第17話, 高みに片足をかける
少し遅れましたが四日目連続投稿!
頑張っております!
果たして主人公は逆境を覆せるのでしょうか?!
「では第2ラウンドといきましょうか」
周囲がシンと静まり返っていく中、木刀を正面に構えて集中を途切らせることなく相手の動きを注視する。
呼吸、間合い、予備動作その全てを全神経で感じ取り、一分の隙も見逃さぬよう自らを律する。
「「スー…ハーーー………」」
静まり返って間もなく、互いの呼吸が一致したところで両者ともに動き出す。
互いに素早い動きで移動しながら相手の出方を観察し、時にはつり、牽制を交えて様子を窺う立ち合い。
先に均衡を崩しにかかったのはマリウス。
漆黒の細剣を何の迷いもなく振るい、そして繰り出されるのは無駄と呼べる動作が一つもない繊細な連撃。
まるで細剣を振るうべき線が見えており、その線を寸分違わずなぞる型のようである。
木刀で応戦するも、知識、経験、技量その全てにおいて劣っているのは間違いない。
防戦一方で反撃の糸口を掴みきることはできず、時折入るカヤナの援護射撃にも完璧に対応されてもはやこちらからは打つ手がない。
少しずつ、少しずつ身体に負っていく傷が増えていく。
腕に、肩に、脚に、頰に。
段々と鈍く重くなっていく身体の感覚。
刻一刻と減り続けて枯渇寸前の魔力。
短剣で深く刺された脇腹は血で滲み、短剣の柄からは血がポツリポツリと垂れている。
「ゼェ…ハァ…、ゼェ…ハァ…」
「アヤ兄…ーッ」
駆け寄って来ようとするカヤナを目で諫め、前を向く。
あと少し、あと少しで何かが掴めそうな気がする。
身体に負う傷は増えたが、それでも致命的な斬撃は全て防いでみせた。
それをカヤナも分かってくれたからおれの制止を受け入れてくれたのだろう。
精神が研ぎ澄まされ、才能が高みに昇っていくのを肌で感じる。
だがその高みを昇りきるのに、今の自分には必要な手札があと一つ足りない。
あと一つ何かが…。
そこで受けたのは神の啓示か、はたまた悪魔の囁きか。自らの脇腹に深々と刺さっている短剣に目を落とす。
(これを取り込めば…?いや、でも…)
先ほどは<掌握>によって自らの魔法を木刀に付与することができた。
ならばマリウスの魔力で作られたこの短剣を取り込み、自らに付与することができるのではないだろうか。
ただノーリスクで事が運ぶとは考えづらい。自分とは違う波長の魔力を身体の内に宿すとなると、それ相応の代償がついて回るだろう。
(それでもだ!)
逡巡している場合などではない。カヤナと二人で生き残るために利用できるものは全て利用してやる。たとえそれが自分のものではない力だったとしてもだ。
脇腹に刺さっている短剣を左手で握り締め式句を唱える。
「『<掌握>』」
凪のように大人しいにも関わらず、海のように底の見えない漆黒の魔力を無理矢理自分の魔力に馴染ませていく。少しずつ、少しずつ解け合わせていく。
木刀を覆っている青白い魔力に、漆黒の魔力で刃文が描かれていき、身体を覆う<疾風>の青白い螺旋風には黒の
スパークが走り始めた。
「ほう、面白い使い方ですね」
前傾姿勢になり、肩で息をしながら木刀を握る手に力を込め直す。
そして今までの速度を遥かに凌駕する速さでマリウスに迫り右上段から木刀を振り下ろす。
パリーン!
マリウスの障壁が破れ、ガラスのように破片がキラキラと舞う。
引き伸ばされた時間感覚の中でゆっくりと舞い散り散りになっていく欠片を見ながら、才能の高みに片足をかけた実感に恐ろしいほどの恐怖感を感じる。
(これはっ…!)
「ようこそ…こちら側の世界へ」
障壁が砕けた先のマリウスは笑顔で、それでいて悲しい表情をしていた。
それはまるで慈しんでいる孫に災難が襲いかかっているのを前にして、手を差し伸べることができないでいる、そんなやるせない老人の姿だった。
そんなマリウスを前に僅かだが躊躇を覚え、おれは次の一手を繰り出すことを一瞬ためらってしまった。
途端に魔法を維持していた魔力が弾けて霧散し、マリウスの首筋を狙った斬撃はただの木刀での打撃へと成り下がり、かすり傷さえつけることなく受け止められてしまう。
「あっ…」
口をついて出た声は絶好の好機を逃してしまったことに対する後悔か、それともカヤナと二人で生き残る道を自らの躊躇いのせいで断ってしまったことへの嘆きか。
「時間切れ、もとい魔力切れですな」
全身の力が抜けていき、膝をついて倒れそうになるのを木刀を支えにこらえる。
「アヤ兄!!!」
すかさずカヤナがマリウスに向けて二条の光を放ち、おれとマリウスとの間に割って入ってくる。
「おじいさん!いまからはカヤナがあいてだよ!」
そう言い放つカヤナの肩をおれは強く掴み横へと投げ飛ばした。
「えっ?」
思いもよらないおれの行動に、間の抜けた声を出しながらカヤナは横に倒されて尻餅をつく。
「『暴食の紫電:<一牙>』」
そして先ほどまでカヤナがいた場所目がけて紫電を帯びた槍が一直線上に襲ってきた。
振り向きざまに木刀の腹で槍を受けるも、魔法も付与されていないただの木刀で受けきることなどかなわず、木刀は中ほどから真っ二つに折れ、槍がおれの左肩を貫いた。
「がっ…」
そしてその勢いのままマリウスの横を通り過ぎ木に磔にされる。
肩を貫かれた方の左腕は重力に導かれるままダラリと垂れ下がり、肩から流れ出る血が身体を這い、全身が急に冷えて血の気が失せていくのが嫌でも分かる。
ああ、このまま死ぬのかなおれ。
「アヤ…兄…?アヤ兄!!!」
おれがマリウスではない何者かに攻撃されたと分かったカヤナは血相を変えてとんできた。
駆け寄ってきたカヤナの触れた手がとても温かく感じる。ごめんな、一緒に生きようって約束したばかりなのに。
「アヤ兄!へんじして!ねえ!へんじしてよ!」
カヤナの悲痛な声がおれの脳内に鮮明に響く。
震える手を必死に伸ばしてカヤナの頭に手を載せる。
「ごめん…な…」
「っ!」
これは…死ぬ間際の幻覚であろうか。
カヤナから一瞬、銀色の粒子が立ち昇った気がした。
「アヤ兄はカヤナが絶対にまもるから」
そう言い残してカヤナは悪魔の元へと立ち向かっていった。




