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第12話, 壊れゆく日常

PV数が一日で100を突破したのがとても嬉しく、勢いで四日連続投稿となりました!

読んでいただくことは物書き冥利に尽きますね。


ブクマ登録や評価、感想等もお待ちしております!





「んぁっ…」



 寝起きで霞んだ視界を映す目を擦りながら身体を起こす。


 どうやらいつの間にか眠りこんでいたらしい。外は陽が沈んでしまったのか既に真っ暗である。



「ふぁぁ…」



 ウェル姉だろうか?いつの間にか身体にかけられてあった毛布を折り畳み、立ち上がって光晶カンテラの灯をつけに行く。その足で窓まで行き、鍵を開けて窓を開く。



ーカラカラ…



 スーッと吹き込んできた涼しい風が体に染み渡り、脳を覚醒させていく。


 どうやら雨は止んでしまったようだ。カヤナのやつは…まだ夢の中のようだ。目を閉じたままゆっくりとした呼吸を繰り返している。



ーグゥーーー…



 自分の腹の虫が食べ物寄越せと静かなリビングに音を響かせた。



(お腹すいたな、夜ご飯まだかな)



 台所の方に向かってみると火にかけられたままの野菜スープとこねかけのハンバーグの具材が目に付く。だが台所を見渡すもウェル姉の姿は見えない。



(あれ、火もつけっぱなしにしたままでウェル姉どこにいったんだろう?)



 とりあえず沸騰し続けている鍋の火を消して台所を出ることにする。



ーリーンリーン…



 玄関の呼び出し鈴の音が不意に響いた。普段は滅多に客など訪れて来ないため、あまり聞き馴染みのない音である。


 樹都から遠く離れたこの辺境の地に、陽が沈んでから訪ねてくるなんて一体どこの誰であろうか。



ーリーンリーン…



 ウェル姉の姿が見えないこの状況で、何か言い知れぬ不安を感じながらも呼び鈴にせかされて玄関に向かう。


 念のため、不審者を警戒して自分の部屋においてあった相棒の木刀も携えていく。



「はい、どちら様ですか?」



 扉の先にいたのは全身を黒のスーツで決めた見知らぬ白髪の老人。子供のおれが見上げるほどの背丈で体型はスリム、というより痩せ細っている印象だ。特徴的なのは血のように紅く染まった冷徹な瞳に、背に広がる片方しかない大きな黒い翼であろうか。


 まるで話に聞いてきた悪魔の様相だ。


 こちらが対応に困っていると老人は子供相手に慇懃な態度で礼をとってくる。とても老人とは思えない隙の無い身のこなし、しっかりとした所作に出で立ちである。


 そんな老人が鋭く冷たい声で語りかけてくる。



「お久しぶりです竜皇子殿下。二年前にお世話になりましたマリウス=モードランでございます。まさかあれほどの術を行使して生きておられるとは…さすがは英雄アスラと戦姫リアナのご子息ということでしょうか。こうして再びお会いできたことを心から嬉しく思います。」


「…何の用ですか?」



 ドクンドクンと緊張で高鳴る心臓の鼓動を抑え、それを相手に悟られぬように何とか平静を装う。


 この老人は久しぶりと言った。それも二年前に。


 おそらくおれの意識がこの身体で目覚める前の『アヤト』と面識があるのだろう。


 だが話の流れからしてあまり良い予感はしない。二年前に『アヤト』とカヤナがいた町は悪魔・・の大群に襲われたとウェル姉は言っていた。


 もしこの老人がその悪魔の一人だったとしたら…



 そこまで考えを巡らせたところで老人が紅い瞳に鮮やかな黄金の紋章を浮かべ、こちらを見抜いてくる。



(何だあれ?)



 疑問に思えたのは束の間。


 紋様が浮かんだ目を見つめた途端全身に凄まじい悪寒が走り、空気が重く凍ったように感じられ息が苦しくなった。耐えきれず膝をつくがそれでもなお降りかかる重圧に震えが止まらない。



「ハッ……ハッ……ハッ……」



 脳が警鐘をけたたましく鳴り響かせてこの場からすぐに逃げ出すよう訴えかけてくるが、逃げ出そうにも身体が硬直してしまい行動に移すことができない。


 感じるのは自分の命が一寸先には刈り取られるかもしれないという根源的な恐怖。


 相手が自分よりも遥かに上位の存在だと時間が経つほどに本能に刻みつけられていく。


 そしてそれと共におれの左眼が灼けるような熱を持って疼き始めた。慌てて左眼を手で抑えてのたうち回るも痛みは一向に引こうとしない。



「あ…ぁぁぁっっ………!」



(痛い痛い痛い痛い痛い!)



 明確な死のビジョンに原因不明の痛み、このままでは精神が耐えられずに壊れてしまう。そんな気持ちにさせられるほど不味い状況だった。



(何がっ…どうなってるんだよっ!)



