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第27話, ここからもう一度





青藍色の魔力でできた楼閣が瓦解していく。


楼閣の崩壊と共に解除された結界の中には、代わりに簡素ながら荘厳な白銀の城が築かれていた。


その城を前に佇む影が二つ。


一方は青藍色の魔力を身に纏い、他方は白藍色の魔力を身に纏っている。


両者のぶつかり合う魔力が大気を震わせ、大地を揺らし、夜空を霞ませる。


どちらともなく行動を開始し、交えられるのは極限まで洗練された体術。


一見するとお互いに無手のように見えるが、その実彼らの手と足には名匠が鍛えた業物にも劣らない鋭利な爪が伸びていた。


<部分竜化>状態による、人の枠を超えた絶技と絶技のぶつかり合い。


技を一手繰り出す毎に双方の技の鋭さは増していくが、互いに傷を負う様子は微塵もない。


技を繰り出しながらも、示し合わせたかのように二人の竜人は同時に同じ呪文を唱え始める。



「「『始竜よ 其の巨躯に宿りし天命を焦がし 灼炎によりて 万物を泡沫に帰さん <咆煌>』」」



右手に収束した極光を突き出し、ゼロ距離で発射する。


青藍光と白藍光の衝突。


両者が拮抗したのはほんの一瞬。


白銀の城がその輝きを増し、城を覆う多重積層型魔法陣が回転し始めると共に白藍光が一際強く瞬き、青藍光を一気に呑み込んだ。


光が消えた先では黒曜石の如く、鈍い光沢のある肌を持った女性が全身に傷を負っていたが、女性は特に自分の怪我を気にすることもなく普段通り抑揚のない声で淡々と要件を告げる。



「お疲れ様でした。これで私の修行は終わりです」


「えっ、あっ、はい。ありがとうございました」



唐突に告げられた修行の終わり。


五年という歳月を修行に費やしたために、今終わったのだと言われててもいまいち実感が湧かない。


そう。日常を失い、絶望に打ちひしがれてから早五年の月日が経過したのだ。


前の世界なら高校一年生となる歳を迎えた。


改めて少年の身体つきから青年の身体つきへと発展途上の自分を見ると少し感慨深く感じられる。とても不思議な気分だ。


頑丈な骨格に強靭な筋肉、身長は前の身体の時よりも少し高いくらいだから172cmほどであろうか。小さかった手も大きくなり、顔つきも中性さが薄らいで少しだけ男らしい顔になった。


(この世界で、おれは確かに生きてる、生きてこられた…)


拳を軽く握り込みオリシディアの方へと顔を向ける。



「シディア、おれは強くなれましたか?」


五年の月日を共にしたこともあり、オリシディアのことをおれはシディアと愛称で呼ぶようになっていた。



「私と戦って無傷のあなたが言うセリフではないと思いますが、確かにあなたは強くなりましたよ」



事実を述べただけの純粋な評価。


でもその評価がおれには何にも勝るくらい嬉しいものだった。



「素の実力に関しては私と互角。そしてあなたの『魂の刻証』の前では、たとえ悪魔でも天使でもあなたに刃向かうことは難しいでしょう」



そう言っておれの後ろに顕現し続けている白銀の城に目を移す。細心の注意を払いながら、城との魔力の繋がりを断って『魂の刻証』を解除する。



「ですがあなたのそれはまだ不安定な上に、完全に制御することはこの上なく難しい代物です。必要を迫られた時以外には使わないことを夢々忘れないように」


「そうします」



この世界で上位者と渡り合うためには必須の術である『魂の刻証』。


この先何回使わなければならない機会に遭遇するのだろうか。


そんなおれの一抹の不安を感じ取ったのか、シディアは話題を変えてくれる。



「さて、今日の晩ご飯はお祝いにご馳走にしようと思いますが、何かリクエストはありますか?」



表情の変化には乏しくともこういうところでは気が利くからやりづらいと思ったり思わなかったり。



「子供っぽいですけど…オムライスが食べたいです」


「フワトロの?」


「フワトロの」


「分かりました。では身も心も私が最高のサービスで満たしてあげましょう」


「はいはい、とびきり美味しいのを作ってくれるんだね」


「その通りです」



微笑を浮かべて家へと戻るシディアの横に並んでついていく。その様は叔母と甥という一つの家族のあり方に思えた。




帰宅した後、先に洞窟の泉で身体の汗や汚れを落とし、全身をくまなく綺麗にしていく。食卓に戻るとそこにはフワトロのオムライスに加えてコーンスープ、ポテトサラダにローストビーフ、サーモンのムニエルまで用意されていた。



