第15話, 心の恐怖の先に
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カップに注がれた紅茶を飲み干したマリウスはおもむろに椅子から立ち上がり、テーブルの上のティーセットの片付けを始めた。
空中に浮かべた大きな水球に食器類を詰め込み洗浄していく。
「では質問に全て答えたところで私からも一つ。人が感じる恐怖には大きく分けて二種類ございまして、先ほどあなた様にもお見せました死の恐怖、それに加えて心の恐怖がございます」
こちらを見ることもなく洗い終わったカップやポットを柔らかそうな布で淡々と磨いていく。
「死と…心の恐怖?」
「はい、人は誰しも心の中に他人には打ち明けられない、心を壊すほどの恐怖を抱えております。その恐怖を私は覗き見ることができるのですよ。今の竜皇子殿は、中々他では目にかかれないほどの恐怖をお持ちで」
「随分と悪趣味な覗き見だな」
「自覚はしておりますが、これが私の能力ですので」
諦めと喜び、そして懐古混じりの言葉。
時折僅かに感じられるマリウスの人間的な部分に引き込まれそうになるのは、彼が意図してのことなのかそれとも無自覚なのだろうか。
いつの間にかマリウスの右眼には先ほどの黄金の紋章が浮かんでいた。
そしておれの左の眼球に突如として激痛が襲いかかってくる。
「ーッ…!」
(またかっ!)
左眼を手で抑えるもやはり痛みは収まらない。
やがておれの左眼から白銀の粒子が溢れ出して一つの紋様を織り成していった。
その様は今マリウスが右眼に浮かべている黄金の紋様に酷似している。
ーザ…ザザザ…
またおれの知らない記憶が頭の中に直接よぎったせいで脳みそにも焼けつくような痛みが伴ってくる。つい先ほども見えた、金髪の女性と初めて出会った時の記憶だ。
昼下がりの木陰に身を潜めていた彼を彼女は見つけ出してくれた。
周囲の人から疎まれ続けた彼に彼女は手を差し伸べた。
そっぽを向き続けた彼の手を強引にとった彼女の手は小さくて細くて弱々しくて、でも不思議と悪い気分はしなかった。
彼は人との関わりを捨てたはずなのに、切り捨てたはずなのに。
向日葵のように輝く笑顔で彼女は彼を照らし、それから
『こんにちは!***さん!私はね…』
「レイ…ティア?」
気がつくと彼女の名前を呟いていた。
それとともに感じていた痛みも浮かんだ白銀の紋様も嘘のように薄らいで消えていく。
視線をマリウスに戻すと、今まで柳に風といった様子で冷静かつ慇懃な態度を崩さなかったマリウスの余裕が揺らいでいた。
食器を拭く手を止めこちらを驚きとともに凝視している。
「その眼………それに今何と?」
右手を振るい瞬く間に自らが出した道具をかき消し、マリウスはおれに詰め寄って再度問いかける。
「今誰の名を呼びましたかな?」
強者としての圧力にではなく、ただ単純に鬼気迫る気迫に思わず後ずさりをしてしまう。
「レイティアと、そう言った」
「………」
その答えを聞くと、マリウスは無言のまま目を瞑り微塵も動く気配がない。
彼女はマリウスにとって一体どのような存在なのだろうか。現状では余計とも言える思考に頭を使ってしまう。
幾許の静寂が続いたであろうか。
再び見開かれたマリウスの瞳にはもはや悪魔ではなく、人としての確固たる意志と相応の覚悟が見て取れた。
一体この僅かな時間に何を覚悟したというのか。おれに知る術はない。
「もう一度、あなたと………」
「え?」
声を聞き取れず、反射的に聞き返すもその先をマリウスが口にすることはなかった。
それどころか先ほどの人としての意思も覚悟も、今は微塵も感じとることができなくなっていた。
代わりにマリウスから唐突な問いを投げかけられる。
「竜皇子殿は妹君の心の恐怖をお知りですか?」
カヤナの心の恐怖?思考を巡らすも思いつく答えはすぐには見つからない。
そもそも7歳という幼さで心の恐怖を抱えることがあるのだろうか?