 そう思った次の瞬間、見知らぬ一人の女性の眩い笑顔が頭によぎった。



(え…)






ーザ…ザザザ…



 顔も名前も知らないはずなのになぜか知っている、そんな感覚に襲われた。


 それを皮切りに自分のものではない他の誰かの記憶が乱雑に流れ込んできた。


 その全てがとても大切で愛しくて手放すことのできないという気持ちで溢れていたから、おれは目を逸らすことができなかった。




 身体が弱く足の不自由な女性。


 彼女は毎朝彼より少し早い時間に起きて金色の長い髪を丁寧に整えていた。


 彼女は寝起きの悪い彼を語りかけるように優しくそして満面の笑みで起こしていた。


 彼女は彼が用意した朝ごはんの固いパンと塩のスープを美味しいと言っていた。


 彼女は畑に出かける彼をベッドから見送って窓の外の景色を彼が帰ってくるまで眺めていた。


 彼女は帰ってきた彼を抱きしめて温もりを感じていた。


 彼女は彼が用意した夜ごはんの蒸したイモと野菜のスープをちょっと贅沢だねと、はにかんで食べていた。


 彼女は…



「誰か…誰でもいいから彼女を………彼女を…助けてくれ…っ」



 それからずっと…彼は一人泣いていた。






(これは…コイツの…?)



 目の前にいる老人の姿が頭の中に流れ込んできた記憶の中の彼と重なった気がした。


 途端に無理やり他者の記憶を脳に刻まれた負荷の影響なのか、ひどい頭痛に加えて視界が眩む。



「あっ………」



 ズキズキと痛む頭を片手で押さえ呼吸を整えようとするも叶わずそのまま床に伏せてしまう。



「ああ何だ、この程度ですか。いやなに、少々確かめたいことがございまして」



 言うことを聞かず動かない身体に反して、死への恐怖と痛みではっきりしている意識がおもむろに語り出した老人の言葉を逃さず捉える。



「おや?これは…ふむ。なるほどなるほど、やはりそういうからくりでしたか。道理であの時とは存在値が違うわけだ。フフフ、やはり私の目に狂いは無かった」



(…こいつは何を言って………)



 おれの困惑をよそに老人は構わず一人話を続けていく。


 相手の様子を探ろうとうつ伏せのまま視線だけでも老人に向けるが、能面のように微笑を貼り付けた表情からは何も読み取ることができない。



「さて、となると『鍵』はやはり妹君の方がお持ちですか。妹君は…奥にいらっしゃいますね」



(鍵?鍵ってなんだ?コイツの目的はカヤナ…なのか?)



 動けないおれを無視して老人が家の中へと入ってこようとする。


 先の見えない事態に焦りだけが無情にも募っていく。まるで脳から手足に伝わる信号を全て遮断されてるかのようだ。



(くそっどうすれば。どうすればこの状況を切り抜けられる!)



 動かない身体に反して痛みを伴いながらも回り続ける脳を駆使して必死に現状の打開策を考える。


 もはや他のことを考えている余裕はない。


 今一番大事なのはカヤナの安全だ。


 それを確保するためにはどうしたらいい?!


 だが考えのまとまらぬまま、恐れていた事態に陥った。



ーパンパンパンッ…



 刹那、三条の翠色の光が部屋を明るく照らした。


 だがその光は狙い定められた老人に届く前に硬質な音とともに弾けて消えてしまう。


 光が発せられた方向に目をやると魔法銃を二丁構えたカヤナが隙の無い構えをとっていた。



「………!…………っ、………、………!!!」


(カヤナ!いいからっ、逃げろ、逃げろ!!!)



 声にならない呻き声を上げながらカヤナにこの場から逃げるよう必死に訴えかける。


 この老人と戦闘になっても勝てる見込みははっきり言って0だ。老人から僅かながらに感じ取れる一切が自分達よりも高いレベルなのだ。


 感じ取ることのできない内包されている力など、もはや個人の手に余るものではないだろう。



(頼むから逃げてくれ!!!)



「こんばんは、竜皇女様。お会いしたかったですよ」



 老人はカヤナに対してもおれと同様、社交の場で淑女にするような非常に丁寧な様子で挨拶をする。



「おじいさんだれ?アヤ兄になにをしたの?」



 対してカヤナの方はこの小さな身体のどこから発しているの分からないほど大きなプレッシャーを老人に向けてぶつける。ただ老人の方は柳に風と言わんばかりにそんなプレッシャーを意にも介していないようだ。



「おやおや、これは手厳しい。その歳でこれほどの殺気を放てるとは将来有望ですな」


「いいから、こたえて」



 中々答えない老人にしびれを切らしたのか、カヤナは手に携えている魔法銃を握り直し、足に力を込めて今にも飛びかかろうとしている。



「いや何、少し私の放つ恐怖にあてられただけのこと。実際的な害は何もないですよ」



 ダメだ。逃げないと。



「アヤ兄からはなれて!」



 踏み込んで近づいてくるカヤナを見て老人が口元を三日月のようにして笑う。


 心臓を手刀で貫かれ無残に投げ捨てられるカヤナ。


 そんなカヤナが殺されるビジョンをはっきりと幻視すると、おれの中の恐怖が音を立てて壊れた。



「う…ぁあああああ!!!!!」



 恐怖による拘束が解けた瞬間、魔力を爆発させて瞬時に循環状態、さらには魔力を暴走させた状態となって呪文を唱える。



「『風よ 纏われ <疾風> <共鳴>』ッ!」



 魔法の重ね合わせにより、効果を増した<疾風>でカヤナの一撃が老人に届く前にカヤナを捕まえ、抱きかかえてそのまま玄関に一番近い部屋の窓から外へと飛び出す。



ーガシャーン…!



「ほう、自力で解きましたか。今の(・・)竜皇子に素質が見られるとは、方針を少し修正しますか。期待以上のものが得られそうで何より」



 そして一人残された老人は音もなく行動を開始する。


 この場に訪れた自らの目的を果たすために。





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