第28話, 新しい力とあっという間の旅路
白い三日月が世界を鈍く照らす光の下、荒涼とした白砂漠に一陣の疾風が吹き続ける。
よくよく目を凝らすとその疾風の先端にいるのは一人の青年であり、青年の向かう先が大都市の堕ちた跡であることも傍目からは一目瞭然である。
その疾風に纏わりつく黒い影。
自らの領地を踏み荒らされた終獣たちが疾風の行く手を阻もうと時折果敢に飛び込んでいくも、あえなく散り散りにされるのは何度目のことであろうか。
狼をモデルとしているのか、群れをなして行動して襲いかかってくるために、これまででゆうに百匹を超える狼を屠っている。自らの障害とはなり得ないが、あまりの襲撃の多さにそろそろ嫌気が差してくる頃だ。
「ほんと、何回目だよ」
そう独り言ちながら進むことさらに幾ばくか。
今度は目的地が見えているのにも関わらず、一向に縮まることのないその距離感に違和感を感じる。かなりの長い間走りつづけたというのに未だ距離感が縮まらないところを見ると、大都市の尋常でない大きさに感覚を狂わされているか、もしくは到達するのに何らかの条件を満たさなければならないのか。
そこまで考えを巡らせたところで、まずは前者の可能性を潰しにかかることにする。
「『始竜よ 其の貴き姿を 彼の威光溢れる御身を 今ここに一部再編せん <部分竜化>』」
手足が白銀の鱗で覆われていき、人の身体の一部が竜の手足に置き換わって尻尾も生えてくる。持続効率と速さを追求するなら<竜化>よりも<部分竜化>の方が勝手が良いとしての判断だ。
「よっと」
口から発せられた軽い掛け声とは対照的に、地面をヒビが入るのほどの力で蹴り込み、銀光の尾を引きながら音速をもゆうに超える速さで目的地へと向かう。
…やはりおかしい。
かれこれ15分ほどは走り続けているというのに一向に都市との距離が縮まる気配がしない。500kmほど移動したにも関わらず距離が縮まらないというのは些か不自然とみて間違いないだろう。
一度立ち止まって<部分竜化>を解除する。この先何と遭遇するかは未知のため、少しでも多く体力と魔力は温存しておきたいところだ。
(景色に見覚えはないし、ちゃんと前に進んではいる。けれど目的地にだけは近づけない、と)
確定している情報から現状を考察してみるがなにせ取っ掛かりが少ない。辺りを見渡してみるが、それといって代わり映えのしない砂漠が遠くまで続く限りだ。
(あれ?…襲ってこない?)
そういえば先ほどからひっきりなしに襲いかかってきていた終獣の姿が今は一つも見えなくなっている。彼らの支配領域に侵入しており、先ほどとは違って無防備な姿をこうも露骨に晒け出しているのに、だ。
(ここはもう終獣の支配領域外ってことか?ということは…)
ふと思い当たった可能性を確かめるべく、手もとに魔力を集める。
「『風よ 我が意に従い 顕界を調せ <風鈴>』」
手元に集めた魔力を、風鈴が音を響かせるように周囲へと波立たせる。すると見えている景色の中に透明で虹色の輝きを放った壁面が露わになった。
どうやら立方系の結界の中に閉じ込められたようである。幻惑系の魔法で対象者の知覚を狂わせる類のものだろう。
(ていうかこれ、ウェル姉が森に張ってた結界の一つと同種のものだ)
昔ウェル姉に詳しく聞いたことがある。
浮天島の外部には不法侵入を防ぐための結界が張られており、特に重要な施設や各都市機密の情報などを管理する都市中心部に近づくほど、外敵が侵入できないよう十重二十重と罠まじりの防壁を張り巡らせるのだとか。
他都市との戦争の際には島そのものが要塞として機能することからもそれは当然の帰結であろう。
(ということはつまり、順当に進んでいればここはもう竜嶺都市の外周に位置するってわけだ)
ウェル姉が森に張った結界はそんな樹立都市の都市中心部の結界よりも強固なんだと誇らしげに自慢してることなんかがあったな。
目の前の壁面を観察しながら昔のことを思い出して思わず笑みがこぼれる。
あとはこの結界を抜けることができれば問題ないわけであるが。
「まあいけそうだな」
胸元からウェル姉の魂が封じ込められた翡翠の宝石を取り出して、祈りを込めるように眼前へと構える。
「『<同調>=舞姫の燐華:<六花>』」
白藍色の無数の雪の結晶がきらびやかに辺りを舞い始める。さながらダイヤモンドのような輝きがあっという間に場を支配していく。
この5年間で手に入れた力はなにも竜魔法と『魂の刻証』だけではない。おれの天職である神秘術師としての力もそれなりに引き出せるようになった。
神秘術師、その本質を一言で表すのなら魂に干渉すること。魂に刻み込まれた記憶をモノではなく事象として形にする力。
<共鳴>や<掌握>、<同調>といったオリジナルの発動句がそれに類する。
今は<同調>によっておれの魂とウェル姉の魂を繋ぎ、おれの魂を介してウェル姉の魂から刻証を擬似的に引き出している状態だ。
念じることで結晶を結界の表面へと移動させてそのまま次の句を唱える。
「『<凍朽>』」
人差し指で壁面に触れると共に結界の壁一面に氷の華が咲き乱れ、そしてガラスのように砕け散った。




