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頼義、百目鬼と目を合わせるの事(その二)

妙ちくりんな声とともに失神した綾が頼義の身体にしなだれかかってくる。綾を溺れさせないように支えながら頼義は全神経を集中させて「視線」の方向を探った。



(わかる、わかるぞこの感覚・・・だが、()()()()()()!?)



目の見えぬ頼義にとって「視線」とはあくまでも相手の気配や息遣いと行った様々な情報の総合値として「そこにいる」という見当をつけるための目安でしかない。しかし今感じているそれからは、全くそのような雑多な情報は介在していなかった。それなのにそこに何かがいるという、まるで手で触っているかのような不思議な感触が頼義には実感できた。まるで自分という存在がその「視線」に絡みとられて引っ張り込まれている、そんな奇妙な肌触りを頼義は感じていた。


蜘蛛の糸にまとわりつかれているような無数の「視線」の手触りは、同時に頼義にその「視線」の送り主の居場所を探る手掛かりとなった。



「この先・・・そこかあっ!!」



「視線」の出所とおぼしき空間に向かって、頼義は湯を飛び散らせて牽制する。目くらましにもならぬ稚拙な応酬だが、相手の反応を伺うには十分だった。


笑っている・・・!?音も声も無いその「視線」から嘲笑うかのような不快な感覚が頼義を襲った。湯の中に入ったままの彼女の背中に鳥肌が立つ。



「Neeeeeh,Neeh,Neeeeeeeh...」



錆びた蝶番が軋むような耳障りな鳴き声のような音が響く。その不快さに人一倍聴覚の優れた頼義は思わず耳を塞ぐ。その鳴き声をを機に、「視線」は潮が引いていくように一斉に遠ざかっていくのを感じた。



「はくひょんっ」



湯に濡れたまま肩までむき出しになっていた綾が、湯冷めをしたのか緊張感のないくしゃみをさせた頃には、あの邪悪で不愉快な「視線」の気配は跡形もなく消え失せていた。


苦労してなんとか女人堂まで綾をかついで戻ってきたものの、もはや綾の按摩を楽しむどころではなく、逆にのぼせたり湯冷めしたりと目まぐるしく変わる環境に目を回したままの彼女を布団に寝かせたり奥義で風を送ってやったりと介抱に追われる羽目になった。


綾が目を覚ますと、彼女はガタガタと震えながら青く色あせた唇と必死に動かして頼義に自分の見た光景を説明した。



「目・・・?目玉だけが葉っぱにびっしりと貼りついてこちらを覗いていたと?」



頼義にそう説明すると、綾はその光景を思い出したのか一層顔を青くして両腕で自分の体を固く抱きしめる。話を聞いているだけの頼義にもその情景の異様さ、気味悪さは容易く想像できた。



「うえー、わたしもう()()()とか()()()とか一生食べられないですう〜」



綾が涙声で大真面目に言った。先ほどの体験は彼女に十分な心的外傷(トラウマ)を植え付けたようだ。


それにしても、あの「視線」の主の正体は一体なんだったのだろうか。あの惨殺事件の現場で感じた「視線」、そして今自分たちが遭遇したあの「視線」、どちらも同じものなのだとしたら、やはりあの凶行は平国周卿の意思ではなく、その「視線」の主によって乱心させられた結果であったのだろうか?



(では今宵ここに現れたのもやはり自分が狙いだったのでは?私を乱心させることによって何かをさせようという魂胆があったのだとしたら、それは一体・・・?)



恐怖のあまり頼義の手を握って離さない綾はそのまま寝入ってしまっていたが、その間頼義はまんじりともせずに朝まで謎の「視線」について考えを巡らせていた。


まだ日も上らぬうちに、女人堂の門前に人の気配を感じた頼義は「何者か」と声をかけた。聞かずともその足取りで相手が誰かはわかってはいたが、それでも昨日の今日である、念を押して頼義は大声で慎重に誰何(すいか)した。



経範(つねのり)でござる、起きておられたか主人(あるじ)



声の主は予想通り先日合流した佐伯経範(さえきのつねのり)だった。女人禁制の二荒山(ふたらさん)山麓においてこの女人堂は逆に男子禁制である。そのため同行の叶わない経範はその辺りで野宿をすることにし、「明朝迎えにまいりまする」と言い残して頼義の元を離れて林の中に宿を構えていた。



「かような刻限に参るのも如何なものかとも思ったのですが、起きておられるところを見るに・・・主人(あるじ)の方でも来ましたかな、あの()()が」


「!?」



頼義の方でも、と言うからには経範の元にもあの「目玉」は現れて襲ってきたものらしい。経範は昨夜自分の身に起こった事を説明する。



「湖畔の良きところで火を起こしておったところ、林の奥からどうも()()()()()()()()()気配を感じましてな。こちらも無断で勝手に領内を使わせてもらっておる身だったので、最初は不寝番が焚き火を咎めに参ったのかとも思ったのですがどうも様子がおかしい。怪しがって松明で近づいてみると、無数の獣の目らしきものが松明の明かりに照らし出されてボウっと浮かび上がりました。野犬の群れにでも出くわしたかと身構えたら、驚く事にそこにあったのは目玉だけだったのでござる」



経範が話す怪異譚は、昨夜頼義たちが遭遇したもののとほぼ同じ内容である。



「木のウロやら葉っぱやら、あらゆる所に()()()()と羽虫のように貼りついた目玉がこちらをジッと覗いておりましてな、あまりの異様さに『すわ妖怪』と手持ちの太刀で斬りつけたのですが、二振り三振りする間に忽然と姿を消してしまいました。いや、この経範、決して寝ぼけて見間違いなどはしておりませぬ。あれは確かに異形の妖の仕業であった」


「いえ、信じます。どうやら経範も同じ何者かに襲われたようですね」


「や!?という事はやはり主人(あるじ)の方にも!?」


「ええ」


「それは・・・して、ようご無事で」


「はい、特に連中何をするでも無く・・・」


「そうでござったか。それは重畳。では・・・」



経範が安堵した様子でそろりと鞘から山刀のような厚身の大太刀を抜き放った。



()()()()()()()()()主人(あるじ)



そう言って経範は己が主君に向かってためらう事なく大太刀を振り下ろした。

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