「いや、知らないな」
そう答えたおれにマリウスが示した解はひどく単純なものだった。
「自らのせいで家族がいなくなる恐怖、ですよ」
そうマリウスは告げると共に、おれの身体を貫こうと手刀を放ってきた。
幸い警戒は怠っていなかったために、両手でいなして反撃に移ろうとしていた次の瞬間、背後から迫りくる大きな魔力の反応を捉えた。
そしてここにはいないはずの、ここにいてはいけないはずのカヤナの叫び声が聞こえた。
「アヤ兄よけて!」
「!」
咄嗟に身を翻すとマリウスの手刀はおれの頬を掠め、そして同時に翠色の大きな魔力弾が目の前を過ぎ去っていく。
魔力弾はマリウスに直撃する手前で弾け、鳥籠のような檻を展開してマリウスを閉じ込める形となっている。
「これは…魔力操作、それに加えてウェルシア=テラストの魔力ですか」
「なっ!」
振り返るとそこには逃げたはずのカヤナがいた。
汗と涙で綺麗な顔をぐちゃぐちゃにし、荒い息遣いで魔法銃を構えている。
マリウスの様子を確認すると流石にウェル姉の魔力は有効のようだが、既に対抗術式の構築に入っている。
足止めできて精々あと3、40秒程だろう。これでは逃げる時間として不十分すぎる。
「ーーギリッ………『風よ 纏われ <疾風> <共鳴>』」
どうにもならない不甲斐なさで歯を食いしばりながら、<疾風>の魔法を重ねがけして、カヤナを抱えて森の中へと入っていく。
こうなってしまったら一か八かマリウスに追いつかれる前に島外に逃げるしか道は残されていない。
木々の間を走り抜けながらカヤナを問い詰める。
「カヤナっ!なんで来たっ!一人で逃げろと言っただろ!」
「もうこれ以上カヤナのせいでかぞくが死ぬのはいやなの!アヤ兄…ううん、『あやと』お兄ちゃんはお願いだからカヤナと一緒にいて!」
目を見開いてカヤナの方に視線を落とすがおれの胸にしがみついて泣いているせいでその顔を窺うことがはできない。
ただの勘違いだろうか。今カヤナがおれのことを『アヤト』として見ていなかった気がした。
「一緒にいてよう…」
嗚咽まじりに懇願し続けるカヤナに、『あやと』にとって大切なことを確認していく。
「今…僕のことをなんて?」
「『あやと』お兄ちゃんって呼んだの!アヤ兄と『あやと』お兄ちゃんは違う人なんでしょ!」
走っているせいではない。
緊張と興奮で鼓動がどんどん早くなっていく。
「いつから気づいてた?」
「さいしょから、さいしょからわかってたよ、アヤ兄がいなくなって『あやと』お兄ちゃんに変わってたの。ウェルお姉ちゃんだって気づいてた。はじめはどうしたらいいかわかんなくて、それにアヤ兄がいなくなったのはきっとカヤナのせいだって思って泣いて。それでも、それでも『あやと』お兄ちゃんはいつも元気に笑ってくれたから。アヤ兄のフリしてカヤナを悲しませないようにしてくれたから。だからもう一人のお兄ちゃんだって、かぞくだって、たいせつなひとだって思えるようになったの!」
涙が一つまた一つ、ホロリホロリと零れていく。
「あれ、おかしいな…」
溢れる、溢れる、溢れていく。
ずっと内に抱え込んでいたものがとめどなく溢れていく。
「何だこれ…」
おれは『アヤト』に向けられた愛を感じるだけで十分だった。
それだけで満足だった幸せだった。そのはずだった。
これ以上を望んではいけない。本当の『アヤト』じゃない『あやと』がこれ以上を求めるのはきっと罪だから。
でも違った。
偽りじゃなかった。
ニセモノじゃなかった。
本当だった。
ホンモノだった。
この2年間は真実だったんだ…
涙が止まらない。視界が潤む。
ああもう、ほんとに世界は思い通りにいかないことばっかだな。
せっかく諦められると思ったのに、こんなに嬉しい思い通りにいかないことがあるなんて。
「カヤナ…もう家に戻れないかもしれないんだぞ?」
「うん」
「ウェル姉に会えなくなるかもしれないんだぞ?」
「うん」
「死ぬかも…しれないんだぞ?」
「『あやと』お兄ちゃんと一緒にいられるならそれでもいい」
「そうか」
「そうだよ」
迷いはあった。でも妹にここまで言われて引き下がることなんてできやしない。
「じゃあ、二人で生き残るか」
「うん!」
初めてこの理不尽な世界に抗う勇気を持てた気がした。
ほんのわずかな勇気。
だけどおれを突き動かすにはそれで十分だった。
次回は戦闘シーン!




