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第14話, 悪魔との答え合わせ

一日ぶりの更新!

昨日は不覚をとったが、明日から三連休にかけては連続投稿頑張るぞ!





 カヤナに別れを告げてから僅か数分後、背後から先ほどと同じ重圧が感じられた。


 息をするのも苦しく、重く淀んだ絶対的強者の威圧。


 だがその圧を前に動けなくなることはもうない。


 愛すべき妹の生存確率を上げるため、兄であるおれがここで時間を稼がねばならない。



 額から滴る冷や汗を拭いつつ視線を向けると、自分の命を刈り取りにきた死神と見紛うような老人がそこにはいた。


 満月の淡い光に照らされたその姿に生気を感じることはなく、けれども瞳の奥には取り憑かれたような狂気を感じさせる何かが宿っている。ただ直感的にそう感じた。



「方針は定まりましたかな」



 老人の冷徹な声が明瞭に響く。



「ああ、おかげさまでな」



 相手の圧に呑み込まれてしまわぬよう、精一杯の虚勢を張って答える。



「それは重畳。うまくいくことをお祈りしております」


「大した余裕だな」


「ええ、何も問題はありません(・・・・・・・・・・)ので」


「?、あっそう」



 何か引っかかる言い回しだ。


 コイツの目的はカヤナであるはずなのに逃げているこの状況に何も問題がない?自分の力量によっぽど自信があるのかそれとも何か別の…



「なあ、一つ聞いてもいいか?」


「逆に一つでよろしいので?」


「…じゃあ、遠慮なくいくつか聞かせてもらう」


「構いませんよ」



 そう言って老人が手を掲げると僅かな魔力反応とともに、突如何もない空中から椅子とテーブルが現れる。


 老人は何の躊躇いもなく当然のように椅子に腰掛け、魔法で勝手に用意されていく紅茶とお菓子に優雅に口をつけ始める。



「君も一杯いかがかな?」



 相手からの不意打ちに警戒して身構えているおれにそんな言葉をかけてくる。何かの罠か?



「…いや、いらない」


「そうですか、それは残念。ミラルトリナ産の貴重な茶葉でしたのですが。あっ、珈琲なら如何です?豆を自前で挽いてご用意できますが」



 おれを挑発しているのだろうか?いい加減にしてほしい。


 拒否の意図を沈黙でもって答えると勧めるのを諦めたのか本題に入り始める。



「それで質問というのは?」



 どうやら本当に質問に答えてくれるようだ。


 こちら側の情報が圧倒的に少ない今、得られる限りの情報をコイツから引き出して方針に修正を加えるのがいいだろう。



「一つ目、ウェルシア=テラストの現状について何か知っているか?二つ目、さっきお前の言っていたカヤナの持つ『鍵』って何のことだ?三つ目、『おれ』について何か知っていることがあるなら、それについて聞きたい」



 一つ目の質問はウェル姉の安否確認とこちらの戦力分析。


 二つ目は相手の目的の明確化。


 三つ目は時間稼ぎに加えて興味本位での質問だ。


 個人的には二番目の質問まで答えてくれた上出来だ。



「竜皇子殿、私めにはマリウスという名があるので『お前』では無く、『マリウス』と呼んでいただきたいのですが?」


「…分かった」



 変なところにこだわりを持つやつだ。



「今、彼女はどこにいる?」



 再度一つ目の質問を投げかける。


 問いかけの僅かな間、緊張と不安をはらんだ静寂がひどく恨めしい。迫り来る憂慮によって心臓の鼓動が早くなる。


 頼む…無事でいてくれ。



「そう身構えずとも今のところは心配ないですよ。彼女なら島の外、虚無空間で少しおとなしくしてもらっていますよ。彼女の実力ですと色々と厄介ですし、この後の展開について不都合なことが多いので」



 なんでもないことのようにマリウスはあっさりと答えた。



 生きてる。


 ウェル姉は生きてる。


 張り詰めていた緊張が少しだけ和らいだ気がした。



 ウェル姉が生きているなら益々ここでこいつの足止めをする価値が高まった。時間さえあればあとはウェル姉がうまく対応してくれるはずだ。



「生きていると知れてひとまずは一安心というところでしょうか?」


「まあな」


「信頼…しているのですね?」


「自慢の姉さんだからな」


「そうですか。では緊張もほぐれたところで二つ目の質問の答えにいってもよろしいでしょうか?」



 頷きでもって返事を返す。


 ウェル姉が生きていると分かったのは僥倖だが、根本的に問題を解決した訳ではない。


 次の答えを聞いて身の振り方を考えなければ。



「先ほど述べました『鍵』ですが正式名称は『月の鍵』。この世界にまだ神々が存在していたと言われる神話の時代に生まれ、月に秘められた魔力に干渉できるという神代の遺産。それ単体でも魔力炉として破格の性能を誇りますが、所有者に適応するにつれて所有者の求めに応じる形に変化していく神器。そして同じく神話の中に登場する『太陽の指輪』『王の瞳』の全てが揃う時、この世界には新たな神が誕生する」


「新たな神…」



 天使や悪魔が存在するのならば神がいても不思議ではないのだが、幾ら何でも話が荒唐無稽やしないか?