「うわっ、すごい豪華」


「実は昨日から仕込んでいました。特にオムライスのトマトソースはこだわり抜きましたよ」


「いつも思ってたんだけど、これだけの食材どこから仕入れてくるの?この世界じゃ手に入らないよね?」


「そんなの簡単ですよ」



そう言ってシディアは宙に指で円を描くと、そこから赤いリンゴがドサドサーッと落ちてくる。



「こうやって食材が勝手に落ちてきてるだけです」


「………その円の中ってどこに繋がってるの?」


「天上世界のどこかですね」


「自然のものとは思えないんだけど」


「それは天上世界のどこかのお店(・・)に繋がってますからね」


「アウトーーーッ!!!」


「どうしました?急に大きな声を出して」


「いやダメじゃん!泥棒じゃん!犯罪じゃん!」


「盗まれる方が悪いのですよ」


「いやいや何でそんな当然みたいな顔してるの?!」


「ふふ、冗談ですよ。ちゃんと代金は支払っていますから」


「はい?」



そう言ってシディアは手元に取り出した金貨を円の中へと投げ入れる。



「ほらね?これなら何も問題ありませんよ」


「………」


「さあ、冷めないうちに食べましょう」



呆気にとられているおれをシディアは椅子に座るよう促してくる。


全く心臓に悪い冗談だよ…




二人用にあつらえられたテーブルの前に腰掛け、姿勢を正して手を合わせる。



「「いただきます」」



好物ばかり並んだ食卓を前に、おれは手を休めることなくご飯を食べ進めていく。


シディアの作るオムライスは前世の母親や祖母が作ってくれた味に何となく似ているのだ。バターの香りがふわりと漂うフワトロの卵に、具沢山のチキンライス。懐かしい味に強く引き込まれる。


食事の手が一段落したところで、これからのことについて切り出すためにも会話を始めようと試みる。



「シディア」


「何でしょう?」


「オムライス凄く美味しい」


「それはよかったです」


「「………」」



沈黙。



「シディア」


「何でしょう?」


「楼閣の中にいた時間って外の世界だとどのくらいなの?」


「そうですね、大体一年と少しだと思います」


「「………」」



再びの沈黙。


お互いに口数の多い方ではないので自然とこうなってしまう。


こんな時こそいつもの意味深に聞こえるセリフを言ってくれたらいいのに。


こうなれば最初から本題を切り出すしかない。



「シディア、おれは竜嶺都市の跡地に行きたいと思います」


「………」


「そこになら、カヤナを救い出す手がかりが見つかるかもしれない」


「………」



シディアは無言のまま、サーバーから注いだ珈琲に口をつけている。



「でもあそこはシディアの支配領域の外だから、シディアは一緒には行けない…だよね?」



終獣には終末世界においてそれぞれ自分の支配領域があり、その領域に縛られているため他の領域に干渉することができない。竜嶺都市の跡地があるのはシディアの支配領域の端、両親とウェル姉の墓標から北西の遠く彼方に見えている。



「それにたとえ竜嶺都市で手がかりが見つからなくても、おれはそのまま天上世界に戻って旅に出ようと思っています」


「………」



シディアは表情も変えず、おれの言葉に反応を示すこともない。


ただこれだけは遅かれ早かれ彼女に告げなければいけない。


いつまでもこの場所で立ち止まっているわけにはいかないし、おれ自身が区切りをどこかでつけなければならない。



「今まで、お世話になりました」



椅子に座りながらも頭を下げて精一杯の感謝を伝える。


一度全てを失ったと思い込んでいたおれに残されたものを気付かせてくれ、そして本当の家族のように接してくれた感謝をシディアに。


そんなおれに対してシディアはようやく口を開いてくれた。



「出発はいつの予定ですか?」


「明日の朝には出発しようかと」


「分かりました。なら今晩はしっかりと休息を取りましょう」



その答えを聞いたおれは残りの夕食を噛み締めて味わいながら食べた。




次の日の朝、支度を終えたおれはシディアに書き置きを残し、出発の前に両親とウェル姉の墓の前へと足を運んでいた。


旅立つ前に墓前で一度手を合わせておきたかった。



…思えばここからおれの歩みが始まったのだ。


絶望に心を見失い、途切れかけていた糸をわずかな勇気で結び直して前を向けた。


前を向いたから、今度は進むための力を手に入れる努力ができた。


そしてそんなおれをシディアが誠心誠意支えてくれた。


黙祷を捧げていると隣に慣れ親しんだ気配がした。


目を開けると彼女も傍で両膝をついて黙祷を捧げていた。


黙祷を終えた彼女は居住まいを正してこちらに向き直る。



「あなたの帰る場所はここにあります。だから疲れてしまった時にはいつでも戻ってきてください」



おれには帰る場所がある…か。


その安心できる言葉に自然と笑みが溢れ、おれはその想いに応えるべく大きな声で返事をした。



「行ってきます!」



そう言い残しておれはシディアの支配領域の外へと踏み出す。



「行ってらっしゃい…気をつけて」



確かに聞こえたおれを送り出す言葉を胸に大切にしまい、閑散とした世界を駆け出した。


そうしておれの世界に刃向かう旅がようやく始まったのだった。





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