第24話, 先を見据えて
この物寂しい世界で意識を取り戻してから一週間ほど経過した。
その間おれは、ウェル姉を弔ってくれた彼女こと、オリシディアに治療を受けさせられていた。
オリシディア曰く外傷は完治しているが、おれの魂に絡みついた【悪魔の因子】?とやらが魂を侵食し始めているためにそれを取り除かなければならないという。
心当たりはない?と聞かれて悪魔であるマリウスの魔力で出来た短剣を、直接身体の内に取り込んだことを伝えたら無言の凄い圧を受け、二度とそんなことをしないよう約束させられた。
それからオリシディアの治療を受けるように迫られたという訳である。
まあ治療といっても一日の半分を目覚めた洞窟の泉で過ごし、残りの半分は魔力が尽きるまで魔法をぶっ放して最後にオリシディアの魔力を取り込むという中々の荒療治だったが。
どうやら人の魔力の源泉は、心臓と重なる位置に存在する魂であるらしく、【悪魔の因子】に汚染された魔力を全て吐き出して新鮮な魔力で満たすことで回復が望めるらしい。詳しい原理まできっちり説明されたが大筋は合っているはずだ。
そして治療の合間に、おれ自身の身に何があったのかを一通り彼女に伝え、逆におれは彼女にこの世界と彼女自身について色々と質問を投げかけた。
ここはどこに位置する場所なのか?
ここで何をしているのか?
なぜおれを助けてくれるのか?
オリシディアは一つずつ丁寧に答えてくれた。
まずこの世界はおれやカヤナ、ウェル姉が生活していた世界である天上世界、それと対をなす形で存在する終末世界というそうだ。
天上世界で滅んだ都市が行き着く墓場のような役割を受け持つのだという。
終末世界は天上世界と比べるとひどく物悲しい場所だ。
太陽が昇って夜明けを迎えることはなく、代わりに空には白い満月がずっと浮かんでいる。
満月が夜空を一周することで時間を区切っているそうだ。
まともな植物も動物も見当たらなければ、どこもかしこも岩場に白砂、あとは滅んだ都市の残骸が散らばっている。
もしこの世界を創り出した神なる存在がいるのなら、天上世界は永遠の象徴、終末世界は滅亡を象徴としているのだろうか。
次にオリシディアについてだが、彼女は終末世界で生まれる終獣という種族でずっとこの寂しい世界で一人、静かに暮らしているという。
終獣といえば、形取るモデルによっては規格外の力を振るう勇者や魔王にも匹敵する力を持つ、とウェル姉の家にある文献で読んだことがある。
実話を元にして描かれた物語でも虎を模した終獣は当代の勇者と三日三晩、互角に渡り合っており、結末としては人であった頃の心を取り戻してハッピーエンドを迎えていたっけ。
彼女もその物語の虎の終獣と同じように、竜の終獣として暴れ回っていたところを『アヤト』の父であるアスラと母であるリアナに救われたという。
リアナの血を媒介にし、新たに竜人をモデルとした終獣に生まれ変わった彼女はアスラによってオリシディアと名付けられたのだとか。
おれを助けてくれたのはそういった父と母とのつながり。あとは7年前、つまり『アヤト』が3歳の時にこの世界にウェル姉とカヤナと落ちてきたことがあったそうだ。
一目見ておれが『アヤト』の成長した姿だと分かったらしい。
目の前で青藍色の魔力を放ち続けるオリシディアの顔を眺める。
なるほど、形は違えどおれと彼女との間には血の繋がりがあるのだ。
通りでオリシディアの顔にカヤナの面影を見た訳だ。
それに短い間しか生活を共にしていないが彼女に親近感を抱いているのも納得できる。
そんなことを考えているうちにオリシディアの魔力を取り込みおわり、今日の治療が完了した。
魔力を受け渡しするためにつないでいた手を離し、岩場に身体を投げ出して伸びをする。
「つ〜かれた〜〜〜」
「お疲れ様でした。今日で治療は終わりです」
「ほんとに?!いやー長かった」
治療をしてくれるのはありがたいのだが、やはり一週間もの間同じことを繰り返すというのは慣れはしても中々に疲れるものだ。
静かで無音の世界に大きく吸った息を吐き出す。
胸元にかかった宝石を手にとり、終末世界で沈むことのない月にかざしてみると、宝石の中で翠色の光の波が綺麗に揺らめいていた。
宝石を胸元にしまい居住まいを正すために正座をし、月を見上げているオリシディアへと向き直る。
「オリシディアさん、お願いがあります」
オリシディアは月を眺めたまま、おれの方を向くことはない。
「何でしょうか?」
「おれに戦い方を教えてください」
「…何の為に?」
何の為に…か。
ウェル姉を殺した悪魔二人に復讐するため。
カヤナを追い込んだ世界に抗うため。
大切を守れなかった過去の自分自身を否定するため。
いや、どれも正解ではあるが不正解だ。
その中に『あやと』が目指すべき在り方は一つとしてない。
『あやと』の答えはウェル姉に気持ちを打ち明けた時からこれ以外にあり得ない。
「おれが…この先の未来、どんな時でも前を向いて歩けるように、どんな障害にも屈することのない力が欲しい」
その答えを聞いたオリシディアはようやく見上げていた月から目を逸らし、その青藍色の瞳をおれに向けてくれる。
束の間の静寂、まるで時が止まったかのようだ。しかしその時間もすぐに動き始めた。
「分かりました。私の全霊を尽くして、あなたが前に進むためのお手伝いをしましょう」
「お願いします!」
おれの想いを真摯に汲み取ってくれたオリシディアに対して自然と笑みが零れる。
「では早速始めていきましょうか」
そしてその笑顔がすぐに引きつったのもはっきりと自覚した。
オリシディアはおもむろに立ち上がり、後に付いてくるよう手招きしてくる。
「えっと、今からですか?」
一日かけて行う治療が先ほど終わり完治したばかりなのだ。
普段なら休息を取るために眠りにつくはずなのだが…
おれの逡巡する反応に何をやっているのか理解できないという顔を返してくる。
「私は全霊を尽くすと言いました。なら昼夜を問わず、私の持てる時間全てを全力であなたに捧げて、あなたを鍛えるのが筋、というものでしょう?」
「…ソウデスネ」
「安心してください、休息はきちんと与えますから。ただ今夜は寝かせませんから覚悟してくださいね?」
指導を仰ぐ師の人選を間違えたかもしれない。
これが地獄の修行の幕開けだと実感するのに然程時間はかからなかった。