「本気で言っているのか?」


「確証はありますよ」



 そういって不意に落とされた昏い影。ただその影もすぐにかき消え言葉が続けられる。



「私は先ほどの三つ全てが生み出されるところをこの目で見ています。最早遥か数千年前の出来事、あまりに美しいその美麗な神器たちはこの世界に解け込み、己を扱うのにふさわしい器を求めて散り散りとなった。だが人の身を捨て、悪魔となり寿命から解放されたこの老体を奮い立たせて探し求めるも、『月の鍵』に関しては一度も手がかりを得られることは無かった。幻を追い求めている気分に何度苛まれたことか。ですが二年前、竜皇女様に発現した力に私はついに可能性を見出しました」



 二年前…、ちょうどおれの意識がこの世界の『アヤト』に宿った時期だ。



「…二年前に何が?」


「賢明なあなた様ならもう薄々お気づきでしょうが、ここからは3つ目の質問に対する答えも交えて話をしていきましょう。戦姫リアナ=アーウェルン。あなたのお母様はとても優秀な方でしたね。一度戦場に出れば縦横無尽に戦線を駆け巡り敵を殲滅していく。その姿は私から見ても大層惚れ惚れしましたよ。だが【到達者】でもない彼女の実力はこの世界の常軌を逸していた」



 【到達者】?…確かウェル姉のステータス欄には書かれていたような。



「母親の力の源がその『月の鍵』によるものだったと?」


「あくまでもこれは私の仮説になりますがね。『月の鍵』は本来、所有者であってもその力を引き出せないまま一生を終えてまた次の所有者へと巡る、のではないかと。なればこそ、私はその存在に気づくことができなかった」


「だけどおれの母親はその力を使いこなしてしまった」


「使いこなすとまではいかずとも、その力の一部を引き出せていたのは間違い無いでしょう。あれはそう易々と使いこなせる代物ではない」


「そして二年前、カヤナはその『月の鍵』とやらの力を母親以上に引き出したわけだ」


「フフフ、察しがよくて助かります」



 熱に浮かされたようにマリウスは語り続ける。



「二年前、配下の者たちと共にあなたたちがいる町を襲った時、初めは何も反応がなかった。ただ為されるがまま逃げ惑う力のない弱者。ただ死に直面した時、兄を守るために、妹を守るために、お互いを思いやる気持ちが魔力封じの封印までも軽く凌駕した。そしてその想いに竜皇女の持つ『月の鍵』が呼応するように力を授けた。…圧倒的でしたよ。何しろ当時8歳だった竜皇子殿が私に迫る力を振るうのですから。配下の者共など取るに足らない存在。この私でさえ片翼を失う羽目になりましたからね」



 この化け物と張り合うほどの力を授けるのか。それが本当なら『月の鍵』とやらは心底恐ろしい代物だな。



「さて、三つ目の質問に対する答えですが、念のために一つだけ確認を。あなたはその身体の本来の持ち主(・・・・・・)、ではありませんよね?」


「…ああ」


「よろしい。では続いてもこちらからの問いかけです。身の丈に合わない力を行使するのならばそこには必ず何らかの制約、もしくは代償がついて回ります。『月の鍵』で得た力の代償に、竜皇子殿は何を対価として支払ったと思います?」


「……意識か?」


「当たらずとも遠からず、というところでしょうか。正解は心です。基本、人の意識というものは魂とそれに結びつく心が一つなって初めて生じます。ですからその心が欠けるということはつまり、意識を失うともいえるでしょうな」



 そこで一呼吸おき、話を結論づけていく。



「心が欠ければ魂が残るも活動できず死に至る。本来ならばそのはずでした。ですが次の瞬間、目の前で起きた出来事は俄かに信じがたい出来事でしたよ。心を失った竜王子殿の魂の下へと、『月の鍵』に導かれて別の心が魂に結びついていくではありませんか。魂魄にまで関与する神の御技。この世の理に干渉する力の一端を見せられて年甲斐もなく心が震えました。そうですね。問いに関する答えとしては、あなたは『月の鍵』に導かれるほどの心を持った存在、というところでしょうか」


「……なるほど、よく分かった」



 自分がこの世界に来ることになった原因を知って複雑な気持ちになる。


 こいつの話が正しければ本来の『アヤト』の心ははもうこの世のどこにも存在しないことになってしまう。



「これでお分かりいただけたでしょうか?私の目的はこの世界に新たな神を誕生させること。そのためにはあなたの妹君が持つ『月の鍵』が不可欠であるということを」



 何か……



「…カヤナを殺さずに『月の鍵』を渡すことは?」


「不可能ですね。『月の鍵』は所有者の魂に根付くため、魂を砕いてしまっては屍人同然でしょう」



 何か……



「おれの母親に『月の鍵』が宿っていることが分かっていたのなら、なぜその時に手に入れなかった?『鍵』を所有者から奪うことなんてできないんじゃないのか?」


「その問題なら既に解決済みですよ。数千年間、『月の鍵』の存在に辿り着けなかったからといって何もしていなかった訳が無い」



 何か他に手段はないのか……



「…神を擁立する別の手段は?」


「あるにはあります、が私自身の目で判断して一番可能性が高いと判断したのは、全ての神器を揃える方法です。今更方針を変えるつもりなど毛頭ありませんよ」



 カヤナを救える方法はっ……?



「ーッ………」


「質問は以上ですかな?」



 言葉に詰まったおれ目がけて吹き抜ける冷たい夜風に、現状を覆すのに有用な手立てが最早残されていないのだと、深く思い知らされた気がした。





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