入り込んできた。


蛇行しながら続く石畳の路地の両端には、軒瓦と木材で組まれた二階屋が整然と並ぶ。建物に派手さはなく、漆喰で壁面を滑らかに整えられ、黒と茶色を基調とした質素さが際立っている。



「まるで京都だな。でもおかしいな…」



先ほどとは打って変わり、ここには戦争の火種が及んだ形跡が無い。人の気配は全くないにも関わらず、建物だけ無傷というのはどういうことであろうか?



「事情を知っている人に聞くのが一番早いけど、それができたら苦労しないよな」



自分以外に誰もいない路地裏の景観を楽しみながら進むことしばしば、大きな通りに出ると一際大きな存在感を放つ和風の巨城が目についた。


観光にきた気分になり、気の赴くままそちらを目的地に定める。


城に近づくに連れて奇妙な感覚に襲われ、城の入り口についた時点でそれは確信に変わっていた。



(あれ、来たことがある?)



門をくぐって庭園を抜け、知らないはずの城内を迷いなく進んで何かに導かれるまま天守閣へと向かう。




向かった先では台座の上に一振りの白い(・・)刀が飾られていた。


鍔がないために鞘と柄の区別はつかないが、流麗な反りを描くそれは間違いなく刀であろう。


神々しいまでの風格がただの業物ではないことを如実に語っている。



(何でこんなところに刀が?)



そんな他愛もない疑問を心に浮かべられたのもここまでだった。




ーシャンッ


神楽鈴の音が一度。



「ーッ…!」



左の眼球に激痛が走り、白銀の紋様が色濃く浮かび上がる。


五年前にマリウスと相対した時に発現してから、今日まで一度も発現しなかった紋様がなぜ今になって出てくるのか。


訳がわからない。




ーシャンッ


神楽鈴の音が二度。


白い刀は瞳の紋様に感化されるようにその色を白銀に染めていく。




ーシャンッ


神楽鈴の音が三度。


刹那、瞬きをすると白銀に染まった刀を手にこちらを睥睨する、全身白一色の影のように揺らめく人型の何かが目の前にいた。


久々に肌で感じる強者の圧に迷うことなく呪文を唱える。



「『<同調>=舞姫の燐華:<翡翠>』」



白藍色の魔力で構成された二本の長剣を手に取り臨戦態勢となる。


左眼の奥が疼くようにジンジンと痛むが我慢できないほどではない。対処は後回しだ。


負ける気はしないが目の前の相手を片手間に相手できる余裕を持てるほどの力量差は彼我にはないだろう。


白い影の姿がブレるとともに、背後から首筋を狙った斬撃が迫るのを空気のわずかな揺れで感じ取る。


ーガキィィィン…


右手に持った長剣を後ろに回し、刀を剣の腹で受ける。そのまま左足を一歩前に踏み出し、腰のひねりを利用して左手の長剣を横なぎに振るう。



(手応えがない?)



白い影を確実に捉えたはずのおれの斬撃はすり抜けるだけで、相手が傷を負うことはないようだ。


影はそのアドンバンテージを活かすように立ち回りながらおれにひたすら斬撃を繰り出してくる。


動き自体はおれの動体視力で充分対応できる範囲だからこちらが傷を負うことはないが、このままではいつまでも埒が明かない。


その暇のない攻撃を寸分の狂いもなく捌き切るのは予想以上に精神を疲弊させる。


おれの喉元を突いてこようとした刀を右手に持つ長剣で受け流すと同時に左手に魔力を収束させて呪文を唱える。



「『風よ 我が意に従い 敵を穿て <風刃>』」



膨大な魔力を人の身長分に凝縮した、風の刃を左手の長剣から斬撃と共に射出する。



(?!)



だがここで目を疑うような出来ごとが起きた。


風の刃は白い影に到達する前に跡形もなく消えてしまった。


それどころかその魔力が白い影の持つ白銀の刀に付与されているのだ。



(…<掌握>と同じ効果を発現させてるのか)



なぜ目の前の影がおれの編み出したオリジナルの式句を使えるのか全く分からない。


だがそんな疑問を考える暇も次の瞬間にはなくなった。


-ヒュッ…


眼前に迫ってきた鋭い斬撃をすんでのところで躱す。



(早っ…!)



先ほどの攻撃とは比べものにもならない速度に思わず焦りを見せてしまう。


白い影はその僅かな隙をものにして、おれの魔力を得てさらに勢いの増した猛攻を繰り出してくる。


焦りを沈め、残していた余裕の一部を消して本気で応対したところで剣撃の形勢は五分五分。


こちらの斬撃は全て無効化される上に魔法も吸収されてしまう以上長丁場は危険であろう。


ならば少々手荒にいくしかない。




剣技の打ち合いの中で剣を引き、頭上に僅かな隙をさらす。


白い影はその隙を逃さず真正面からの上段斬りを打ち込んできた。



(かかった…!)



斬撃が当たる直前に半身を引き、空振りに終わって振り下ろされた刀身を足の裏で地面に抑えつける。


白い影に攻撃を加えることはできない。


なら刀はどうか?


拘束から逃れようと白い影が刀身を柄ごと捻ろうとするも、それよりも早く右手の長剣を刀の腹へと撃ち込む。


ーバキィイイン…


刀は真っ二つに折れて片割れがおれの足元へと残っている。


刀が折れたことに僅かな動揺を見せた白い影はおれから大きく距離を取り、折れた刀身を鞘へとしまう。


すると足で抑えつけていたはずの折れた刀の一部が白銀の粒子となって白い影が持つ鞘へと吸い込まれていく。



(再生機能付きとか勘弁してくれよ…)



先ほどと同じように再度攻撃を繰り出してくると思って次手に備えて身構えるも、白い影は刀を鞘に納めたまま一寸も動こうとはしない。




ーシャランッ


四度目の神楽鈴の音。


白い影は忽然と何処にか消え、戦いの跡もまるっきり消えていた。


眼前には台座の上に飾られた白銀(・・)の刀が飾られているのみ。



「一体何だったんだ?」



訝しみながらも両手に持っていた長剣を解除し、目の前の刀を手に取ってみる。


すると刀は端から解けるように白銀の粒子となって未だ白銀の紋様が浮かぶおれの左眼へと吸い寄せられていき、最後には跡形もなくなっていった。





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